2025-11-05 18:32スポーツ

プロ野球にスピード感=出色の盗塁技術―広瀬叔功さん〔評伝〕

自主トレーニングを見守る南海の広瀬叔功監督と門田博光(右)=1978年1月、大阪・中百舌鳥球場
自主トレーニングを見守る南海の広瀬叔功監督と門田博光(右)=1978年1月、大阪・中百舌鳥球場

 球史に残る韋駄天(いだてん)が世を去った。歴代2位の通算596盗塁。亡くなった広瀬叔功さんは、プロ野球にスピード感をもたらした功労者だった。
 投打だけでなく、走塁もプロ野球の魅力の一つと世間に認識させた最初の人だ。広瀬さんの記録を塗り替えた「世界の盗塁王」福本豊も、「神様」と尊敬し、松下電器時代にはそのプレーを見るために大阪球場に通い詰めたという。福本の通算1065盗塁とは大きく差があるが、広瀬さんの記録は、ここぞという場面だけで走った時代の数字だった。
 出色だったのはその盗塁技術。スライディングは短く、素早く鮮やかに塁に立った。4メートル近い大きなリードを取っても帰塁に自信を持ち、鉄腕・稲尾和久(西鉄)も広瀬さんへのけん制球には神経を使った。体は決して小さくはなかったが、その俊敏さなどから、南海の鶴岡一人監督から「チョロ」のニックネームを付けられた。
 南海監督時代の成績は6位、5位、6位。指導者として苦しんだ一因は、「気配りの人」として慕われた、優し過ぎる人柄にあったようだ。
 野球評論家をしていた晩年。広島市民球場の記者席で若い記者が先輩記者に大声であいさつしたのを聞くと、「いい声だ。元気のいい記者は好かれるぞ」とニコニコ。現役時代、投手のモーションを凝視した鋭い目が、どこまでも優しかった。
[時事通信社]

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