元SRT学園のNo2の転生者がヴァルキューレで閑職をやる話   作:宵越しのモルス

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第2話

 ──三年通っていた学園から離れた。

 

 それが実感を持って襲いかかってきたのは、段ボール一つに収まった私物と、カーテンすら付いていない臨時の寮に引っ越したときのことだったように思う。

 あれだけ厳しかった規律も、歩哨明けでは憎しみすら覚えるような起床ラッパも、なんだかんだで騒がしかった声も何も無い。ジーン、と耳の奥に籠もっている耳鳴りと、遠くで聞こえる発砲音だけ。

 

 目を閉じて水の中に深く潜ったときみたいだ。と思う。

 じゃぼん、と自分が沈んでいく音と、水中から持ち上がってくる泡の音。持ち上げようとする浮力を無視して、暗くて、音の無い世界に飛び込んでいく。底までにどれくらいあるのか、それまで息が続くのかすら分からない。静寂の牢獄。

 それがどうにも慣れなくて、何かと理由をつけて派出所で寝泊まりしている。水道は生きているし、夜に出歩けば銭湯施設もある。野外訓練に諜報活動と一週間はまともな環境で身体を清めることが出来なかった身としては、今の環境は天国であると言っていい。

 前世より、もうこっちにいる方が長くなってしまった。そんな奇妙な実感を抱いているのもまた事実だ。

 

 ぎぃ、と軋む椅子を引いて、綺麗な月が浮かぶ砂漠の夜を窓から見上げる。 

 

 月だけが見ている夜の底。

 私以外いない場所。

 朽ちて忘れられて不要とされたモノ。

 

 ──それが、ほんのりと私の胸を満たす。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 「ま、理由はおおよそ分かってるし、いいんだけどさぁ。やっぱり役職付けての交番勤務は無理があるよねー。ねぇ、マメちゃん」

 「たいちょーが今日も暇なのはわかったんですけどー、ボクは今からキリノさんとパトロールでぇ」

 

 沖田さーん、と呼ぶ声が電話越しから聞こえる。おそらくは今のマメちゃんの同僚の中務キリノさんの声だ。騒がしくもあるが、ぴりついてもいない。生活安全課の署は牧歌的だ。

 

 「あ、そうなの? じゃあ、私も行くかなぁ」

 「ホントはたいちょーのところに配属されたいんですけど……アビドスの日光はきつくて……」

 「そうだよねぇ、マメちゃん。病気がちだし、今日は元気そうで良かったよ~」

 「えへへ……、あっ、じゃあ、呼ばれてるので! また夜辺りにトーク飛ばしますよ!! たいちょー!」

 「うん、待ってるね。いってらっしゃい」

 

 携帯をスリープにして、一息吐く。相変わらず、マメちゃんは元気そうだ。

 

 沖田 マオと表示された通話記録を閉じて、相変わらず爆破してるのかなぁ、と思いを馳せてみる。ドギー小隊の妹分は元気にやっているようで何よりだ。

 

 さて、今日も平和的にヘルメット団でもしばくかーと、重い腰を上げた。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 自転車でふらふらとパトロールをしていると、公道にて小規模ながら集団と集団で睨みあっている姿を見かけた。

 睨みあっているのは、どちらも学園に所属していない。もしくは所属が曖昧な武装集団。フルフェイスで暑くないのか疑問のヘルメット団と、長ランや、ロングスカートにマスクと、こちらも若干暑苦しそうなスケバンの集団であった。

 シマがどうとか、ビジネスがどうとか言っていたので、間に入る事にする。

 

 「はいはーい、ストップ、ストップ!!」

 「なんだぁてめぇ」

 「ヴァルキューレ。おまわりさんだよ。さぁ通行の邪魔なんだから散った散った」

 「げっ、ヴァルキューレ!? もう来たのかよ!!」

 

 こんなことで、矯正局は勘弁とスケバン達は散っていく。それに対し、ヘルメット団の方は堂々としたもので、唾を吐き捨てるような真似までしている生徒もいる(フルフェイスのヘルメットで唾を吐くとは器用なものである)

 さて、どうしたものかと、腕組みをすると、ここぞとばかりにリーダーっぽい出で立ちの生徒が凄んでくる。 

 

 「これはビジネスでさぁ、お金も発生してるってワケ。邪魔だからどいててくんない?」

 「依頼ぃ~? 一体誰が、何のために?」

 「聞いて驚くなよ……裏社会の大物の一人、アウトローの親玉! その名も!!」

 

 調子に乗ったヘルメット団の子を別の子が慌てて止める。

 

 「バッカ!! ここで便利屋68のことを言ったら、後々の報復がまずいっすよ!!」

 

 わたわたとやっているのを横目に、彼女たちから飛び出てきた言葉を反芻した。

 

 「ふーん、便利屋68ねぇ……」

 

 その名前、以前にSRTに所属していたときに情報としては聞いたことがある。

 便利屋68、リーダー陸八魔アルを頂点とした裏社会の小規模単位のダミーカンパニーで、合法非合法の依頼を実行し、他学園の自治区にもアジトを構える要注意集団。

 ゲヘナの自治区を出たのは聞いていたけれど、こんなところに勢力を伸ばしていたとは知らなかった。

 

 「げっ!! なんで知ってる!!」

 「いや、言ってるし」

 

 しかし、困った。それは非常に困った事になる。

 現在シャーレの先生がこちらに足を運んでいる以上、巻き込まれたりすれば非常に事態が混乱する羽目になる。

 便利屋68にここまでの資金源があるとは情報にない。急成長の可能性もあるが、おそらくはカイザーが一枚噛んでいるだろうといったところか。

 以前もこんな社会の枠組みに囚われない輩を使って、アビドス高等学校にちょっかいを出していたのは確認済だ。更に強度を上げてきたといったところか。

 

 「ちょっと厄介かもねぇ。まぁ、アビドス校なら何とかするんだろうけど」

 

 シャーレの先生は聞くところによると、アビドス高等学校の抱える借金を解決する気らしい。青天井になったままに伸び続ける借金の額をシロコちゃんから聞いたときは目を丸くしたものだ。

 既に起きてしまっていることに対しては私もどうにも対処の仕様がない。そもそも非合法とはいえ契約は契約なだけに横紙破りも出来ない。それこそ、銀行強盗でもしないと無理がないだろうか、といったところだが、さてはて『大人』な先生はどうするのかな。お手並み拝見といったところだ。

 

 「何ごちゃごちゃ喋ってやがる!! ぐえっ!!」

 「今ならやっちまえますぜ!! がはっ!!!」

 

 そんな考え事をしている間にヘルメット団たちは路上に伸びていた。格闘術も射撃術もロクに学んでいない相手ではこんなものだろう。

 手をぱんぱんと払い、携帯に手を伸ばす。通話口の向こうでは慌ただしい様子と、イライラを含んだ声が出迎えてくれた。

 

 『もしもし? 今忙しいんですけど』

 「あ、どうもゲヘナ風紀委員会の電話であってるよね? 天雨 アコちゃんかな? ヒナちゃんいる?」

 『……誰です、あなた。悪戯なら切りますけど』 

 「アビドスのいぬのおまわりさんだよ」

 『では、さようなら──』

 「あぁ、待った待った。切らないで!! ヒナちゃんに伝えて欲しいんだけど、いぬのおまわりさんがアビドスで便利屋を発見したよ、って言ってた。ってよろしく」

 『便利屋? あの便利屋68ですか!! ? ちょっ、待っ!!』

 

 忙しそうなので用件だけ伝えて切ることにした。元情報部の『ヒナちゃん』は同じ情報部あがりということもあり、古い付き合いだ。きっと上手く対処してくれることだろう。

 小鳥遊さんの方はどうなっているのかな~とのんびりとパトロールをしていると、緊急通報が鳴り響いた。

 

 『銀行強盗発生、銀行強盗発生! 付近のヴァルキューレ生は現場に急行せよ』

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 近隣のといっても、私以外にアビドス所属はいない為、当然私が向かうことになったのだが。

 

 「何これ?」

 

 目に飛び込んできたのは5人組の覆面レスラーみたいな格好をした生徒たちだった。

 それらが大金を抱えて、銀行から脱出しようとしているところだった。

 

 「わ、ヴァルキューレの人、来ちゃいましたよ」

 「警察だか何だか知らないけど、どきなさい! どかないと撃つわよ!!」

 「ん、目的は果たした。逃げるだけ」

 「ちょ、ちょっと待ってください!!」

 「うへ~、どうしようかなぁ、コレ」

 

 というか、アビドス高等学校に所属している5人だった。お金に困っているのは知っているし、なんなら方法についても勘案していた一個ではある……いや、せめて制服くらいは着替えてから実行して欲しかったところではあるのだけど。というか一人は外部の学生だし、なんならお嬢様が通う三大校の一つの制服ではなかろうか。

 

 そんな蛮行、止めないわけにもいかないのだけれど、襲われている銀行というのがきな臭い銀行であり、目をつけていた場所であった。そんな場所を襲撃しているのだから、おそらくは何かあったのだとは予想できるが……

 それはそうとおまわりさんなので、咎めないわけにもいかない訳だ。

 

 「いや、あの小鳥遊ホシ……」

 「覆面水着団。覆面水着団2番だよ、アキちゃん」

 「あー、ちょっと待ってくださいね。……とりあえず署まで同行とか願えたり?」

 「うへ~、無理な相談だねぇ」

 

 小鳥遊さん、もとい覆面水着団2番さんが前に出てくる。

 何が起きているか、どうなっているかは知らないけどあの人の強さはでたらめな事ももう知っているので、正直積極的に戦いたいわけじゃない。かと言って、そのまま見逃すのも、ヴァルキューレ、ひいては元SRTの端でもある。あとは……狼の掟にも。

 

 「一応、警告はしたからね」

 

 先頭に立つ小鳥遊ホシノに銃を向けると、即座に後ろの覆面ズも身構える。特に見知った顔である面々は少々険しい顔を浮かべている。

 じりじりと、二、三秒。緊張の糸が切れるその瞬間。

 ──誰よりも早く動いたのは、紙袋の覆面を被った5番目の覆面水着団員だった。

 

 「ペロロ様、お願いします!!」

 

 声が響いた瞬間。即座に何かを投げ込まれた飛来物を拳銃で弾き落とす。

 しかし、円盤状のそれはキリモミに舞いながらもその真価を発揮した。

 

 「え、えぇって……ももフレンズ!? ……かわいい」

 

 目の前に突如として見た目がアレな巨大鳥が現れた。装置が故障しているのかホログラムである事は瞬時に見抜けるほどにノイズが走っているのがまた………ちょっといい。キモかわいい。

 そんな、ペロロ様、もとい、巨大ペロロ様がノイズを走らせながら、壊れたスピーカーと共に回転しだす映像を目の当たりにし完全に思考が逸れてしまった。

 

 「さっすが我らがリーダー」

 「ファウスト様、惚れちゃうな~だお?」

 「ヴァルキューレの人、ごめんなさいっ!!」

 

 

 はっとしたのも束の間。再起動まで1秒ほどの時間。彼女らがそんな隙を見逃すはずもなく、覆面水着団たちは回れ右。慌てて追いかけようにも、手慣れているコンビネーションに押され、撤退を許してしまった。

 

 「うわ、ちゃ~~~」

 

 残されたのは、1億円を奪取された銀行と犯人を見逃した間抜けな警官一名。

 

 その後、本隊が到着するまで30分以上の間、銀行関係者にひたすら嫌味を言われ続けた。しょんぼり。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 始末書、顛末書、それとお気持ち表明の本部に向けた再発防止の覚書。それらを片付けた後には既に陽が落ちて、零時を回る寸前。今日一日、デスクワークがほとんどであったために肉体的には疲れてはいないが、気持ち的にはへとへとであった。

 それでもと、意を決して深夜のパトロールに出向くと、バツが悪そうな顔を浮かべた覆面水着なんちゃらさんが居たので、思いっきり睨みつけてやった。

 

 「うへ~、ごめんって謝るからさぁ。許してよアキちゃん」

 「知りません~あの後片付け終わった書類が山になって帰ってきたなんて、きっーと、小鳥遊さんは知らないんですもんね~悪いのは覆面水着団ですもんね~~」

 「あれには事情があってぇ」

 

 ごめんって~、と、手を合わせて謝る姿にだんだんと怒り続けるのも疲れてしまって、ふぅ、とため息を吐く。

 

 「わかってます。あの銀行がきな臭いのは、もう調べがついてましたから。むしろ公安からしてみれば、ラッキーってとこでしょうね。ちゃんと機能していれば。ですけど」

 「あー、やっぱり、知ってる事は知ってたんだアキちゃん」

 「えぇ、知ってました」

 

 突き放すように言葉を出してしまう。小鳥遊さんに向けてではない。『大人』が司る組織と、その思惑にがんじがらめにされている組織に向けての苛立ちだった。

 

 「じゃあ、アビドス高等学校の債権元も?」

 「カイザーコーポレーション。ですよね」

 「……知ってたんだ」

 「恨んでもいいですよ。現在、この大企業に対してヴァルキューレは動くことは出来ません」

 

 ヴァルキューレの上が腐っていればそうもなる。そうして、蝕まれているのも私は知っている。知っていて動かなかった。動けなかった、じゃない。『動かなかった』。働きかけることを諦めた。

 暗い気持ちに陥っていると、小鳥遊さんがポツリと呟く。

 

 「役に立たないんだね。やっぱり」

 「うぁ、イタタ……ひーん」

  

 何も言えなくなり、黙るしかなかった。

 ──役に立たない、一警官になり下がる事を選んだ私としては耳が痛くなる批判だった。

 ちら、とこちらを見た彼女が空を見上げて、嘯いた。

 

 「まぁ、アキちゃんを悪く言ってもしょうがないんだけどね」

 「それでも、言いたい気持ちもわかりますけどね」

 「……まったくも~暗い顔は若者に似合わないぞ~」

 「同い年ですって」

 

 ほっぺをツンツンとされて、混ぜっ返される。

 そうして、空を見上げたままにこちらに語り掛けた。

 

 「あの、さ、何かあったら。あの子たちを頼める? 特にシロコちゃん、アキちゃんに懐いてるし」 

 「……明日、カイザーに乗り込むつもりですか?」

 「うへ~」

 「沈黙は肯定。ですよ」

 

 ため息をついて、そうして彼女を諫める。

 

 「やめたほうがいいですよ。『大人』には一人では敵いませんし」

 「それは、やってみないと分からないって~」

 「あと、一人でなんでも決めて勝手に行動すると、後輩に嫌われちゃいますよ」

 「うへ~、厳しいなぁ」

 

 そうして結局、それ以上にその話題を話せないままに時間が過ぎ、パトロールは終わりになってしまった。

 

 暗がりに沈む交番に帰って一息をつく。

 色々あったし、シャワーを浴びたい。でも、もう眠くてしょうがない。ふわふわとした意識の中で彼女のやろうとしている事を頭の中で繰り返す。

 

 直談判ね……。

 

 

 また、深く深く眠りの海に沈む。

 夜は苦手だ。勝手に考える頭が、要らないものを全部連れてきて、中身をぶちまけていく。『今』だってちゃんと楽しいはずなのに、未来の不安も、過去の後悔さえも、全て全て頭の中で広げきって、届かない心の奥底がくすぐたったく、痒くなるような気持ちにさせてくるのだ。

 

 

 ──あぁ、また。過去が私を見つめている。

 

 そんな気がして、眠りに落ちながら身体を掻き抱いた。

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