4月。
今は丁度、春休みの時期だ。
休みだと言う癖にやることは多い。…酷い話である。
こんなに課題を出さなくてもいいだろうに。
…まぁ、ゾーヤと勉強会できるから
別にいいのだが。
……恋人とは、長く共にいたいものだろう。
誰だって。
そんなことを考えていたら、耳に熱が集まった気がした。
気付かれていないといいな、なんて思いながら
ペンを握り直す。
ゾーヤに言われて、ふと思い出した。
そういえば、一時間前くらいに飲んで以降
一口も飲んでなかったな…
テーブルの足元に置かれたペットボトルを手に取る。
そう言いながら蓋を回す。
半分程度まで減っていた中身が、開けた時の衝撃で少し揺れた。
揺れを収めながら、液体が光を反射して輝く。
ヘリオドールみたいだな、なんて思いながら
口をつけて体内に流し込んだ。
疲れた脳に、砂糖が染みていく気がする。
甘くて美味しいのもそうだが
爽やかなレモンの酸味と、ほんのりとした紅茶の香り。
それが、ちょっとした癒しになった。
ゾーヤはそう言いながら、微笑ましげに
こちらを眺めている。
返事の代わりに縦に首を振った。
ゾーヤはそれを見て笑みを深めた。
つい言った気になっていたが、そういえばそうである。
こういうことを話す機会はあまりなかったし
好きな飲み物を聞かれれば、基本的に僕は
炭酸ジュースを答えることが多いから…
僕が紅茶を好んで飲んでいることを知っているのは
せいぜい母上くらいだろう。
蓋を閉め終わったペットボトルを右手に持って
ゾーヤに聞いた。
軽く揺らした中身は、先程と同じように
キラキラしている。
ゾーヤの言葉の前の妙な間が気になったが
さして考えることなく、右手をゾーヤの方に伸ばす。
手渡そうとした瞬間、そっと手首を掴まれた。
ゾーヤの顔が近くに来る。
手入れのされた長い髪と同じ白色の長い睫毛が
きらきらして、綺麗だと思った。
柔らかいものが触れた感覚と生暖かさを
唇に感じたが、すぐに消えた。
代わりに、嬉しそうに細められた
月のような瞳と目が合った。
少しだけ、名残惜しさを瞳に感じて
顔があつくなる。
そう言って、自分の唇についた紅茶を舐めとるような
そんな仕草をするゾーヤを眺めた。
……嗚呼、嗚呼…!
どうしてくれる!これで脳みそが溶けたら!
頭が壊れかねないぞ!?
好き過ぎておかしくなりそうな頭のネジを
必死になって治す。
行き場のないまま机に置かれていた僕の左手を
ゾーヤが恋人繋ぎにしながら言葉を紡ぐ。
…逃がしてくれる気は無いらしい。
満足気に笑う顔が眩しい。
心臓が耳の中に響くほど大きい音を立てているから
今は直視できない。今じゃなくてもできないが。
…こう言われちゃ完敗である。
そもそもの話、惚れている相手に勝てるなんて思ってないが。
あんなに楽しそうに、悪戯っぽく笑みを浮かべられたら
もうどうしようもない。
微笑みが美しいな、なんてぼんやり考える。
こうでもしないと、頭が働かなくなりそうだ。
つくづく、僕は好きな人に弱いらしい。
……つい先程、ああ言っといてなんだが
今の僕は頭にゾーヤばかり浮かんでいるので
自分の口にレモンティーの味が残っていようが
きっと、分かりやしないだろう。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!