最近、夜にやべー奴に会う事が多い。
「おい、何吸ってんだお前」
「………………空気」
「煙草だよな?お前、高校生だよな?」
「心は大人っす」
「ガキが舐めた事言うんじゃねえ」
ガラの悪いやべー友達の姉にばったり遭遇してしまった。なんでこんな所にいるんだこの人。
アホ毛がぴょんと出たのが特徴の、金髪を腰程まで伸ばした目つきの鋭いヤンキーみたいな女。ライブハウスを経営してるという友達の姉である。
名前は、そう、確か、えーっと。
「せーちゃん」
「馴れ馴れしいななんだお前」
「冗談すよ伊地知姉」
「星歌でいい」
「下の名前はちょっと恥ずかしいんで」
「虹夏と区別つかないだろ」
「伊地知妹って呼ぶんで大丈夫すね」
「呼びづらいだろ」
呼びづらい。なんだよ伊地知って早口言葉か。
深い深い溜息を吐きながら、伊地知姉……もとい星歌さんはぼんやりと光る自販機に背中を預けた。
今日の散歩は公園ではなく自販機ぶらり旅である。百個見つかるか飽きるかでゲームクリア。
「…………お前、何吸ってんの」
「今日はセッターすね」
「日によって違うのか」
「サイコロで決めてます」
「七ないじゃん」
「二が出たらセッターの日です」
「セブンじゃないじゃねえか」
「五足せば七すよ」
「雑すぎだろ」
星歌さんはガシガシと頭を掻き、背中を預けていた自販機から体を離す。また大きく溜息を吐いてポケットから財布を出して、俺にその鋭く吊り上がった目を向ける。
「何がいい」
「ビールで」
「コーラな」
「けち」
「奢ってやるのに文句言うな」
ガゴン、と買った缶が落ちる音がして、拾われたそれが俺に投げられる。あざす、と受け取ればちゃんとコーラだった。
ゴチになります、とかしゅっと開けてそのまま飲めば激ウマ飲料が喉を通り体の奥へ流れ込む。美味すぎる、あまりにも。
人の金で飲むジュースはこんなに美味いのか。
「なんでこんな所いるんすか」
「コンビニの帰りだ」
言われて手元を見れば、何やら詰まっているレジ袋が見える。何買ったんだろう。
「お前こそ何でここにいるんだ?家この辺だったか?」
「お嫁さん探ししてました」
「落ちてる訳ねえだろ」
「落ちてるかもしんないじゃないすか」
「んなわけあるか」
「夢くらい見させて下さいよ」
「その妄想は夢とは言わん」
うるせえ落ちてるかもしんねえだろ。
「おい、一本寄越せ」
「え」
「ジュース奢ってやったろ」
「いや別にあげるのはいいんすよ、ただ」
「あ?」
「吸うんだなって意外で」
「たまにな。……虹夏には内緒にしろよ」
「俺のも黙ってて下さいね」
「なんだ、言ってないのか」
「言ったらたぶん怒られます」
「あたしもだ」
俺と星歌さんの脳裏には、「もー!タバコは体に悪いからダメ!」と怒るサイドテールが浮かび上がる。ぷんぷんと頬を膨らませ、チョリソーみたいなアホ毛をぐるぐる回すのも目に見える。
「ドラムスティックでぽむってされますね」
「そんな可愛い音鳴るか?」
「伊地知なんで」
「どういう理論だそれ」
「天使すからね」
「どういう理論だ……」
煙草を一本渡し、口に咥えたのを見てライターを側に寄せる。チッと火花を散らして火を点け、煙草が燃えてからライターをポケットに仕舞う。
ん、と感謝の目線を向けながら星歌さんはゆったりと煙を吸い込んで、空を仰いで吐き出した。
「星歌さん」
「んー?」
「怒らないんすね」
「んー」
訊けば、少し考えるようにもう一吸いして。
「……まあ、怒る程の事でもないだろ」
「止めるくらいはすると思いました」
「大人だからか?」
「まあ」
世間一般的には未成年喫煙は悪であるし、なにせ妹の友達だ。色々と思うところもあるだろう。
大人とやらは未成年が悪い事をしていたら叱る傾向にあるが、叱らずに一緒に吸い始めるのは初めてだ。PAさんは最初に俺が吸っている所を見た時に、「ロックですね」と抜かしていたがまあそれは論外だろう。
「別に煙草吸うくらい個人の勝手だろ」
虹夏が吸ってたら止めるかも、と付け加えはしたが意外にも肯定的な言葉。
「それに……」
「?」
「……いや、なんでもない」
「なんすかそれ」
変に含ませて飲み込んだ言葉は、紫煙になって空気に溶けた。
俺としては変にあれこれ言われるよりは良いのだが、なんと言うかなんだか調子が狂う。PAさんといいこうも変な大人がちゃんと喫煙を止めないのは、ロックに携わってきたからだろうか。
「虹夏には煙草吸わせるなよ」
「吸わせないすよ」
「ならいい」
「適当すぎません?」
「止めて欲しかったか?」
「めんどいんでやめてください」
「だろうな」
妙に寛容だ。初見のイメージだと、「ガキは煙草吸うんじゃねえ!」くらい言ってきそうなものだと思っていたが。
「あたしも好き勝手してきたからな、人様の好き勝手を止めるアレでもないんだよ」
「はあ、どういう好き勝手すか」
「バンドだよ」
「あー……なるほど?」
「気が向いたら話す」
「雑すぎません?」
「好感度が足りないな」
「そんなギャルゲーみたいな」
イベント発展しなかったらしい。俺はギャルゲー主人公には向いてないかもしれない。
「……まあ」
「はい?」
「なんかあったら言えよ」
「え、なんすか急に」
「なんとなくだ」
「……これが伊地知の言ってたデレ……?」
「おいなんだそれ」
曰く、ツンツンツンツンツンツンの中にデレがあるらしい。えらく珍しいデレを見れたのかもしれない。
煙草を咥えながらこちらを見つめる目は、なんでか優しいというか生暖かい目だった。どういう目をしてるんだ。
「悩みは無いのか?」
「あー、近所のお姉さんがどうやったら残念じゃなくなるかなって悩みなら」
「なんだそれ」
「友達が出来ないところとか、あがり症なところとか、こだわりが強すぎなところとか」
「面倒臭そうなやつだな……」
「面倒臭い女ですね。いい人ですけど」
ツインテールな吊り目が「余計なお世話よ!」とぷりぷり怒ってるのを幻視する。実際面倒臭い。
「悩みって言うほど悩んでなさそうだが」
「今度会う機会があれば優しくしてあげて下さいって感じです」
「あたしはいつでも優しいだろ」
「はは、冗談言うんすね星歌さんも」
「殴るぞ」
見た目は本当にただのヤンキー。金髪だし。
「バンドやってるんで、星歌さんのとこでもやる事あるんじゃないすかね」
「へー、なんてバンド?」
「あー確か、し、し……シリコン?」
「独特なネーミングセンスだな……」
「やばい思い出せない……」
し、で始まった四文字くらいの名前だった気がするのだが。なんだったっけ……シリウスだったっけ……。
うーん、と頭を捻っていると星歌さんは煙草を吸い終えたのかじりっと火種を揉み消す。俺も手の中の煙草が短かったので揉み消して、余っていたコーラをぐいぐいと飲み干す。
「あたしは帰る」
「俺はもうちょっと自販機探しします」
「飽きないのかそれ……」
「もうちょいで飽きると思います」
「早く帰れよ」
「気が向いたらすね」
呆れたような溜息を吐かれる。
「……早めに帰れよ」
「はーい」
「重ねて言うが、くれぐれも虹夏には」
「言わないですって」
「…………」
星歌さんは数秒こちらを見つめ、何故か徐に近づいて来て俺の頭をがしがしと掻き回した。うわあなんだ酔う酔う。
「おうおうなんすかおうあう」
「…………」
「ぐるぐるしないで下さい酔うっすあうおう」
「…………」
暫く撫で回して、ふん、と満足気な声を漏らしてようやく手を離した。そのまま踵を返して「じゃあな」と手をひらひらと振ってのんびりとした足取りで去っていく。
遠ざかっていくその背中を眺めて、俺は掻き乱された髪を少し直しながら「なんだったんだ」と困惑が抜けないまま首を傾げる。
「……いやほんとに何だったんだ?」
わかんねえ……バンドマンの思考はわかんねえ……。
やっぱりバンドマンはやべー奴しかいねえなと思いながら、俺も次の自販機を探しに足を運び始める。自販機隣のゴミ箱に空き缶を放り、先程の星歌さんの謎の行動を思い返す。
妹の友達に煙草を貰って頭を撫で回して帰るアラサー……やっぱやべー奴なのかな……。
「……一応俺高校生だしな」
字面にすれば未成年を撫で回す成人女性という、ともあれば犯罪臭のする文が出来上がった。やっぱやべーじゃん。
意図はわからんでも、まあコーラ奢って貰ったしと深く考えるのを止めた。また会ったら奢ってくれるかな。
少し次を楽しみにしながら、次こそはビール奢って貰おうと思いながら次の自販機を探しにぶらりと足を運ぶ。
〜♩〜〜♩
とのんびり歩こうとした時にスマホから着信音が響く。誰かと思い開いてみれば、話していた近所のお姉さんからだった。
出てみる。
『ちょっと!アンタ今どこに居んの?』
「下北」
『はあ!?なんで!?』
「自販機百個見つけるまで帰れまてんやってる」
『えっ、なにそれ……じゃなくて!』
「なに?」
『借りてた漫画返しに来たの!早く帰ってきなさい!』
「……明日でいい?」
『駄目!今日ね!待ってるわよ!』
ぶつ、と切られる。
捲し立てられた内容を改めて思い返し、そうか俺の部屋で待ってるのか、と考える。
……仮にも女が勝手に異性の部屋に上がって待つのは如何なものでは?
「やっぱバンドやってる奴ってやべー」
近所のお姉さんだからセーフなのだろうか。とはいえやべーものはやべーだろう。怖い。
早く帰らなければ遅いと怒るだろうし、自販機百個見つけるまで帰れまてんは切りあげるしかなさそうである。残念。
……取り敢えずあと一本吸ってから行こう。
歩き始めた距離数歩後ろの自販機が、寂しくガーと鳴っているのを耳に、俺は火を点けてもう一本煙草を吸い始めた。ニコチンが回った頭で、いややっぱやべーんだわバンドマンって、と改めて思った。
まじで絡まんでおこう。
ぴろん。
スマホのトークアプリのメッセージが届く音が鳴り、開いて通知を見てみる。
近所のお姉さんのバンドメンバーから『ヨヨコ先輩ヘラってるんで早く帰ってあげて下さいっす』『めんどくさいっす』と来ていた。
…………構ってあげないと死ぬ兎か?
可哀想だったのでちょっとだけ吸うのを早めてあげた。