2日に心不全のため死去したプロ野球南海(現ソフトバンク)のレジェンドで、監督も務めた広瀬叔功さん(享年89)を、チームの後輩にあたる藤原満さん(79)=西日本スポーツ評論家=がしのんだ。
【注目!】ホークスのドラフト指名選手一覧
1955年に入団した広瀬さんは南海一筋で通算2157安打を放ち、歴代2位の同596盗塁をマーク。69年入団の藤原さんは「野村克也さん、杉浦忠さんとともに南海の黄金時代を築いたとんでもない方。野村さんが(戦後初の)三冠王になれたのは、広瀬さんが前を打っていたおかげではないか」と話した。
常識外れのスピードを誇る「韋駄天(いだてん)」で、走攻守揃ったプレーが代名詞。自身も通算195盗塁の藤原さんは「野球をしていなければ、他の競技でオリンピックに出ていたはず。それほど持って生まれたバネ、速さはずばぬけていた。あんな選手は二度と出ないんじゃないかな」と振り返った。
引退翌年の78年から80年までは監督を務めた。「野球を変えようと頑張られていたが、ちょうどチームが弱体化した時期で大変だったと思う。本当にお世話になりました。心よりご冥福をお祈りいたします」と故人を悼んだ。
News
速報
現在記事はありません。
Access Ranking TOP5