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Biting Angle

アニメ・マンガ・ホビーのゆるい話題と、SFとか美術のすこしマジメな感想など。

ハローサマー、グッドバイ

2008年10月14日 | SF・FT
河出文庫の新訳版『ハローサマー、グッドバイ』読みました。
しかしこのタイトルは響きがすばらしい。文学史上でも屈指の名タイトルでは。

そして内容は・・・甘~い、とにかく甘すぎる青春小説!
けど、その甘さの裏にはきつい毒もあるのです。
コーニイってホントずるい作家だなぁ。

SFとして、また小説としてはすごく巧みに組み立てられているけど
逆に言えばおそろしく計算高い作品だという感じも受けました。
この点について、「SFの本第4号」でコーニイを論じた福本直美氏は
彼の作風を「お小説さま」と評していますが、まさにそのとおりかと。

なんというか、ドローヴとブラウンアイズのためだけに書かれた物語なんですよ。
両親との対立、大人たちとのふれあい、そして世界を巡る謀略までが、ドローヴの
若さと純粋さを引き立たせ、ブラウンアイズの愛らしさと一途さを強調するための
お膳立てに見えてしまうのです。

そんな扱いの極めつけは主人公と同年代の友人、リボンとウルフの描かれ方。
清く正しく成長していくドローヴと、いい意味で変わらないブラウンアイズに対し
ドローヴと対比されるウルフは「自分の身分に固執して成長のない子供」であり、
ブラウンアイズの姉貴分のリボンは、ブラウンアイズよりも一足先に「女」として
成熟し、そして身を持ち崩していきます。
この二人に限らず、メインとなるカップル二人以外に対する作者のあまりともいえる
厳しい仕打ちには、ちょっと引いてしまいました。まさに、世界はふたりのために。

前年の夏に惹かれあい、再び出会った今年の夏は既に両想い確定のドローヴと
ブラウンアイズ。
面倒なところはすっ飛ばしていきなり「フラグ成立済み」なのは安心感があるけど、
恋愛小説としてはなんだか物足りない感じ。(純愛小説としては正解ですが)
少年少女の恋に理由なんか必要ないのかもしれないけど、読む側にとっては
そこが省略されてると、イマイチ思い入れがしにくいものです。
フラグが立つまでが大事だと「落とし神」様も言っておられますし・・・(^^;。

ドローヴの青臭さもイヤだけど、「ツン」がない「デレ」だけのブラウンアイズは
面白みがないだけでなく、ヒロインとしてあまりにも理想化されすぎでしょう。
もし70年代のアメリカSFでこんな女性を書いたら、周囲から相当叩かれそう。
当時はル・グィンやティプトリーらの女性SF作家が大活躍の頃ですからね。

さて、世界が大きく変わっていっても、ドローヴとブラウンアイズの愛は揺るぎません。
刻一刻と苛酷さを増す環境は全ての人々を追い詰める一方、少年と少女の絆を深め、
やがては二人の愛に障害となる存在を次々と取り除いてくれる要因となります。
このあたりが、「ずるくてうまい」コーニイ先生の真骨頂。
かくして雪に閉ざされていくパラークシは、二人の少年少女がその純真と愛情を
ひと夏の思い出と共に凍結し、再びの夏を夢見るためのゆりかごとなるのです。
あ~、書いててむずがゆくてしょうがない(笑)。

ラストの大どんでんがえしには「おー、そういうことか!」と驚かされたものの
これをやるために序文から延々と書かれてきた伏線(もしくはいいわけ)に気づくと
その仕掛けに感心する反面で、なんだか気分が冷めてしまうところもあります。
ま、手のこんだSFミステリと考えれば、実によくできてるんですけど。

自らが到達したヴィジョンに一人酔いしれ、閉ざされていく意識の中で勝利を叫ぶ
ドローヴの近視眼的な視野は、惑星的スケールの世界観から導かれたものにしては
あまりにも狭すぎると感じました。
そしてその狭さは、「セカイ系」と呼ばれる作品の手触りにも似ています。
その感触を心地よく感じるか、独善的な法悦と切り捨てるかは人それぞれですが、
私はどちらかというと後者の感想を持ちました。
リアルな屈折ぶりもいいんだけど、ラストまでそれを押し通すのもどうなのよ?
無力感と表裏一体のドローヴの自己肯定ぶりには、ちょっと怒りさえ覚えました。

海を舞台にした少年少女の物語とくれば『未来少年コナン』が連想されますが、
ドローヴのほうはコナンと違って世界を変えることもなく、変わり行く世界に
自ら立ち向かうこともありません。
むしろその変化を受け入れることで、自分が大きなシステムに救われる姿は
コナンと正反対だとしか思えないんですよ。
世界に反抗しているようで、実は何もしていないという小狡さがイヤらしい。
「少年が大人になる物語」って、こういうところにも当てはまるのかな(^^;。

こんな感じで読後感は爽やかとかけ離れたものでしたが、巧妙に作られた異世界感や
階級性の強い社会、そして急変する環境がもたらす混乱などには、イギリスSFの
伝統的なテーマが踏襲されていて、なかなか楽しめました。
主役の視野の狭さは残念ですが、作者の自伝的青春小説と考えれば仕方ないかも。

それにしても、「愛は世界を救わない」ってところがつくづくイギリスSF的だと
変なところで感心してしまいました。
結局この微妙なネガティヴさが、アメリカSFとは違う味なのかもしれません。
いろいろ文句をいいつつ、そのネガティヴさになぜか惹かれてしまうところも
確かにあるんですけどね。
コメント (6)
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6 コメント(10/1 コメント投稿終了)

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おおー (shamon)
2008-10-17 22:30:52
こんばんはー。
DRC次男坊に貢いでるshamonです。

お読みになったんですね。
鋭い分析、興味深く拝見いたしました。

>ヒロインとしてあまりにも理想化されすぎでしょう。
男性の目から見るとそう映るんですね~。
俗に言う「ツンデレ」のが
私から見ると???で
男性に対して計算高いと思えてしまうので。

>世界に反抗しているようで、実は何もしていな>いという小狡さがイヤらしい。
そうそうそう(苦笑)。
結局彼は「高級官僚の息子」なんですよ。
ぎゃーぎゃー言いながらその状況から特権から逃げ出そうとしない。蛙の子は蛙。
・・・と書いて思い出したのは「アルト・ハイデルベルク」^^;。

>「愛は世界を救わない」ってところがつくづくイギリスSF的だと
た、確かに・・・^^;。
でも愛で全てが救われたらそれもまた問題なわけであのラストでよかったと思います。

最後の一文は「夏への扉」を思い出させましたね。
夏とSFって相性がよいのかも。
辛口ですいません (青の零号)
2008-10-18 01:30:30
shamonさん、毎度ありがとうございます。
ラ・ターシュの高さには驚かされました。

ハロサマもあちこちで誉められてるようなので、
ちょっとはコーニイの意地悪な側面も指摘したいと思って
ややキツめの書き方で攻めてしまいました。
読後感に水を差してしまったなら、申し訳ない。

小説として見事に組み立てられてるのは間違いありません。
ただ、コーニイってその組み立てがガッチリしすぎてて
読む側に遊びを許さないところがあると思うんです。
設定にしても筋運びにしても用意周到すぎて、
他の選択肢がないくらい型にハマってしまってる。
そういうガチガチなところが、読んでて窮屈に感じちゃうんです。

>俗に言う「ツンデレ」のが私から見ると???で
私の表現がわかりにくくて、ごめんなさい。
ちょっと変則的ですが、「時かけ」を例にとってみます。
女の子らしくて千秋にひたすら好意を寄せる友梨と
気兼ねない付き合いから一転して自分の思いに気づく真琴では、
ヒロインとしてどちらが魅力的か?ということです。
作為や媚びではなく、「気持ちのゆれ」を見せてくれる
ヒロインのほうが、キャラクターとして感情移入を
しやすいと思うんですよね。

あ、私が考えるツンデレの好例がいました。
ズバリ、『未来少年コナン』のモンスリー。
彼女が最終回でダイスにつぶやく「バカね!」が、
私にとってはツンデレのど真ん中です(笑)。

>ぎゃーぎゃー言いながらその状況から特権から逃げ出そうとしない。
あの卑怯なモラトリアムっぷりも、青少年の特権なんですが
そこから抜け出せないのではなく、最後まで抜け出す気もない
ドローヴのずるさが許せないんです。
子供の弱さと大人のしたたかさを無意識に使い分けて、
自分が依存する社会が崩壊すると、今度は自然の摂理に
何の抵抗もなく身をゆだねてしまい、さらに自分の中で
それを理性的な選択へと正当化してしまう。
その青さがすごくいらだたしくて。

スガシカオの名曲「黄金の月」の歌詞に
「どんな人よりもうまく 
 自分のことを偽れる 力を持ってしまった」
という一節がありますが
ドローヴの心境はこの気高い自嘲から遥かに遠いです。

>愛で全てが救われたらそれもまた問題なわけで
その点はおっしゃるとおりですね。
でもナウシカのように、無償の愛が結果として
いいほうに作用するという予定調和もアリかなと。
ドローヴの予定調和は「世界は救えないけど、ボクたちは
救われちゃうんだよね~」的なちゃっかり感があって
やっぱりこれはズルいですよ(笑)。
もっと早く気づけば、外のみんなも助かったんだろうけど
そういう展開にしないのがコーニイっていうか
イギリスSFのDNAなのかな~と思います。

>最後の一文は「夏への扉」を思い出させましたね。
あれもかなり都合のいい話ですが、ああいう楽天的な作品も
アメリカSFらしくてよいな~と思います。

確かに、夏ってSFやファンタジイと相性いいんですよね。
『たんぽぽのお酒』はその極めつけだと思います。
絶版じゃなかったらクロウリーの『エンジン・サマー』を
ぜひオススメしたいのですが・・・。
ご心配なく^^ (shamon)
2008-10-18 11:56:31
まいどです^^。

>ラ・ターシュの高さには驚かされました。
ヤフーのオークションじゃ既に25万で取引されてますよ。信じられない。
仕入れ元が○ァインズとしたら
仕入れ値はそんなに高いはずないので
一体何所がぼったくっているのやら。

>読後感に水を差してしまったなら、申し訳ない。
あ、それは大丈夫です^^。
ワインと同じで「厳しい見方」もあったほうがいいし非常に面白かったです。
実際スクールではまず「好きか?苦手か?」でワインをチェックします。
苦手と答えた人のがワインの特長を捉えてること多いです。

コーニィの遊びを許さない作りは
エドガー・ポーに似てますね。
ポーもガチガチで隙がない。


>ヒロインとしてどちらが魅力的か?ということです。
確かにこの例で行くと友梨よりは真琴ですよね。
ブラウンアイズは感情に揺れがないのでそこがつまらないのかも。

>その青さがすごくいらだたしくて。
もしかするとコーニィが描きたかったのはここ?
そうすると見事に機能してますよね^^;。

>そういう展開にしないのがコーニイっていうか
>イギリスSFのDNAなのかな~と思います。
イギリスモノって悲劇が多くないですか?
シェイクスピアもラストが・・・だし、
ロビン・フッドだって「英雄の最期がこれかいっ!」て言いたくなる終わり方。
国民性からくるものなのかしら。

>クロウリーの『エンジン・サマー』を
どういうお話なのでしょうか?
ぜひ実物のほうを (青の零号)
2008-10-19 16:39:25
>ヤフーのオークションじゃ既に25万で取引されてますよ。
うへー、昔なら長男に手が届く価格では?

>コーニィの遊びを許さない作りはエドガー・ポーに似てますね。
怪奇小説や推理小説も語りの組み立てや技巧が重視されますからね。
キングなんかは現代最高のテクニシャンでしょう。

>もしかするとコーニィが描きたかったのはここ?
う~ん、実はそうかもしれないですねぇ。

>イギリスモノって悲劇が多くないですか?
そこはやっぱり国民性かも。
イギリスでは悲劇がウケるけど、アメリカに持ってくと
全然ウケないらしいですね。
映画では『未来世紀ブラジル』のエンディング改ざん問題などが有名ですし。

>どういうお話なのでしょうか?
実は夏の話というより、タイトルの響きで連想したのですが
文明崩壊後に生き残った少年の旅を描く物語です。
変わってしまった世界を、これまた変質してしまった言葉で
みずみずしく描写していくテクニックがすばらしい。
そしてラストのどんでん返しはハロサマ以上かも。
訳者の大森望氏が巻末につけた感動的な「あとがき」が
web上に採録されてます。

http://www.ltokyo.com/ohmori/enginsummer.html

その大森氏による新訳『エンジン・サマー』ですが、
どうやら扶桑社海外文庫で年内に出るらしいので
ぜひ実物を手にとってみてください。
おお(^0^) (shamon)
2008-10-19 21:56:14
こんばんはー。
クエイ、もうご覧になったんですね。
私はこれからです~。

>昔なら長男に手が届く価格では?
十分届いてますね。
長男は既に星の彼方の金額で遠い目で見つめるだけです(爆)。

>大森氏による新訳『エンジン・サマー』
年内に出るんですね!
本屋で探してみます。情報ありがとうございました。



自分も買わなくちゃ (青の零号)
2008-10-19 22:26:11
shamonさん、どうもです。
クエイはネタばれになるほど書いてないから
読んでも平気だとは思いますが。

前のコメントの訂正。『エンジン・サマー』は
「文明崩壊後の世界に生まれた少年の語る物語」が
正しい説明です。
崩壊からかなり経ってしまった世界が少年の目を通してどう語られるかが
本書の読みどころ。

今回の新訳はかなり手が入ってるらしいので、私も読み直さなくちゃ。
というか、前の本がどこかに埋まってしまって
読み直そうとしても見つかりません(^^;。

>年内に出るんですね!
大森さんのサイトではそう書いてあるんですけど
扶桑社の出版情報って結構アテにならないので
年内に出なかったらごめんなさい!

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