最近、よくやべー奴に会う事が多い。
「いやあー!ごめんねえお水貰っちゃってー!お味噌汁も!このお礼はいつかするよー!」
「臭いんで近寄んないでくれます?」
「酷い事いうねキミ!傷ついちゃうよーお姉さん!?」
勝手に傷ついてしまえ、と内心溜息を吐きながら視線を向けている先には酒臭い明らかにやばそうなお姉さんが居た。
さっき初めて会ったこのスカジャンを羽織って三つ編みを垂らした酒臭いその人は、今日見つけたベストプレイスで煙草を吸っていた俺に「水……下さい……」と乞食をしてきたのだ。
無視しようかと思うほど酒臭かったが。無視しようかと思ったが。一握り残っていた人の心を沸き立たせて水をぱしられてきてあげたというのが今までの経緯。
「キミはこんなとこで何してんのー?家出ー?」
「マンホール百種類見つけるまで帰れまてん」
「えっなにそれ?」
「マンホール百種類見つけるまで帰れまてん」
「いや聞こえてたけどさー?もしかしてキミやばい?」
やばくねえだろ。何処がやばいんだ。
「個ならともかくさ、種類は終わりそうにないかなーって」
「あと97種類見つければ俺は帰れるっすね」
「それ始めてどれくらい経ってるの?」
「2時間」
「絶対帰れないじゃん!」
お姉さん大爆笑。なにわろてんねん。
俺、マンホール百種類見つけたら家に帰るんだ。そんな遊びをしていたら何の因果かこんなやべー酒臭い女に鉢合わせてしまった訳だが。マンホールを探していたのが良くなかったのだろうか。
……街灯百種類の方が良かったのかもしれない。
「ちなみに見つけられなかったらどうなるの?」
「マンホールのタトゥー彫ります」
「絶対やめなよ!なんでマンホールの彫っちゃうのさ!」
「まあ一興かなって」
「イかれてるねキミ!」
もっとカッコイイの入れなよ、なんて言いながら酒カスさんはお味噌汁を美味しそうに啜る。あまりにグロッキーだったので買ってきてあげたが、染み渡るほどに効いているようだ。
酒でやられたらしじみの味噌汁を入れれば何とかなる、広辞苑にも書いている事だ。すげーな広辞苑。
「ぷはー!いやあ生き返ったよ!これでまたお酒が飲める!」
「どっから出したんすかその酒」
「そりゃあお姉さんの幸せポケットからだよぉ!いただきまーす!」
「迎え酒が早すぎる」
「かー!やっぱお酒しか勝たーん!」
「体悪くするっすよお酒は」
「えー?煙草の方が体に悪くなーい?」
「深呼吸してるだけなんでむしろ良くなってます」
「将来病気になっても知らないぞー?」
「お酒に依存してそうな人が言うと重みが違うっすね」
「あははは!依存してそうなっていうかしてるっていうか!もう無いと駄目って言うかほんとに無いと無理だよねいやほんと」
「どしたん話聞こか?」
意外と闇が深いのかもしれない。そう思うほどに段々の目が死んで空笑いしているお姉さんを見て思わずそう思った。
「へへ、平気だよー……お酒があればなんでも嫌な事忘れられるからっ!」
「あーあー体に悪い飲み方してる」
「ぶはっ!これくらいじゃないと酔えない!」
「末期ですね。来世はお酒飲めないといいですね」
「もうお姉さんが死にかけみたいな言い方やめてよ!」
「死にかけというか早死一直線ルートというか」
「うーん、死ぬにはまだお酒が飲み足りないからやだなあ」
「死ぬのはおもんないっすよ。冷たいし」
「え、死んだ事あるのキミ?」
「よく爆発します」
「爆弾なの?」
やっぱり変な子だねー、と酒を煽るお姉さんを横目に煙草を吸う。ふらふらと脳を酩酊させて揺れているお姉さんの傍らにはギターケースが放られていて、この人またバンドマンなのだと気づいた。
またバンド関連の人らしい。なんの因果なのだろう。年上の人達と無駄に関わりが増えている気がする。
「まあ確かにキミ、高校生なのに煙草吸ってるのは爆弾と言うか地雷って感じだけど!」
「……高校生じゃないっすよ」
「あはは。おねーさん見る目あるから、キミが何歳くらいかわかるよ?」
「何歳だと思うんすか?」
「三十六歳!」
「節穴だよあんたの目は」
「あっれぇー?」
大外れだが大当たりな事に内心舌を巻く。おちゃらけた酔っ払いの癖に、高校生な事を看破してくるのは本当に見る目はあるんだろう。アル中の癖に。
「ていうかいま何時なのー?キミ帰らなきゃじゃなーい?」
「9時なんでまだセーフ」
「未成年が煙草吸ってるからアウトじゃなーい?」
「そんな法は俺が壊す」
「ひゅー!未来の希望の光ー!ついでに税金とかもぶっ壊せー!」
「俺が総理大臣になって酒税を課します」
「やめて」
「煙草税を全て酒にぶち込みます」
「ほんとにやめて。お願い、生きてけない」
「寿命は伸びるから生きてけるっすよ」
「精神状態が悪化して自殺する人が増えるよ、いやほんとに」
「ほな駄目かあ」
目が据わっていた。手が震えている辺り本当に嫌らしい。全くこれだからアル中は。
「そもそも酒より煙草の方が体に良いんですよ。だって呼吸だし」
「でもガンになっちゃうじゃん?」
「辛い現代社会から早く抜け出せますよ?」
「それ死んじゃってないかな」
「お酒飲み過ぎて病気で苦しむより、煙草吸い過ぎて死ぬ方がいいかなって」
「苦しさ的にはどっちも同じくらいなんじゃないかなって」
「ああ言えばこう言う……」
「まるで私がおかしい事言ってるみたいに言うけど、キミまず未成年喫煙してるよね?」
大人はずるい。そうやって痛いところを突くんだ。何も言い返せない。
苦虫を噛み潰したような顔が滲み出る。吸い潰した煙草の火種を地面にじりっと押し付ける。
「んー、私もたまには吸ってたんだけどね煙草」
「へーそうなんすか」
「私の先輩が昔煙草吸っててね?たまーに貰い煙草してたんだよ」
「煙草乞食かあんた」
「嫌そうな顔しながらなんやかんやくれるんだー。まあ今は辞めちゃったんだけど」
「妹に止められたからとか理由すかね」
「あー、ありそうだねそれ。その人妹ちゃん居たし」
「……ちなみにその人って金髪すか?」
「え?うん。もしかして知り合い?」
「いや、多分偶然なんで違うっすね」
頭の中で自販機前で貰い煙草していった金髪アホ毛の姉の方が思い浮かぶ。ギターもやってたらしいし、案外この人と知り合いだったりするのかもしれない。もしそうならきっと相当手を焼いただろう、せーちゃん。
「ていうかー、マンホール探さなくていいの?」
「しまった本来の目的が」
「もう辞めてお姉さんと話してようよー?その方が楽しいよー?」
「酔っ払いの介抱する事の何が楽しいんすか?」
「酷い!そんな子に育てた覚えはありません!」
「初対面で何言ってんだこの人」
「もう初対面じゃないよ私達!友達だね!」
「距離の詰め方えぐすぎっすね」
「いやあ、それほどでも」
褒めては……いるのか。泥酔パワーでハイテンションとは言え、ここまで初対面の俺と会話が続いているのだから。意外と楽しめた。
名前も知らないやべー酒カスの人。今度は見かけても話しかけられても何も返さないでおこう。そう心に誓った。
「てことで俺マンホール探しに行くんで」
「んーいってらっしゃーい!」
ぶんぶん、と大きく手を振って送り出してくれるお姉さんにひらひらと手を振って新たにマンホールを探しに行く。
残りは97種類、日を跨ぐまでには帰りたいが中々にハードな旅になりそうだ。そそるぜ。
さあ、マンホール百種類見つけるまで終われまてん。リスタート。
「あっ待って!」
「ぐえっ」
「あ、ごめん」
出来なかった。
ウキウキで足取りを軽くして歩き始めた俺の歩みを、首根っこを掴まれて止められた。息が止まった。
少し咳き込んで、恨めしい目で振り返ればてへへと笑うお姉さんが頭を掻いていた。
「…………なにすんだあんた」
「いやあ、聞きたい事あってさ」
「なんすか」
にこ、と笑んで。
「キミ、ギターとかやってる?」
「やってないすけど」
即答すれば驚いたように目を見開く。意外な答えが返ってきたかのように、想像もしてなかったかのように。
「え、ほんとに?」
「ほんとに」
「弾いた事とかは?」
「ないすけど」
あれー?と首を傾げられる。
「良い感じだと思ったのに、キミ」
「…………何が?」
「んーん、何でもない」
変なの、と首を傾げる。良い感じってなんだ。
「もしギターとか始めたら言ってね?お姉さんがセッションしてあげる!」
「来世くらいに始めますねじゃあ」
「ちょっと先が長いかな!」
「今んとこそんな興味ないんで」
「えー?聞くだけでも面白いのに。今度ウチのライブハウスおいでよ!」
「気が向いたら行きます」
やっぱバンドの人だった。多分行く事は無いだろうけど、何かの運の巡り合わせで行く事になれば行こう。
今度こそ踵を返して、「じゃあ」と手をひらひら振って歩いて行く。
「SICK HACKってバンドだからー!おいでよー!」
後ろからそう声を掛けられて、その単語に記憶が掠る感覚がする。しくはっく。四苦八苦?
何処で聞いたのだったか、なんか最近も聞いた事があるようなないような、歩きながら首を傾げる。バンド……しくはっく……。
「………………あ」
暫く歩きながら考え、ようやく思い出した。
近所のお姉さんが口にしていたバンドの名前だ。会話の内容は忘れてしまったが、あのツインテをブンブン振り回して何か言っていた……ような気がする。
お姉さんと言うにはいささか余裕も歳も足りないが、誕生日が先だからという理由でお姉さんぶるあの子を思い出してふむと考える。
「……しくはっく、の人に会ったって言ったらどうなるんだ」
なんか面倒臭い事になりそうだと予感した。癇癪のように何か言われる気がして、それはやめておこうと決めた。
歩く中、道のマンホールに視線を回らせながら。また家に帰れば居るのであろうあのツインテ自称お姉さんへの対応を考える。
楽しい子ではあるのだがいかんせん情緒不安定で、バンドメンバーからたまにどころかよく心配の旨のメッセージが俺に届く不憫が似合う子。
フラッシュバックする。
『べ、べべべべ別に友達いない訳じゃないし……』
『私やれば出来る子だから……マジで……』
『わ、私もついてってあげる!……え、いらない?べ、別に遠慮とかしなくても……あ、ほんとに?そう…………』
今やるべき事はマンホール探しではなくあの子を構ってやる事ではないだろうか。
「……ジュースでも買って帰ろう」
無性になんか甘やかしたくなった気持ちのまま、俺はマンホールを探すのをやめて帰宅路へ足先を変えた。甘いのを買ってあげよう。
アイスも買ってあげれば喜ぶだろうか。多分ツンツンしながらちゃんと喜ぶだろう。
しくはっくの事は抜きにして、家に帰ってあの子と話すのが楽しみだ。今頃俺の家で漫画でも読んでいるのだろう。
「……あ。マンホールのタトゥー彫らなきゃ」
あと帰り道でタトゥーのお店を調べよう。