江口寿史さんについて
話題に乗り遅れてしまいました。
江口寿史さんのトレパク疑惑について所感です。
すでにご存知の方が多いと思うので、問題の詳細はここでは説明しません。
一般論として、広告などに使用されるイラストの場合、イラストレーターはクライアントに対して、納品物であるイラストが誰の権利も侵害していないことを保証しなければいけません。
契約書には「甲(イラストレーター)は、乙(クライアント)に対し、本著作物が第三者の著作権、著作隣接権、肖像権、プライバシー権、その他いかなる権利も侵害しないことを保証する」といった文言が書かれています。
こうした文言があった場合、一連の行為は契約違反になる可能性が高いです。
著作権、肖像権のある写真を、アレンジを加えながらトレースしているように見えます。
仮に著作権や肖像権を侵害された写真家、モデルが、クライアントに使用料を請求した場合、クライアントはそれを支払うことになるかもしれません。
使用料を支払うことになった場合、クライアントはその金額の一部を江口さんに請求するかもしれません。
江口さんはそれを支払う必要があるかもしれません。
そうした案件が多数あった場合、江口さんは借金を抱えるかもしれません。
そして、再び江口さんにイラストを発注したいという企業は現れないかもしれません。
僕も作画にトレースを取り入れています。
下記は僕が撮影した写真と僕がトレースしたイラスト。
語り尽くされたことですが、トレースは作画の技法の一つです。
それ自体は悪ではありません。
肖像権や著作権がある写真を無断でトレースし、自分の作品として発表すると悪になります。
では、模写は悪でしょうか?
トレースよりは解釈に余地がありそうですが、肖像権や著作権がある写真を無断で模写して公開すると、やはり違法となる場合があります。
漫画やイラストの現場では、写真を参考に絵を描くことがよくあります。
その時、すべての写真を自分で撮影することは難しいです。
編集者から「イメージの参考に」と写真集やファッション誌を手渡されることは普通にあります。
スポーツ漫画ではプロ選手の写真を手本に競技シーンを描くことが普通ではないでしょうか。
「スラムダンク」を見ると、雑誌に掲載されたバスケットボール選手の写真を模写した絵があるように感じられます。
選手やカメラマンに許諾をとっているのかは不明ですが、トレースではない気がします。
「ジョジョの奇妙な冒険」は、ファッション誌の写真の構図やモデルのポーズを模写し、それにオリジナルの要素を加えているように思えます。
同じく許諾関係は分かりませんが、トレースではない気がします。
絵が上手い人が模写をすると元ネタに似すぎてしまうことがあります。
音楽の例で言うと、レッドツェッペリンには盗作疑惑のある(あった)曲が複数あります。
訴訟の末、原曲作曲者をクレジットに加えたりしています。
僕自身、問題を起こしたことがあります。
編集部から渡された資料を参考に、作中のあるシーンを組み立てたところ、資料元から抗議を受けました。
使用については当然許諾が取れていると思っていたのですが、取っていなかったそうです。
おまけに編集者が「勝手に資料を使いましたね」と僕のせいにするので、「資料として渡されたら、そりゃ資料に使うでしょう?」と揉めました。
模倣は悪でしょうか?
モーニングで「ブラックジャックによろしく」が連載開始されて数ヶ月後、スペリオールで「医龍」という漫画が始まりました。
「金田一少年の事件簿」と「名探偵コナン」、どちらの連載開始が先か知っていますか?
ライバル雑誌が同時期に類似企画を立ち上げることはよくあります。
ついでに「ブラックジャックによろしく」は「ブラック・ジャック」の著作権を侵害していません。
ですが、手塚治虫が生きていたらどんな感情を抱くのか分かりません。
同じく横溝正史やコナン・ドイルが生きていたら何を思うかは分かりません。
法的な問題とは別に心情的な問題は存在します。
江口さんに全力で石を投げつけられる漫画家、イラストレーターは少ないのかもしれません。
多くのクリエイターは大なり小なり身に覚えがあるからです。
一切の著作物の影響を受けずに創作を行うことはおそらく不可能です。
写真を横に置いて描かない場合でも、記憶に残ったイメージを参考にします。
そもそも人は見たことがあるものや、経験したことのあるものしかイメージすることができません。
僕の絵はオリジナルではありません。
いろんな漫画家の影響を受けています。
漫画の文脈上に存在する無数の作家の一人です。
先人が築き上げてきた技術や知恵を学習し、発展させようとしてきました。
漫画という大河の一滴です。
もしも僕が差し出す番が来たら、差し出すのが筋ではないかとも考えます。
アリストテレスは「芸術は自然を模倣する」と言いました。
目の前の景色を絵の具を使って模倣すれば絵画になり、文字を使って模倣すれば文章になり、音を使って模倣すれば音楽になります。
江口さんのイラストは「自然を模倣したものを模倣したもの」とも言えそうです。
モノマネ芸人のモノマネは違法でしょうか?
「模倣 = 芸術」は現実の景色を超えることがあります。
美しい表現は、オリジナルを超えた美をもたらすことがあるのだと思います。
「美しい」とはどういうことでしょうか?
「美しい」という概念は誰もが持っているのに、誰もが納得できる美しさはありません。
僕は「これが美しい」と思っても、誰かは「それは美しくない」と言います。
では、「美しい」という概念は成立しないのでしょうか?
僕は江口さんの手法を肯定しません。
だけど、イラストは美しいと思います。



コメント