帰宅
さて、俺の家に関して説明しようと思う。
ぶっちゃけ住所は街に割と近い閑静な住宅街にある一軒家だ。
庭付き一戸建て、親がローンで買った家である。
俺は家の鍵で扉を開けてから恐る恐る様子を見つつ入った。
「な、ナオフミさ……ん。どうしたんですか?」
まだ俺をさん付けで呼ぶ事に抵抗が強いラフタリアが不思議そうに尋ねてくる。
「あ、いや、親に鉢合わせしたらあらぬ誤解を受けそうと思ってさ」
「ナオフミさ……ん、のお父さんとお母さんですよね……」
ラフタリアが胸に手を当てて、息を飲む。
「緊張しなくて良いから、どうやら母親は出かけているみたいだし」
俺は人がいないのを確認してから家の扉を開けてラフタリアを招いた。
「ここがナオフミさ、んの家ですか」
「ああ」
いつか、世界が平和になったらラフタリアを招くかもしれないと考えていたが、まさかこんな形で来る羽目になるとは。
何が起こるかわからないもんだ。
「玄関で靴は脱ぐんだぞ?」
「はい」
ラフタリアは言われるまま靴を脱いで家に上がる。
さて、俺の部屋は二階だ。色々と状況を整理するには俺の部屋に行くのが……ここでふと気付く。
俺はオタクで、オタクが女の子を家に招いて部屋を披露する。
その後に待っている典型的な展開は……。
……やばくね? 結構恥ずかしい物が飾ってあるぞ?
「ラフタリア、ちょっと」
俺はラフタリアを呼びとめてリビングに案内する。
「どうしました?」
……俺は今、重大な選択を迫られている気がした。
このままラフタリアを俺の部屋に招くとオタク趣味が露見する。
ましてやギャルゲーのポスターとかフィギュアとかグッズがかなり見られてしまう。
今更オタクである事を隠すつもりはないが、ラフタリアになんて思われるだろう。
あっちの世界では一貫して恋愛なんてくだらない、なんて豪語していたからな。
そんな奴の部屋が女の子が書かれている本やフィギュアなどが大量にあったら、ラフタリアはどう思うか。
これは阻止するべきではないだろうか?
よし! まずは部屋の清掃だ!
「少し待っていてくれ」
「あ、はい」
ラフタリアをリビングのソファーに座らせた俺は急いで階段を駆け上がって、自室に入る。
そこは懐かしき俺の城。
何度この場所に帰ることを夢見た事か。
だが、重要なのはそこじゃない。
今、この場所にラフタリアが来る。
そこで俺の恥ずかしい所を見せると言うのはどうだろうか?
全力で阻止せねばなるまい!
棚にあるフィギュアやギャルゲーのパッケージを押し入れに押し込み、ポスターを剥がす。
お? パソコンが点けっぱなしになっており、ネットゲーム内で放置露店をしていたアイテムが売れている。
……今は落としておこう。
後は――。
「ただいまー」
げ! 弟が帰って来やがった。
あのリア充、なんでこんな時に帰ってくるんだよ。
弟とラフタリアが鉢合わせなんてしたら大変な事になるぞ!
俺は急いで部屋から出て階段を駆け降りる。
「どうしたの兄さん?」
玄関で靴を脱ぎ、今まさに弟がリビングの扉に手を掛けている所だった。
「待て待て、少し話をしようじゃないか?」
「何かあった? 目つきがなんかおかしい気が……?」
俺の顔がそんなに変か?
「それより兄さん。何か飯作ってくれない?」
「なんで?」
「なんでって母さんがいないみたいだし、兄さんに頼もうかと。ほら、僕は勉強で忙しいからさ」
「コンビニでも行って来いよ。金はやるからさ」
「えー……コンビニよりは兄さんの作ったのがいいんだけど」
おかしいな、俺の弟って俺の料理を食いたがったか?
いや、まあ、昔から親に家事を手伝わされていたし、心象を良くする為に進んでやっていたのは確かだ。
親が仕事とかでいない時なんかは弟に作ってやった事もあったな。
しかしそれでも、こんなキールみたいな事を言ってたっけ?
あれだ、デジャブか?
「朝、頼んだじゃないか。いいぞって言ってくれたジャン」
そういえばー……そんな約束したような気がする。
なんせ、体感時間で半年以上前の話だ。覚えているはずもない。
「兄さんもさ、大学卒業して就職失敗したら調理系の専門学校行くべきなんだよ。才能の無駄遣いしないでさ」
む……これは聞き覚えがあるぞ。
思い出したぞ。俺の弟はなんかあると飯を作れとか言ってくる奴だった。
俺とは違って外食があんまり好きじゃないんだ。
塩分がどうだの、栄養が偏るだの、年頃の女の子みたいな事を言っていた。
「とにかく、今日は用事が入って出来ないんだ。だからコンビニで買って来い」
「またネットゲームで友達と約束? いい加減、あんな役に立たない連中と遊んでないでさ、真面目にしたら?」
と、言いながら弟は事もあろうにリビングの扉を開けて進む。
「ま、待て」
「――ラフタリアさんがいるんだからさ」
は……?
俺は弟の発言に理解が追いつかなかった。
「あ、ラフタリアさん。ただいま」
「あ……?」
ラフタリアは俺と弟の顔を交互に見て、不安そうな表情を浮かべた後に首を傾げる。
そりゃそうだ。ラフタリアはコイツと会った事すらない。
そもそもいつ知り合う事ができるのか、という内容まで遡る必要もあるし。
「どうしたの?」
「いや、なんでラフタリアの事を知っているのかと思って」
ほんと自然に、弟はラフタリアに挨拶をしたぞ。
「なんでって、どういう意味?」
弟は俺にからかわれていると思ったのか、ムッとした表情で答える。
「一応、な?」
「は? 兄さんボケた? 若年認知症?」
「うるさい。いいから話せ」
「兄さんの癖に指図するのか?」
これが我が家のヒエラルキーである。
今更だが、凄いセリフだ。
あの世界に行ってから頭のおかしい連中に悩まされた気がしていたが、元々かよ。
だが、知らん。
「知らんな」
「どうしたの兄さん? なんか普段のだらしがなくてヘラヘラしているのが無くなっているけど」
誰がヘラヘラしているか!
なんか帰りたいと思っていたが、いざ帰ってみると俺の扱いに泣けるな。
なんで弟にここまでボロクソに言われなきゃならんのだ。
「いいから話せと言っている」
「やっと長男の自覚が芽生えた? 柄にもなく」
「なんで目を輝かせているんだよ。大体お前は昔から一言余計なんだよ」
「兄さん相手なら負けない!」
突然ファイティングポーズを取る弟。
コイツ、なんだかんだで習い事で剣道をしていたはず。
他に空手もしていたな。
勇者にでも選ばれて異世界に行けよ。
ああ、間違ってもトラックに轢かれて死んだりするなよ。
もう転生は個人的に勘弁してほしい。
「殴り合いをするつもりは無い!」
「さあ、もっとワガママを言うんだ! いつだって勝負に乗ってやる!」
なんだ? コイツ。
こんな性格だったのか?
「いいから話を続けさせろ!」
「わ、わかったよ」
非常に残念そうに、だけど何か嬉しそうに弟は話し始めた。
じゃれたかっただけか?
「ラフタリアさんは兄さんが大学に上がる時に、留学生として家にホームステイしているんだ」
「……留学生。ホームステイ、ね」
「兄さんのネット仲間なんでしょ? 父さんと母さんと話し合って、ホームステイで家に来て、そのまま兄さんの彼女になったじゃないか」
えっと話を整理しよう。
どうやらラフタリアは外国から俺の家にホームステイでやってきた子と言う扱いで、同居している?
で、俺の彼女として親公認の仲と?
どこのラブコメの話だよ。
「ラフタリアは何処の国から来たんだっけ?」
「そんなの僕は知らないよ。兄さんが前言ってたじゃないか。なんて言ったっけ?」
弟は国名を言えずにもどかしい顔をしている。
いや、ラフタリアが住んでいた海外の国なんて、本人も知らないと思うぞ。
あれだ。異世界のメルロマルクとでも言うつもりか?
異世界国籍のラフタリアさんが~~なんてフレーズが浮かぶ。
微妙に笑えないな。
「あーあ、兄さんは良いなーラフタリアさんを彼女にしてー」
「か、彼女……」
ラフタリアが恥ずかしそうに顔を赤くさせ頬に手を当てていた。
そっちもいちいち反応するなよ。
「お前にもいるだろうが」
昔『彼女のいる僕と違って兄さんは可哀想だね。魔法使いになるの?』
とか、挑発まがいに言っていたじゃないか。
笑って流していたけどさ。
今考えると凄くムカつくセリフだな。
「ラフタリアさんと比べたら可哀想だよ。兄さんが羨ましい! ラフタリアさん、兄さんを諦めて将来有望な僕にしない?」
「嫌です」
即答?
ラフタリアがえらくあっさりと答えたから少しビックリした。
嬉しいような、恥ずかしいような、微妙な気分だ。
……話を続けよう。
弟がへらへらしながら頷いている。
へらへらしているのはお前の方だろうが。
「だろうなー」
「絶対後でお前の彼女にチクるからな」
「や、やめて! 変な噂立てられたら困るよ」
ま、高校三年の大事な時期に彼女がいるリア充だもんな。
しかしそのセリフ、彼女に言ったら鉄拳制裁レベルだぞ。
どこのギャルゲのヒロインだよ。
「とにかく、変な事を絶対にしないでよ」
「それはお前の心がけ次第だ」
「兄さん。どうしたの? 前より冷たいよ」
「厳しくしようと思ってな」
と、答えておこう。
やっぱ長い事異世界にいると身近な相手が疑問に思うくらいには変化があるか。
「そっか、うん。なんか兄さんカッコ良くなったね。前のは優しいと言うか甘い、だったからその雰囲気が好きだな。頑張って」
とは思うのだけど、弟はポジティブに受け取っていた。
「それよりお前」
この際だ。色々と尋ねてみよう。
俺はラフタリアの耳を指差して。
「これをどう思う?」
「どうって?」
「いや、だから」
「何が?」
……俺はラフタリアの耳を軽くつまむ。
ラフタリアは少し嫌そうに耳をぴょこぴょこ動かした。
「だからこれ」
「だから何が?」
……見えて無い?
徐に尻尾を軽く持つ。
「あ……」
ラフタリアが恥ずかしそうに声を漏らす。
敏感な所らしいからなぁ。悪いとは思うけどしょうがない。
「次はこれだ」
「さっきから何を言っているかわからないんだけど? ノロケ?」
ふむ……やはりラフタリアの耳と尻尾は認識できていないようだ。
じゃあ道行く人達がラフタリアを見ていたのは、単純にラフタリアが美人だったからか。
「で、兄さん。ご飯」
……なんでコイツは俺に飯を作ってもらいたがる。
お前はキールか。
「母さんが帰ってくるまで待てばいいだろ」
「約束!」
ああ、もう! 忙しいと言うのに!
「ナオフミさ、ん、作ってあげたらどうですか?」
「あ、ラフタリアさん。話わかるー!」
と、弟はテンションを上げていた。
結局……俺が飯を作る羽目になった。
なんで異世界から戻ってきた直後に弟の飯を作らなきゃいけないんだ。
しかも母さんが帰って来ても、俺が台所に立っていたらリビングでラフタリアと当たり前のように世間話をしながら煎餅を食う始末。
不自然な位ラフタリアが馴染んでいて、逆に違和感が凄かった。
まあ、本人は滅茶苦茶居心地悪そうだけどさ。
「ラフタリアさん。今日は尚文、何してた?」
「えっと……」
異世界に行って女神に殺されました。
なんて言えねーだろ。
「またゲームでしょ? もっとしっかりするように注意しておいてね」
異世界に行っていた事に関して文句を言われたかと思った。
しかし……俺の一日=ゲームか。
実際異世界に行く前はそうだったんだけど、いざ言われると癪に障る。
「は、はい」
返答に困ったラフタリアは当たり障りの無い範囲で頷いていた。
その後、俺は何故か家族の分の飯を作った後、ラフタリアと共に自室へ向かった。
まあ、気が向いた時とかに家事はしていたけどさー……。
で、何故かラフタリアの部屋も二階にあった。
俺の記憶が確かなら物置というか倉庫になっていた部屋だったはずなんだがな。
「どうなっているのでしょう?」
「ラフタリアの居場所を作ってある……そういや盾の精霊が因果律を弄って連れてくる事が出来るとか言っていた」
おそらく、これがその弄った世界なのだろう。
何処までも気の利いた事で。
そんな感じで面倒な仕事を終えた俺はラフタリアを連れて自室に戻ってきた。
飯作りでなんとなく気が滅入って気がつかなかったけど、当たり前のようにラフタリアを部屋に入れてしまった。
「なんか、少し狭いですね」
そりゃあ、村の家と比べれば俺の部屋なんて狭いだろうよ。
じゃなくて、俺の部屋がラフタリアにドン引きされるかと思ったが、そうでもないみたいだ。
どっちかと言うとよくわからないだけなのかもしれないが。
「そ、そうだな」
「ここがナオフミさ、んの部屋ですか」
ラフタリアはキョロキョロと室内を見渡す。
ポスター類とフィギュアは押し入れに入れている。
後は漫画とかだけど。
「本ですか?」
「ああ」
「読んで良いですか?」
「読めるのか?」
文字はわからないだろう。
って良く考えたら漫画は絵だからなんとなく内容はわかるか。
ラフタリアは本棚から漫画を取って開く。
内容は高校に通う平凡な少年と女の子達との部活動を描いた、典型的なラブコメだ。
「貴族の行く学びの場ですか?」
「まあ、独特の文化というか、わかりやすい形というか……」
「槍の勇者や洋裁屋の方が描いた絵に似ていますね」
うん……そう言えばあいつ等がやっていたね。
村でも好評だった覚えがあるなぁ。
洋裁屋は同人誌を描きそうだった、ぶっちゃけ描いてた。
元康はエロ同人だったな。主にフィーロとのイチャラブエロ同人だったけどさ。
あれは素直に同情の念が湧いた。
そういう意味であの世界にも漫画はあったのか。
ジャンルは相当偏っていたけどな。
全然関心が無かったから忘れてた。
「ああ、そうそう。ラフタリア、一応覚えてくれ」
「なんでしょうか?」
「この世界の、俺の住んでいる国では俺達位の年齢だと殆どの人が学校に通っている。たぶん、ラフタリアも通っているという扱いになっているはずだ」
「わ、私もですか? 私が貴族の学びの場に?」
貴族の学び場……色々と説明する必要がありそうだな。
まあ、そこは追々話すとして今はその認識でよしとしよう。
「ああ、だから何か進展があるまで、この世界で過ごす事になる。だから、少しでも慣れるよう頑張ってくれ」
「は、はい」
とりあえずはラフタリアには読み書きをおぼえてもらうか?
うーん。
ちなみに後でまた、四聖武器書を調べてみたんだけど、変化はなかった。