どこもかしこも、エーテリアスばかりだ……(涙目) 作:bbbーb・bーbb
「冷めてきましたよ、狩人様」
むぐむぐとピザの切れ端を口に突っ込みながら、人形ちゃんは言った。酒のおかげで、真っ白な頬を少し赤らめている。
一口が小さいせいか、口とピザ生地の間に出来たチーズのブリッジに苦心しているようだ。
「構わんよ。熱すぎるよりよっぽどマシさ」
暖炉で何度でも温め直せるしな、とビデオディスクを差し込みながら狩人が返す。
先にピザに触れたのが自分で良かった。あんな熱いものに触れて、もしも人形ちゃんが火傷なんかしたら大変だ。
嫌な想像を頭から払い、ぼすんとソファーに座りなおす。隣に座る人形ちゃんを見ると、もう何も口にしてはいなかった。このピザとかいうものは如何せん腹にたまるのだそうだ。ケバブも。
人形ちゃん用にピザは残しておくことにした。代わりにケバブを一つ手に取り、映画を観始めた。丁度、本編が始まったところだ。
さあ始まるぞ。パッケージからして、相当おバカなゾンビものだ。期待に胸を膨らませていると、突如黒電話が鳴り響いた。
こんなタイミングで一体誰だ。頭を掻きながら受話器を取る。アキラであった。
「Good eveni……狩人だ。何か用かね」
「大変だ! シーザー達が……!」
受話器越しでも表情が分かった。それほど切羽詰まった口調だった。
なんでも、ツール・ド・インフェルノ中にシーザー達が襲われたらしい。
本人達だけでもなんとかなりそうではあるが、やはり心配なので連絡してきたという。
瞬間移動が可能で、何度でも死ねる。おまけにいつでも暇ときた。なるほど、我ながら丁度いい人材だ。
「分かった。場所は?」
二つ返事であった。簡単なホロウ内探索装置、キャロットを握り、人形ちゃんに告げる。
「すまない、暫し空けるよ。すぐに戻る」
「分かりました、狩人様。いってらっしゃい、あなたの目覚めが、有意なものでありますように」
いってくる、と返し、すぐさま目を覚ました。地図を頼りに、アキラに教えてもらった場所へ走り始めた。
「おぉーっとぉ!? あれは一体、何者でしょうかっ!」
レースコース内に来てしまった様だ。司会の女の声を無視し、バイクを走らせる。
彼らが見えてきた。溶岩湖を見下ろせる崖の前で、シーザー、ルーシー、ライトの三人が見覚えのない男を囲んでいる。見るに、男は苦しんでいるようだ。
「か、狩人さん!?」
「ああ、暫くぶりだな。この男はどうした」
驚くルーシーに言葉を返す。この男、シーザーらと対立するグループの長だという。
しかし、部下に裏切られ虫の息。偽の「火打石」を渡されエーテルが溶岩湖を覆い尽くすのを早めてしまったのだという。
「そうか……言っておくが、私に医療の知識はないぞ。この男を助けてはやれん」
死んだ方がマシな医療なら知っているが、と言いかけた所で、構わない、と返された。
「俺のことはいい、早く、『火の湖』に『火打石』を……」
「……分かった。ならせめて介錯だけでも──」
葬送の刃を懐で探していると、突然、男が苦しみ始めた。
「オッサン!」
シーザーの声も届かず、男は全身の節々から光を放ち、その胸部からは真っ黒な球体が生成された。
「そ、そんなっ……」
絶句するシーザーの横で、狩人はその目を見開いていた。彼も同じく、絶句してはいた。
これが、エーテリアス化か。エーテリアス自体は何度も見てきたが、実際に成り果てる所を見るのは初めてだ。
啓蒙を得る狩人。気付けば、先程まで確かに人間だったそれは、バイク共々巨大な怪物へと変貌していた。
獣化と同じく、もう理性は無いようだ。
「介錯だけでもさせてくれ」
言葉の続きを、言い終えた。皆が構える。もう、覚悟は決めたようだ。
瞬間、バイクが爆音を鳴らした。皆が横へ跳ぶ中、狩人だけが前方向に進んだ。すれ違いざまに、ノコギリ鉈で一発。
効果が薄い。バイクがこちらを向くと同時に、側面からライトの拳が叩きつけられた。
燃焼する拳に怯んだ隙に、シーザーの直剣が振るわれる。
筋力任せな振り方で、しかしいとも容易く怪物の身体は引き裂かれた。
ルーシーが断面を無理矢理こじ開ける様に金棒を叩きつける。
致命傷。皆が確信した時、しかし爆風により吹き飛ばされた。
「あれは……っ!」
「バイクと一体化して……!」
シーザーとルーシーが言葉失う中、狩人は全力で距離を取っていた。
間違いない。あれは第二形態だ。近くにいれば確実に死ぬ。
狩人の読み通り、数秒後に怪物の身体から凄まじい爆発が放たれた。シーザー達は無事なようだ。頑丈なことである。
土煙の中から現れたそれは、もうバイクには乗っておらず、その代わり右手に金槌、左手に直剣を握っていた。
どちらも巨大である。金槌に至っては燃焼している。
火薬庫の連中が見たらさぞ喜ぶだろうな。下らないことを考えながら、狩人は突っ込むシーザー達の後を追った。
地面に叩きつけられた金槌から放たれる爆風。右半身を焼き尽くされながらも、狩人は無我夢中でノコギリを振った。
はじめこそ皆狩人の凄惨な戦いぶりに気圧されていたものの、数秒後には寧ろ精神に共鳴を起こし、すぐに休む暇のない猛攻が始まった。
急がねば。このままではもう「火の湖」が消えてしまう。そうなれば、郊外を支える石油産業は完全に潰れてしまうだろう。
ルーシーとライトの重い打撃が、遂に怪物の体勢を崩した。
今だ、と言わんばかりに狩人が敵前に立つ。すかさず、その胸元に右腕をぶち込んだ。
ライトですら思わず顔を顰めた。突っ込んだ先にある硬い繊維の様なものを握り締め、ぶちりと音を立てながら勢い良く引き摺り出した。
だが怪物はすぐに起き上がり、金槌が狩人の頭上に迫る。
死。その一文字が脳裏に浮かんだ瞬間。
「どいてくれっ!」
横から、シーザーに突き飛ばされた。危ない、と叫ぶ暇もなく、金槌が振り下ろされる。
盾を構えるシーザー。無駄だ。あの質量に盾など意味がない。
しかし、シーザーが哀れにも叩き潰される所を、狩人達が目にすることはなかった。
振り下ろされた金槌が、遂に彼女に触れようという時。
シーザーは、その盾を思い切り振った。身体の内側から外側へ、弾き飛ばす動き。
金槌が、弾かれた。思わず、体勢を崩し跪く怪物。その瞬間。
シーザーが、怪物の首筋目掛けて勢い良く剣を突き刺した。深々と突き刺さったそれを、今度は両手で、思い切り引き抜く。
狩人は息を呑んだ。盾での、パリィ。自分には到底成し得ない技だ。シーザーに対する尊敬の念が沸き起こった。
勝利を祝う暇もなく、「火の湖」の方をみやる。消えかけだ。
その殆どをどす黒いエーテル結晶に包まれ、溶岩の露出している部分はごく僅か、遥か遠くであった。
「あと数分で、消えてしまうね……」
アキラが呟く。皆が悲壮感に暮れる中、背後でバイクエンジンの轟音が轟いた。
振り返ると、シーザー。その右手には「火打石」が握られている。
前を向き直す。途中からが欠けた巨大なパイプが、飛び込み台が如く溶岩の露出部に向かって伸びている。
思い切り助走をつければ、届くだろうか。それこそ、
「大将、あんたまさかっ……」
「やめろっ、シーザー。貴公の命は一つしか無いのだぞ」
制止も聞かず、シーザーは駆け出した。凄まじいスピードで、パイプの上を走っている。
駄目だ、追いつけない。狩人の脳裏に、最悪の確信が生まれた。
「こんのおバカっ! 郊外の外でも、幾らでも生き方なんてあるじゃないですの!」
ルーシーの、魂の叫びであった。その瞳には涙が浮かんでいる。
だが、無駄なことであった。シーザーは、翔んだ。パイプから、彼女の身体が射出されたのだ。
そのまま、溶岩の中へと落ちていった。瞬間、爆発的な溶岩の激流がエーテルを吹き飛ばした。
立ち上る溶岩に、ルーシーの心は真っ黒に焼き尽くされた。ぼとぼとと音を立てそうな程大きな涙粒が、小さな頬を伝った。
「シーザー……っ」
背骨を抜かれた様に、ぺたん、とその場にへたり込むルーシー。ライトも、そのサングラスを外し悲しみに暮れている。
狩人も、暗い気持ちで一杯であった。ほんの少し知り合っただけだが、こんな風に死んで良い人間では無かった。取った帽子を胸の前で掲げ、英雄の死を悼む。
悲しみが皆の心を覆い尽くしたその時。聞き馴染みのある爆音が全員の耳に入った。上だ。皆が夕焼けを見上げる。
「うわぁああぁぁあぁあっっっっ!!!!」
空中に浮かんだ「裂け目」から、見覚えのある影が落下してきた。困惑しながらもパイプ管の上でドリフトを決め、ルーシー達の直前で停止したその女は──。
「シー……ザー……?」
「よお、また会ったな!」
照れくさそうに笑う彼女を、まだ事態を飲み込めていないルーシーが眺めていた。
感動の再会だ、邪魔するのも野暮だろう。上空から降ってきたバイクに跡形もなく木っ端微塵に粉砕された狩人は、気づかれることのないよう静かに消えていった。
そして、三日後。帰宅の用意を整えた兄妹に、シーザーが会いに来ていた。
「本当にびっくりだよ。まさか、溶岩湖のすぐ下に裂け目があったなんて……」
未だ信じられぬという形相で、シーザーを見つめるアキラ。溶岩湖に飛び込み、しかし無傷で生還した。
郊外に伝わる伝承を、シーザーが史実だと証明したのだ。
兄妹と英雄の会話を横目に、ひっそりと狩人は夢へと帰った。あの雰囲気に混じる勇気は無かった。
なにより、約束があるのだ。洋館に入るなり、狩人はソファーに向かって一直線に飛び込んだ。
「途中退席してしまってすまない。今戻ったよ」
「おかえりなさい、狩人様。ビデオはまだオープニングで止めてあります」
感謝を伝え、ビデオを再び再生する。ケバブを片手に取り、ソファーに座りなおした。
ピザは辛うじてまだ温かかった。人形ちゃんを待たせてはいけないと思い、時の流れを遅くしておいたのだ。私が出ていってから帰るまでに、数分も経っていないだろう。
ロックなオープニングを聴きながら、ケバブを口に含んだ。美味いな、と狩人は思った。
人形ちゃんと肩を合わせながら、ビデオを眺めた。それはそれは、おバカなゾンビものだった。
4000字は指が疲れるな。5000文字とか毎回書いてる人すごい。
次は6課編かな。狩人ちゅと再会しますね。