最近よくやべー奴に会い過ぎる気がする。
「やばいやばいやばいどうしようどうしよう帰れないえっ私死んじゃうかもこれどうしようやっぱり陰キャな私には高校に行くのもやめておけってお告げなんだあははは本当にどうしようどうすればいいの助けてジミヘン……」
「うーん」
ニュータイプが出た。これは出会った事の無いパターン。
今日はたまたまあった知り合いのお家にお邪魔して遊んで、少し日が沈んだあたりにお暇して、帰ってから無限唐揚げ編でもしようと考えていたらこうだ。
ピンクの髪がさらりと流れる猫背でおどおどした陰気なオーラが醸し出される女の子が改札前で絶望し…………うわなんか溶けたなんだこいつ!?
「えぇ……」
溶けたピンク髪だったモノに近づけば、ぶつぶつと声が呻き声が聞こえる。
「うごご……中卒で親の脛を齧って私はどうしようもないニートになって近所からも笑われて一生自分の部屋でじめじめと寂しい人生を過ごすんだ……」
なんて悲しい。俺はニートでも脛齧りでもいいと思うよ。
人もどきの目の前を見れば、「本日線路の不具合により全面運転中止。ご利用のお客様には大変ご迷惑を……」とかなんとか看板が立て掛けてあった。
…………帰れなくて絶望してる、ってコト?
「もしもし」
「大丈夫……私はいずれ東京ドームを埋める女……」
「すンごい」
妄言がでかい。
「ザオリク」
「…………えっ、あっ、えっあっあっ」
「おはよう」
「あっおはようございます……うっ」
「ワッ……死んじゃった……」
やべー女というよりおもしれー女かもしれない。こんなに物理法則が無茶苦茶な人間……人間……?は初めて見た。倫理も何もかも滅茶苦茶な人間は会った事があるが。
脳裏に複数の知り合いが出て来る。ピアス……酒……金髪……ドラムスティック……うっ頭が。
再び声を掛けてみる。
「ちくわ大明神」
「何だ今の…………………えっ」
「大丈夫?」
「あっはい」
「帰れないの?」
「あっはい」
「アテはある?」
「あっはい」
「Siriでももうちょい返答豊かかも」
がちがちに頬を引き攣らせたそのピンク髪は、ふるふると頭を振って俺を見……ようとして俯きながら、手を落ち着きなくぐーぱーさせながら口を開く。
「え、えっと、私食べても美味しくないです……」
「食材調達じゃない」
「えっ違うんですか……?」
「違うよ」
「え、じゃ、じゃあ何で……あっあ、か、カツアゲ……?すいません今電車賃無くなったら死んじゃうのでどうか私の切腹でどうか……」
「違うから安心して欲しい」
じゃあ一体なんで……ちらりと長い前髪の隙間から覗かれた瞳は酷く不安そうで、小動物が怯えている姿を錯覚する。
「なんかこの世に絶望してる人が居て、どうしたのかなって」
「そ、そんな絶望してましたかね……」
「溶けるくらいには」
「えっ、…………ジョ、ジョークですか?あ、あは、おもしろいですね」
「…………ありがとう」
溶けた事に自覚がないらしい。何故。
首を傾げて、服装を改めて見てみれば学生服のようだった。高校生、にしては幼い。童顔なのかもしれないけれど。
確認。
「中学生?」
「あっはいそうです」
「補導されちゃうよ」
「えっあっちょちょちょちょっとそれは困るっていうか……」
「……夜遊び?」
「あっ違くてまず夜遊びする友達もいないって言うか、へへ、えっと、あ、その、今日オープンスクールでこっちに来てて」
「……もしかして秀華高校?」
「あっあっ、そ、そうです。その、オープンスクールに来て、それで、その、なんか、人混みに揉まれて、帰り道に同じ中学生の子に話し掛けられて、頭が真っ白になって、その」
「うん」
「き、気づいたら夜になってました……」
「本当にあった怖い話?」
人に話し掛けられて気づいたら夜になってたとかどんなホラーだ。
しかし、言われてオープンスクールの存在を思い出す。午前に中学生が廊下をざわざわと通っていたし、昼前の授業では「在校生と交流してみよう!」という名目でグループを作って中学生と話した気がする。
なんか妙にキラキラした赤髪の女の子に絡まれたのを思い出す……うぐ……頭がキターンとしてきた……うごご。
「オープンスクール終わったのって昼過ぎくらいだから…………長い間溶けてたね」
「は、はい、だから混乱しちゃって……、……?……あれ、えっと、そ、その制服って」
「ん、秀華高校」
「せ、せせせ、先輩……?」
「受かったら先輩だね」
「あ、え、えへ、そうですね、私、受かってもない、そもそも受けさせて貰えるかな、面接も陰キャすぎてミジンコ過ぎだから不合格、とか……へへ、生きててすいません……」
「高校の面接はそんな事言わないと思う」
陰キャであるだけで不合格ならこの世の何万人の経歴が中卒になると思ってるんだ。この世の終わりが始まるぞ。
「とりあえずどうするつもりなの?」
「あ、えっと。とりあえず親に電話……あ、でも、携帯の充電切れてて、使えないから……あれ、やっぱり死んじゃったかも私……」
「家はどこらへん?」
「え、えっと、此処から三時間くらい……?」
「なんでウチのオープンスクール来てるんだ……?」
「こ、高校は、中学の私を誰も知らないところに行きたくて……」
「行動力の化身」
このピンクちゃんが詰みかけているのは理解した。
警察に言えば電話くらいは貸してくれるとは思うが、この溶け具合では目を合わせただけでどうなるか分からない。塵になるかもしれない。
ふむ。
「ウチくる?」
「えっ」
「とりあえず雨風凌げるとこにいかないと、ってのとこのままうろついて補導されていいなら話は別だけど」
「すいませんお願いします前科者にはなりたくないんですどうかなにとぞ」
「何の罪で前科者になるんだ」
「え、えっと、陰キャ道遮るな罪で死刑……?」
「そんな罪は無い」
どんだけネガティブなんだ。思いながら、おいでと足を進めれば慌てたように足音を立ててピンクちゃんがついてくる。
背後にぴったりと周りに怯えるように、何故か時折ひっと声を漏らしながら歩く彼女はどんな人生を過ごして来たんだと気になるレベルでじめっとしていた。
じめじめちゃんと呼ぼう。
「あ、あの、せ、先輩……の携帯でお電話を借りる事って……」
「俺の家燃えちゃって、その時なんかスマホも無くなったんだよね」
「えっ」
「面白いよね」
「え、えへおもしろ…………えっ、い、いや、全然やばくないですか、え、なんですか、なに、なにが……?」
「なんか帰ったら家燃えてたんだよね。思わず飛び込んだらスマホ落としちゃって」
「えぇ…………?」
「今の俺が提供出来るのは宿とあったかいココアくらい」
「あ、………………こ、ココア好きです」
「よかった」
いやあ、いつ携帯買おうかな。考えていると、ちょんと袖が引かれる。
振り返れば、「あ、えっと、その、さっきから気になってたんですけど」とピンクちゃんがたどたどしく口を開く。
視線は、俺の背中に担いでいるものに向けられて。
「ギター、弾くんですか?」
「ん、これ?」
背中に掛けた黒いギターケースを指したピンクちゃんの言葉に、思わず苦笑いしながら首を振る。
「友達が家に置けないからって俺の家で預かってるだけだよ」
「あ、そ、そうなんですね……」
「……ギター好きなの?」
「あ、は、はい、結構、その、弾いたりとか」
「じゃあウチ着いたら聞きたいな」
「えっえっえっいやそんな恐れ多いですそんな」
「なんか上手そうなのに」
「……え、へ、へへ。そ、そうですかぁ?」
「うん。めっちゃ上手そう」
じめっとした人とかギター実は上手いし。これは褒めてる。
「ま、まあ、ちょ、ちょーっとだけ?上手いって言われたこともなくもないですけど、へへ、へへへ」
「そしたら期待してるね」
「あっ期待はしないで下さい重すぎて潰れちゃうんで」
溶けた次は潰れるのか。本当に不思議な生き物だ。
「そういえば、名前は?」
「あ、ご、後藤ひとり、です」
「ん、後藤ちゃんね」
「せ、先輩の名前は……?」
「俺名前無いんだよね」
「えっ」
「冗談。後藤ちゃんが秀華高校受かったら、その時に教えてあげる」
「え、じゃ、じゃあ、なんとお呼びすれば……」
「先輩とかでいいよ」
「あ、わ、わかり、ました。せ、先輩……さん」
「よろしくね後藤ちゃん」
「あ、は、はい、よ、よろしくお願いします……」
……あ、家着いた。
_________________________
「……ど、どうでしたか?」
「…………うん、めっちゃいいね」
ふうと吐いて、少し熱くなった体のまま先輩さんに聞いてみると、ふわりとした笑みでお褒めの言葉が返ってくる。
え、えへ、いい、だって。やったね私、褒められてるよ、えへへ。
でも。今まで見れなかったその瞳を喜びのまま、一瞬盗み見て、体を固まらせてしまう。
「…………ほ、本当、ですか?」
「うん」
「…………で、でも」
「うん?」
「思ってませんよね、あんまり」
「…………んー……」
俺そんなわかりやすいのかな、と呟きながら先輩さんは頭を振る。
「いいとは思ってるよ、これは本当」
「え、で、でも」
「ただ、俺でも出来そうだなって」
「えっ」
「……あー、何て言うんだろうね」
難しい、と顎に手を当てて考える先輩さんを見て、私は少なからず疑念を抱いてしまった自分を叱責して、でもやっぱり、と疑いの目線を止めれなかった。
ギターは難しい。先輩さんはギターを一からやったことは無い、と言っていた。触れたことはあるとは言っていたけど、コードなど学んだ事は無いと。
なのに、出来そう、って。
「ごめん、忘れて」
「……見せてください」
「え」
「そ、その、出来そうだったら、み、見せて欲しい……です」
「えぇ……」
「……あ、ご、ごめんなさい私なんかが生意気な口を聞いちゃってすいませんでした許して下さいうじむしでごめんなさい」
「ああ溶けないで溶けないで」
言った後に後悔した。俺でも出来そうという言葉は、私が下手なだけなんだ。
ただ昔から頑張ったギターを、数年間毎日打ち込んできたものを、数回しか触れてない誰かが出来そうと、私の努力が無かった事にされようとしていた事に、きっと私はちょっと心が揺さぶられてしまったんだ。
下手なだけ。私が足りていないだけ。陰キャで友達の居ない私なんかが、そんな凄いってちやほやされる筈ないんだ。
「……ギター、貸して」
「え」
言われて、戸惑いながら手渡す。
「えっと、さっきはごめんね」
「え、あ、いや、そんな」
「ギターはとってもいいと思う。俺が聞いてきた中では一番上手かったし、毎日頑張ったっていうのが伝わる」
「え、えへ、い、一番……」
「あの安定感とか、鋭さとか、そこら辺の人よりも積み重ねが凄いし、ギターが好きな気持ちも乗ってて気持ちいいし」
「そ、そんなぁ、えへ、そんな事ないですよちょちょいのちょいで……」
「ただ本当に、俺でも出来そうってだけだったんだよ」
「え」
ピックが振るわれる。
ジャーンと音を確かめるように全ての弦を鳴らして、んー、と先輩さんは声を漏らす。とんとん、とこめかみを指で叩いて、ネックをしっかり握った。
途端、空気が変わる。
「山田のギターは良い音鳴るなぁ、流石お高い」
始まった。
「────────────────」
そして耳に届いてきたのは、さっき私が弾いていたものと全く一緒だった。
困惑。驚愕。疑問。
私がさっき弾いていたのは、最近巷で流行のバンドマンの曲で、でも私なりにアレンジもしているから、普段聞いた事がある曲だとしてもこの間に挟まれるフレーズは弾く事は、そう無い筈だ。
私と同じ感性や頭をしているか、一度聞いたのをそのまま模倣する以外は。
「(…………本当に)」
出来ている。先程の私の弾いてみたものを同じ、どころかそれ以上に。
本当にギターを数回しか触れていない人間が、ここまで正確に弾ける訳が無い。本当はギターを練習した事が、とも思ったけれどきっとこの人は違う。
どんどん足されていく音に、どんどん増していくキレ、コピーが既にこの人のオリジナルのモノへ昇華されて、変わっていく。
けれど、こんな、何も感情の乗らない音楽が、ある訳ない。
「(…………上手い、けど)」
引っ掛かる。こんな、ただ弾いてみたかのような機械的な演奏が────────
「あ、忘れてた」
────────世界が変わった。
一瞬手を止めて、改めて弾き直した瞬間。感情が乗った。訳が分からない。
溢れんばかりの激情が心にぶつかってきて、鳥肌が立つ。怖気が止まらない。こうも変わるのか、同じ人が弾いているとはとても思えない。やろうとして、演奏に乗せる感情の有無を変えれるのか。
天才。
それは、きっとこの人の事を言うのだと心から思った。
体から力が抜ける。
私はまだまだだ。この人は、こんなに高みに居る。…‥……そんな、こんな凄い人と、私は、いつか、この人と。
ぽつ、と手に何かが落ちる。
「………………?」
「ご、後藤ちゃん!?」
世界が突然終わる。
音の世界が止まって、気が付けば先輩さんが私の顔を覗き込んでいた。
……え。
「え、え、あ、ど、どうしたんですか」
「え、どうしたって」
後藤ちゃん泣いてるから。
言われて、自分が涙を流しているのに気付く。慌てて裾で目元を拭って、でもまだ止まらなくて。
焦って、何でか分からないまま湧き出る涙を止めようとしていたら、ぽんと頭に手を置かれる。
「……大丈夫?」
「……はい、そのえっと、だ、大丈夫、です」
「…………なんかごめんね」
「い、いえ、これは」
これは、私が勝手に。
「……よくわかんないけど、ココア飲もっか」
「う、あ、ありがとうございます」
立ち上がって、ココアを作りに行ってくれる先輩さんの背中を眺める。
…………凄かった。あの人は、きっと出来るからあそこまで深く感情を肩入れしないんだ。する必要が無い、が正しいのかもだけど。
一目見た演奏を真似できて、その中で無意識にアレンジを加えて、既存の世界を新しいモノに変える。文字通り次元が違う才能を持っている人。
……というか人間なのかな……って、し、失礼すぎでしょ私。何考えてるの。
涙が収まって、部屋をきょろきょろと眺める。放られたハイエンドのギターはベッドに沈んで、その周りの壁際には数々のギターやベース、機材もちらほら並んでいる。家が燃えちゃってから一人暮らしになったらしくて、その部屋だけを見れば、音楽を好きそうな人の部屋って感じだ。
……友達から預かってるって言ってたけど、どんな人なんだろう。凄いお金持ちだよねきっと。
うわ、あのエフェクター欲しい…………え、あのギターもしかして物凄い高いやつ……というか私が借りたものもそういえば物凄い高いやつ……!
「石油王……!?」
「どうしたの」
「ああいやなんでもないんですほんとになんでも」
「…………?」
石油王が友達に居るなんて……先輩さんは凄い人なんだ……。
戻って来た先輩さんは「なんか勘違いを受けてる気がする」と言いながら、温かい湯気の立つカップを手渡してくれる。お礼を言いながら受け取り、ココアのその甘い香りに頬を緩ませる。
ふー、と少し冷ましてから一口飲んで、広がる甘味にほっと心が落ち着くのを感じる。
「ご飯何食べたい?」
「え、そ、そんな悪いですよ、わ、私なんかを居させてくれてるのに」
「唐揚げ揚げようと考えてたんだけど」
「か、唐揚げ…………」
ぐう、と腹の虫が鳴る。……私の声は小さいのにお腹が鳴るのは大きいのは何でなんだろう、死にたい。空気読んでよ私のお腹。
「素直で何より」
「す、すいません……」
「いいよ、折角だから一緒に作る?」
「あ、そ、そうですね、わ、私も……」
「うん、おいで」
手を差し出される。
座っていた私は、その手を掴んで立ち上がる。
……男の人の手、初めて触ったかも。思ったよりごつごつしてるかも……って私は何を。
「食べれないものとかある?」
「い、いえ、別に何も……」
「ん、おっけ」
先輩さんが腕を捲る。……意外と筋肉ある。パッと見たとき細く感じたのに。
キッチンに着いて、冷蔵庫へ向かった先輩さんを尻目に落ち着かないそわそわした私は視線をさ迷わせる。や、やっぱり人の家って落ち着かない……。
さ迷わせた視線が、ぴた、とコンロ近くの一点に止まる。
「え」
「後藤ちゃんどうし…………あ」
「せ、先輩さん、これって」
「…………あー、友達の?」
「け、結構多い気が……」
「……結構吸う人だから」
「い、一本まだ火が点いてますけど……」
「好きなギターを一本あげるから誰にも言わないでくれますでしょうか」
「ももももももももも貰えないです!?むむむ無理です!というかそれお友達の物なんじゃ!?」
「大丈夫、ツケとく」
「そそそそれにしては物凄く高い物なので絶対やめておいた方が……」
灰皿に、山盛りの吸い殻と一本もくもくと煙るたばこがそこにあった。
はっはっは、と空笑いする先輩さんは「平気平気、山田の物は俺の物」とジャイアニズムな事を言っている。す、凄い仲が良いんだ……。
それにしても、先輩さんたばこなんて……しかも未成年喫煙って……。
「ろ、ロックですね」
「ロックの基準が煙草吸ってるでいいのか」
「だ、代名詞と言っても過言ではないので……あとはお酒とか恋愛とか……これが揃ってる人は、ロックな人だってお父さんが……」
「……………………まあ、全部ほどほどがいいから、後藤ちゃんは気を付けてね。いやほんとに」
「は、はい、今のところは全部縁が無いものなので……」
「……そっかぁ」
何故か一瞬やつれた顔をした先輩さんは、冷蔵庫から取り出したものをぼんと置いてから火の点いているたばこを吸い込んで、もくりと吐き出した。
「あ」と遅れて点けた換気扇がごぅと煙を吸い込んで、先輩さんは「ごめんね」と私を見た。
「臭いでしょ、煙草」
「あ、いや、そんな事は……」
「いいって。やっぱり料理は俺がやっとくから、リビングでゆっくりしてて」
「え、いや、私普段押し入れで過ごしてるのでそんな匂いとか何も気にならないというか別にそんな嫌じゃないというか」
「猫型ロボットか」
「え」
「いやなんでも」
本当に気にならないので、と話をしていたら、ぴんぽんとインターホンが鳴る。
釣られて玄関の方に視線を向けて、誰か来たのかなと考える。次いで、「ちょっとこのまま作り始めてくれる?」と先輩さんが玄関へ向かう。
……荷物か何か来たのかな。私は頷いて、言われた通り冷蔵庫から取り出された鶏肉をパックから取り出す。良かった、唐揚げならお母さんと一緒に作った事ある。
「こんばんは」
「ども。今迷子保護してるんで、別の日でいいすか」
「女の子ですか?」
「そうすけど」
「……女たらし」
「そういうんじゃないんで」
「どうですかね」
女の人の声だ。お友達が来たのかもしれない。
唐揚げの下準備を進めながら、換気扇の音に紛れる先輩さん達の会話に耳を傾けてしまう。
なんだか落ち着いた声で、大人っぽいお友達が居るんだ先輩さん。
「また今度で」
「折角楽しみにして来たのに、酷いですよ」
「そう言って先週も来たの誰すか」
「私でーす」
「そうだよ……あ、てか携帯貸してください」
「何ですか、浮気チェックですか?」
「彼女になってから言えよ。迷子の親に電話するんで」
「んふふ。……貸すのはいいですけど、ただで貸すのはなんだか癪ですね」
「いいじゃないすか」
「やーだ」
鶏肉を丁度いいサイズに切り分ける。久々に包丁を握ったなぁ。
ボウルの中に入れて行って、あ、どれくらい入れよう、と途中で考える。
……男の人っていっぱい食べるよね。いっぱい切っておいた方がいいかも。
「今度、私の家来てくださいね」
「この前行ったじゃないすか」
「何か月前の話してるんですか?」
「あー……二週間前?」
「一か月以上前ですよ。また来るって言ってたのに」
「最近色々あったんで」
「別の女のところで住んでましたもんね」
「なんで知ってんの?」
「あ、本当に住んでたんですね」
「なんでカマ掛けたんだ……?」
「私に言えないやらしい事ないかな、って」
「俺がする訳ないじゃないですか、高校生ですよ」
「私とはした癖に」
「意地悪を言わんでくれますかね」
「ふふ」
……換気扇の音であんまり聞こえないけど、何話してるんだろう。かま……カニカマの話してるのかな。先輩さんやっぱりお腹空いてるんだ。多く切ってて良かった。
「じゃあ、次の土曜日待ってますね」
「はい、じゃあ行くんで携帯貸して下さい」
「…………んふ」
「……なんすかその目」
「…………♡」
「……あ、待ったなるほど理解いやちょっとやめ」
どん。
「ひっ」
扉から音が響いてきた。思わず驚いて、扉の方を見る。
……転んじゃったのかな。大丈夫かな。
鶏肉の方に視線を戻して、……うん、これくらいあれば大丈夫かも。下味付けよう。
それから下味をつけ終えるくらいに、ガチャ、と扉が開いて先輩さんが帰ってきた。
「…………ただいま」
「あ、お、おかえりなさ……首どうしたんですか?」
「ちょっと猫に引っかかれて」
「なんか、か、噛んだ後?みたいなのも……」
「ちょっと猫が大きくて」
「……つ、疲れてます?」
「超元気」
そうは見えないけど。
「携帯、借りてきたからこれで親に連絡してきな」
「あ、ありがとうございます」
「うん、リビングの方で話し…………うっわ」
「?ど、どうしました?」
「いや、後藤ちゃんめっちゃ食うんだな、って」
「え、あ、いや、先輩さん男の人だから、このくらいかな?って」
「…………そうだね」
なんかもっと疲れた目をした気がする。何でだろう、私変な事しちゃったかな。
手渡された携帯で、リビングの方でお母さんに電話を掛ける。良かった、とりあえずこれでなんとかなりそう。
ぷるるる、とコール音を耳にしながら私はひとまず胸を撫で下ろした。
『まさか男の人に連れられた、とかじゃないわよね?』
「………………ち、違うよ」
『男の人なのね……』
「う……で、でも!秀華高校の人で、そんな危ない人じゃなくて!ロックだけど!」
『ロック?』
「そ、そう、ロック」
『……そうね。私、ロックの事は分からないけど、お父さんには上手く言っておくから』
「え、お、お母さん?」
『そうよね、娘はロックが好きだもの……私、応援してるから!』
「お母さん!?」
『ちゃんと嫌な時は嫌っていうのよ!』
「なんか話が違う気がする!」
なんかお母さんに誤解された気がする!!!!!!!!!?