最近、夜によくやべー奴によく会う。
「またフォロワーにブロックされた!」
「何したの」
「何もしてないわよ!」
「理由なくブロックされる訳ないと思うけど」
「じゃあ何が理由なのよ……」と項垂れるその女の子は元気無くベッドにぼすんと倒れ込む。唐突に上がり込んで俺のベッドを占領するのも見慣れた光景で、今日はいつ帰るのかなと読んでいた漫画に視線を戻す。
大槻ヨヨコ。俺の家に勝手に上がり込んでは漫画を読み、ついでに俺の膝も占領しにくる昔から付き合いのある近所の女の子。
誕生日が早いと言う理由だけでお姉さんぶる茶髪ツインテガールは、情緒不安定な下振れラインを俺にぶつける為によく俺の家へ飛び込んで来る。
「最近はフォロワー増えたと思ったらすぐにこう……ブロックされる理由が分からないわ……」
「ヨヨコ気付かない内にやらかすからじゃないの」
「私が何をやらかすっていうの!」
「バンドメンバーから色々聞いてるけど全部聞く?」
「……き、聞く」
「そんな嫌そうな顔しないでよ」
「嫌そうじゃないし!てか、皆と連絡取ってるの今知ったんだけど!」
「あくびちゃんが『ヨヨコ先輩に何かあったらお世話お願いしたいんで』って」
「お世話って何よ!?というか私がお姉さんなんだから!」
「誕生日早いだけじゃん」
「早いなら私がお姉さんじゃない!」
「はいはいそーですね」
ぽんぽんと頭を撫でれば、子供扱いしないで!とぷりぷり怒るが手を払い除ける様子は無い。明らかに姉より妹よりだと思うのだが。
読んでいた漫画をぱたんと閉じ、おもむろに立ち上がってベランダの窓を開けに向かう。懐から煙草を取り出しながら窓を開け、そこに常備してある灰皿の近くに座り込んで一本咥える。
じりっ、と火を点けて吸い込めばニコチンが脳を巡り酩酊感と全能感が暫く遅れてやって来る。美味しいヤニー感謝感謝……。
「……煙草、体に悪いからやめなさいよ」
「止める気無い癖に」
「止めても意味無いって分かったのよ」
「賢い女は好きだよ」
「そうね、私賢いから」
「友達は居ないけど」
「居るわよ!あんたとかバンドメンバーとか、あと……えっと……」
「今度俺の友達紹介するね」
「三人以上の集まりなると私が喋れなくなるからやめて」
「じゃあ俺席外すから」
「もっと地獄生まれるわよ」
「ちなみにピアスバチバチでメンヘラな人と目つき悪いヤンキーな人と臭い酒カスの人どれがいい?」
「全部ろくでもないじゃない……」
「全員バンド関連だから話は合うんじゃないかな」
「気まで合うとは限らないわよ」
ベッドに倒れ込んでいた体を起こして、ヨヨコは仰向けになってベッドに放った俺が読みかけの漫画を手に取る。
ぱらりと見て、勢いよくばちんと閉じる。そしてこっちを勢い良く見て、叫ぶ。
「いつのまにこんなえっちな漫画買ったの!?」
「失礼な。健全だろ」
「だ、だってこれ、出てるじゃない!色々!」
「異星人だから出るでしょ」
「そ、……そうなの?」
「そうだよ」
「…………そうなんだ?」
「そうだよ」
ピンク髪の違う星のお姫様とか、金髪の殺し屋とか。出るだろうそりゃあ。何言ってるんだ。
「ウブだなあ」
「なによ馬鹿にしてるの?」
「お姉さんぶる癖に慣れてないんだ、って」
「まだ高校生だから知る訳ないじゃない!あんたもそうでしょ!?」
「…………そうだね。うん。俺も知らないよ。そういうの」
「最初の間は何!?」
俺、今、高校生、えっちなこと、知らない。
「怪しいわね……私に隠れて知らない内に、その、そう言う事してるんじゃないでしょうね」
「俺ほど健全な男はいないだろ」
「煙草吸ってて何が健全よ」
「健全だろ。深呼吸だぞ」
「普通に深呼吸しなさいよ病気なるんだから……」
「人間いずれ皆死ぬんだよ」
「そんな事言わないでよ!悲しい気持ちになるじゃない!」
「歳を取ってから死ぬより若い内にあっさり死ぬ方がいいってアンケートにも出てるんだぞ」
「どこの誰かそんなアンケート作ったのよ!」
全国ヤニカス協会代表俺が俺の為に俺だけ答えた俺調べの俺によるアンケートだが。
「そういやヨヨコ、バンドメンバーとはちゃんと仲良い?」
「何よ急に」
「あくびちゃんの話聞いてると本当に仲良いのかなって」
「……良いと思うわよ。今回のメンバーなら、きっと」
「他の……えっと、フータローと幽々子は?」
「楓子と幽々ね?」
「そうそれその人達」
「……………………まあ、そこそこ?」
「……コンビニ行くけどなんか要る?」
「そこそこって言ってるじゃないその憐れむ目辞めなさいよプリン食べたい私も行く」
「四十秒で支度しな」
神様、どうかこの子にコミュ力とか愛想とか色々授けてあげて下さい。コミュニケーション×とか目つき×とかデバフばっか授けるのは違うじゃないですか。
「行きはグリコで帰りは根性逆立ちで一往復な」
「行きはともかく帰りはもう一回コンビニ来ちゃってるじゃない……」
「根性だからね」
「根性ってなによ」
「青春だよ」
「は?」
「ガタガタ言うなさっさと立て」
「つ、強い言葉使わないでよびっくりするじゃない」
「弱く見えちゃうからね」
「は?」
何言ってんだコイツみたいな目線に肩を竦めて立ち上がる。スマホと煙草をポケットに突っ込み、ヨヨコが立ち上がったのを尻目に自室を出る。
物音一つしない我が家の階段を降りて、明かり一つ無い家中を抜けて玄関へ。
寝巻きにサンダルというあまりにズボラな格好へ外へ出て、後ろからパタパタと足音が続いてくるのを耳にしながら先に歩く。
「鍵くらい閉めなさいよ」
「ヨヨコ持ってるしいいかなって」
「それはそうだけど……っていうか財布は?」
「今日は電子決済な気分」
「……そういえば前にバーコード禁止生活してたのはどうなったの?」
「野草縛りに飽きたから辞めた」
「なんでそんな頭おかしい生活急に始めるのかしらほんと……」
「野草フレンズが出来たから案外捨てたもんじゃないぜ」
「あんたと同じような人間が居る事に驚きよ」
「フレンズは金なさすぎて野草食ってるらしい」
「大丈夫なのその人生きていけてる?」
「多分」
脳裏に思い浮かぶのは『食べれる!実は美味しい野草大百科!』を片手に野草をビニール袋に詰め込んでいた無表情な変な奴。
俺もその野草大百科を片手に徘徊していたものだから勝手に同類を見る目で見られたのを思い出す。強く生きよう、と握手したのは割と最近の話だったような大分前の話だったような。
初対面がそれで、後に伊地知の隣で見かけたのを驚いたのが記憶に残っている。あんな変な奴と友達とかおかしいぞ伊地知。
「……そういえばさ」
「んー?」
「この前一緒に歩いてた人、誰?」
「……………………どれ?」
「なんか地雷量産型みたいなピンクっぽいような女の子……女……お姉さん……少女……?みたいな人」
「あれはこの世に蔓延る邪悪以外の何者でもないよ」
「だからあんなに死んだ目してたの?いつも死んでるのに倍増しで」
「そんなに死んでる目してるの俺?いつも?」
「死んだ魚の目より死んでるわよ」
「おい言いすぎだろまだ俺の方が生きてるわ」
なんかたまたまあったやべー奴が特級呪物でそれに絡まれて心が死んでいるのを見られたようだ。あれは百葉箱に入れてバイバイしたいレベルだ。二度と会うか。
「まぢむりやにすう」
「こら歩き煙草」
「もう火つけたから無理」
「早すぎでしょなんなのよ」
「もうコンビニだしいいでしょ、灰皿あるし」
「……まあいいけど」
「あ、なんかプリンのついでに買ってきて」
「なんかってなによなんかって」
「なんかはなんか」
「……えぇ……?」
近所のコンビニ、及び灰皿に辿り着いてしゃがみ込む。ぶつぶつ言いながら渋々コンビニに入っていくヨヨコの背を見送りながら、煙を吸って吐く。
今回は何を買ってくるのだろう。前回ヨヨコにランダムおつかいを頼んだ時は消臭スプレー、その前はサラダチキン、その前の前はコーラとメントスだった。
その都度特に何も聞かずに受け取るのだが、果たしてヨヨコのなんか買ってきての基準はなんなのだろう。
「…………?」
不意に携帯が震える。
通話の着信コールで携帯が震え、ポケットから取り出して電話を掛けてきた人物の名前を見てみれば伊地知だった。
なんだろう。出てみる。
「もすもすひねもす」
『なんだその変な言葉』
「あれ、せーちゃん」
『せーちゃん言うな』
「どしたんすか?こんな夜中に」
『お前明日暇か?暇だろ』
「決めつけないで下さい。明日はドミノ世界記録目指す休日を過ごすんですよ」
『暇だな。明日ウチに来い』
「大胆なお持ち帰りに思わず心臓が高鳴るっす」
『歳食ってから言えガキ』
なんだよせーちゃん言葉が冷たい。しかし伊地知家に呼び出しとは。珍しい。
「伊地知は?」
『夜食作ってくれてる』
「天使かよ」
『ともかく来い、お前が必要なんだ』
「そんな明日混むんすかSTARRY」
『最近ノってるバンドが出演するからな、少し保険で手伝って欲しい』
「俺は高いですよ」
『ピース買ってやる』
「カートン」
『三箱』
「五箱」
『四箱』
「乗った」
『よし。手伝うのはライブが始まる前辺りでいいから頼んだぞ』
「前と同じ感じすね」
『ライブ始まったら暇になるからな。そしたら帰っていいぞ』
わかりました、と返事を返せばじゃあまた明日と電話が終わる。どうやら明日のドミノ世界記録挑戦はまた別の機会になるようだ。
仕方ない、明日は煙草の為に労働するか……と思いながらフィルターまで吸い切った煙草を灰皿へじりっと押し付ける。
「買ってきたわよ」
「ん、おかえり」
「スフレプリンでしょ、まず」
「うん、好きな美味しいの」
「あと飲み物欲しいと思ってココア」
「うん、甘くて美味しいね」
「あとしょっぱいもの食べたいかもだからからあげ」
「うん、助かる美味いし」
「あと一番くじで引いて出たE賞のハンドタオル」
「うん、なんで?」
なんで?
「なんで一番くじ引いてるの?」
「もしいいの当たったら喜ぶかなって」
「いや確かによろこ……くちぱっち??」
「好きでしょ、たまごっちのくちぱっち」
「好きだよ、可愛いし。…………たまごっちのくちぱっちのハンドタオル?」
「好きそうなの選んだ」
「………………ありがとう、凄いなヨヨコは」
「あとA賞のたまごっち」
「凄いなヨヨコは!??」
今回のヨヨコのおつかいはたまごっちが出てきた。わかるか。
今の子達は知らないであろうご飯をあげたりうんちを流したりしてキャラクターを育てる卵形のゲーム。まさか一番くじにあるとは。
というかそれを引いてちゃんと当ててくるとは。どう言うことだってばよ。
「嬉しいなこれ……」
「でしょ?感謝しなさい」
「ありがとうヨヨコ、これピアスにする」
「……それはやめた方がいいんじゃない?」
「なんでだよ」
「逆になんでよ」
「なんでもくそもあるか」
「言い始めたのあんたよ!」
「ばっかお前グーは駄目だろパーにしろ」
「なんでパーはいいのよ!」
「グーだと脳筋ヒロインになっちゃうから」
「私が馬鹿って言いたいの!?」
「ああまあヨヨコは馬鹿というか阿保あっいや違う間違えた」
「間違えたもくそもないわよ!」
怒らせてしまったようなのでそそくさと逃げるように立ち上がり、早足で歩き始める。後ろからは「逃げるな!」とヨヨコが足音を立てながら追いかけてくる。
いやだって阿保というか残念と言うか。思いながら不意に空を見上げ、ああ月が綺麗だなんて感じる。
今日は月が綺麗ですね。
「死んでもいいわ」
「なに急に怖っ」
一人夏目漱石をしたら少し怯えるような目をされた。なんでだ。