僕は、元々病気がちだった。
ゾーヤに会った時も、採血やら入院やらで中々家に帰ってこられず、それら全てが終わってから帰ってきたような気がする。
…思わず息を呑んだ。
視界に映る、凛とした美しい顔。
風に吹かれてなびく、宝石の様に美しい長い白髪。
もしあれがクォーツと言われたなら、僕は信じるだろう。
そう思うくらいには、きらきらと輝いていた。
そう言いながら僕は、ずっとその子を眺めていた。
…初めて、自分から話し掛けてみたいと思った。
仲良くなりたいと思ったから。
でも、僕の喉は閉じたまま。
右手も、何かを怖がるみたいに
ずっとシャツを握りしめている。
いつもの癖。
怖くなると、心臓の位置に近いところを握りしめる。
なんでかは分からないけど、こうすると
少し、安心するから。
…だけど、無理だ。
僕は、人を傷付けてしまう。
誰のことも、理解できないから。
あんなに綺麗な子を、傷付けてしまうくらいなら
手を伸ばさぬまま、閉じこもっているべきだ。
もう、あんな思いはしたくない。
…だったら、最初から関わらないのが
一番、簡単だ。
思い出した悲しさに耐えられるように
口元に笑みを浮かべる。
大好きな黒猫のぬいぐるみ…テトのことを考えながら。
今日は久しぶりに、テトとおひるねをしようかな…
テトは大きいから、枕にちょうどいい。
なんて思いながら、帰路につく
…はずだったのだが。
お月さまの様な、イエローダイヤモンドの様な
金色の、美しい瞳が
こちらを、じっと見ている。
金色が、色の白い肌によく映えていて
あまりの美しさに、触れたら壊してしまうのではないか
という、変な恐怖が生まれた。
…おかしな話だ。
僕は普通の人間より、ずっと力が弱いのだから
壊すはずなどないのだけれど。
そういえば、さっきより
いくらか距離が縮まっている。
…いつの間に……?
忍か…?
いや、多分僕が注意散漫なだけなんだけど…!
望遠鏡…月…
合っているかは分からないけど…
ものすごく見つめられて、気はずかしい思い
ということなのだろうか…
……とても申し訳ない…
そっと、優しく笑うその子が
眩しくて、暖かくて…
とても、美しいと思った。
思えば、この時に恋に落ちたのだろうなと思う。
…一目惚れの可能性もあるけど。
そう言って、楽しそうにその子は笑った。
僕は心拍数が上がりすぎて、生命の危機を感じているけど。
…やっぱり、綺麗だ。
ぎこちなく、挨拶を返す。
合ってるだろうか…失礼にならないだろうか…
…仲良く、できるだろうか
そんな思いが、ぐるぐると駆け巡る。
そう言う僕に、ゾーヤは少しきょとんとしてから
小さく笑った。
そういえば、かなり話していた気がする。
慌てて我に返り、ゾーヤに返事をした。
…僕も、持って帰ってきた本たち
片付けないとな、なんて思いながら
帰路についた途端、足を地面に引っかけて転んだ。
それはそれは盛大に。
ゾーヤが慌てて戻ってきてくれる始末である。
申し訳ないやら痛いやらで、泣きながらゾーヤと
会話する羽目になった。
ゾーヤが手を差し伸べてくれたので、その手を掴み
フラフラと立ち上がった。
嬉しさもあるが、兎にも角にも足が痛い。
僕の考えを感じ取ったのか、ゾーヤは優しく
そう言ってくれた。
そうやって話しつつ、手を繋いでもらいながらゆっくりと歩き
最終的に家まで送ってもらって、もう一度またねを言った。
これが、僕が初めてゾーヤに会った時の記憶。
初めての恋の記憶でもある。
……それにしては随分みっともない過去なので
記憶から消そうか迷うものだ。消せないけど。
まぁ、でも
悪い記憶では、ないなと思う。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!