これってどうなんでしょう

 昨日に西村賢太さんロスのことを記しましたが、まあ賢太のあとに賢太

なしでありまして、賢太さんの新作を読むことができないというのは、厳然

たる事実であります。

 今年に入ってからでしょうか、生前に西村賢太さんと一緒に暮らしていた

という女性が雑誌に手記を発表して話題になりました。(当方が知らない

だけで、その前からnoteにあげていらしたのかな。)

 発表されたのが、当方はあまり付き合いのない雑誌であったこともあり、

ほとんど手にすることもなしで、終わってしまいました。(雑誌に発表された

文章のことを取り上げたものとか、褒めたものなどを眼にして記憶があり

です。)

 先月になって、その文章を発表された方が、西村賢太さんを柱にした

本を刊行されました。たまたま、「長谷川四郎と兄弟展」を見物に行った時に

立ち寄った書店で、その本が平積みされているのを見ることになりましたが、

これは手にすることもなしで終わりました。

 「西村賢太」が話題になっているとなると、なんでも読むぞという方もいらっ

しゃるでしょうが、当方はそこまでではありませんです。(賢太ものでは、「日乗」

シリーズをあまり読んでおりません。)

 それに加えて、私だけが知っているというような内幕物というか、ちょっと暴

露ものなどは好みでありません。書く人には書かなくてはいけない動機づけや

事情というのがあるのでしょうが、それを読者(この場合は、当方)が共感でき

るかですね。

 そういえば、当方が大ファンである長谷川四郎さんに関しても、四郎さんの死後

に、ご子息による「父長谷川四郎の謎」という本が出されました。

もちろん、当方はすぐに買って読んだのでありますが、繰り返して読むということ

はなしでありました。四郎さんの本が並んでいる棚にも置かれていませんので、

当方のなかでは必読書とはなっていないのかな。

 ご子息には、この本を書くというなんらかの必然性があったにしても、それが

当方には刺さらなかったということになります。長谷川元吉さんは1940年生まれ

で、この本を発表したのは、2002年8月ありますので、それまで軸足を置いていた

カメラマン(スチールとムービー)の世界から文筆家への転身を図ってのことで

あったように思います。

 とりあえず、一番資料があって、身近な話題となる父親をテーマにした一冊で

ありましたが、なんとなく、当方にはそうした事情が透けて見えたように感じられ

て、それがこの本に入り込めない理由かもです。

 身近な人を話題にする時には、相当に突き放して、距離を置かなくてはいけな

いことでありまして、対象と距離を置くというのは、ほんとに難しいことであります。

 私小説でも、同じことがいえるでしょうね。