「レッドフード!」
ソーンが研究所から戻ってきて初めての戦闘、そこでゴッデス部隊で事件が起きた。
ゴッデス部隊に奇襲を仕掛けてきたタイラント級《ウルトラ》の攻撃によりレッドフードが負傷、傷は大したことはなかったが彼女は侵食と言う不治の病に侵されたのだった。
「どうだ?」
端末を操作するラプンツェルにソーンは疑問を投げ掛けるが彼女の表情は暗かった。
「侵食されています」
「そうか…」
ベッドで眠るレッドフードを見てソーンは落ち込む。
遥か上空から高速で接近してゴッデス部隊に襲いかかってきたウルトラを最初に察知したのはソーンであったが対処が遅れ、レッドフードが被害にあってしまった。
「データはV.T.Cに送りました。返事はあまり期待できませんが…」
「侵食研究に関してはV.T.Cが一番なのか?」
「はい。当時人間だったレッドシューズも研究メンバーの1人でした。発見当時はニケの動きを阻害する程度の物でしたがソーンが発見される少し前に侵食は急速に進化しニケの意思すら乗っとるようになりました。侵食機能を持つ個体はごく一部でしたがまさかタイラント級が能力を持っているとは」
「ラプチャーの進化って奴か…だから皆怖がってたわけね」
ラプンツェルが淹れてくれたコーヒーを飲みながらソーンは椅子に座る。
気分的には落ち着かないが侵食についてはあまり知識がないソーンには何も出来ず、V.T.Cから報告を待つしかなかった。
「ソーンが発見される数日前に侵食されたニケが仲間を襲った事例があったそうですから余計にでしょうね」
「レッドフードの事はリリスや指揮官たちには?」
「連絡しました。ソーン、貴方も休んでください。ここは私が見ますから」
「分かった。無理かもしれないがV.T.Cに侵食に関する解析データと研究データを俺にも送るように頼んでくれないか?」
「研究を?」
「完全に俺の専門外だが試したいんだ」
「分かりました。打診はしておきます」
コーヒーを飲み干し、ラプンツェルに礼を言うと工房に戻る。
「白ちゃん」
「ソーン」
工房にはスノーホワイトが待っており心配そうにこちらを見つめてくる。一段落すればソーンが工房に戻ってくると予測して待っていたのだろう彼女の顔には不安がよく分かる。
「どうでしたか?」
「侵食はされてたけど他の事例に見られるように暴れたりとかそう言うのはなかった。もしかしたら軽い侵食だけで済んでるのかもしれないけど分からないな」
もしもの時のためにラプンツェルとソーンが呼ばれていたのだが何もなくて安心した。
もしもの時のために用意していたアッザムリーダーを箱にしまうとスノーホワイトの頭を撫でてやりながら横に座る。
「自分が警戒を怠ったせいですまない」とスノーホワイトに謝りたい気持ちに駆られるがそんな言葉は望まれてもないし、そんな言葉で気持ちが軽くなるのは自分だけだと心の中で呟いて言葉を飲み込む。
「これからどうなるんですか?」
「全てはレッドフードが目覚めてからだ。このまま戦い続けるか、研究所送りになるか」
仮にレッドフードが暴走してしまうのなら止められるのはゴッデスしかいないと確信があった。
だがレッドフードと1対1でやりあえばどうなるかは正直分からない。
ソーン自身の戦闘能力は実はゴッデスの中でも下位に位置する。
EXAMシステムによる能力値上昇と独自装備による変幻自在な戦闘スタイル、なにより空戦性能の高さが彼女か強く見える所以だ。
度重なる改造により怪力だけはドロシーの一歩手前と言ったところだが。
「俺が言うのもなんだがゆっくり休め。俺も今日は寝るよ」
「はい…」
ーー
「よぉ、迷惑かけたな!」
レッドフードの元気な声が響き渡るのを確認したのは数日した後であった。彼女の体は侵食に侵されていながらも姿は健康体そのもの、そんな彼女の様子に派遣されていたV.T.Cの研究員たちも首をかしげる事態になった。
「睡眠はなんとかってやつだ!」
「睡眠は薬に勝るでしょう。そんなものではないはずですが…」
ドロシーも思わずツッコミをいれてしまうほどの出来事に全員が困惑しながらもひとまず経過観察をしながら変わらずゴッデスとして戦闘に参加する事になった。
「なぁ、博士」
「ん?」
レッドフードに大量のコードを着けていたソーンは彼女の声に反応して返事をする。
「博士なら私を殺してくれるだろうなって思ってな」
「縁起でもないことを…」
データを入力していたソーンは馬鹿馬鹿しいと笑いながら端末を閉じる。
「そうなら、どんな顔してれば良い。お前は湿っぽいのが嫌だろう?だけど覚悟しておけ、俺が殺したらお前を細胞単位まで解剖してやるからな」
「流石だな博士。ゾッとしないぜ」
「量産型フェアリーテイルモデルは中々に面白いと思うんだがな」
コードを抜きながら体を起こすレッドフードは笑う。
そんな笑顔を見たその夜、ソーンは初めてなにもせず、ただ虚空を見つめながら一晩過ごした。
その晩、眠っていないのに夢のように思い出したのはこの世界に来た時の下水道、死体の山を思い出す。
「なんで俺はニケなんだ?」
考えてこなかった。考えるのを拒否していた事がこの晩だけは頭から離れなかった。
ベッド以外なにもない自分の部屋でそう呟いた瞬間、声が聞こえた。
《イリオス…お前…は》
「え?」
声を挙げた時には朝日が登っていた。
寝ていたのか判断が着かないが一晩を過ごしたのは分かった。
「…朝ごはん食べに行くか」
ーー
残念ながらレッドフードの侵食を治す手立ては見つからずに日々を過ごす。ラプンツェルは薬で、ソーンもV.T.Cからのデータを参照して治療に取り組んでいたがよい結果を得られなかった。
「進捗は?」
「V.T.Cは侵食の無力化を基本方針にしてる。だから俺は侵食を新しいウイルスで破壊する方向に研究を進めてるんだがウイルスが無差別攻撃するせいで脳をそのまま破壊してしまう」
侵食を破壊できたとしても守るべき脳を破壊してしまえば本末転倒なのは重々承知なのだが侵食を誘発させるウイルスをピンポイントで破壊するためにはより深い侵食の調査が必要だがそもそも侵食は人間では理解できない言語によって構成されており、それの解析だけで何百年かかるか分からない状況であった。
「世界中のスパコンが生きていて、フル稼働させてたと仮定しても解析には100年以上かかるな。正直、今までで解析していた奴らがサボってたと思ってたけど、よくやってくれてるよ」
「つまりレッドフードは絶望的ってことね」
「そうだ」
リリーバイスの言葉にハッキリと返事をするソーンに指揮官も思わず苦虫を噛み潰したような顔をする。
「他の事例を読んだがレッドフードは異例中の異例だ。逆にレッドフードが侵食を治す特効薬になるかもしれない。研究は続ける」
「無理しないでね。ただでさえ、今は人類連合から防衛設備についてのシステムを依頼されてるでしょ?」
研究所から帰ってきたソーンは人類連合からどこかの防衛設備と迎撃システムの提案を提出するようにかなりねだられてる状況だ。
それに加えレッドフードの侵食を治すために新たな研究を初めて業務量はパンク寸前だった。
「ゴッデスに入ってもう1年だけど目に見えて負担が大きくなってるから心配なの」
「そうか…感覚的にはもっといる気分だな」
「…指揮官」
呑気なことを言う指揮官をリリーバイスは静かに制する。
「未確定だけど増員も検討されてるから無理しないように」
「オールド・テイルズか?」
「いえ、近接戦闘を主眼に置いた部隊があるらしくてそこに候補者がいるみたい。詳しい話は分からないけどかなりの戦果を挙げてるみたいよ」
「ほう」
近接戦闘を主眼に置いたニケとは珍しい。
接近戦を前提にした装備を持っているのは自分だけだと思っていたが。
よく考えればニケは生まれたばかりの兵器カテゴリーだ。
MS黎明期である1年戦争でもはや混沌とも言えるほど様々なMSが生まれたように様々な試みでニケを作るのは悪いことではない。
「とにかく、睡眠はしっかり取ること。これは絶対ね」
「は、はい」
ほぼゼロ距離と言っても良いほど顔を近づけられたじろぐソーンを見て満足したリリーバイスは頷きながら部屋を去っていく。
「ソーン。この事だが」
「分かってる、さっきのは俺の私見だ。他言はしない」
「すまないな。ゴッデスは最高のチームだ、それは保証するが精神面はやはり不安が残る場面が多い。特に仲間の事になるとな」
サングラスをかけている指揮官の表情は分からないがいつにもなく真面目な顔をする彼の姿をソーンは静かに見つめる。
「ここで話してるって事はリリスですら例外ではないと?」
「そうだ。ソーン、君も例外ではないがね」
そう言って立ち去る指揮官を見てソーンも頭をかく。
「自分の事って意外と分からんもんだよな…」