最近、夜にやべー奴に会う事が多過ぎる。
「なーに、吸ってるの?」
「………………………………空気」
「そんな訳ないよね?てか誤魔化せる訳ないよね?」
正確にはバレたら学校生活に支障が出る可能性があるかもしれないやべー奴、とても天使なクラスメイトの伊地知はコテンと首を傾げる。
にこ、と威圧されている気がしなくもない笑顔に俺はバツが悪くなりそっぽを向く。が目の前に回り込まれる。
逆を見てみる。回り込まれた。逃げられない。
「……伊地知、俺の臓器一つ分でどうか許してくれ」
「口止め料にしては重過ぎるよ!?」
「未成年喫煙が高校にバレるよりは俺の臓器を捧げた方がいい」
「なんなのその価値観ぐちゃぐちゃだよ……」
はあ、と溜息を吐いた伊地知は自動販売機に背中を預ける。
奇しくもせーちゃん、もとい星歌さんに煙草が見つかった場所と同じだ。
昨夜STARRYの助っ人に借り出され、いざ今夜忙しい時間が終えて「帰っていいぞ」の一言で俺はヤニ切れ即帰宅。の途中でヤニ補給をしていたらこうだ。厄年か。
「……煙草、吸ってたんだ」
「うん」
「……未成年喫煙は犯罪だし、体にも悪いし、あと臭いよ」
「知ってる」
「駄目でしょ、吸っちゃ」
「これだけは無理」
「……いつから吸ってるの?」
「伊地知が生まれる前かな」
「なにそれ」
くす、と呆れるように笑って、諦めたように溜息をまた吐いて、伊地知は空を見上げる。
「やめる気は」
「ない」
「食い気味だなぁ……」
「もう俺の体の一部と言っても過言ではない」
「過言であって欲しいかなそこは」
「こればっかりは伊地知でも」
「……どうしても?」
「どうしても」
目が合う。真っ直ぐな目。うわかわいい。
数秒見つめ合い、伊地知は困ったように笑ってサイドテールを揺らした。何か言う事を探すように体を右へ左へ彷徨って、そしてまた、空を見上げて。
ぽつりと。
「…………ジュースでいいよ」
「……口止め料?」
「うん。私が欲しい時に、買ってくれるなら」
「欲張りかよ」
「あーなんだか口がうっかり先生の前で滑っちゃいそう!」
「俺はお前の財布、いいな?」
「そこまでは求めてないんだけど……」
「俺はお前の懐刀」
「私は将軍か何かかな?」
将軍クラスの天使力は持ってるから将軍でいいんじゃないかな。天下統一しようぜ、殿。
「なにがいい?」
「んー……オレンジジュース」
「ん」
今日の伊地知への口止め料を払う為、伊地知の背を預ける自販機のもう一つ隣の自販機へお金を入れる。言われるままにガコンと缶ジュースを買い、そのまま手渡す。
ついでに俺もコーラを買い、そのままかしゅっと開けてぐいと呷る。かーっ自腹コーラも安定で美味い。人の金ならより美味いのに。
「伊地知はなんでここに?」
「わざわざSTARRY来てくれたから、ジュースの一本でも買ってあげようと思って追いかけてきたんだよ」
「その善意が裏目に出てしまうとは」
「クラスメイトが煙草吸ってるなんて私ショックだよ」
「ごめんね」
「もー、そういうの興味ないと思ってたんだけど」
「俺は何にでも興味あるよ」
「えー嘘つきー」
「俺は嘘ついた事ないよ」
「あはは、嘘だよ」
にこ、と伊地知は少しだけ悲しそうに笑って。
「バンド。興味ないじゃん」
「…………」
……興味がないわけではない。ただ他の事をしていたり見ていた方が楽しいと言うだけで。
だが伊地知からすればそう見えるのだろう。言い返しても言い訳か何かに聞こえてしまいそうで、俺は何も言い返す言葉が見つからず黙秘する。
誤魔化そうと煙草を吸おうとして、フィルターギリギリでもう吸えない程短い事に気づいた。じりっと地面に押し付ける。
「ギター、もう弾いてくれないんだ」
「あれは弾いたとは言わない、真似しただけだよ」
「真似にしては、だいぶアレンジが入ってたけどねアレ」
「なんか音足りなくて入れてみただけだし」
「……普通弾いた事ない人間が、弾いてる姿を一目見てそのまま真似出来るとは思わないけど」
「たまたまだよ」
「たまたま、ねえ……」
前に、伊地知がギターを弾いてみろとライブハウスで押し付けてきた事がある。
俺は音楽はした事がなかったので、動画投稿サイトでギター演奏動画を見てその動きをそのまま真似してみただけだったのだ。弾いたとは言わない。その中で、なんか加えれそう、と音を加えてみたりもしただけで。
……ギター……ギターフロー?ピローだったっけ、シロウだったっけあの動画の人。忘れた。
「私は、バンド入ってくれるの待ってるよ」
「前向きに検討させて頂きます」
「それ入らないやつだよね」
「はは、気が向いたらね」
「一生気が向かなくない?」
「もしかしたらギター弾いた時間だけ寝れる生活とか始めるかもだから」
「うーん、そもそもの睡眠時間が無くなっちゃいそうな気がする……」
「前途多難、ってコト?」
「お馬鹿ってコト」
オレンジジュースをくぴくぴ飲んで、伊地知は新しく煙草に火をつける俺をぼーっと眺める。クラスメイトが煙草を吸うのを見て何か楽しいのだろうか。
「ねえ」と声を掛けられ、伊地知に目を向けると首を傾け俺の顔を覗き込まれる。
華やかな笑顔で、でも少し今度は眉が下がった顔で。
「……楽しい?」
「今はそれなりに」
「そっか」
「何急に」
「んーん、なんでもない」
「なんだよ」
「なんでもないってば」
女の子のなんでもないはなんかある。古事記にも書いてある。
「伊地知は今楽しい?」
「うん、楽しいよ」
「なんで?」
伊地知に訊けば、少し考えるように俯いて。数秒して答えが出たのか、すぐに顔を上げた。
「……高校に入って、授業受けて。ドラム叩いて、リョウと出会って、STARRYで働いて、色んなバンドを見て、もっとバンドが好きになって」
連ねた思い出を吐き出して、瞼を閉じながら笑顔を重ねて。伊地知は柔らかく笑んで俺の方へ瞳を向ける。
真っ直ぐで、綺麗な、光に溢れた瞳。
その眩しさに思わず目を細めて、胸の奥が締まるような感覚を覚える。
「その中で、キミと出会って」
裾を引かれる。言葉が重ねられる。伊地知だけが視界に映る。
「最初は死んだ目で大丈夫かな、って思ったけど」
「話してみたら愉快だし、なんか突拍子もなく変な事はするし」
「大丈夫そう、って思ったら遠いところ見るような目でどこかを見てて」
「大丈夫じゃないかも、って心配しちゃうけど」
「でもキミはいつだって煙に巻くような態度で」
「いつまでも距離が縮まらないような、でも近いような、不思議な人」
「だから、えっと、何が言いたいんだっけ……あ、そう」
「えっとね、私ね」
「キミともっと仲良くなって、もっとキミの事知りたい」
「…………あれ、私何言ってんだろ」
裾を離され、景色が戻る。
伊地知の周りには自販機の灯りで照らされる道端の夜景、そして空には星が照らす夜空。俺の視界には煙草が昇らせた煙。
煙草を吸う。吐く。一呼吸置く。
「………………告白?」
「…………ちっ、違う違う違う!そう言う事じゃなくて、あ、でもなんかそれっぽいかも!?でっ、でも違うよ!??」
「それはそれで傷つくね」
「あっごめん!?傷つけるつもりじゃなくて!えっと、え、私ほんと何言ってんだろ!??」
止まらなかった言葉の雨は伊地知自身もわからないまま言ったのか、サイドテールを指先でくるくるとしながら落ち着かせるようにあはははと笑って手に持つ缶を見つめている。
「伊地知落ち着いて」
「落ち着いてる!えっと、だって私、なんか言いたくて、言わなくちゃって」
「うん、落ち着いて」
「なんかキミほんと煙みたいだし、未成年の癖に煙草吸ってるし、無駄に大人っぽいし!」
「褒めてんのか貶してんのかどっちだ」
「でも子供っぽい馬鹿みたいな事するし、でもなんか落ち着いてるし、あと普段ぼーっとしてるし、目が死んでるし」
「貶してるよね伊地知」
「なんか、急に何処か行っちゃいそう、って思って」
「───────」
「そう思ったのは何でかわかんない、けど、なんか言わなくちゃって、なったの」
「……そっか」
心が暖かくなる。伊地知は胸の内の言葉に出来ない何かを、伝えようとしてぐちゃぐちゃのままで伝えようとしてくれた。
きっと、それは何だかとても綺麗で尊くて素敵なもので。俺が向けられるには恐れ多い、勿体無いものだ。
思わず、頭に手を置く。
「わっ、……な、なに?」
「いや、ありがとう、って」
「……でも、私、なんか何が言いたいかわかんなくて、はっきりわかんなくてもやもやのままで」
「それでいい」
「え?」
「てか、それがいい」
思わず笑って、その小さい頭を撫でる。
「ありがとう」
「……どういたしまして?」
「可愛いね伊地知」
「かわっ!?な、なに急に!?」
「いやほんと、天使だなって」
「何!?何なの!?」
「何が言いたいかわかんないし何言われてるのかわかんなかったけど、可愛いってのはわかった」
「馬鹿にしてるな!?」
うがー!と牙を剥き出す伊地知に笑いながら、いやほんと何言われてるかわかんないと考えながら首を傾げる。なんでエモな感じで仲良くなりたい宣言されたんだろ。
「とりあえず、仲良くなろうな」
「……うん。そうだね、仲良くして」
「俺はもう仲良いつもりだけど」
「そうだけど!……なんか、壁というかなんというか」
「それに関しては気のせい」
「えー?そうかなあ」
「そうだよ」
「あると思うけどなあ、なんか言葉に出来ないけど、こう、なんか」
「ないよ」
壁なんてある訳ないだろ。そうだよ(便乗)。
吸い切った煙草を地面でじりっと潰して、飲み切った缶を自販機横のゴミ箱へ放る。からんからん。
伊地知も飲み終えたのか缶をゴミ箱へ放り、からんと音を鳴らして、自販機に預けていた背中を離す。
「俺はそろそろ帰るけど、伊地知は?」
「私も帰る。じゃないとお姉ちゃんに心配されちゃうし」
「せーちゃんによろしく」
「それお姉ちゃん怒ってるけど一向に直さないよね……」
「誰かに左右されるのが似合わない男なんで」
「ただ言う事聞かないだけじゃないかな……」
「そんな事はない」
「あるかもだけど」
人の言う事は聞きはする。素直にやるかは別として。
「気をつけて帰ってね、伊地知」
「ありがと。キミも寄り道しないで帰るんだよ?」
「気が向かなければ真っ直ぐ帰るよ」
「気が向かないでくれ頼む……」
「そんな祈る事かね」
「この前コンビニの喫煙所十ヶ所巡りとか言って、遅くまで歩き回ってたの知ってるからね」
「どこからそれを」
「リョウから」
「山田ァ……!」
「悪事を口止めしたければご飯を献上せよ、って言ってたよ」
「山田ァ……!」
いや言うほどの悪事は行なっていないが。伊地知からしたらぷんぷんとお小言を言われてしまう内容ではあるのかもしれない。
後で、シメる。そんな決意と共に、拳を握り締める。
覚えていろ山田。我が野草フレンズ。
「じゃあ宴もたけなわではございますが」
「うん、そうだね。今日はありがとうね」
「俺こそ、ありがとう。じゃあね」
「うん!じゃ、また明日!」
「……ん。また明日」
ひらひら、と手を振って歩いていく伊地知に手を振り返す。元気にトコトコ歩いていく背中を眺めて、俺は笑って、見送り終えて手を下ろす。
煙草を取り出して、もう一本を咥えて火をつける。吸って、吐いて、煙を昇らせる。
脳にまたニコチンが満たされて、ぐるりと思考が回るのを感じる。
「……急にどこか行っちゃいそう、ね」
はて、どういう第六感でそれを感じ取ったのか。やはり大天使ニジカエルは普通の人間とは違うのか。
やるじゃねえか、と思いながら手慰みでスマホを見ればトークアプリにメッセージが届いていた。
見れば、『いつ戻ってくる?』と山田から。
「なんだあいつらすげえなどういうこと?」
『お前が俺を恋しくなった時だよ』と返せば、秒で『来世?』と来た。締め殺すぞ。
舐め腐ったクズ人間の返信に笑っていると、ぴろんと追加で来た。
今度は何だ。お金でもせびるのか、と思って見てみる。
『またね』
「…………」
『またね』と返して、スマホをポケットに突っ込む。煙草を今度は深く吸って、より深く吐き出す。
空を見上げて、今日は綺麗な星空だと思いながらもう一度煙を吸って吐く。
また。吸って吐く。
「……今日は何して帰ろっかな」
伊地知の言葉を裏切って、今日の帰宅までにやれそうな事を考える。今日は真っ直ぐ帰るには惜しい。
シンプルなものにしよう。100個見つけるまで、の気分では無いからさらっとしたものにしよう。
…………ティンと来た!
「段ボールの中で捨てられた目をし続けて誰かに拾われるまで帰れまてん」
これしかない!!!!!!!!!!
「突然の連絡で申し訳ないが、江島が転校する事になった」
「居なくなっちゃうの突然過ぎだろキミ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「虹夏落ち着いて」
「落ち着いていられるかぁ!!!!!!!!!」
「虹夏おちついぐふぅ」
「山田が飛ばされたァ!」
「伊地知を止めろ!オイ!誰か男の人呼んできてェ!」
「乱闘だ!スマッシュブラザーズ!??」
「いやストファイかも!?」
「ふざけてねぇで止めろォ!おいアイツドラムスティック持ち出したやべぇぽむられるぞ!?」
「江島くんをここに呼べー!!!!!!!!!!」