寝惚けた脳を覚醒させる。
…無理矢理起こしたせいか少し気分が悪くなったが
それに関しては仕方がない。
本当に小さく、手を翳したら消えるくらいの声で
一人、安堵の言葉を口にした。
……皆、きっと疲れているだろうから
少し、心配だったのだ。
考え事はそこそこにして、物音を立てないように
そっとテントから抜け出した。
……僕にもきっと、出来ることがあるはずだ。
いつか使うだろうと思って作った手描きの地図を
カバンから取り出す。
ユウ先生に写させてもらって、カナタとヒナタに聞いたから
信憑性は高い。
…元が大雑把だから、さして役立たないかもしれないが。
方向音痴の僕にとっては、ないよりきっとマシである。
それだけ言って、慎重に休憩所のドアを開けて外に出た。
暗いのは苦手だ、ひとりぼっちも。
…でも、なんとかしなくては。
探検隊の皆も、ヒカルも
ゾーヤも、もうメダルがそんなにない。
払えなくなったらどうなるか、分かったもんじゃない。
…あの手のものは、最悪死ぬ可能性だってある。
そんなの、きっと皆が傷付いてしまう。
失うのも、失わせるのも
絶対に嫌だ。
皆が起きる前に、帰ってこられるといいんだけど…
〜数分後〜
最近はゾーヤにくっついて外に遊びに行くこともあったから
体力がついたと思ったのだが…
小走り、というか半ば走って来たので
流石に心拍数が上がったらしい。
普段運動しないからね、しょうがないね…
カナタとヒナタに教えてもらった見た目通りだ。
入場料は確か…メダル1枚。
胸元のペンダントトップを握りしめる。
覚悟は決めた。あとは、やるだけだ。
アトラクションの扉を開けて、足を踏み出す。
……全部、守る。ゾーヤのために。
そう、決めたから。
〜キラキララビリンス内部〜
…嫌な予感がする。
こういう時の直感は、嫌なぐらい当たるから
とっとと立てられた看板の内容を見て
先に進もうと思った。
嗚呼…やっぱり。嫌な予感が当たった。
ここの製作者は、相当意地が悪いらしい。
次に繋がる扉を開けて、足早に踏み出す。
煩わしい声が、纏わりつくように移動してきた。
強く、在らねば。
ゾーヤの前ではあまり使いたくないが
自己を在らしめるには、この口調が1番いいのだ。
自分のペースを保つ。相手を上手く使う。
その為には、この位が丁度いい。
猫の手も借りたいのだ。
兎に角、使えるもんは全部使ってやる。
その一言で、足が止まる。
…動揺するな、考えるな。
上手く、扱え
そう軽口を叩いてスタンプを押す。
あと、ひとつ。
下がった声のトーンに威圧感を覚えながら
案内された道を通って、二つ目のスタンプを押した。
扉を開けて、次の場所に踏み入る。
カラフルな扉が、やけに目に付いた。
…どうやら、本格的に迷路らしい。
普段、人と話さない時
もしくは家の人と話す時は、一人称が混在する。
どちらも好きで使っているけど…
「おれ」は使うと言葉が刺々しくなるから
あまり使わないのだ。…特にゾーヤ達の前では。
ただ…それも、理由の一つだが
これが一番大きな理由である。
……僕はどっちでもない。だから、分けられたくはない。
「勘違い」されたくないのだ。
それでもまぁ、服装や髪型、一人称を好きなものにしてるから
どうしても勘違いはされるのだけど。
ずけずけくるなこいつ…
まぁ、変に気を遣うよりいっそこの方が
僕らしいという話ではあるが。
そう言って、鏡の中の僕は前を向いた。
…こいつが出来るってことは、僕も出来る
それは、さっきからの問答で予想がついてたことだ。
そうして、僕達はお互いに
僕であり、おれであり、自分であるから
この先言う言葉も、お互いの感情も
嫌という程、分かるのだ。
〜案内中〜
次の場所の問題は、そう難しくなかった。
扉の色は7色。
虹の模様が扉の上に掲げられていて
ヒントは「外から内」
そう言いながら、虹の終わりにあたる
紫色の扉を開ける。
ゾーヤのケープと同じ色が無くなるのが寂しくなって
少しだけ、指先を撫でるように滑らせた。
次の床を踏みしめる。
断ち切る様に、開けた扉を通り過ぎたら
後ろで、扉の閉まった音が聞こえた。
一番最後の、第3ゲートと呼ばれていた
真っ黒な扉を開ける。
…ユウ先生の色に似てるな、なんて少しだけ思った。
案内された道を進みながら会話をする。
普段のこと、ゾーヤのこと
その他にもまぁ…色々と。
そんな風に会話していたら、出口付近に来たらしく
鏡の中の僕が立ち止まった。
言ってることは間違ってない。
……だからこそ
これはきっと、元から愛の形をしていない。
独り善がりで、馬鹿みたいな考えだ。
だって、ゾーヤは
「みんな」で脱出したいだろうから。
それでも…僕だって、僕以外の何かを
切り捨てたくない。
その言葉が、どこか悲しそうで
それ以外に方法がない、みたいな顔に見えて。
…あぁ、きっと
もう、誰も傷付けたくないんだろう。
僕だって、そうだから。
それだけ伝えて、出口に足を進める。
強く床を踏んで、外に飛び出した。
嫌われたくない、傷付けたくない。
優しいあの子達を、守りたい。
その為に、自滅覚悟の行動をとる。
……残される、あの子の気持ちを想像しながら
ギリギリで手にしたメダルをポケットに入れる。
…これだけあれば、少しは役に立てるだろうか。
あげられる分は、5枚しかないけれど。
全力疾走一歩手前の速度で休憩所までの道を戻りながら
そんなことを思った。
…ゾーヤは、平気だろうか。ヒカル、無理してないかな。
皆がなるべく無事で、平穏であることを望みながら
足を進める。
行きよりもスピードを上げたせいで、咳き込む程に乱れた息を整える。
させたであろう心配を払拭できるように、弁明を考えながら
休憩所の扉に手をかけた。
開けてそうそう、一番心配してくれていただろうゾーヤが
視界に映った。
驚いたような、そんな風に目を見開いている。
その瞳は、いつもよりずっと不安そうで
珍しく潤んでいるような気がした。
…嗚呼、これ
思ったより心配かけすぎたな……
言い終わることを遮るかのように
強く、強く抱きしめられた。
ふわふわの三つ編みが肌に当たってこそばゆくて
少し甘くて暖かいゾーヤの匂いがして
ふっ…と、張り詰めていた気が解けて、心の底から安心した。
ゾーヤを抱きしめながら、右手でポケットの中身を出す。
ゾーヤは驚いたような顔をもう一度してから
少しだけ怒りを滲ませた表情をした。
多分、心配故の怒りだろう。
ゾーヤは、優しいから。
本心からの言葉を、きちんとゾーヤの方を見ながら言えば
ゾーヤは、いつものように優しく
花が綻ぶかのように笑った。
…相変わらず、本当に眩しい。
この一等星に影を落としたことに、改めて後悔するほどに。
…裏切らないと、信じられているからこそ
だからこその、約束。
言葉で圧することなど、きっとそれより単純で簡単だ。
それでも…お互いがお互いを思って
結び合うこれを、ゾーヤはいつもしてくれるのだ。
僕を信じて、僕を大切にしてくれるから。
きみの心を、きみを。
皆を。
…あぁ、なるべく
約束、破りたくないなぁ…
……裏切りたくない。傷付けたくない。
悲しませたく、ないんだ
ユウ先生が、ヒカルが、いない?
僕が起きた頃には、皆いたはずだ。
そう思った僕の疑問を読んだかの如く、ゾーヤが言った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。