11月。暦の上ではもう冬らしい。
気温も冬らしくなって、ゾーヤもみんなも
いつもより暖かそうな格好をしている。
対して、僕はさして変わりない。
しいて言うなら、靴下が少し長い。
大体そのままである。
まぁ、でも、保育園の室内は暖かいから
困ることはあまりないのだが。
…今は外にいるけど。
少し安堵して、小さく笑う。
僕の尺度は、大抵人とズレているので
こういう時は、きちんと確認をとった方がいいのだ。
…辛い思いは、させたくないし。
…肺に流れる空気が、水晶の様に凍てついて
指の先が冷えていく度、何故か安心する。
僕が冬生まれなのもあるだろうけど
もし、これが自罰感情の表れだとしたら
それは、自分を傷付けることで
安堵しているのと、大して変わらないのかもしれない。
ゾーヤもそれに気が付いているのか
ほんの少しだけ怪訝そうに、悩むように
目を細めて、こちらを見つめている。
ゾーヤは優しいから、僕の意思を尊重してくれるだろう。
……それと同時に、酷く心配をかけると思うけど。
まさか、そこまで言われるとは思っていなかった。
…そんなに”まいご”になりそうに見えるのかな、僕。
ゾーヤはそう言って、僕の手をいつもより少し強く握った。
…手は痛くなかったが、そんな風に不安にさせてしまったことに、心が少し痛くなった。
それは確かに間違いではなかった。
僕は、僕の性格上
いつ”いなくなる”か、定かでは無いのだ。
だから、いついなくなっても大丈夫なように
のこるものは、少なくしてある。
ここまではっきりいやだと言われたのは
多分、これが初めてだ。
否定ではない、ゾーヤの思い。
…僕がいなくても、ゾーヤなら大丈夫だと思うけど
多分、そういうことじゃないんだろうな。
ゾーヤが驚いたように目を丸くする。
…満月みたいだな、なんて思いながら返事を口にした。
僕は元々、誰にとっても
いてもいなくても、どっちでもいいような
そういうものだったから。
ただそこにある、ぬいぐるみの様に。
道化のように、軽く振る舞い
覚めた時の夢のように、いつだって
忘れられるように。
そうやって、生きていこうとしたから。
…分からない。
僕は、そんなにかけがえのないものじゃない。
そのはずだ。
ずっと、そう思ってきた。
……自分を大切にするとか、そういうことは
昔から、よく分からなかったから。
何故か鈍感と言われた。
何故…?
……いや、うん…まぁ…
自分の大切さとか、本当によく分かってないから
妥当と言えば妥当ではある。
…あぁ、そっか。
多分、僕が持つ力とか個性とか
考え方とか、そういうので考えたら
代わりになるような人は、山ほどいるだろうけど。
ゾーヤにとっては…
僕じゃなきゃ、意味が無いんだろうな。
…僕がゾーヤを好きなように。
僕にとって、ゾーヤの代わりなんて
この世の何処を探してもいないように。
ゾーヤは、僕を好きでいてくれたんだ。
こんな僕の、僕としての全部をひっくるめて
そのままの僕を、好きになってくれたんだ。
僕にとって、僕が如何なるものであったとしても
代わりのある、ぬいぐるみと同じだとしても。
ゾーヤにとっての僕は、僕しかいない。
あの子にとっての僕は、唯一無二なんだ。
…じゃあ、代わりなんて
いるわけないよな、そんなの。
ゾーヤは少し怪訝そうにしたが、すぐにいつも通り優しく笑ってそう言った。
その笑顔は、心做しかいつもより嬉しそうに見えた。
元々、そこまで理由があって生きている訳でもない。
…理由があったとて、それすら飛び越えてしまう可能性だって
ない訳じゃないから。
誰かと一緒に生きていく算段なんて、立ててなかったんだ。
僕とユウ先生は性格的にも似ているので
そういうところは確かにある。
……申し訳ないな。
確固たる決意の滲む声。
…かっこいいなぁ、ゾーヤは。
僕は、きみに救われてばっかりだ。
……僕も、きみの助けになれるかな。
もし、もしなれるのなら…
できることなら、きみがまいごになったとき
一番最初に、きみを見つけたい。
…実質的なずっと一緒宣言である。
ゾーヤが、あんなに大切にしてくれているのだ。
僕だって、同じくらい
ゾーヤのことを大切にしたい。
そう言いながら、いつの間にか離れていた手を
しっかりと繋ぎ直した。
ゾーヤは少し驚いた後、嬉しそうに
愛おしそうに、微笑んだ。
きみのことだけは、他人に負けたくないんだ。
だって、きっと
きみを、見失うことが無いように。
きみが、幸せに過ごせるように。
その為だったら、僕は
僕の嫌いな僕だって、大切にしてみせるとも。
この世で一番大切な、きみの為に。
大事なのは、この手を離さないこと。
見失わないこと。
ずっと、一緒にいたいから。
…それだけ、分かっていればいい。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。