最近、よくやべー奴に会うのが本当に多い。
「あれれ?江島先輩じゃないですか?」
「……………………どなたでしたっけ」
「もー!オープンスクールの時にあったじゃないですか!喜多ですよ、喜多!」
「……………………ああ、喜多ちゃん。久しぶり」
「はい!お久し振りです!一週間振りですね!」
赤い髪を揺らして、キラキラの笑顔で距離を詰めて来るその女の子は、きっと忘れようもない陽キャ女子な喜多ちゃんだった。
初対面戦法はどうやら逃げられないようで、此処で会ってしまったが運の尽き。そのキラキラオーラと対面しないといけないようだ。
……うっ、眩しい。
「お元気でしたか?私は元気です!」
「うん、元気だよ。喜多ちゃんも元気そうで何より」
「はい!まさかこんなところで先輩とお会い出来るなんて!」
「そうだね」
俺もこんなところで会うとは思わなかった。なんで夜の新宿に居るんだ。
「私、今流行りの夜景スポット見に行ってて、友達は先に帰っちゃったのでもうちょっと映えスポット探しておこうと思ったら、たまたま先輩が居て!」
「そうなんだ」
「はい!先輩は何してたんですか?」
「知り合いのライブ見に行ってたよ。チケット貰ったから」
「ライブ!いいですね!私も行ってみたいです!」
「中学生はまだ早いから高校生になったらね」
「秀華高校に受かったら、ご褒美に連れてって下さいね!」
「……喜多ちゃんは新宿より、下北のライブハウスの方がおすすめだよ」
今日、ライブ中に酒を吹き掛けられたのを思い出す。名前は伏せるが、酒カスベーシスト俺を見つけた瞬間にこにこで飛び降りた末に駆け寄って酒ぶっ掛けやがって。それなんて廣井?
「下北沢!おしゃれですね!」
「下北の高校とか、喜多ちゃんに合ってるしおすすめだよ」
「そうかもですけど、私、先輩のいるところに進学したいです!」
「……そっかあ」
「受かったらお昼ご飯食べましょって教室に行って、人気の無い空き教室とかで一緒に食べて……それで……きゃー!青春だわ!」
「……そうだね」
俺、なんで秀華高校に転校しちゃったんだろう。家燃えたからだわ。
この目の前の尻尾がブンブン揺れている錯覚を起こす少女は、オープンスクールの時から何故か好感度バグを起こして気に入られてしまっている。
何故だ。
『お名前なんて言うんですか!?』
『範馬勇次郎』
『きゃー強そう!休みの日は何してるんですか!?』
『女とチルしてパーリーしたり一人でギネス狙ったり知らない人に拾われるのを待ってたり』
『きゃーロックだったり向上心だったり謎に溢れてる!他には!?』
『野草食べたりピアス開けたりマンホール数えたり』
『きゃーワイルドだしロックだしミステリアスなのね!素敵!』
『なんで?』
思い返しても謎だ。喜多ちゃんの感性が理解出来ない。俺と言う人間を素敵と言うな、友達が消えるぞ。その感性。
「今日はミステリアスな事してないんですか?」
「今日はミステリアスさんはお休み」
「じゃあ素敵でカッコイイ先輩な日なのね!」
「うーん」
本当になんでこんな好感度高いんだこの子。
「この後はお暇なんですか?」
「いや、この後はちょっとあれがあれだからあれで忙しいから」
「暇なんですね!」
「忙しいって言ってんだろ」
「でも具体的な用事言ってませんよね?」
「じゃああれだよあれ、楽器の練習しなきゃだから」
「楽器弾けるんですか!?私にも教えて欲しいです!」
「また今度ね」
「はい!約束ですよ!指切りげんまーん、嘘つーいたら毎日私と電話する!指切った!」
「切らなきゃよかった」
小指を落とせば無かった事に出来ないかな今の。
頬に手を当ててはしゃぐ喜多ちゃんを尻目に、俺の手に握らされていた紙袋に目を向ける。
今日のライブの帰り、とあるドラマーさんに「今日の分……」とあたかも金っぽい感じで渡された食料タッパー達を撫でて、目の前の夢見る少女のキラキラを前にして溜息を吐いてしまう。
「?どうしたんですか、お疲れですか?」
「現地妻ってどう思う?」
「ゲンチヅマ?」
「分からないならいいんだ」
「分からないですけど、何だかえっちな気がします!」
「えっちじゃない全然まじで健全俺は何もやってない」
「急に早口なのは逆に怪しいです!えっちなんですね!」
俺は健全な人間だ。なにもふしだらな事なんてしていないしなんか現地妻じみたムーブをする知り合いなんて居ない。居ないったら居ない。
「あ、そういえば江島先輩?」
「?」
「今年のクリスマスはどう過ごされるんですか?」
「……入ってる予定は、身辺整理かな」
「年明け近いですもんね!でも出掛けた方がいいと思います!」
「俺クリスマスから年明けて暫くは出掛けられない呪いがあるんだ」
「聞いた事ないですよそんな呪い……」
「そういう天与呪縛があるんだ俺」
「……てんよじゅばく?」
「そういう縛りだから」
「何言ってるかよくわかんないです……」
「わからなくていいよ」
制約と誓約。つまりはそういう事である。どういう事だよ。
「結局クリスマスに予定はあるんですね?」
「そういう事」
「ええ、折角ならお誘いしようと思ったのに」
「ごめんね、俺クリスマスは誰かと過ごせないから」
「お一人で過ごすんですね」
「誰かと過ごすと俺その人を不幸にするんだ」
「そんな疫病神的な……」
「なんやかんやでつまるところそうなんだ」
「どっちかっていうと幸せを運びそうですけど江島先輩」
「どういうところが?」
「こう、顔がいいし」
「顔面至上主義なだけじゃない?」
「そんな!中身も見てますよ!」
この子は顔面ばかり見ている気がするが。韓国アイドル好きな女の子と同じ類だろうどう見ても。
「そうだ!ツーショ撮りましょツーショ!」
「いいよ。SNOWで撮る?」
「ふふん、最近のイソスタはフィルター選ぶだけで爆盛れですよ!」
「ほんとに?加工アプリで盛ってからとかしなくていいの?」
「投稿とかだったらほんのちょっとだけ加工しますけど、ストーリーとかならフィルターでいけます!」
「……ほんのちょっと?」
「はい!ほんのちょーっと顔ちっちゃくして目大きくして鼻高くして肌白くしてメイク盛って可愛くするだけです!」
「てんこもりすぎじゃないかな」
「女の子はみんなそんな感じですよ!」
全員加工詐欺。おんなのこってこわい。
「そういえば門限とかあるんじゃないの?」
「門限は破るものです!」
「守るものだよ」
「でもこの前お母さんに次破ったらイソスタ禁止って言われたので、帰らなくちゃいけません……」
「イソスタ禁止ってそんなに大きいかな」
「当たり前じゃないですか!流行りに遅れちゃうし、友達が遊びに行った所とか、話題に合わせられなくなっちゃったりとか大変ですよ!」
「女の子って大変だね」
「流石に帰らないと……江島先輩はいつ帰るんですか?」
「俺はそろそろ帰ろうかなって」
「え、それならご一緒に……」
「と思ったけどやっぱり神社のおみくじで大吉引けるまで帰れまてんやろうかな」
「それ一回で帰れちゃいません?」
「俺大凶しか引いた事ないんだ人生で」
「そんなアンラッキーな事あるんですね!?」
「ある」
まじでなんでだろうね。前世の行いが悪かったからかな。ありそう。
「私、江島先輩が大吉引けるの祈ってますね!」
「ありがとう。喜多ちゃんが祈ってくれるなら出る気がする」
「……えっと、出るまで神社回るなら出ます……よね?」
「過去に3回やったけど本当に出ない」
「……お祓い行った方がいいんじゃないですか?」
「それはそうかもしれない」
今回で駄目だったらお祓いに行くのもいいかもしれない。効くかどうかは別として、一度受けてみるのもいいだろう。
「って、もうこんな時間!」
不意に、携帯を見た喜多ちゃんが慌てたように声を上げる。
「帰らないと?」
「はい!電車の時間的にそろそろお暇しないとです!」
「うん、気をつけて帰ってね」
「わかりました!先輩は次いつ頃会えますか!?」
「多分色んな所に出没するから見つけてみてね」
「だいぶ難しそう!」
「そらをとぶで飛んで来たら逃げちゃうからね」
「外国で会うのはロマンチックですけど、どの国か分かんないから難しくないですか?」
「イギリスにたまに出没してるから行ってみてね」
「イギリスですね!おしゃれ!イソスタ映えしそう!」
映えから入るのは現代人すぎる。
急かすように手をひらひらと振れば、「またお会いしましょうー!」と喜多ちゃんは元気に大手を振って駆け足で駅へ向かっていく。
そのきらきらなオーラと赤髪が遠のいていくのを見送り、ふうと一息吐いて踵を返す。
「……神社巡ろ」
有言実行。男は言った事は必ずやる。
スマホで地図アプリを開き、最寄りの神社を調べる。見れば徒歩圏内で、問題無く歩ける距離だった。
よし、歩こう。
「…………」
今はもう、年末の匂いがしてくる十一月だ。空気が冷え、冬の足音が微かに聞こえる時期。
街中の喧騒はいつもと変わらず、入り乱れる大衆の歩みは賑わいを耳に届かせ、街の光はぎらぎらと夜を照らす。
都会とは騒がしいものだ。いつしか、過去の自分が行ったことのあるらしい神奈川は東京に比べれば少しはマシだった気がする。
その頃の記憶は既に無いけれど、
「───────?」
突然、視界が揺れた。
一瞬驚いて、倒れかけた身体を片足で踏ん張って耐える。が、遅れて襲って来た頭痛が力ませた足を脱力させる。
へたり、と片膝をついて思わず頭を抑える。ノイズが頭の中で反響するような痛み、纏めようとした思考が乱される異音。
いや、異音は錯覚。ただ街の喧騒が遠のく程に、頭が割れそうなほどに悲鳴を上げているだけ。
それがただ、きついだけ。
最近増えた突然の痛みに、慣れないまま増えていく事に思わず歯噛みする。何かが削られるような、けれどそれが何が分からないまま頭痛は絶え間なく襲う。
俺に片膝をつかせるとは、やるじゃねえか。言ってる場合か。
「いッ………………てェ…………」
吐き気を抑え込む。内心悪態を吐きながら、霞んだ視界を、深く呼吸して元に戻そうとする。数秒続くそれは、何も思考をさせてくれない。
ノイズ。子供。笑顔。手。桃髪。火。
何かが見えた気がして、けれど何が見えたか分からなくなって。意識が遠のきかけてやばいこのレベルは初めて焦りを押し殺して奥歯を噛み砕く勢いで堪える。
「…………ッ、」
耐えれば、引く。引いてきた。よし。立ち上がれそう、何とか。
「大丈夫?」
誰かが、背中に触れる。
聞き覚えのある誰かの声が届いて、ほんの少し和らぐ。横から聞こえたそちらへ視線を向ければ、霞んだ視界には青が見える。
青。……青髪。聞き覚え、知り合い……青髪の知り合い……。
「……………………山田」
「久し振り」
視界が明瞭になる。そこには無表情な顔が良い奴が、こちらを覗き込んでいた。
珍しく心配そうな声音で、手を優しく握られる。相変わらず冷たい手で、ひんやりとしたこの季節の中追い打ちを掛けられたのかと思う。
冗談。山田は普通に心配している。クズとは言え普通に心配する心はある。ベーシストの癖に。
「…………よ、五年振りだな」
「一ヶ月前会ったばかり」
「…………そうだったっけ」
「今は軽口はいいから」
「………………ごめん」
軽く頭を叩かれた。気がした。多分。
頼れる誰かが側で俺の手を握ってくれる事に安心して、俺は少し力を抜いてふらっと山田に身体を預けた。
頭痛がだいぶ引いて、行けそうだと感じて俺が立ちあがろうとするのを手を引かれて止められる。目で怒られた。
…………コイツ、ちゃんと心配してるかも。ミスった。