第6話

形に残したくて
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2025/03/28 05:45 更新
とある日の保育園…
僕は室内でお絵かきをしていた。
元々絵は好きだったが、見るだけのことが多かったから
こうやって自分で描くようになったのは
ここに来てからが初めてかもしれない。
シュヤ
シュヤ
…うん、いつもより上手く描けたかな
出来上がったテトの絵を、おもむろに持ち上げる。
自分で言うのもなんだが…うん、かわいい。
テトが元々可愛いからこそ、僕が描いても可愛いのだろうけど。
ダイヤ
ダイヤ
〜?
シュヤ
シュヤ
あ、ダイヤ。
おはよう。
いつの間にか、ダイヤが近くに見に来ていたらしい。
何を描いたのか気になるみたいで
考えるみたいに首を傾げている。
ダイヤ
ダイヤ
〜!〜?
シュヤ
シュヤ
ふふ…今ね、テト…
僕の大好きな黒猫のぬいぐるみを描いてたんだ。
見るかい?
ダイヤ
ダイヤ
〜〜!!
…どうやら、楽しみにしてくれているみたいだ。
なるほど、アキ達がダイヤと仲がいいのは
こういうところもあるんだろう。
ダイヤがいると、一段とものづくりが楽しくなるし
なにより、心が軽くなる。
なんだか、春の陽だまりみたいだな…
シュヤ
シュヤ
きみが思うほど上手くはないと思うけど…
そう言いながら、そっとダイヤの方へ絵を差し出す。
ダイヤ
ダイヤ
・・・!
ダイヤ
ダイヤ
〜〜!!!
シュヤ
シュヤ
…そう?ありがとう、ダイヤ
褒めて貰える機会なんて少ないから
ちょっとこそばゆいね
ダイヤの身振り手振りを、ちゃんと読解出来ているかどうかは
分からないけど…なんとなく、とても褒めてくれているような感じがした。
かわいいとか、きれいとか…多分そんな感じだと思う。
ダイヤ
ダイヤ
(にこにこ)
ダイヤ
ダイヤ
・・・?
シュヤ
シュヤ
え?ゾーヤのことは描かないの…って?
ダイヤ
ダイヤ
(こくこく)
シュヤ
シュヤ
描いたことは、あるんだけど…
シュヤ
シュヤ
僕は……綺麗に描けないから…
僕は、絵が上手いわけじゃない。
あんなに綺麗なゾーヤを、僕が描けることは無い。
描けるわけない。
だって、ゾーヤは
宝石でできた百合の花みたいだ。
…だからこそ
黒く、塗りつぶしてしまう。
シュヤ
シュヤ
……完成したためしがないんだ。
僕が、許せないから。
ダイヤ
ダイヤ
……
ダイヤ
ダイヤ
・・・?
シュヤ
シュヤ
え?ゾーヤのこと好きか……?
それは…もちろん好きだけど…
ダイヤ
ダイヤ
 ・・・?
シュヤ
シュヤ
……
描きたいんじゃないか、後悔しないか
そう言われたような気がした。
……どう、なんだろう。僕は、どうしたいんだろう。
ダイヤ
ダイヤ
〜!
シュヤ
シュヤ
そう、かな
ダイヤは褒めるのが上手だな…
……もう一回、描いてみようかな。
「きれい」と褒めてもらって、背中を押してもらって
それで何もしないのは、簡単に諦めるのは
覚悟も美しさも、優しさも
蔑ろにするようで、嫌だ。
ダイヤ
ダイヤ
(こくこく)
ダイヤ
ダイヤ
〜!〜!!
シュヤ
シュヤ
へ…?いや、あの…多分そんなことないと思う…
「シュヤが一番ゾーヤのことわかってる」って言われたけど…
どうだろうか…
案外ダイヤの方がよく分かってるんじゃないだろうか……
シュヤ
シュヤ
…うん。
でも…ありがとう、ダイヤ
僕、ちょっと頑張って描いてみるよ
シュヤ
シュヤ
……どうせだし、ゾーヤに渡してみようかな…
…いらないかな、邪魔になるかも…
いやあの、ヒカルとマリアもやってたから…
ダイヤ
ダイヤ
〜!! !!!
シュヤ
シュヤ
いいと思う…?そっか…
じゃあ、せっかくだし…あげようかな、ゾーヤに
ダイヤ
ダイヤ
・・・!
綺麗には、描けないだろうけど。
でも、これは僕なりの愛情表現の一つだから
大事にしたい。後悔したくない。
…伝えられる時に、伝えなきゃ。
シュヤ
シュヤ
……ゾーヤ、喜んでくれるかな
喜んでくれたら、いいな
そう言いながらクレヨンを握る。
若干の緊張からか、指先が震えてきた。
困るな…上手くできないじゃないか…
……そういえば、初めてだ。
残すつもりで、誰かの為に描くものなんて。
今までずっと、自分の為に描いていたから。
……ちょっとだけ、怖くもあるけど…
楽しいとも思う。…多分、幸せだとも思っている。
好きな人のことを想って描くのだから。
シュヤ
シュヤ
……
…真剣になると、つい呼吸さえ忘れそうになる。
良くない癖だ…
そういえば、三つ編みはこの感じで合ってるだろうか……
というか目は…やめておこう、深く考え出したらきりがない。
ダイヤ
ダイヤ
〜!!
シュヤ
シュヤ
ふふ…ありがとう、ダイヤ
応援してくれているのが嬉しくて、自然と笑顔になる。
少しだけ、心がぽかぽかする。
暖かくて、良いものだと思った。
人は、こういう出来事を幸せと呼ぶのだろう。
……そうだ!せっかくだから
ゾーヤの表情も笑顔にしよう。
僕の一番好きな、ゾーヤの表情。
ゾーヤの笑顔は、僕よりもっと綺麗で
僕よりもずっと、優しいんだ。
〜数分後〜
シュヤ
シュヤ
……大体、こんな感じ…かな
ダイヤ、少し見てもらっていい?
ダイヤ
ダイヤ
(こくこく)
ダイヤ
ダイヤ
!!!
ダイヤ
ダイヤ
〜〜!!
シュヤ
シュヤ
そ、そうかい?
綺麗に描けてるなら、よかった…
褒めてくれてありがとう、ダイヤ
ダイヤ
ダイヤ
(こくこく)
ダイヤ
ダイヤ
〜!〜?
シュヤ
シュヤ
え、もう見せに行くのかい?
ちょ、ちょっと待ってもらっていいかな…
覚悟を決めないと…緊張するから……
今までで一番上手く描けたとはいえ、やはり緊張はするものだ。
手には上手く力が入らなくて、産まれたての子鹿みたいになってるし…下手に力を込めると紙をくしゃくしゃにしかねない。
そのくらいには緊張している。
カナタ
カナタ
くすくす
ふたりとも、何してるの?
「楽しそうだナ!」
シュヤ
シュヤ
……
シュヤ
シュヤ
助けて……カナタ、ヒナタ……
カナタ
カナタ
…何かあったの?
「なんでそんなに震えてるんダ?」
ダイヤ
ダイヤ
〜!〜!
カナタ
カナタ
…へぇ、ゾーヤの似顔絵描いたんだ
珍しいね、シュヤ。
今まで人の絵描いてなかったじゃん
シュヤ
シュヤ
だから自信が無いのだよワトソンくん……
カナタ
カナタ
「ワトソンって誰ダ?」
あれじゃない?シュヤが好きな小説のやつ
ダイヤ
ダイヤ
〜?
シュヤ
シュヤ
シャーロックホームズ……
カナタ
カナタ
そういえばそんな名前だったね
「シュヤは物知りだナ!」
ダイヤ
ダイヤ
〜!
シュヤ
シュヤ
ありがとう…
……褒めてもらえるのは大変嬉しいことだが
どうしたらいいんだろう、緊張で頭が散乱している…
ともかく今はそれどころでは無いのだ……
とても嬉しいが。
シュヤ
シュヤ
…カナタ、ヒナタ、ダイヤ…もういっそ、
僕の代わりに渡してきてはくれまいか…
流石に荷が重い…
いや、自分で渡すのが一番いいことであるのは
自分が一番よく分かっているが。
カナタ
カナタ
え〜、自分で渡しなよ
「そうだゾ!ヒナタ達を板挟みにするナ!」
ダイヤ
ダイヤ
〜!
カナタ
カナタ
ほら、ダイヤもこう言ってるし
シュヤ
シュヤ
うーん…喜んでくれるかなぁ…
カナタ
カナタ
君からのプレゼントでしょ?
ゾーヤのことだから、喜ぶと思うけどな〜
「ゾーヤはシュヤのこと好きだしナ!」
シュヤ
シュヤ
す…え、あ…そ、そっか…
…動揺が顔に出過ぎてしまった。
よかった…ここに本人がいなくて…
危うく僕が爆発するところだった……
カナタ
カナタ
…くすくす、シュヤってば分かりやすいね〜
「顔が真っ赤なんだゾ!」
ダイヤ
ダイヤ
(にこにこ)
シュヤ
シュヤ
…御二方、静かにしていただこうか……
これ以上僕の醜態を広めないでおくれ…
カナタ
カナタ
はいはい、分かってるよ
「お口チャックだゾ!」
ダイヤ
ダイヤ
・・・!
シュヤ
シュヤ
そうだね…そうしてくれると助かるよ…
ゾーヤ
ゾーヤ
…ふふ、楽しそうだね
何の話してるの?
シュヤ
シュヤ
!!!
…聴き馴染みのある声。
いつもみたいに優しくて、いつもより嬉しそうな声色だ。
外に遊びに行っていたゾーヤが
いつの間にか帰ってきていたのだろう。
これ自体はおかしなことではないし
タイミングも悪くはない…だろう。多分…
僕に度胸がないことだけが問題である。
カナタ
カナタ
あ、逃げちゃった
ゾーヤ
ゾーヤ
…シュヤって、あんなにはやく走れるんだ
慌ててる白うさぎみたい。
ダイヤ
ダイヤ
〜…
ゾーヤ
ゾーヤ
……こんなに逃げられたの、はじめてだから
ちょっと、寂しいな
ダイヤ
ダイヤ
……
その言葉を聞いて初めて、やらかしたと思った。
普段のゾーヤなら言わない言葉だ、しない声色だ。
あんな、悲しそうな……
シュヤ
シュヤ
大変申し訳ございませんでした……
ダイヤ
ダイヤ
!!!
カナタ
カナタ
はや…
「一瞬で帰ってきたんだゾ!」
ゾーヤ
ゾーヤ
ボクもちょっとびっくりしたよ…
シュヤ
シュヤ
いや、あの…僕のせいで
ゾーヤを悲しませるようなことは
あってはいけないと思い…
そりゃあそうである。
僕のせいで、優しいゾーヤが傷付くなんてこと
あってはいけないのだ。
それが、僕のわがままであるなら
尚のこと。
ゾーヤ
ゾーヤ
…ふふ、ずっとそうだけど…シュヤは優しいね
そんなに気にしなくてもいいのに
シュヤ
シュヤ
だって…本当に悲しそうな声してた…
ごめんね…僕のせいで…
ゾーヤ
ゾーヤ
大丈夫だよ
いきなり来て驚かせたボクも良くなかったし…
だからほら、そんなに思いつめなくていいんだよ
シュヤ
シュヤ
うん…
カナタ
カナタ
すごい落ち込んでる…
ダイヤ
ダイヤ
・・・!(なでなで)
シュヤ
シュヤ
ありがとうダイヤ……
何故か逆に僕の方が慰められている…
ありがたいような、情けないような、申し訳ないような……
ともかく言葉にならない気分である。
…こんなに悲しくなるなら、後悔するなら
最初から逃げなければよかったものを…
つくづく自分が嫌になる。
ダイヤ
ダイヤ
!!
ゾーヤ
ゾーヤ
…?ダイヤ、どうかしたの?
ダイヤ
ダイヤ
〜?〜!
ゾーヤ
ゾーヤ
シュヤ、ダイヤが「渡してみたら」って…
「きっと喜んでくれるよ」とも言ってるけど…
翻訳してくれたゾーヤは、少し不思議そうにそう言った。
何の話か分からぬままに聞いたからだろう。
頭にはてなマークが浮かんでいそうな表情をしている。
シュヤ
シュヤ
ダイヤ…今、渡すのかい…?
ダイヤ
ダイヤ
(こくこく)
シュヤ
シュヤ
本当に、大丈夫かな…
ダイヤ
ダイヤ
!!!
シュヤ
シュヤ
……わかった。
こうなったからには、覚悟を決めるよ
不安を押し殺して、最終決定を下す。
これだけ時間をかけて、挙句ゾーヤを悲しませておいて
何一つ成せない、なんてことがあってはいけない。
せめて、渡すくらいはできなくては…
ダイヤ
ダイヤ
〜!!
シュヤ
シュヤ
うん、ありがとう。ダイヤ
…ちょっと、頑張ってみるよ
ダイヤ
ダイヤ
(にこにこ)
ゾーヤ
ゾーヤ
…??
シュヤ
シュヤ
あ、あのですねゾーヤさん…
先程、僕が持って逃げた紙がこちらにあります
ゾーヤ
ゾーヤ
…?そうだね
さっきからずっとシュヤが持ってるね
シュヤ
シュヤ
…実はこちらの紙
あなたの似顔絵が描いてありまして…
ゾーヤ
ゾーヤ
…え
シュヤ
シュヤ
いや、あの、その…
いらなかったら、捨ててもいいから…
ごめんね…
この謝罪が、どれについての謝罪なのかは
僕にも分からない。
…あぁ、今日は色々ダメな日だ。
なんにも、上手くできない。
さっきだってネガティブ発言だったし…
今だって、ゾーヤの目が見れないまま
俯きながら紙を差し出している。
…不安やら緊張やらで押し潰されそうだ。
ゾーヤ
ゾーヤ
…見てもいい?
シュヤ
シュヤ
うん…
ゾーヤ
ゾーヤ
わあ、すごいね…きらきらしてる。
琥珀糖の宝石箱みたい
ダイヤ
ダイヤ
〜!!
カナタ
カナタ
よかったじゃんシュヤ
ゾーヤ嬉しそうだよ
「いつもより目がキラキラしてるゾ」
その言葉にはっとして、勢いよく顔を上げる。
丁度ゾーヤと目が合った。
時計の針が十二時を指すみたいに。
ゾーヤ
ゾーヤ
ありがとう、シュヤ
…大事にするよ。バラの花束みたいに
シュヤ
シュヤ
あ…
満月のような、美しい瞳が柔らかく細められて
ゾーヤの唇が弧を描く。
心臓が跳ねる音がする。
…シロップの中に溺れるみたいな気分になって
甘くて、幸せで嬉しくて
壊れてしまいそうだ。
シュヤ
シュヤ
っ……!
きみという人は…どうしてそう……
ゾーヤ
ゾーヤ
…好きだなって思った時は素直に伝えた方がいいってシュヤが教えてくれたから、かな
シュヤ
シュヤ
っっ……!!
ゾーヤ
ゾーヤ
…ふふ、シュヤのそういう反応好きだよ。
ゴロゴロ音がするこねこみたいで
素直で、可愛い
シュヤ
シュヤ
っっ……!!!
ほんと、きみには勝てないな…
ゾーヤ
ゾーヤ
ふふふ…♪
カナタ
カナタ
…相変わらずだね。
「惚れた弱みってやつだナ!」
ダイヤ
ダイヤ
(にこにこ)
シュヤ
シュヤ
……そんなに直視しないでくれ…
気恥ずかしいから…
……色々あったし、なんか大変だったけど
あんなに喜んでもらえるなら
たまには、まぁ…
形に残すのも、いいのかもしれないと思った。
シュヤ
シュヤ
(思えば…きみを傷付けないことばかり考えて
きみを幸せにする方法なんて、考えてなかったな)
傷付けないことも、幸せにすることも
僕には難しくて。
……だからこそ、気付いている。
僕の選択は、きみを傷付けることの方が多いことに。
シュヤ
シュヤ
(…じゃあ、せめて)
せめて、残る物だけは
きみを、幸せにする
きみの、幸せの礎になる
そういうものにしたい。そうであってほしい。
ただそれだけを、祈っている。
シュヤ
シュヤ
……
自分の腕を、強く掴む。
ギチギチと、聞き慣れない音を立てていたが
あまり痛くはなかった。
ゾーヤ
ゾーヤ
…シュヤ?
シュヤ
シュヤ
…ん?
あぁ…すまないね、考え事してたんだ
…怖い顔、してた?
ゾーヤ
ゾーヤ
……ううん、そういう訳じゃないよ
ダイヤ達あっち行ったけど…見に行く?
シュヤ
シュヤ
…うん!そういえば…向こうで何してるの?
アキが作品作りでもしてるのかい?
ゾーヤ
ゾーヤ
うん、そうみたいだよ
…ボク達も手伝おうか
シュヤ
シュヤ
そうだねぇ
……今日もすごいなぁ…
ゾーヤ
ゾーヤ
ね、元気いっぱいだ
…まるで、スフレがダンスしてるみたい
シュヤ
シュヤ
ふふふ、言い得て妙だね







……もし、僕が居なくなっても
どうか
先に進むきみの生は、穏やかでありますように。
そのための、物だから。

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