元SRT学園のNo2の転生者がヴァルキューレで閑職をやる話 作:宵越しのモルス
時を遡ること、数カ月前。
まだ公に学園の閉鎖が決まっているわけでもなく、大半の生徒がその情報の片鱗すら掴んでいなかった、生徒会長の失踪して幾日か経った後。正確な情報を求めて、各々が駆けずり回っていた。
情報戦、工作戦においての我が小隊は非常に優秀であり、真っ先に閉鎖の元凶とも言える扇動派を突き止めた。
結果、独断で先行し、私は自身の無力さを知ることになった。
結局、どこかしらで甘い考えがあったと言わざるを得ない形で跳ね返ってくることになっていた。私は事態を甘く見すぎていたのだ。なんだかんだ上手く転生先でやれていたという事実も慢心の後押しの原因だったのだろう。
その結果が今の閑職であり、大切な友人を失うことになったという手痛い結果に終わったわけだけども。
それをそのまま自分が悪いと受け取るには、私は成熟しきっておらず、悪い『大人』の食い物にされそうになり、『大人』に嵌められた。という視点でしか受け止めきれないのも事実であった。
念入りなボディチェックを受けたあとに、執務室へと足を踏み入れる。
『あなたが初めに直談判にくるのは分かっていましたよ、近藤アキ』
SRTの諜報は実に優秀で好ましい。と、彼女は言う。
その人物は珈琲を片手に優雅な所作で私を出迎えた。
「閉鎖賛成の扇動派。防衛室長 不知火 カヤ」
ばん、と重厚な木製の机に、まとめた資料を叩き付けた。
その紙面に軽く目を通し、そこまで、もう抑えているのですね。と大儀そうに椅子から立ち上がった。
「どうして? あなたの立場なら存続を支持するべきではないの?」
「連邦生徒会長が失踪し、現在あなた達の立場は非常に不安定な立場に……」
「そういう御託を聞きたいわけじゃないよ」
話を遮り、答えを話して欲しい、と更に詰める。
これにカヤは、はぁ、とため息を吐いて、やれやれとポーズを取る。
「これには、高度な政治的な案件を含みます。あなたのようなSRTの一学生が踏み込めるものではありませんよ」
「こんなことを動かして背景に何もいないわけがない『大人』が関わっている。そうでしょ?」
「…………」
「沈黙は肯定だよ、不知火カヤ」
結局答えることもなく、部屋を彼女は歩き回り、私の周りを歩き回る。
「一つ、提案をしてあげましょう。学園の方針に従わない、あるいは落第直前のならず者達を従えて学園のナンバー2までこぎ着けた実力。私はそれを高く買っています」
「何が言いたいの?」
「あなた達は、今現在、非常に難しい立場にいることはご存知ですね?」
「生徒会長直属の特殊作戦群が、生徒会長失踪したことにより存在意義が問われている」
ここらへんは噂にもなっていることである。カヤはそれに頷いた。
「そうです。でしたら、その先は?」
「混乱の最中で、生徒会長の後釜を狙う何者かが指揮を執った場合、不味いことになる。そして、無視はしたいが無視するのも難しい勢力に構っているほどに連邦生徒会に余裕がない」
「その通り、現在我々は未曾有の危機に立ち会っている。そう考えて構いません。管理する私にとってもそれは同じこと」
「おためごかしは良いかな。私、嘘つかれるのキライだし」
「そういうところもまた、私はキライではないですよ。近藤アキ」
直球で行こうよ。とカヤに持ちかけると、彼女は大仰に手を組んで顔の前に持ってきたポーズで私に語りかけた。
「この私の手足になれば、政権を確保した後、政権内の反対派を一掃し、SRT学園の復活を約束します」
彼女は机に寄りかかり、窓から差す光を背負う。まるでこれから後光を背負うということを示唆するように。
防衛室長。確かに、この肩書を持つが言うのであれば再建も可能かもしれない。
「そうだね。あなたの立場ならたぶん可能かもしれない。うん、現状、あなたでないと難しいといえるかな」
「理解が早くて大変よろしい。従順な飼い犬は好きですよ。私」
「名のある人に覚えがよろしいのは嬉しいですねぇ」
「ふふ、カイザーとの繋がりも、きっとあなたにも良い影響を──」
ついていけば今まで通りの訓練施設を確保し、衣食住も確保すると言う。それもいい。間違いじゃない。
私を見て、彼女は言う。
「それから、前よりあなたの事は知っておりました。大人びていて、物事を見越した考え方をする。と」
「へぇ、それはそれは……どうも」
「さぁ、では……」
「うん、でも、断る」
ばっさりと断った。
その答えを予想していなかったのか、ずるりと机から滑り落ちそうになるカヤを見て、思わず笑ってしまいそうになった。
「──は?」
「勘違いしないで欲しいんだけどね。私、いや、私たちは権力にも、そして、何処の学園にもへりくだる気は無いんだ」
ぽかんとしている『彼女』に言い放つ。
私はそんな大人にはならないし、なりたくもない。
「我らが真に信ずるは、己が正義と小隊の鉄の掟のみ。ってね」
故に、野良犬と影されようと、汚れ役と言われようとここまでやってきた。今更、大人の真似事のように、ただひたすらに頭を下げて、腹の中では嘘を吐く。そんなみっともない真似なんて、死んでもイヤだ。
気に食わない回答だったのか、感情的になるのを抑えた様子で、カヤは再び喋り出す。
「では、どうするというのです。今更、あなたに出来る事などありませんが?」
「……あなたがSRT学園の閉鎖の意思を曲げないのは理解しました」
本性を出すかのように、静かにそして威圧的にこちらを諭す彼女の姿を見て悟る。このままでは平行線だろう。これは正式な決定事項であり覆すのも難しい。そして、この状態では折れてもらうのも難しいだろう。
少し黙ってしまう。その様子を見て勝機を悟ったのか、カヤがいやらしい笑みを浮かべた。
「解決策は持っていないみたいですね。では……もう一つの提案と、このままの行くとどうなるのか。SRT学園の辿るべき結末をお話しましょう」
「なに?」
廃校に伴う、ヴァルキューレへの転校の話は知っていますよね? と彼女は切り出した。
「このまま転校希望者が0であればヴァルキューレとしても、受け入れは再考せざるを得ないということです。向こうにも面子というものもありますからね」
「……なるほど」
「ですから、今の募集者数のままですとヴァルキューレの受け入れは流れて、SRTの受け入れ先は自力で見つけて頂くことになる、ということです」
「最終的にその判を押すのは、貴女だろうに……っ!!」
「私は善意で忠告しているのですよ? 近藤アキさん? SRT学園の行く末の為です」
思わず、指が拳に食い込む。
汚い手だ。防衛室長という立場を笠に着た、一方的な要求。
こちらがいいから、あなたの為だから、とこっちの気持ちも考えずに勝手に決めて、勝手に考えを押し付けてくる『大人』のやり口だ。
「──人質を取るつもり? SRT学園全員分の」
「あなたが考えを直すというのであれば、もちろんそんなことはしませんが、ねぇ?」
──もう少し『大人』になりませんか?
勝ち誇ったように、ニヤニヤとこちらを値踏みするように見てくる。
『大人』の真似事をして、人の進退を選ぶやり方を……飲めるわけがなかった。
目の前の大人モドキに腸が煮えくり返りそうになりながら、出てきた罵詈雑言を呑み込んで腹に押し戻す。そうして思いっきり笑ってやった。お前らの目論見になぞ乗ってやるものか。
「悪いね。不知火カヤ。私はね『大人』ってやつが大嫌いなんだ」
「……そんな下らない意地で!!」
「要は、希望者が居ればいい。それだけなんでしょう?」
一瞬、小隊の皆や、後輩たち、そして同期のユキノの顔が思い浮かんで消えた。あぁ、今の私はきっと目が最高に濁っているのだろうな。そう思う。
はっ、と気づいたように、カヤが目を見開いた。
「随分と愚かしいことを………そんなにも、あなたの正義は軽いのですか?」
「いいや?私の正義は簡単なことだよ。このキヴォトスに安寧を。それだけ」
そう、結局、私はひょんなことから紛れ込んだ異邦人なのだから。元からいた彼女たちが幸せであればそれでいい筈だ。そう願うことぐらいはさせて欲しい。
──あんたの下では、その正義は為されない。そう思ったから、私は降りる。
それだけ。そう言って突き放す。
それの態度が逆鱗に触れたのか、更に目を開いて彼女は激昂する。
「後悔しますよ!! いいんですか?」
その表情が見たかったと、狼狽する彼女の顔を一瞥して踵を返す。
なおも続く糾弾を無視し、片手をあげてその場を去ってやった。
犠牲になるのは私でいい。それで皆笑ってくれるのなら、私はそれでいい。安いものだ。
◇◇◇◇◇◇
某所 別時刻にて。
『交渉は決裂か……しかし、我々にとってはどちらでもプラスの答えだ。そうだろう?』
機械人形の大人が、不知火カヤに語り掛ける。
「正直、これはこれで良かったです。えぇ、本当に」
親指を嚙みながら、彼女は言う。
その態度を見ても、男は何も反応を示さなかった。
『彼女の持つ求心力は一線を画しているので、学園から引き離すことに意味がある。そういうことです』
『両者損に見せかけた上で、その実、一方的な得を得る。大人のやり口のようで私は肯定するよ』
『ふふふ、ありがとうございます。将軍』
『それに、如何に賢しらな選択を選んだとて──』
『大人の目からは逃れられない』
所詮は子供の遊びだな。と、低い笑い声が部屋に響き渡った。
◇◇◇◇◇
結局ヴァルキューレへと移った私は、一致団結していたSRT学園に亀裂を与え、ただ一人転校して馴染みづらい環境に身を置いた。その後、私を後追いするようにパラパラとヴァルキューレに転校するもの。別の道に進むもの、そして抵抗を続けるものに分かれた。
ナンバー1のFOX小隊や、将来有望とされたRABBIT小隊は抵抗する側だった。
そしてDOGGY小隊は全員、ヴァルキューレに入学した。DOGGY1は公安局に、DOGGY2は一番遅れて警備局に、DOGGY3は生活安全局に、DOGGY4は交通局に。それぞれバラバラの指令が出された。他の小隊員たちがまとまって配属されていたり、勤務地が近かったりと配慮される中で、私の隊は見事に引きはがされた。これも防衛室長の誘いを蹴った結果だろう。随分と器が小さい事だ。
公安局の仕事はやりがいがあった。SRT学園には無い現場のみにある緊張感。市井の人たちに直接見られる事。正義の味方としての行動。それらは、前世で助けて貰えなかった私にとって楽しかった。
局長の尾刃カンナさんを始め、副局長のコノカさんも良くしてくれた。まぁ、転校してきた子に恨み言を言われたり、やっかんだ子達に何か言われる事があったりと、全部が全部上手く行っていたわけではないのだけど。それは当然の事として受け入れる事が出来ていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「午後から雨らしいっすよ。風水的に良くないんで今日は内勤で~」
「はは……コノカさん、それはマズいんじゃ……」
どんよりとした雲が窓越しに浮かんでいて、いかにも降るぞと言った表情の空。いつもの軽口の応酬をしている最中、空模様に負けず劣らずの表情を浮かべた犬耳仲間のカンナ局長が話しかけてきた。
「近藤アキ、少しいいだろうか?」
時期的には業務に慣れてきて信頼も勝ち取ってきた頃。
カンナ局長より個室に呼び出しが掛かった。いつも浮かべている皺が二、三本多かったから、何かやらかしたのかと思っていたがそうでもないらしい。
失礼しますと、個別に分かたれたブースに入室すると、降り出したのか遠くで雷の音が響いた。
窓にうちつける雨音がだんだんと激しくなる中で、憤りが止まないといった表情を浮かべた彼女から、辞令書が机に置かれた。
「アビドス地域の派出所へ、ですか?」
「あぁ………正直言って素直に服しかねる辞令だ。私はそれを看過し、キミに渡さなければならない事に憤りを感じる」
カンナ局長は眉根に手を当てて、目元を揉む。
「昇進だ。形だけのな。キミは、私の部下ではなく……一つの交番の長になる」
「なるほど……そう、来ましたか」
冷たい水が、足元からせり上がってくる感覚がする。顎の下までちゃぷちゃぷと上がり切って、肺から冷たい息が吐き出されそうな感覚。それを何処か遠くから見ているような浮遊感。
私の声を聞いてか、苦虫を嚙み潰したようにゆっくりとカンナ局長が言葉を紡ぐ。
「アビドスの派出所は……転出届や、治安の悪化の要因を鑑みて維持困難として、縮小対象に入って以来……誰も、配属は無い」
「それはそれは……随分な場所ですね」
やるせない様子で彼女が机を力なく叩く。
「キミは……、転校の第一人者で。ヴァルキューレとSRTの渡りを作った人物だ。勤務態度も優秀で……。それを……こんな閑職に」
やっぱりそうなるよねぇ。と想像通りではあった。納得は出来ないが、それはそれとして予想は出来ていたことではある。妙に手続きやら、給料の支払いが遅かったりと、地味な嫌がらせが続いていたり、あのまな板ピンクの機嫌を損ねると大変らしい。いや、私も栄養面が悪かったのか、人の事は言えないけれど。
ふぅ、と息を吐く。それなりに冷静で居られるのは、目の前で憤りを感じてくれる人がいてくれるからだ。大切にされている。そう感じられるだけで、胸の内が暖かくなる。
「わかりました。ここを離れるのは寂しいですが……仕方ないですね」
「いいのか、本当に?」
「辞令は、覆らないんでしょう?」
「キミがイヤと言ってくれれば、私は味方になる……。そう、言うつもりだった」
「局長……、ありがとうございます」
カンナ局長が優しくて、優しすぎて胸が一杯になる。
私にはそれ以上の優しさを受け取ることが出来る器も、綺麗な過去も持っているわけではない。ただ、前みたいになりたくない、そう思って行動するただの偽善者だ。正義の味方の偽物をする事だけで精一杯なのに、本物の正義の味方の邪魔はしてはいけない。
「でも、迷惑は掛けたくないので……、私、行きますよ」
その言葉を発したとき、彼女は力なく項垂れた。
「そうか……、分かった。きっとキミならすぐに戻ってくるはずだ。ここで待っているよ」
「えぇ、お元気で」
辞令書を受け取り、部屋を出る。コノカを始めとした良くしてくれた組にも引き留められたが、私は主張を変えることは無かった。
その夜、カンナ局長と待ち合わせて、近くの屋台でおでんをつついた。そこまで長く在籍したわけでもないのに、今までが忙しすぎたのか、話すことがポツリとポツリと途切れなく紡ぎ出る。騒ぐほどに盛り上がり過ぎることも無く、かといって沈黙が気まずくなるような間が空くわけでもない。そんなゆったりとした時間が過ぎていく。
「なぁ、アキ。私はいつまでこの事態を……見過ごせばいいんだ?」
プライベートの時だけ、彼女は私をこう呼んでくれる。
「頑張っている者が損をする世界を、いつまで……守ればいい」
その答えを私は持っていた。頑張ってもどうにもならない事はある。過去の私がそうだったように、救えないものだって沢山ある。分かり合えない。分かり合いたくないものだって……。
だけど、その答えを言うことなく、私は烏龍茶を傾ける。
この答えはズルをして得ているものだ。ここの世界に別の道理を持ち込んでも仕方がない。
何より、私は真剣に悩むカンナさんを見て、何も言えなかったからだ。
「……それでも、一緒に働くのは楽しかったですよ。カンナさん」
同級生の彼女を見て、立派だなぁ、と憧れてしまう。自身の理論を持って、自ら世界の壁に立ち向かおうとする彼女が、何処か遠いところに立っている気がして、眩しくて目を伏せた。
いつまでも同じ場所でぐるぐると回る私には、遠い遠い月のようで手が届きそうにもない。
目を伏せた先、水たまりに反射した偽物の月が揺れているのを眺めていた。
そうして、私の短い公安局の生活が終わりを告げて、現在に至る派出所勤務となる。しかし、それまでにもう一つや二つの悶着があったのだけど、それはまた別の機会に。