サウジアラビアのイスラーム(以下、イスラム)問題省の公式ツイッターに昨年12月、興味深いつぶやきがあった。アブドゥッラティーフ・アールッシェイフ・イスラム問題相が国内のモスクやその説教師に、12月10日の金曜礼拝の説教で「タブリーグ・ワ・ダァワ団」(別名「アフバーブ」)という組織に関する警告を発するよう指示したのである。
イスラム問題相が説教のなかに含めるよう指示したのは4点で、概略は以下のようになる。
- タブリーグ・ワ・ダァワ団の誤った道への誘導、逸脱、そして危険について明らかにすること。彼らは、彼らがなんと言おうと「テロリズムへの扉」である。
- 彼らが犯した過ちのうち最も顕著なものに言及すること。
- 社会に対する彼らの危険性について言及すること。
- 「タブリーグ・ワ・ダァワ団」を含む党派的な組織に入ることはサウジアラビア王国では禁じられていることを明らかにすること。
つまり、タブリーグ・ワ・ダァワ団をテロ組織と断定してはいないものの、その一歩手前の存在であり、イスラムから逸脱しており、危険で、サウジアラビアでは非合法である、ということだ。筆者自身、不勉強なことに、このツイートを読むまで、タブリーグ・ワ・ダァワ団がサウジアラビアでそんなに危険視されていたことを知らなかった。それどころか、この組織がいつサウジアラビアで禁止されたかすら把握していなかったのである。
権力志向なし、体制批判なし
では、そのタブリーグ・ワ・ダァワ団とはいかなる組織なのか。タブリーグ・ワ・ダァワ団は1920年代半ばに北インドで生まれたイスラムの多数派スンナ派(以下、スンニ派)の運動で、アラビア語圏以外ではむしろウルドゥー語の「タブリーギー・ジャマーアト」の名で知られる(したがって、以下タブリーギーと表記)。
現在はインドだけでなく、パキスタンやバングラデシュなど南アジア諸国やマレーシア、インドネシア、タイなど東南アジア諸国にも多くのメンバーを有する。日本にも支部を持ち、日本国内のモスクで積極的に活動している。
ちなみに「タブリーグ」とはアラビア語で「伝えること」、つまり「伝道」を意味する。「ダァワ」もアラビア語で「宣教」のような意味になる。「ジャマーア」そして「ジャマーアト」も元はアラビア語で、「グループ」や「団」を指す。
タブリーギーの創設者であるムハンマド・イルヤースはインドのイスラム神学校デーオバンド学院で学び、イスラム神秘主義(スーフィズム)のチェシュティー教団(あるいはナクシュバンディー教団とも)に属していた。昨年8月にアフガニスタンを制圧した武装勢力ターリバーン(以下、タリバン)もデーオバンドを源流としている。この点は、イスラムや中東、アフガニスタンに関心がある方であれば、知っている人も多いと思う。
だからといって、タブリーギーが武装闘争を行っている、もしくはテロを使嗾(しそう)しているという話はほとんど聞いたことがない。それどころか、政権を掌握しようといった権力志向も、体制への批判も、少なくとも表面的には見られなかったのである(ただし、筆者自身、タブリーギーについて詳細にフォローしているわけではない。あくまでアラブ諸国の目を通して間接的に見てきただけなので、理解に偏りがあることは否定できない)。
2000年代に評価が急落
タブリーギーにおいて特徴的なのは「信仰告白」「礼拝」「学習による知識の獲得」「ムスリムへの敬意」「意思の誠実さ」「宣教と伝道」という6つの原理である。信仰の柱としてみた場合、スンニ派の六信五行とも、シーア派の五信十行とも異なる点は要注意であろう。
中東、特にアラブ諸国から見る限り、タブリーギーの関心は圧倒的に個人の信仰(例えば戒律の順守、布教の実践など)に向けられており、政治的な発言は目立たなかった。このことから、タブリーギーは少なくとも体制にとって平和的で、比較的無害な組織に映っていたと言えるだろう。
今回の事件をきっかけにサウジアラビア国内でのタブリーギー観を改めて見直してみた。1990年代ぐらいまでは比較的寛容だったり、彼らの宣教活動を評価したりする言説が目立っていた。しかし、2000年代に入ると、評価は急速に下がっていく。
1990年代までタブリーギーを評価していた代表的な存在に、サウジアラビアの最高宗教権威だったビン・バーズがいた。彼ものちに、タブリーギーがクルアーン(以下、コーラン)やスンニに基づかない新奇なもの(ビドア)や多神教的な要素を有している、はたまたスーフィズムの影響を受けているとの批判をするようになった。
ロシアや中央アジアは禁止、パキスタンは擁護
とはいえ、これだけの理由でタブリーギーを非合法化するのはどうだろう。実は、このツイートの2カ月ほど前の10月19日、サウジアラビアのイスラム問題省は似たようなツイートを投稿していた。形式は類似しているが対象が異なる。ここで標的になったのは「スルーリーヤ」と呼ばれるグループだった。
ツイートは、次の金曜礼拝でテロ組織であるスルーリーヤの危険性を警告せよ、というものである。スルーリーヤは、シリア人のムスリム同胞団員だったムハンマド・スルール・ザイヌルアービディーンの名に由来する。彼は1960年代にシリアからサウジアラビアに移り、新たな宗教・政治活動を開始した。
同胞団出身ではあるが、彼のイスラム理解は、より戒律に忠実で、したがって、その支持者たちは政治的サラフィー主義者*とでも言うべき存在であった。彼らはのちにサウジアラビアで「サフワ」すなわち「覚醒」グループと呼ばれ、サウード家体制に批判的な行動を取り始めたため、体制から手ひどい弾圧を受けるようになる。サウジアラビアにとってスルーリーヤは、体制に歯向かい社会の分断を図る、極めて大きな脅威だったのである。
10月にスルーリーヤ(とムスリム同胞団)、そして12月にタブリーギー――。サウジアラビアにおいて、イスラムを奉じるグループがテロ組織あるいはテロ予備軍として相次いで批判対象になったのには何かしら理由があるだろう。サウジ国内で何か不穏な動きがあった可能性も否定できない。さもなければ、1940年代からサウジアラビアで活動してきたタブリーギーがいきなりやり玉に挙がることはなかったはずだ。
だが、タブリーギーがスルーリーヤと同じようにサウジ現体制にとって深刻な脅威になった証拠や原因は、幸か不幸か私には見つけられなかった。
とはいえ、タブリーギーがカザフスタンなど中央アジア諸国やロシアで禁止されている事実がある。中東ではイランでも禁止されているという(未確認)。
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