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あれから12年たちました

今でもあの時の揺れの感覚は憶えています。まだ外は暗い早朝、普段ならまだ冬の寒さに蒲団の暖かさが勝る時間でした。不思議な感覚で目が覚め、その姿勢のままの視界の中で天井の蛍光灯が揺れていた。「あれ?」と思い寒い中を階下に降りました。

習慣で付けたTVのNHKニュース映像に見入った。高速道路が斜めに倒れていた。ずーっとヘリからの映像を流しながらアナウンサーが入ってくる情報を喋っている。映像を見てるとただ事ではないのだけれどアナウンサーの声は冷静で静かに喋る。

そのうちに死者の数もテロップで流れ出した。5,6人の僅かな人数でしかない。「エッこんな状況でそんなに被害は少ないの?」と驚きを感じた。「まあ、この程度で済んで良かった」なんて考えていました。

しかし時間がたつにつれ死者の数がドンドン増えていった。「こりゃただ事ではない!」と感じて兵庫県の三田の弟宅に電話するととりあえず無事だった。電話口ながら驚きと恐怖感は私のも感じられた。

            

その電話を切り大阪の兄の家に電話すると義姉が出「こんな早朝からなんで電話するの!」と怒られた。あー、やっぱり大した事無かったんや」と安心しました。しかしその後の展開は衆知の惨状でした。大阪と兵庫の境の神崎川で随分とその被害は分かれたようです。

ともかく兄弟の無事を確認してホッとしてから、震源地に近い神戸市垂水に住む大学時代の友人に連絡を取りました。全く通じませんでした。自宅からも会社からも同様です。6日くらい後に公衆電話から掛けて初めて繋がり無事を知りました。それで大きな災害時には公衆電話が優先される事を確認しました。

終わってみれば6000人を超える死者を出し、被害総額は10兆円以上の自然災害でした。神戸から遠く離れた我田舎町にも被災者が引っ越してきました。旦那さんは魚市場に勤めていて最初の揺れでは助かったけれど地割れに落ちて亡くなったそうです。「早起きしたせいで死んでしもうた」とその奥さんは言ってました。

一つの天災が多くの人々の人生を変えてしまった。この災害は近畿地区に住む人達中心に沢山の苦難を与えました。行政サイドも色々これに学んで対策をこうじているようです。しかし民間サイドからはこの震災を契機にボランティアを学んだ事が一番大きかったと思います。多くの日本人の考え方がこれ以来変わったように思います。

             

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