傍に立つ君は完璧で究極のアイドル 作:カミキヒカラナイ
1.Prologue
唐突だが、僕には前世の記憶がある。
と言っても、取り立てて特別な人間だったわけではない。ごく普通の現代日本人として生まれ、ごく普通の人生を送り、だが若くして病によって倒れその一生に幕を下ろした。ただそれだけの、何の変哲もない普通の人間だった。
しかし次に目を開けた時、僕は赤子の姿になって生まれ変わっていた。最初は
最初は喜んだ。どうやらこの場所、この時代は僕が知る現代日本であり、得体の知れない異世界ではないようだったから。全くの別人でこそあれ、もう一度人生をやり直せるのならこれほど喜ばしいことはない。
だが、そう呑気に喜んでいられたのも最初の内だけだった。しっかり周囲の環境を認識できる程度に成長した辺りで、どうやら僕は望まれぬ命だったらしいことが判明したのである。
父親はとある暴力団の組員、母親はキャバ嬢。酒の勢いによる一夜の過ちによって生まれた子供が僕だったらしい。絶望しかない。
それでもまだ希望はあった。意外にも両親の仲は悪くなかったのである。
父は暴力団員だが組織の中でもそれなりの立場にある身であったらしく、僕がイメージするような粗野粗暴な人間とは異なっていた。決して善人ではないが唾棄するような極悪人でもなく、身篭らせてしまった女に対しちゃんと責任を取ろうとする程度には良識があった。
そして母もそんな父に少なからず好意を抱いていたらしい。父は強面だが十分イケメンと呼べる顔立ちだったし、酒の勢いとはいえ肌を重ねる程度には心を許していたようだ。
歪な形ではあったが、確かにそこに愛はあった。だから僕を堕ろすことなく産むことを選択したのだろう。
しかし、平和な時間はあっさりと終わりを迎える。
父が死んだ。僕が三歳になった日のことである。
死因は刺殺。別の暴力団との間に勃発した抗争の最中、凶刃に倒れそのまま帰らぬ人となったらしい。
夫に先立たれた母に子供一人を抱えて生きていくだけの力はなかった。
子を成した身で風俗嬢を続けられるわけもなく、母は水商売からは足を洗い、専業主婦として生活していた。生活費は殆ど父の収入頼り。それが絶たれてしまった以上、母は自らの手で働き収入を得る必要に迫られた。
だが三歳という幼児の世話をしながら働くというのは並大抵の労力ではない。夫と死別したばかりということもあり、その心労の程は察して余りある。
だから、僕は母を恨むつもりは毛頭ない。
暗い顔で仕事に出掛けた母がいつまで経っても帰って来なくとも。父が死んでからというもの、段々と母の心が僕から離れていっていることは薄々察していたから。いずれ起こり得ることとして覚悟していた事態ではあったのだ。
雪の降る日、僕は一人ぼっちになった。それは父が死んでから丁度一年、四歳の誕生日を迎えた日のことであった。
思えば転生してからこっち、碌な誕生日を迎えていない気がする。三歳の時は父に先立たれ、四歳の今は母に捨てられた。一、二歳の時の誕生日は生憎幼児期健忘であまり覚えていないし、ちょっと誕生日が嫌いになりそうだ。
しかし、あまり悲しんでもいられない。これから僕は親の庇護から離れ、一人で生きていかなければならないのだから。
だが四歳の幼子に何ができるというのか。食料の備蓄には限りがある。金銭を得る手段などない以上、いずれ食べる物がなくなり餓死するのは避けられない。というかそれ以前に家賃滞納でこのアパートから追い出されてお終いだ。
重ねて言うが、僕は僕を捨てた母を恨むつもりはない。だから警察の厄介になって大事にするのはできるだけ避けたかった。仮に警察沙汰になるにしても、もっと時間が経ってから……母が十分にこの場所から距離を取ってからの方が望ましい。これ以上僕のことで母に苦労を負って欲しくはなかったから。
差し当たっての方針としては、ほとぼりが冷めるまでこの家で備蓄を切り崩しながら食い繋ぎ、頃合いを見て警察の厄介になる……といったところだろうか。親に捨てられた哀れな子供として保護を求めれば、さほど大事にはならず児童養護施設あたりに入れてもらえるかもしれない。そうすれば少なくとも生きていくことはできるはず。
その後の人生は分からないが。少なくとも前世よりハードモードになるのは避けられないだろう。二度目の人生があるだけ儲け物と考えるべきなのだろうが、それでも未来の展望が見えないというのは中々堪えた。
『あれー? 死んだと思ったら知らない家で目が覚めたぞー? うわっ、すっごい可愛い子おるー!?』
だが、そんな暗澹とした気分は一瞬で吹き飛ばされた。
突如として傍らに生じた、圧倒的な存在感。まるで恒星がすぐ隣で発生したかのような熱量と共に、どこか馬鹿っぽく能天気で、しかし無視し難い引力を感じさせる溌剌とした声が耳朶を震わせる。
呆然と首を動かした僕の目に飛び込んできたのは、一人の美しい女性だった。
僕の母も美しい顔立ちをしていたが、眼前の女性のそれは次元が違った。少女のあどけなさの中に女の艶やかさを
だが何よりも僕の目を引いたのは、一番星の輝きを秘めた紫紺の瞳だった。一等星すら霞んで見える宵の明星。見る者全てを魅了せずにはいられない、強烈な引力を放つその視線から目が離せない。
『まあトータルではウチの子達の方が可愛いけど! でもこんなちっちゃい子が一人で留守番? ぼくー? パパとママがどこにいるか分かる?』
「……父は一年前に死にました。母は仕事に出掛けたきり三日も帰ってきていません。恐らくもう戻ってはこないかと」
『あちゃー、そういう家庭かぁ。
よよよ、と目頭を押さえて悲しそうな表情を作る女性。仕草が仰々しいのにわざとらしさを感じないのは、彼女が本気で僕を哀れみ、悲しく思っているからだろうか。
『私も親に捨てられたクチだから、君の気持ちはよく分かるんだぁ』
「はぁ」
いやホント、はぁとしか言いようがないというか。突然現れたこの女性は果たして何者なのだろう。常識に則って考えるなら不法侵入者となるのだろうが、どう見ても身体が半分透けてるし、出現方法からして普通ではない。幽霊の類だったりするのだろうか。
『君も愛を得られない子供だというのなら、私がそれを無視するわけにはいかないよね! 安心して! これからは私が君のママの代わりになってあげる! 見ての通りの存在だから何も触れないけど!』
「えぇ……というかあなたは何者なんですか? もしかして本当に幽霊?」
『その通り! 私は念願のドームライブの前に無念の死を遂げてしまったアイドルの幽霊!』
「成仏して下さい」
『辛辣!』
この幽霊はどうしてこんなにハイテンションなのだろうか。無念の死を遂げたと言うが、とてもそうは見えない。むしろ念願叶って満足したまま死んだ人なのではなかろうか。
『それにしても随分としっかりした受け答えができるね。君、今いくつ?』
「三日前に四歳になりました」
『あらウチの子達と同い年。あの子達も天才だと思ったけど、君も天才児なんだね! お名前はなんていうのかな?』
「紫音……
『シオン君ね、可愛い名前!』
自称幽霊の女性はクルクルと指を回しつつ「シオン君ね。うん、覚えた! ……たぶん」と独り言ち、パッと花が開くような笑顔で僕に笑いかけた。
その太陽のように眩い笑顔に思わず目を細める。アイドルだというその言葉に嘘はないのだろう。笑顔一つでそう思わせるだけのオーラがその人にはあった。
『私はアイ……アイドルのアイです! よろしくね☆』
星の瞳の女性──アイは横ピースと共に可愛らしいウインクを飛ばし、そう自己紹介するのだった。
かくしてその日、独りぼっちになったと思った僕に不思議な同居人ができた。
アイ。夢半ばにして果てた国民的アイドルである彼女の正体を僕が知るのは、もう少し先のことだった。
自称アイドルの幽霊との衝撃的な出会いからそれなりの月日が経った。僕は住んでいたアパートを引き払い、今はとある児童養護施設で生活している。
色々と慌ただしかったことで後回しにしていたアイの正体についてだが、ある程度落ち着いて情報収集できる環境が整ったことでようやく判明することになる。といっても彼女は有名人だったので、少し調べればすぐに分かったのだが。
アイドルグループ「B小町」のセンターにして、一世を風靡した国民的アイドル「アイ」。ドームでの公演を目前にして熱狂的ファンからのストーカー被害に遭い、殺害される。夢半ばにして倒れた悲劇の少女。彼女を殺害した件のストーカーは直後に自ら命を絶っており、その動機については依然として不明であるという。
ここまでが公に知れ渡っているアイ殺人事件のあらましであるが、どういうわけか僕の傍には事件の当事者がいるわけで。僕の母を名乗り守護霊気取りで付き纏う彼女から話を聞くことで、僕は迷宮入りした事件の真相を知ることになった。
アイ──本名を星野アイという彼女には二人の隠し子がいた。驚くことに十六歳という若さで二児の母となった彼女はその事実をひた隠しにし、アイドル活動を継続していたらしい。
幸いにして誰にもバレることなく四年の月日が経過し、アイはアイドル街道を順調に
しかし、どういうわけかファンの一人に子供の存在がバレてしまう。熱狂的ファンだった件のストーカーはその事実に激情し、アイの殺害に踏み切ったのだという。
『どうせアイツの入れ知恵があったんだろうけどねー。あーヤダヤダ、これだからサイコパスは』
……その「アイツ」なる人物については敢えて聞かなかったが、概ねそのような事情がありアイは命を落としたというわけだ。
問題はここからだ。何故そこで亡くなったはずの彼女が幽霊などになり、縁もゆかりもない僕に取り憑いたのか。たまたま僕に霊的なものを引き寄せる霊媒体質があったのか、それとも僕の与り知らぬところで彼女と何かしら関係があったのか。
それについてアイに尋ねてみたところ──
『さあ? 気が付いたら君のところにいただけだから、私にも原因は分からないんだよねー』
とのことだった。つまり原因不明、何の解決にもならなかったのである。
分かったことはと言えばアイの生前の素性だけ。彼女が幽霊になってこの世に留まっている訳も、取り憑いた対象が僕であった理由も分からず終いだった。
『まあ別に良いじゃん! 私がどうしてあなたの所に来たかなんて些細な問題だよ! それよりあの話、考えてくれた?』
「あー……」
先述した通り、アイには二人の子供がいる。
兄の星野
母親としては当然の感情だろう。愛する我が子を心配する彼女の気持ちは汲んであげたいと僕も思う。何なら彼女が幽霊になってしまった原因は子供を想う気持ちが未練になってしまったからではないかと睨んでいるぐらいだ。
アイを子供に会わせてあげたい。だがそれにはいくつかの問題があった。
第一に、現在四歳の幼児であり施設の厄介になっている僕は自由に外を出歩けないということ。彼女の生前の家やアイドル事務所は都内にあり、郊外である現在地とはやや距離がある。四歳児が一人で電車を乗り継いで行くのは難しいだろう。
第二に、アイは一定距離僕から離れることができないということ。最大で五メートル程度しか離れられず、それ以上無理に距離を取ろうとしても無駄だった。まるで磁石に引き寄せられるように僕の所まで戻ってきてしまう。
そのため、アイだけ移動して子供達の所に行くという案は不可能だった。取り憑く対象を他の人間に変えることもできないようで、彼女が移動するにはどうしても僕も一緒に移動しなければならない。
とはいえ、これは僕が一人で問題なく出歩ける程度まで成長すれば解決する問題だ。心苦しいがアイにはそれまで待ってもらう必要がある。
問題は、会えたところでずっと一緒にいられるわけではないということだった。僕と星野一家に血の繋がりはなく、仮に会えたところで継続的に星野兄妹と一緒にはいられない。赤の他人なのだから当然の話だが。
会って二人の無事な姿を見てアイが成仏する、あるいは取り憑く対象を兄妹に移せるならそれでいいが、そうでなかった場合は少々可哀想なことになる。会えるのに一緒にいられないというのは親としてかなりのストレスになるだろう。少々子供っぽいところのある彼女がそのストレスを許容できるかは疑問である。
そう思い悩む僕に対し、アイは一つの提案をしてきた。それは──
『芸能界に入ればアクアとルビーに会えるよ! だって二人は私の子だもん、絶対芸能人になるはず!』
「芸能人ねぇ……」
アイ曰く、アクアは役者に、ルビーはアイドルになるのだそう。本当か? と僕はその発言に懐疑を抱いたが、彼女はそう確信しているらしかった。
「芸能人なんて水商売、できれば遠慮したいんですけど」
『えーっ、シオン君可愛いし絶対芸能人でやっていけるよ! 子役とか興味ない? ウチのアクアも子役やってたんだけど』
「見てくれだけでやっていけるほど甘い世界じゃないでしょう、芸能界は。それに施設出身ですよ?」
『私も施設出身だけど芸能人だったよ?』
「あなたは例外でしょう……」
施設の出でありながらスカウトを受けアイドルになり、そこから僅か数年で地下からトップアイドルまで成り上がった怪物を基準にされては堪ったものではない。僕にはそこまでの才能もモチベーションもないのだから。
『絶対行けると思うんだけどなぁ……』
「前向きに検討させて頂きます」
『それ断る時のやつじゃん!』
「そんなことよりもっと確実な方向でいきましょうよ。芸能人になったからといって、同じ事務所でもない限り早々気軽に会えるわけじゃないんですから」
『確実な方法?』
「同じ学校に通えばいいんですよ」
義務教育期間である小中学校は施設のある学区内の市立校に通うことになるだろうが、高校からは自由だ。と言っても施設出身の僕が高校に進学するなら奨学金制度を利用することになるだろうが、それでも選択肢は生まれる。
手元のスマートフォンを操作し、とある学校のサイトを開く。ちなみにこのスマホは父の遺品である。施設の人に無理を言って僕の私物として所持を許してもらっていた。
『これは?』
「私立陽東高校、都内では唯一芸能科がある学校になります。もし本当にあなたのお子さんが芸能界の道を目指すというのなら、まず間違いなくこの学校に進学するでしょう。ここに行けば同学年の生徒として、誰
『おおお……! すごい! シオン君頭いい!
──いや頭良すぎない? 言葉遣いとか考え方とか四歳児とは思えないんですけど』
しまった、考えなしに喋り過ぎたか。
幽霊が相手だからといって油断し過ぎた。流暢に話したり当たり前のようにスマホを使って検索したり、到底四歳児にできるようなことではない。流石に疑問を持たれてしまったようだ。
とはいえ実の親にならいざ知らず、この幽霊に僕が前世の記憶持ちであることがバレたところで何か不都合があるわけではない。……が、説明するのが面倒臭い。それに僕としてもこの世界が本当に僕の知る現代日本であるかどうか確信が持てていないというのもある。
「──You〇ubeとかで色々勉強したんですよ。この時代、学ぼうと思えばネットでいくらでも教材が手に入りますから」
『ふーん……?』
星の瞳が訝しげに細められ、じとっとした眼差しが向けられる。当たり前だが信じてはいないようだ。僕だってこれで信じてもらおうだなんて思ってはいない。
別に嘘だと見抜かれてもいい。こんな詭弁は「本当のところを話すつもりはない」という意思表示のようなものだ。己の素性を全て打ち明けられるほど、まだ僕はアイという幽霊に信を置いているわけではない。
『……まっ、いいか! 誰にだって秘密の一つや二つあるもんね。私も嘘吐きだったから、あまり人のこと言えないし』
「だった? 今は違うんですか」
『嘘は生きてる間にこれでもかってぐらい吐いたからね。せっかく最後の最後に正直者になれたんだから、もう嘘はいいかなーって』
そう言ってアイは晴れやかな笑みを顔に浮かべる。
それは一目で心からの笑顔であると分かる、憑き物が落ちたような穏やかな表情だった。
『それより陽東高校の話! 施設の子供でも受験できる所なの?』
「芸能科であれば芸能事務所に所属していることが必須条件のようですが、一般科は通常の高校と変わらないようです。奨学金制度もあるし、寮も充実している。お誂え向きな学校だと言えるでしょう」
幸いなことにこの学校は偏差値自体はさほど高くない。前世分のアドバンテージがある僕なら問題なく奨学金審査を通過できる程度の成績を出せるだろう。
『高校生かー。ランドセル
「気が早いですよ。高校入学までまだ十年以上あるんですから」
騒ぐ堪え性のない幽霊を尻目にスマホの電源を落とす。
とまれ、これで差し当たっての方針は定まった。人生設計と言えるほど大層なものではないが、将来について本格的に考えるのは高校生になってからでも遅くはないだろう。もしかしたら陽東高校に通っている内に本当に芸能界に興味が出てくるかもしれないし、未来のことなど自分にだって分からない。
それでも、何であれ将来の指針を得る切っ掛けになってくれたことはアイに感謝しなければならないだろう。両親を失ったという事実は思いの外ショックだったようで、少なからず僕の心に影を落としていた。その影を払い、将来について考えられる程度に前を向かせてくれたのは、底抜けに明るいアイの人柄によるものに違いない。
アイのために芸能界に身を投じるのも悪くないと。そんなことを考え始める程度には、僕はアイの輝きに当てられていた。自分でもそれを自覚しないままに。
【
アクアやルビーとは別口の転生者。同じ世界間での転生ではなく、何の間違いか
主に物理的な危害からキャラを守るご都合主義的存在。カミキ君涙目。
【
最後に本物の愛を感じられたことで概ね満足して死んだが、子供達が心配でふよふよ
紫音の魂からエネルギー供給を受けて存在を維持しているため五メートル以上離れられない。近距離パワー型のスタンド。