傍に立つ君は完璧で究極のアイドル   作:カミキヒカラナイ

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のんべんだらりと三話を書いてたら評価バーが赤くなっててめっちゃ驚きました。評価・感想・お気に入り登録等々、本当にありがとうございます。
皆様のお陰でやる気が湧いて参りました。
だがそれ故に生まれてしまう……! 承認欲求モンスター……! ここすきも欲しい……!

とはいえ私も今年から受験生になりますので、定期更新は難しいと思います。おべんきょーの息抜きに不定期に更新して参りますので、それでもよろしければどうぞお付き合い下さいませ。


3.未練のカタチ

【悲報】星野アイさん、子供達と再会したのに何も変わらず【頼むから落ち着いて】

 

『会いたかったよルビぃ~~~♡♡ 世界一可愛いよぉ~~~♡♡』

 

 星野アクアと校舎の中庭に向かい待つことしばし。早速できたのであろう新しい友人を連れて現れた金髪の少女を見て、アイは本日何度目かも分からぬ奇声を上げた。

 お兄ちゃーん、と駆け寄ってきた少女──星野瑠美衣(ルビー)に向かって突撃。重力の軛がないのを良いことに、アイは全身を使って絡みつくように彼女に抱き着いた。

 まるで蛇を思わせる挙動に僕は引いた。これがかつてのトップオブトップ、B小町不動のセンターの成れの果てだと思うと涙が出る。

 

「おい、大丈夫か……?」

「だ、大丈夫大丈夫。ちょっと寝不足気味なだけだから……」

 

 頭痛を堪えるように額に手を当てる僕を見て心配そうな声を上げるアクア。まさかあなたの母親の幽霊が原因ですよ、など言えるはずもなく、僕は適当な言い訳で誤魔化した。

 先ほどアクアと初めて挨拶を交わした時も、テンションMAXで大暴走するアイを視界に入れないようにするのには多大な労力を要した。気持ちは分かるので今日ばかりは止めるつもりはないが、それにしたってもう少し慎みを持ってほしい。頼むから縦横無尽に身体をくねらせて子供に絡みつくのは止めてくれ、蛇の交尾じゃないんだから。

 

 一方、実の母の幽霊に絡まれているとは知る由もない星野ルビーは、兄の隣に立つ僕を認識するや驚愕の表情を浮かべ立ち止まった。

 

「えっ……マ、マ……?」

「ルビー、こいつは俺のクラスメイトで……」

「あっ……ご、ごめんなさい! 何言ってるんだろ私……男の子なのに……」

 

 ルビーは妙に狼狽した様子で母譲りの星の瞳を瞬かせている。

 ママ、と確かにそう言っていた。一瞬アイの姿が見えているのかと期待したが、どうやらそうではない様子。

 彼女の紅玉(ルビー)のような瞳は明らかに僕の方に向いており、まとわりつくアイの醜態には無反応である。僕とアイの共通点なんて黒髪黒目しかないと思うのだが、彼女は僕の何を見てアイの名を口にしたのだろうか。

 

 しかし、やはりと言うか二人ともアイに良く似ている。実の子なのだから当たり前だが、こうして二人並んでいると殊更にそう思う。

 星の輝きを思わせる吸い込まれるような綺麗な瞳もそうだが、何よりその顔立ちが母親に……アイにとても良く似ていた。アクアからも血の繋がりを強く感じたが、ルビーはそれ以上だ。やはり同じ女性だからだろうか。髪や目の色の違いで一見そうと感じにくいが、四六時中本人の顔を見ている僕に言わせれば瓜二つと言っても過言ではない。

 

 アイが故人となって既に十年以上が経った。今となってはアイやB小町の存在は過去のものとなって久しく、ルビーの顔を見て即座にアイを想起する者はそう多くないだろう。

 だがもし今なおアイが存命であり、芸能界の第一線で活躍するタレントであったとすればそうはいくまい。所詮もしもの話ではあるが、そのような未来を辿った場合、アイとの関係を秘匿するのは難しかっただろうな……と思わずにはいられなかった。

 

「あ、紹介するね。こちら友達になった寿(ことぶき)みなみちゃん。みなみちゃん、これはうちの兄の星野アクア」

「これとは何だ。相変わらず失礼な奴だな」

「あはは……寿みなみいいます。みなみでいいですよ〜。よろしゅーな、アクアさん」

「ああ、よろしく。不肖の妹だが、仲良くしてやってくれ」

「不肖って何よー!」

 

 寿みなみというらしいピンクブロンドの髪の少女がペコリと頭を下げる。同学年ということは十五、六歳なのだろうが、随分と発育が……もといスタイルが良い。顔立ちも整っているし、芸能科所属というからにはモデルか何かだろうか。

 

『おっぱいでっか!』

 

 急に冷静になったかと思えば何てこと言うんだこの元アイドルは。あえて直截的な表現を避けた僕の配慮を秒で無為にするのはやめてくれ。

 

「すまん、さっきは妹が変なことを言った。桐生、こいつが俺の妹の星野ルビーだ」

「い、妹のルビーです! さっきは変なこと言ってすみません!」

「あはは、気にしないで。こんな紛らわしい見た目してるのが悪いんだから」

 

 本当に、もう少し男らしく成長してくれれば良かったのにね。

 正直に言って、桐生紫音として生まれ変わった僕の見た目はほぼ女の子のそれだ。背はあまり高くないし線は細いし、顔立ちにも男らしさの欠片もない。性差の少ない幼少期ならいざ知らず、高一にもなってこれでは将来が思いやられる。

 

「改めて、桐生紫音です。よろしくね、星野さん、寿さん」

「よろしくね! 星野だとアクアと被るし、ルビーでいいよ!」

「確かにそうだな。俺のこともアクアでいい」

「ありがとう。じゃあ二人のことはアクア君とルビーさんって呼ばせてもらおうかな。僕のことも紫音でいいからね」

 

 助かる。アイから何度も名前を聞いていたせいで内心二人のことはずっと名前呼びだったので、正直星野姓で呼ぶのに慣れなかったのだ。

 

「良かったらウチのこともみなみって呼んだってください! あのシオンさんにお会いできて嬉しいです〜!」

 

 すると、みなみさんが両手を合わせて嬉しそうにそう言った。

 はて。その口ぶりだと僕のことを知っているように聞こえるが、どこかで会ったことがあるだろうか。

 

「“あの”? 紫音は一般科だが何か芸能活動をしてたりするのか?」

「アクアさんはご存知ないんですか? カリスマ読モ『シオン』の名前はモデル界隈じゃ有名なんですよ〜」

「そうなのか」

「そうなの!?」

「何で紫音が驚いてるんだ……?」

 

 だって初めて聞いたし。

 確かに僕は過去に複数のプロダクションから勧誘を受けたことがある。その中にはモデル事務所もあったのだが、まだ芸能の道に進む決心のついていない僕はそれを辞退した。

 その折「残念だがこれも何かの縁。せめて読者モデルとして被写体になってくれないか」とお願いされ、それならということでそれを受諾。以降、僕は読者モデルとして何度かファッション雑誌の撮影に応じたことがあった。というか現在も定期的に行っている。読モなんて無償でやるものだと思っていたのだが、その事務所はたった数枚の撮影でも結構な給金を支払ってくれるので、施設育ちで懐の寂しい僕はアルバイト感覚で継続しているのだった。

 

 気恥ずかしくて自分が載った雑誌を買うことはしなかったので、まさかそんな有名になってたとは知らなかったが。

 

『シオンは私が育てた』

 

 むふー、と自慢げに胸を張るアイ。

 何であなたが自慢げなんだと突っ込みたいところだが、本当にその通りなので何も言えない。

 今でこそご覧の有様だが、アイはアイドルのみならず女優やモデルとしても活躍し華々しい実績を残したマルチタレント。ファッション雑誌の撮影に際して、僕はアイから被写体としての極意というか、コツのようなものをアドバイスしてもらっていたのだ。

 なので僕が読モとして名前が知られているのだとすれば、それは間違いなくアイのお陰である。モデルとは見てくれの良さだけで成り立つ仕事ではない。モデルとしての紫音は間違いなくアイが育てたと言っても過言ではなかった。

 

 とはいえ、不満がないわけでもなく──

 

「カリスマ読モ『シオン』は性別不詳で、男の子の衣装も女の子の衣装も並のプロモデル以上に着こなすので有名なんですよ〜」

「確かに紫音さん女の子みたいで可愛いもんね!」

 

 そう。撮影の流れで時折……というか割と頻繁に女装させられるのが唯一の不満だった。

 確かに僕はなよっとした見た目で男らしいとは言い難い外見をしているが、だからと言って好んで女装したいわけではない。

 

『可愛いんだからよくない?』

 

 黙らっしゃい。見栄えが良いのは認めるが、あくまで男なので女装姿を褒められたって嬉しくないのです。まあ給料を貰っている以上、求められれば女性を演じるのも仕事の内とは思っているが。

 

「でもほんまに、近くで見るとすっごい美人……ちょっと自信なくすわぁ。ルビーちゃんもすっごく可愛いし、やっぱり芸能科は今までの学校とは勝手が違いますね……周りもプロだと思うと緊張しちゃうというか」

「緊張する必要なんかないわよみなみちゃん! ここは養成所でも撮影所でもなくて普通の学校なんだから、普通にしてればいいのよ!」

「ルビーちゃん……!」

「どっかでまんま聞いたセリフなんだが」

 

 気後れしている様子のみなみを元気付けるルビー。その微笑ましい様子にアイは『ルビー……立派になって!』と感激していた。

 なお当該の発言はルビーに頬擦りしながらのものである。娘から姿が見えないのを良いことにやりたい放題だ。

 

「まあ入学式見た感じ容姿の整っている奴は多いけど、媒体で見たことあるような人は殆どいなかった。ルビーの言う通り、そんなに緊張する必要はないんじゃないか?」

「確かにそうなんだけどね……実は一人いたの、凄い人」

「凄い人?」

不知火(しらぬい)フリル! 不知火フリルがいたんだよ!」

 

 不知火(しらぬい)フリル。

 芸能科の生徒で……いや、今の日本人でその名を知らない者はいないだろう。そこまで芸能界に詳しくない僕でも知っている。というかその名をテレビで聞かない日はないぐらいだ。

 

「月9のドラマで大ヒット! 歌って踊れて演技もできるマルチタレント! 美少女という言葉を聞いたら殆どの人が思い浮かべる不知火フリル!」

「いや当然知ってるけど」

 

 僕が抱いた印象としては、より多方面に才能を割り振ったアイといったところだろうか。美しさの方向性は異なるが、アイもフリルも十年に一人というレベルの美少女であり、いずれも天才の名を(ほしいまま)にする巨星(スター)である。

 すっかり雲の上の人というイメージだったので忘れていたが、確かにフリルも今年から高校生になる同年代の少女だった。そうか、彼女も陽東高校に入学したのか。

 

「まさか陽東(ここ)受験してたなんて知らなかったから、もうびっくりしちゃって!」

「そこまでご執心だったか?」

「いま最推しだよ!」

 

 もはや完全にただのファンと化したルビーが興奮したように捲し立てる。

 だがアクアはといえばそこまで関心を示す様子はなく、「ふーん」と興奮を露わにする妹を冷めた目で眺めていた。

 

「ふーんて! あの不知火フリルだよ!?」

「興味ない。俺の最推しは今も昔もアイだけだし」

「そりゃ私もそうだけど……それはそれ、これはこれ!」

 

 瞬間、僕は即座に耳を塞いだ。みなみさんから怪訝な目で見られるが知ったことではない。何故ならアクアの発言を聞いたアイがプルプルと震えているから。

 実はアイのこと見えてるんじゃなかろうな。何でこう都合良く彼女を喜ばせる言葉がポンポン飛び出すんだろう。

 

 

『アクア〜〜〜♡♡♡ 私が最推しだなんて、なんて良い子なの〜〜〜♡♡♡ もうっ、本当に可愛いんだから〜〜〜♡♡♡』

 

 

 案の定、実の息子からの最推し発言を頂いたアイは大興奮で大声を上げた。

 すごい。何というかすごい。アイの全身から無数のハートマークが飛び出しているような幻覚が見える。一応彼女は幽霊のはずなのだが、死人ってここまで幸せオーラを全身から放てるものなのか。

 

 あと、アイの大声は当たり前のように耳を塞いだ僕の両手を貫通した。よく考えれば霊体である彼女の声は大気の振動ではなく直接僕の精神に届くものなので、耳を塞ごうが何をしようが遮る手段はないのだ。すっかり忘れてた。

 

「あの、シオンさん顔色悪いですけど大丈夫ですか……?」

「だ、大丈夫……ちょっと耳鳴りがしただけだから……」

 

 みなみさんが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。ええ子や。

 

「あっ……! ほら! あそこに実物!」

「実物て」

 

 あっと声を上げたルビーの視線を辿れば、そこにはちょうど校舎から出てきた不知火フリルの姿があった。

 腰まで伸ばされた濡れ羽色の艶やかな黒髪。まるで光そのものを押し固めたようにきらめく翠緑の瞳。スラリとしたしなやかで均整の取れたスタイル。まさに大衆の理想を形にしたような美しさの具現。

 あれと比肩できる存在など僕にはアイしか思い浮かばない。流石は歌って踊れるスーパーマルチタレント。今を時めく国民的アイドル。その圧倒的な存在感は到底高校生のものには思えなかった。

 

「はぁ〜遠目でも可愛い〜!」

「マジでただのファンじゃん。クラスメイトだろ?」

「そんなこと言っても、あの不知火フリルに気安く声なんてかけられるわけないじゃん!」

 

 気持ちは分かる。芸能科の生徒は全員が芸能人の卵で既にプロとして活動している者も少なくないが、それでも不知火フリルのように全国規模で名が売れているような生徒はそういないだろう。下から見上げることはできるが、クラスメイトとして対等な態度で接するのは中々難しいと思う。芸能界という魔境の厳しさを知っている者であればこそ、その中で無二の輝きを放つ彼女を遠い存在として認識する。

 

 だが、アクアは何の物怖じもせず不知火フリルに歩み寄った。ぎょっと目を剥く妹の視線など意に介さず歩くその姿には何の気負いもない。ある意味本当に不知火フリルという存在に興味がないからこそ為せる技だろう。

 

「こんにちは不知火さん。俺の妹がアンタと同じクラスなんだ。仲良くしてやってくれ」

「ちょっ!」

 

 出し抜けにそう声をかける兄の姿にルビーは顔を赤くしたり青くしたりと忙しない。まあ無理もないが。

 

『ルビー、気後れしちゃダメだよ! ルビーの方がずっと可愛いんだから!』

 

 アイがエールを送るが、それはちょっとどうなんだろう。確かに顔の良さでは負けてないと思うが、芸能界の第一線で活躍するフリルが相手では流石にオーラ負けするのではなかろうか。

 

 一方、突然声をかけられた不知火フリルは少し驚いたようにアクアを見ている。まあ、あんな風に物怖じせず話しかけてくるような生徒など芸能科にもいなかっただろうし無理もない。

 とはいえ不快そうな様子はなく、むしろ少し嬉しそうに見えたのは僕の気の所為だろうか。フリルはしばしジッとアクアの顔を見詰めていたかと思うと、思い出したように「あっ」と声を上げた。

 

「あなた知ってる。『今日あま』に出てた人でしょ?」

「えっ……よく知ってるな。大して話題にもならなかったのに」

「ちょっと界隈で話に上ってて見たの。良かった」

「あ、ありがとう……?」

 

 まさか全国規模のスターに認知されているとは思わなかったのか、流石のアクアも少々たじろいだ様子だった。

 僕が『今日あま』のドラマを見たのは最終回にアクアが出演していることを知ったアイに強制的に見せられたからだが、彼女はどういう経緯で知ったんだろう。界隈で話に上っていたと言っていたが、それだけ最終回でのアクアの演技が注目されたということだろうか。

 

「あっ……そちらの方はミドジャンの表紙で見たことあります。みなみさんでしたっけ」

「は、はい!」

 

 おお、すごい。みなみさんもフリルに認知されてる。

 というか雑誌の表紙を飾ったことがあるのか。さっきは気後れした様子で謙遜していたが、既に十分な実績があるじゃないか。生半可な実力ではミドジャンなんてメジャーな雑誌の表紙に載ることはできないだろう。

 

「それにあなたは……シオンさん、ですよね」

『おっ、こっちにも来た』

 

 うお、こっちにも来た。

 宝石のように輝くエメラルドグリーンの瞳がこちらに向く。ただの読モの名前まで知っているなんて、どれだけアンテナを張ってるんだこの人は。

 

「当然知ってますよ。うちのプロダクションの雑誌部門が発行してるファッション誌に載ってる方なんですから」

「そうなの!?」

「そうなんです。担当の方がよく愚痴を零してますよ。根気強く勧誘してるけど中々陥落してくれないって」

 

 確かに撮影の度にしつこくない程度に勧誘は受けていたが……まさか不知火フリルの所属する事務所の雑誌だとは知らなかった。流石は大手プロダクション、手広くやってるんだなぁ。

 

「す、すご……皆あの不知火フリルに認知されてる……!」

 

 戦慄したように呻くルビー。

 いやぁ、僕らじゃなくて不知火フリルのアンテナが凄いだけだと思うけど。

 

「あなたは──」

 

 スッと翠緑の瞳がルビーを向く。僅かに目を見開いたのは彼女の美貌に驚いたからか。確かにアイに良く似たルビーの顔立ちは思わず息を呑むほど美しく可憐である。ともすれば不知火フリルとも張り合える程に。

 だからこそ一度見れば忘れないであろうその顔を思い出せないことに首を傾げる。彼女の反応からはそんな内心が透けて見えるようだった。

 

「えと………ごめんなさい、思い出せなくて。ルビーさん、ですよね。何をされてる方ですか?」

「わ、私は……その…………………今のところ、特に…………」

 

 苦渋に満ちた表情とか細い声でそう答えるルビー。

 まあ中学生のアイドルってあまり聞かないし、身体が出来上がってくる高校生ぐらいからがアイドルの本番だろう。アイだってアイドル業が本格的に跳ねたのは十六歳以降だと聞くし、今の時点でメディア露出がないからといって焦る必要はないと思う。

 

『そうそう、ルビーはルビーのペースでやれば良いんだから! ファイトだよ★』

「そう……えっと、頑張って?」

「うわあああんミヤえも────ん!! 早く私をアイドルにしてよ────!!」

 

 不知火フリルの精一杯のフォローに居たたまれなくなったルビーが涙目で走り去る。

 こうして星野兄妹との初コンタクトは概ね好感触で終えることができた。ルビーがいなくなってしまったことでその場はお開きになってしまったが、アクアとは友達になれたしルビーとも面識を得ることができた。アイも存分に(一方的に)スキンシップできたようだし、十分目的は果たせたと言えるだろう。

 

 アクア達と別れ帰路に就く。

 無言で歩く僕の隣でアイはご満悦な様子で鼻歌を歌っている。右に左に身体を揺らしながら歌う様は見るからに上機嫌で、その姿からは何らかの未練を抱いているような雰囲気は窺えない。

 

 だが、成仏するような気配は微塵も感じられなかった。むしろその表情は生気に満ち満ちており、成仏どころかそのまま生き返りそうな勢いである。

 

「……ねえ、どうしてアクア達に触れなかったの?」

『んー?』

「アイは幽霊だけど、その気になれば幾らでも物質に干渉できるじゃない。物に触れたり持ち上げたり」

 

 そう、アイは物に触れることができる。初めからできたわけではなく、数年前に突然できるようになったと自己申告を受けたのだ。

 その物質干渉力は年々強まっているようで、今では明らかに生前のアイでは持ち上げられなかったであろう、大きな机やテレビなどの重量物を持ち上げられるまでに至っている。しかも軽い物であれば念動力のようなもので手で触れずとも動かすことさえできるときた。

 

 だからアイにその気があれば、あんな風に抱き着いたり頬擦りする()()などせず、本当に直に彼らの肌に触れることだってできたはずなのだ。

 周囲の目を気にしたのだろうか? 確かに他の生徒の目もある中で心霊現象を起こせば騒ぎになってアクア達に迷惑が掛かったかもしれないが、ちょっと肌に触れる程度ならむしろアイの存在を証明する切っ掛けになったかもしれないのに。

 

「これでもアイには感謝してるんだ。あなたのお陰で僕は孤独に心を病むこともなかったんだから」

 

 こう言っては何だが、児童養護施設で暮らす子供に健全な精神の者はあまりいない。僕のように何らかの理由で親を失くした子、虐待を受け親元から離された子、中には少年審判で保護処分となり送致されてきた少年少女もいた。

 はっきり言ってあまり良い空気の所ではないのだ。誰もが複雑な事情を抱えていて、等しくどこかしら病んでいる。心に傷を負った子供達に施設の大人達は愛を以て接してくれるが、養護施設の業務とは過酷なもの。職員の表情には常に隠し切れぬ疲労が滲んでいた。幸い僕の時にそのようなことはなかったが、過度なストレスにより児童への虐待に走った職員も過去にはいたと聞く。

 

 そんな環境で健全な精神が育まれることは稀だ。転生者であり人生二週目の僕でさえ気が滅入る瞬間は幾度もあった。

 そんな中、常に傍にアイという存在がいた僕は間違いなく施設で最も幸福な人間だった。周囲の子供達と精神年齢の差から話が合わず、孤立していた僕に寄り添い話し相手になってくれたり。漠然とした将来への不安で眠れずにいた夜、子守唄を歌い寝かしつけようとしてくれたり。

 あるいはそれは自分の子供達に会えないことの代償行為だったのかもしれない。だとしても、彼女の献身は確かに僕の心を救ってくれたのだ。

 

 だからこそ罪悪感が募る。本来ならアクアとルビーが得るはずだった彼女との時間を僕のような赤の他人が独占しているという現状に。何より、本来なら天に還るはずだったアイの魂を現世に縛りつけている原因が僕の異常性にあることはとうの昔に見当がついているから。

 アイが与えてくれた十二年の愛には最大限に応えたい。それは嘘偽りない僕の本心である。

 

「もう僕と星野兄妹は赤の他人ではなく同じ学校に通う生徒同士なんだから、大手を振って正面から会いに行くことができる。ちょっと恥ずかしいけど霊能者とでも自称すればアイのことを伝えることぐらいはできるし、僕に遠慮なんてしないで二人に触れてあげなよ。向こうだって嬉しいだろうし、アイだってようやく成仏できるかもしれないでしょ?」

『……ふーん。シオンってばそんなに私にいなくなってほしいんだぁ』

「えっ」

 

 気付けば、鼻先が触れるような至近距離にアイの顔があった。こちらを責めるようなジト目に思わずドキッとする。

 

『口を開けば成仏しろ成仏しろって、まるで私が悪霊みたいな物言いじゃない。これでも私、君の守護霊のつもりなんですけどー?』

「い、いや、勿論アイのことを悪霊だなんて思ってるわけじゃないよ。ただ死者の霊魂を生者のエゴで縛り付けている現状が心苦しいというか、十二年も我慢させたんだからいい加減アイをちゃんと子供達に会わせてあげたいというか……」

 

 流石に見慣れたとはいえ、それでも不意打ちでアイの綺麗な顔がドアップで映るのは心臓に悪い。思わずしどろもどろになって言い訳を口にする僕に、アイはジト目から一転、クスッと笑みを零した。

 

『冗談冗談! ちょっと困らせたくなっただけ!』

「勘弁してくれ……アイの顔で凄まれるのは心臓に悪い」

『ムカついたのは本当だけどね』

「すみませんでした」

 

 本当に勘弁してほしい。僕はアイに色々と頭が上がらないんだから、冗談でもそういうことを口にされると思わず焦ってしまう。

 

『シオンが言った通り触ろうと思えばいくらでも触れたけど、結局アクアとルビーから私の姿は見えないわけでしょ? それってすごく中途半端でなんか嫌』

「嫌って……」

『私は二人を抱き締めたいし、二人に抱き締めてほしい。二人の声を聞きたいし、二人にも私の声を聞いてほしい。知ってるでしょ? 私はとっても欲張りなアイドルだから、中途半端で一方通行なスキンシップでは満足できないのです』

 

 両手を広げ、クルクルと回りながら歌うようにアイは語る。ただ一方的に触れるだけでは満足できないのだと。

 知っているとも。アイドルとしての幸せ、母としての幸せ。本来両立し得ぬそれを、四年に渡り嘘の鎧で隠し貫き通した欲張りな女の子。それこそが星野アイという人物であるのだと。

 

『私、シオンと会えたのは運命だと思ってる。お陰でもう会えないと思ってた子供達にもう一度会うことができた。……でも、もうそれだけじゃ満足できない』

 

 未練がないなどとんでもない。どうやら業突く張りなこの元アイドル様は、我が子に会ったことで更に未練を増やしてしまったらしい。

 

『シオンと一緒にいれば私はどんどん大きくなる。会ったばかりの頃は少し気を抜けば消えちゃいそうなぐらいだったのに、いつの間にか物に触れるようになって、今じゃそれ以上のこともできるようになって……多分、もっともっと大きくなる。できることが増えていく。そんな確信があるんだ』

「……いずれアクアやルビーの目にも見えるようになる?」

『多分、きっと』

「それが必ずしも良いことだとは限らないと思うけどね。もしアイが僕のように生まれ変わる途上にあるのだとすれば、今の状況は僕の所為でそれを阻害されていると言えるかもしれない」

『生まれ変わり? 私がシオンみたいな転生者になれるかもってこと?』

「確証があるわけではないけどね。でも僕という前例があるわけだし、可能性はゼロじゃないと思うよ」

 

 そう。実のところ、僕が前世の記憶を持ち越して生まれ変わった転生者であるということは既にアイに話してあった。当初はそこまで話すつもりはなかったのだが、流石に長年一緒にいる相手に隠し事は不誠実であろうと思い、数年前に事情を打ち明けたのである。

 流石に僕のような事例が何件もあるとまでは思わないが、僕という前例が既にある以上は同様の、あるいは類似する例が存在する……またはこれから発生する可能性は否定できない。であれば、アイがアイであったという記憶を引き継いだ新たな命として生まれ変わる可能性は十分に考えられないだろうか。

 

『でもそれは星野アイであって星野アイじゃない。星野アイだったという過去があるだけの別人でしょう? だってシオンは一度も前世の自分の名前を口に出したことはないじゃない』

「……まあ、そうだね。今の僕とかつての『僕』ではその人格に大きな隔たりがある。記憶の連続性があるだけの別人だと言えるだろうね」

 

 転生者となったことで実感したことがある。それは思った以上に精神は肉体の影響を受けるということだ。

 桐生紫音という個体として生きた十六年はあまりに容易く『僕』の二十年に及ぶ歴史を塗り潰した。幼児期から青年期に至るまでの多感な時期における経験は人間の人格形成に大きな影響を与えるというが、僕は今まさに現在進行形でそれを実感している。

 だから僕はアイの主張に反論する言葉を持たなかった。僕自身がそうなのだから、確かにそれは星野アイの記憶を持つだけの別人であろう、と。

 

『私が星野アイとして子供達に会えるのは今だけなんだよ。転生しちゃったら私はもうアクアとルビーの母親として二人と接することはできなくなる。それだけは嫌。血を分けた家族っていう繋がりは生きてる私が得た掛け替えのない愛の一つなんだから』

「……わかったよ。そこまでちゃんとした考えがあるならもう何も言わない。それに転生できるかもなんて不確かなことを論拠にするべきでもなかった。適当なことを言ったと謝るよ」

『うん、よろしい! それじゃあ言質も取ったことだし、まだ当分シオンの傍で厄介になろうかな〜』

「はいはい、どうぞご自由にお嬢様」

 

 アイ本人が現状に文句がないなら僕から言うべきことはない。僕にとってもアイがいることで何か不都合があるわけではないのだから。むしろ──

 

「……いや、それこそエゴだよね」

『んー? 何か言った?』

「いや、何にも」

 

 流石に気恥ずかしくて言えなかった。

 変わらず傍にいてくれることがこの上なく嬉しい、などと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……私の未練はもうアクアとルビーだけじゃないんだけどなぁ』

 

 前を歩く紫音の背中を眺めながら、星野アイはぽつりと呟いた。

 

 桐生紫音。前世の記憶があるというだけでは到底説明のつかない、幽霊となったアイだからこそ理解できる神秘の塊とでも言うべき規格外。

 その身に横溢する膨大なエネルギーこそが、無に還るはずだったアイの魂をこの世に留め、今なお生かし続ける要因である。そのエネルギーがどういうものなのかは知識のないアイには分からないが、身体から溢れ出るそれを得ることで本来儚い浮遊霊に過ぎなかった彼女は形を保てている……どころか、日を追うごとにどんどん強くなってきている。紫音には秘密にしているが、今のアイならテレビどころか大型トラックさえ持ち上げられるだろう。可愛くないので絶対に言うつもりはないが。

 

 ともかく、そのような事情があってアイはこうして現世に留まることができている。お陰でアクアとルビーとの再会という奇跡に見えることができたのだから、紫音には感謝してもし足りなかった。

 

 最初はただの憐憫だった。かつての自分と同様、親に捨てられ天涯孤独となった子供を憐れみ、行く末を見守ることを決めた。

 続いて感じたのは強い興味だった。年齢にそぐわぬ聡明さ。溢れんばかりの生命エネルギー。年を経るごとに枠を外れていく、人の形を保っていることが不思議なほどの神秘の塊。まるで意思を持って動き回る恒星のような存在に、気付けばアイは珍獣に対するもののような興味を持ってその一挙一動を目で追っていた。

 

 憐憫から興味へ。そして興味が好意へと変わるのにさほど時間はかからなかった。

 何せ幽霊となったアイにとってはこの世で唯一言葉を交わすことのできる相手である。紫音はアイのお陰で孤独に苛まれることはなかったと口にするが、それを言うならアイも同じ。もはや生者でさえない己と対等に分け隔てなく接してくれる存在がどれ程の救いとなっていたか。

 加えて、十年以上もの長期間に渡り特定の誰かとずっと一緒にいたという経験がまず初めてである。実子のアクアやルビーは元より、実の母である星野あゆみと過ごした時間でさえ十年に満たない。それだけの時間を共に過ごせば、それが血の繋がらぬ赤の他人であれ情が湧く。相手が自分に好意的であるのなら尚更だ。

 

『……二十代で死んで転生したって話だったよね。その後生まれ変わって四歳の時に私と会ったんだから、二十歳で死んだ私との歳の差は十歳もないぐらい? その程度の歳の差なら常識の範疇だよね?』

 

 艶やかな唇を指でなぞる。星の輝きを宿した瞳を妖しく細め、アイは年々魅力的に育っていく少年の後ろ姿をじっと見詰めた。

 

 星野アイの本質とは愛に飢えた少女である。幼少期の多感な時期を愛を知らずに育った彼女はその生涯をかけて愛を求め、息絶える最期の瞬間にようやく本物の愛を手にすることができた。

 しかし愛とは実に複雑な概念である。ひと口に愛と言っても様々に分類される。親愛、友愛、博愛、慈愛等々、愛情の形は種々様々だ。アクアとルビーに抱いた愛の形を言葉にするならば親愛や母性愛が相当するだろうか。

 

 アイが真実の愛と認識したそれは、愛という概念の一側面に過ぎない。

 それは別に良い。問題は、彼女が歩んだ人生の中で、一つだけ得られたはずなのに取り零してしまった愛の形があったことだ。

 

 それはいわゆる異性愛──恋愛、相愛、愛欲と呼ばれる類の愛情。本来であればアクアとルビーの父親である人物に抱くべきだった愛の形である。

 だがアイは終ぞそのような感情を相手に抱くことができなかった。それは向こうも同様であろう。だから子供が産まれても寄りを戻すようなことにはならなかったし、最後にあのような結末を迎えることになったのだ。

 

 重ねて言うが、星野アイとは愛に飢えた少女である。そして非常に欲張りな少女でもある。そんな彼女にとって、取り零したその愛の存在は未練とするのに十分な理由となった。

 

 

 そう──星野アイは“恋愛”がしたいのである!

 

 

 そして現状、そのような感情を抱く相手は一人しかいない。ならばやることは一つ。

 

(シオンを私に振り向かせる──!)

 

 親愛や家族愛、母性愛といったものは無償の愛。見返りを求めず相手に注ぐ慈愛の心。故に一方通行であれ成立し得る。

 だが恋愛は違う。愛を以て愛の見返りを求める双方向の愛の形。故に片方からの一方通行では成り立たない。アイがいくらシオンのことを憎からず想っていようと、シオンからも矢印が向かなければそれは到底恋愛とは呼べないのだ。こんなお預け状態で成仏なんぞできるわけがない。呑気に笹食ってる場合じゃねぇのである。

 

(フフフ……覚悟することだねシオン! ただでさえトップアイドルだった私が愛を知って完全体(アイドルマスター)になった以上、君の陥落は既に秒読み状態と言っても過言じゃない! まったく、すっかり私好みの可愛い男の子に育ってくれちゃってまー! まあそう育てたのは私なんだけど!)

 

 生前から変わらぬ謎の自信を全身に漲らせ、アイは不敵な笑みで何も知らぬ子羊を睥睨する。

 まさか十年来の付き合いである守護霊からそんな邪な視線を向けられているなど知る由もない紫音は謎の悪寒に背筋を震わせるのだった。

 




桐生(きりゅう)紫音(シオン)
 晴れて星野兄妹と面識を得ることに成功した。結局アイが成仏することはなかったが、本当に成仏されると五年ぐらい引きずる程度には今の生活が気に入っているので、実は内心ホッとしていたりする。そしてそんな自分にやや自己嫌悪気味。
 守護霊から向けられる捕食者の視線には気付いていない。

星野(ほしの)アイ】
 守護霊を謳う慈愛の笑顔の裏で逆光源氏計画を進行させていた業の深い元アイドル。愛に焦がれ愛を知りまた一周回って愛に焦がれるという永久機関を完成させた。これでノーベル賞は俺んモンだぜ。
 なお謎に自信満々だが当人の恋愛経験はゼロである。自信家かわいい。センセもそうだそうだと言っています。

星野(ほしの)アクア】
 ルビーも紫音にアイの面影を見たことで、アイと紫音の間に何らかの関係が存在することを確信した。流石に黒幕(父親)との直接の関係を疑っているわけではないが、アイの親戚に当たるのではないかと思っている。毛髪入手済み。
 直近の休みにお祓いに行く予定を入れた。

星野(ほしの)ルビー】
 アクア(雨宮(あまみや)吾郎(ごろう))と同じ転生者であり、前世は難病に苦しむ天童寺さりなという名の少女だった。雨宮吾郎は初恋の相手であり、彼をドルオタの沼に引きずり込んだ張本人。
 紫音に憧れのアイドルであり実の母でもあるアイの面影を見て動揺した。以降、紫音の前では借りてきた猫のように大人しくなるが、それは内心に渦巻くオギャバブランドへの郷愁の念と戦っているが故である。
 クソダサ双子コーデで近所のコンビニに行ける程度にはファッションセンスがない。勝負服は大抵ミヤえもん監修。故に読モやってる紫音のことは知らなかった。

寿(ことぶき)みなみ】
 Gカップ。

不知火(しらぬい)フリル】
 顔が良い人限定でめちゃくちゃアンテナ張ってる国民的スター。当然紫音のこともマークしていた。
 紫音からメス顔を引き出すのが当面の目標になった。
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