クレジット
タイトル: SCP-3123-JP - 最後の余韻
著者: Yuyuyyuyu
作成年: 2025
アイテム番号: SCP-3123-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-3123-JPはサイト-81██の低危険度オブジェクト収容棟に設置された標準物品収容ロッカー内に保管されています。当オブジェクト再生試験時には心理安定剤を携行してください。再生時間は最大15分とし、終了後は被験者に対して最低24時間の心理観察を行ってください。再生された音声を録音・デジタル化する試みは禁止されます。
説明: SCP-3123-JPは198█年製造の国産カセットテープです。外観は一般的な60分タイプの磁気テープと同様で、ラベル面に鉛筆で「おもいで/ゆか」と記されています。 磁性層には通常の酸化鉄粒子が使用されていますが、電子顕微鏡による分析の結果、磁気パターンの一部が人体神経細胞の電位波形に酷似していることが判明しました。
SCP-3122-JPを再生すると、再生者の心理状態に応じて異なる内容の音声が流れます。再生開始から約15〜20秒は環境音(波、風、虫の声など)のみで構成され、その後、女性の声が聞こえ始めます。
この声は再生者の過去の記憶、あるいは“思い出したくても思い出せない人物”の声と一致することが多く、平均して被験者の主観的認識精度は98%を超えています。
SCP-3123-JPの再生を終えた被験者は共通して次のような感情的反応を示します。
- 理由のない懐古感および涙の発作
- 声の主を「大切だったが今はいない誰か」と認識する
- “最後にもう一度だけ聞けてよかった”という感慨及び安心感を覚える
これらの影響は実験後3〜5時間で消失します。
ただし、一部の被験者では長期的な情緒低下や現実逃避傾向が報告されています。
実験記録 3123-JP-01
対象: D-14250(男性/34歳)
手順: 被験者にSCP-3123-JPを再生させ、最大15分間反応を観察。
経過: 再生開始から約20秒で環境音の後、女性の声が聞こえ始める。被験者はすぐに涙を浮かべ、数度嗚咽。音声は被験者の過去の知人の声に似ていると報告。
再生終了後、被験者は深呼吸し落ち着きを取り戻すが、「あの声は本当にそこにいた気がした」と述べた。数時間後、心理観察において軽度の懐古感が報告されたが、異常行動は見られなかった。
考察:SCP-3123-JPは短時間の再生でも被験者の情緒に強く影響を与えることが確認された。心理的副作用は軽度で一時的であり、長期的な異常は観察されなかった。
実験記録 3123-JP-04
対象: 研究員██(希望による被験)
手順: 被験者にSCP-3123-JPを再生させ、最大15分間反応を観察。
経過: 再生開始から5分間、被験者は動かず、涙を流し続ける。
記録音声では、少女と推定される声が「また、聞いてね」と繰り返す。
分析の結果、音声波形の一部に██研究員の脳波と完全一致するパターンが含まれていました。
再生終了後、██研究員は無言のまま実験室を退出し、翌朝、退職届を提出。
彼の私物からは、破損したカセットプレイヤーと、「わたしの声を忘れないで。—Y」と書かれた紙片が発見されました。
実験記録 -3123-JP-05
対象: D-14239(男性/39歳)
手順: 被験者にSCP-3123-JPを再生させ、15分間の反応を記録。
結果: 再生3分後、被験者が嗚咽。音声分析では、若い女性の声が「今日は風が強いね」「もう帰らなきゃ」と発言している。
被験者は顔を覆い、涙を流しながら次のように述べた。
D-14239: これは……高校の時の……彼女の声だ。
でも、そんな録音はない。俺が刑務所に入った後、もう死んだんだ。
(約20秒の沈黙)
D-14239: ……最後に、会えてよかった。
再生終了後、被験者は落ち着きを取り戻したが、数日後に独房内で「彼女の笑顔を思い出そうとしても、もう顔が出てこない」と書き残していました。
> インタビューログ 3123-JP-ゆか
対象: D-14239
インタビュアー: ██研究員
同席: 記録官██、心理部門補佐員██
日時: 20██/██/██
場所: サイト-81██ 記録室第3観察区画
<記録開始>
██研究員: 状態は落ち着いていますか。
D-14239: ……ええ、少し眠れませんでしたけど。あれを聞いた夜は、どうしても。
██研究員: “あれ”とはSCP-3123-JPの再生実験を指しますね。再生中、女性の声が聞こえましたね?
D-14239: はい。……あの声が、俺を呼んだんです。
「ねえ、まだ覚えてる?」って。まるで、俺の返事を待ってるみたいに。
██研究員: その声はあなたの記憶にある人物と一致していましたか?
D-14239: どうだろう……昔の彼女に似てる気もするし、母親にも、妹にも少し似てた。
でも、どこか違うんです。あの声は、全部の“さよなら”を混ぜたみたいな響きでした。
██研究員: “全部のさよなら”、とは?
D-14239: 誰かを失うたびに、心の奥に残る声ってあるでしょう?
言えなかったこととか、最後に聞けなかった言葉とか。
それが全部ひとつになって、“ゆか”って名乗ってた気がするんです。
██研究員: (約10秒間の書き取り)……では、その“ゆか”は特定の人物ではなく、あなたの記憶の集合体かもしれないと。
D-14239: そう思います。でも、彼女は俺を知ってた。
あのカセットから流れた声は、俺の嘘まで知ってた。
——“あのとき、ほんとは行きたくなかったんでしょう?”って。
……誰にも言ったことがないのに。
██研究員: 実験後、あなたは「最後にもう一度会えてよかった」と発言していますね。
どういう意味でしょう。
D-14239: (沈黙)……たぶん、あれは“会う”ってことじゃないんです。
姿もないし、顔も浮かばない。でも、あの瞬間だけは“確かに誰かが俺を見ていた”気がした。
生きてる間に感じたどんな優しさより、あの声の“さよなら”の方が温かかったんです。
██研究員: あなたは再びSCP-3123-JPを聞きたいと思いますか?
D-14239: 聞きたいです。でも、もう聞けない気もします。
あれは“最後”のためのテープなんでしょう。
人が生きるためじゃなく、“終わりを受け入れるため”の。
██研究員: “終わりを受け入れる”とは?
D-14239: 俺はずっと後悔してきたんです。
彼女を裏切ったことも、母親を見舞えなかったことも。
でも、あの声が言ったんです——
“もういいよ。あなたは、覚えててくれたから”。って、
その瞬間、肩の荷が下りたというか、胸の奥の苦しさみたいなのが少しだけ消えたんです。
██研究員: あなたにとって、“ゆか”とは何ですか?
D-14239: ……“忘れさせてくれた人”です。
悲しいのに、思い出すたびに心が静かになる。
誰かを本当に愛した証って、忘れられることなんじゃないかって。
ゆかは、それを教えてくれた気がします。
██研究員: (一時沈黙)……わかりました。最後に確認です。
あなたは“ゆか”という人物に会ったというより、
“ゆか”という声に、自分の中の何かを許されたと?
D-14239: はい。
でも——(笑う)変な話ですね。
録音のはずなのに、最後の「ありがとう」だけは、
スピーカーじゃなく、俺のすぐ耳元で聞こえたんですよ。
██研究員: ……その音声は、記録には存在していません。
D-14239: ええ、そうだと思います。
でも、俺にははっきり聞こえたんです。
“ゆか”は、あのテープの中にいたんじゃない。
たぶん、俺の中の“忘れられなかった声”が、最後に形を持ったんだと思います。
██研究員: なるほど……。
本件は、あなたの証言をもとに倫理委員会へ報告されます。
何か、伝えたいことはありますか?
D-14239: はい。もし、あのテープをまた再生する人がいたら、伝えてください。
“ゆか”は誰の記憶でもない。
でも、聞いた人の誰かをきっと覚えてくれている。
——だから、怖がらないでください。
彼女は“思い出すこと”を責めたりはしません。
██研究員: ……了解しました。記録を終了します。
<記録終了>
終了報告:
インタビュー後、D-14239は48時間の心理観察下に置かれたが、特筆すべき異常行動は見られなかった。
ただし、監視映像には彼が独房内で何かに向かって微笑み、「おやすみ」と呟く様子が記録されている。
音声には応答は存在しなかったが、周波数解析により0.4秒間の微弱な人声信号が検出された。
解析結果は「おやすみ」という音声と一致している。
補遺 3123-JP-1: 発見経緯
実体は198█年、神奈川県██市の廃屋内で発見されました。
現場は放火後の残骸であり、唯一無傷だったのがこのカセットテープと小型ラジカセでした。焼け残った床下からは「由香」という名が書かれた日記帳の一部が見つかり、内容には以下のような記述が確認されています。
「お父さんがいない夜、録音した。声だけでも残したかった。
これを聞く誰かが、あたしを少しでも思い出してくれたら、それでいい。」
以降、財団が介入。SCP-3123-JPとして指定されました。
補遺 ██-ゆか:人物記録
SCP-3123-JPの初期収容記録の中で、「ゆか」という名を持つ人物の存在が複数の被験者証言により確認されています。財団は当初、彼女を単なる幻視的存在と見なしていましたが、後の心理観測の結果、「ゆか」という人物像には一貫した感情構造が存在することが判明しました。
「ゆか」は、いずれの被験者の記憶においても、“誰かを見送った経験を持つ人物”として現れます。彼女は常に穏やかな態度を崩さず、対象に対して責めるでも縋るでもなく、ただ「ありがとう」と述べることが特徴です。これは、自己の喪失を受け入れた上で、なお他者の幸福を願うという、極めて成熟した別離感情の表れであると考えられます。感情分析チームは、「ゆか」の行動・発言から、次のような心理的傾向を抽出しています。
1.「ゆか」は“もう会えないこと”を最初から理解している
2.その理解の上で、なお“会いに行く”ことを選んでいる
3.自身が忘れられても構わないという受容を示している
これらの傾向から、研究班は「ゆか」という存在を、再会のためではなく、別れを完全に終わらせるために現れる人格であると結論づけています。
倫理委員会追記:
SCP-3123-JPの再生によって誰が癒やされるのか、あるいは何が再生されているのかは依然不明です。
テープが“誰かの記憶を再生する”のではなく、“聞きたいと思っている誰かの声を形にする”のであれば、
それは異常ではなく、人間そのものの機能かもしれません。
*「人は、声を聞くために耳を持ったのではない。
想い出すために、静けさを聴いているのだ。」*
— 倫理委員会書記官 ██
終了報告書:
現在、SCP-3123-JPは定期的な磁気劣化チェックを受けつつ、冷却・遮音状態で保管されています。
実体の再生試験は年2回に制限されていますが、劣化速度は通常比で約8倍に加速しており、専門班は「あと数十回の再生で内容が完全に失われる」と報告しています。
ラベルの文字「おもいで/ゆか」は今も薄れておらず、光にかざすと筆跡の下に別の走り書きが浮かび上がることが報告されています。肉眼では判読困難ですが、スペクトル解析によって次の文章が確認されました。
*「きっとまた、誰かが聞いてくれる。
それまでは、ここで待ってるね。」*