最近、夜にやべー奴に会う事が多い。
「駄目ですよ、未成年喫煙は」
目の前にはじゃらじゃらと付けたピアスに目を惹かれる低血圧そうな肌の白い黒服の女。
ブランコを揺らしながら煙草を吸っていた俺に、その夜名前も知らないその女は少し笑みながらそう声を掛けてきた。
顔は知っている。友達の姉が経営しているライブハウスに顔を出した時に、なにやら機械を弄っていたやばそうな女。
「……また来たんすか」
「今日も居そうだなあって」
「そうすか」
隣のブランコに座って、そのやべー女……PAさんと呼ばれていた人はにこりと微笑みを向けてきた。
初見は他人に興味ない人種だと思っていたが、意外と話すらしくこうして会った時は駄弁るのがいつもの事だった。
「こんな所で煙草吸っちゃ駄目じゃないですか」
「別の所ならいいんすか?」
「公園は警察も見回りに来るでしょうし、もっと人が来なさそうな所で吸った方がいいですよ」
「オススメあります?」
「普通にお家の中とかがいいんじゃないですか?」
「散歩するのが好きなんでノーカンで」
えー、と声を漏らすPAさんはインナーの入った長い黒髪を揺らしながら俺の顔を覗き込んでくる。
顔がいい。寄るな覗き込むなドキドキするから。
「何回も言いますけど未成年喫煙は駄目なんですよ?」
「聞き飽きましたよそれも」
「やめさせたいですからねぇ」
「止める気ない癖に?」
「ありますよ?ちょっとは」
止める気など毛頭ないように見える。
PAさんはおもむろに携えていたレジ袋から酒の缶を取り出してかしゅっと開け、そのまま呷り始めた。今日はコンビニかどこかに寄ってきたらしい。
「そっちが酒止めたら考えますよ」
「私は大人だからいいんです」
「都合のいい言葉すね」
「私は合法なので問題ありませーん」
「体に悪いのは一緒すよ」
「美味しいからいいんですー」
お酒を美味しそうに飲むのを眺めながら、溜息混じりに煙草を吐き出す。未成年喫煙であるのは否定できない事実であるので言い返せない。
正義か悪かと言われればこちらが悪なのは明瞭だ。勝ち目などない。注意されれば肩身を狭くするしかないのだ。
「今日は学校どうでしたか?」
「なんすかその母親みたいな台詞」
「私は高校一年で中退したから少し興味あるんですよね」
「何回聞いても面白い人生すねそれ」
「高校辞めると自由ですよー」
「高卒はしときたいんで誘惑しないで下さい」
朝起きれなくて高校辞めた女は言葉の重みがやはり一味違う。おもしれー女を体現した存在だがやはりやべー女でもあるとほとほと感じる。
「今日は何もない素晴らしい一日でしたよ」
「そんな夏休みの日記みたいな一言で終わるんです?」
「何もないもんは何もないんすよ」
「つまんないですねえ」
「高校生活に刺激求めても仕方ないすよ」
「辞めた方が面白いですよ?」
「ぶっちゃけると辞めたいすけどね」
だが高卒の方がいつか来る就職活動で中卒よりは有利になるのは知っているのだ。さっさと辞めたいけれど。
「辞めちゃえばいいのに」
「高校卒業したらそれなりにやりたい事やりますよ」
「あるんですか?やりたい事」
「ないすね。いつか見つかると思います」
「見つかるといいですね」
「すね」
煙草をひと吸い。ふと思いつく。
「あ、彼女は欲しいすね」
「高校生男子みたいな夢出てきましたね」
「高校男児すからね。恋愛経験はしてみたいすよ」
「男の子ですねえ」
「あ、行き遅れる前にお嫁さんは作るのは夢かもすね」
「……私の事行き遅れって言ってます?」
「自覚あるならさっさと彼氏作った方いいすよ」
「余計なお世話焼かないで下さい」
「なら俺が吸ってるのも止めないで下さいね」
「上手く言いくるめた風ですけどそっちはお巡りさんが許しませんからね」
「ぐぅ」
ぐぅの音しか出ない。
「次ここで会う時は煙草吸わないでいて下さいね?」
「止めたらなんかくれるんすか?」
「健康とかどうです?」
「いらねえっすね別に」
「んー……じゃあピアスあげますよ」
「お」
それはちょっと惹かれるかもしれない。
じりっと煙草を地面にすり潰して、興味のある目を向ければPAさんは意外そうに首を傾けた。
「あれ、開けたかったんですか?」
「機会なかったんで。自分で開けるのもめんどくさいし」
「勝手にピアス興味ないと思ってましたよ」
お酒を飲み切ったのか、缶をぺこりと手で軽く潰してからレジ袋に放った彼女はにこりと微笑んだ。
「じゃあ、前払いで開けてみますか?」
少しだけお酒が回ったのか、いつもより笑みを緩くさせながら訊いてきたPAさんに俺は頷く。
何故だか嬉しそうにそうですか、と声音を弾ませて彼女は鎖をじゃらりと鳴らしながらブランコから立ち上がった。
「今開けましょう」
「今?」
「丁度買ってたんですよ、ピアッサー」
「なんと」
ここに来る前に寄ったのはコンビニではなく薬局に行っていたらしい。というかまだピアス増やすつもりだったのかこの人。
レジ袋からガサガサと取り出したのは新品のピアッサー。金属アレルギーでも大丈夫!の文字が見える。
「どこに開けたいんですか?」
「舌とか開けてみたいすね」
「舌はニードルなのでまた次ですね」
「……次?」
「次ここで会った時、煙草を吸ってなかったら開けてあげます」
「もし吸ってたら?」
「開けます」
「どっちにしろ開けるんじゃねえか」
「ふふふ」
ふふふじゃねえ。開けたいだけだろこの人。
話してる間にピアッサーの包装を取って、PAさんは傍へ寄って来た。俺の前に体を屈ませて耳を手に取り、探るように優しい手つきで弄り始める。
「くすぐったいんすけど」
「……うん、耳たぶ薄いので一発で開きますね」
「厚いと一発じゃいかないんすか?」
「無理やりこじ開けます」
「無理やり」
「軟骨とかをピアッサーでやるとたまになるので気を付けてください」
普通に痛そうな話だった。もし金髪サイドテールの友達が聞いたら「えー!?痛そうー!」と顔を顰めそうだ。
「耳たぶでいいですか?」
「いいすよ」
言うと俺の左耳を覗き込むように体を動かし、すぐに慣れた手つきで俺の左耳に右手のピアッサーを近づけて何やら無機質なものに耳たぶを挟まれる。
その際によりPAさんと距離が近づき、白い首元が目の前に広がる。うわ甘い良い匂いいや酒臭い良い匂い。
「怖いですか?」
「あんまり」
「つまんないですね」
「怖がった方がいいんすか」
「あんま暴れられると困るんですけど、何もないのもちょっと」
「我儘すね」
距離が近いからなのか、少し声を抑えられた囁き声が耳をくすぐる。背筋にぴりりと響く刺激に少し身を跳ねさせてしまうと、くすりと笑い声が聞こえた。
「耳、赤いですよ」
「からかわないで下さい」
「意外と可愛い所あるじゃないですか」
「普段は可愛くないって事すか」
「そんな事言ってないですよ」
ふう、と息を掛けられてびくりと跳ねる。
「……おい」
「わざとじゃないです」
「嘘つけ」
この手玉に取られてる感。くすくすと笑われて少し羞恥心を感じながら、慣れない距離に身を捩らせてしまう。
「開けるなら早く開けてください」
「ふふ、はーい」
「ピアッサーって痛いすか?」
「そんなですよ?」
「ならよかった」
「さんにーいち、で開けますね」
「はい」
耳たぶにちくりと何かが触れる。ピアッサーのピアスの先があてがわれているのだろう、開けた事ないピアス経験に少しドキドキする。
「さーん」
間延びしたゆっくりなカウントダウンが数えられる。開けられる間、目線を彷徨わせて目の前のチョーカーの巻かれた細くて白い首に目が惹かれる。
「にーい」
少し下に目線を向けると、襟元の広がった服の間の鎖骨と肩口が開いた服から見える肩が見える。PAさんの左手は俺の右肩に置かれ、縮まりすぎた距離に緊張を今更感じる。
「いーち」
何故だか目を閉じて、その瞬間を待つ。
「ぜーろっ」
ぱちん。
「いっ……」
耳元で甲高い音が鳴ると共に衝撃と痛みが走り、続いてじわーっと耳に熱が広がる。思ったより痛くない、いや痛いかもしれない、と未経験の感覚に少し戸惑う。
PAさんが離れ、屈ませた体を伸ばして何故だか嬉しそうに笑みながら使用済みのピアッサーをレジ袋に放る。なんで嬉しそうなんだこの人。
「よくできました」
「……思ったよりは痛くないすね」
「そうでした?」
にこにこと笑みを深めながら、俺の頭をよしよしと撫でてくる。甘んじて受けるが、子供扱いされている気がして不服だ。
確かめるように左耳を触ると、そこには慣れない金属の感触があって本当に開けたんだと驚きが今更胸に広がる。
「これで次会う時は煙草吸えませんね」
「前払いすからね」
「そうですよ、吸わないって約束ですからね」
「でも吸ってたら罰で開けるじゃないですか」
「ふふふ」
「ふふふじゃねえ」
笑って誤魔化すな。
「さて、夜も遅いですし帰りますよ」
「……もうこんな時間すか」
言われてスマホを見てみると少し遅い時間なのに気付き、ブランコから立ち上がる。撫でられていた手を退かして、先程まで見下ろされていたPAさんを見下ろし返す。
「送るっす」
「嬉しいですけど、大丈夫ですよ?」
「一応酒飲んでますから。あとピアスのお礼」
「ふふ、気遣いありがとうございます」
じゃあお言葉に甘えて、と歩き始めたPAさんに続く様に歩き始める。横に並んで、先程から気になった事を聞いてみる。
「PAさん」
「なんですか?」
「なんで嬉しそうなんすか?」
訊くと、彼女は笑みを深めて。
「初めて開けたのが私で、それを着けてるの見たらなんか私のものみたいだなって」
やばこいつ。
穏やかな瞳の奥に喜びとちょっとした独占欲が覗いたのが見えて、やっぱやべー奴と思った。
高校生に独占欲抱くなアラサー。
「ちなみに舌は凄い痛いですよ」
「どんくらいすか?」
「拷問かと思うくらいですね」
「なんで尻込ませるんですか?」
「でもクセになりますよ」
「やっぱやべー奴っすねお姉さん」
「それ程でも」
「褒めてはないっす」