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2025.11.04
日本経済
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サナエノミクスは「日本版MSSE」的
~グローバルスタンダードな成長戦略としての財政政策~
永濱 利廣
- 要旨
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- 高市政権は「高圧経済」を志向し、「責任ある積極財政」の掛け声のもと「大胆な「危機管理投資」と「成長投資」で、暮らしの安全・安心の確保と「強い経済」を実現」としている。一方、すでに海外における経済政策の新たなコンセンサスとなってきたのが、成長戦略としての財政政策である。これは、気候変動対策や経済安保、格差是正等の将来の社会・経済課題解決に向けてカギとなる技術分野や戦略的な重要物資、規制・制度等に着目し、政府の関与を拡張するというもの。
- サナエノミクスにおける財政の予算制約は、これまでのプライマリーバランス(以下:PB)から政府債務もしくは純債務残高の対GDP比にシフトすることが望ましい。そして、現在のようにインフレ率が目標を上回る状況では、金融政策はあくまで脇役であり、一定の財政規律の範囲内で財政政策や規制改革などを賢く活用することで供給力を強化することこそ、サナエノミクスに課された重要な使命の一つと言える。
- こうしたことから、この機会に海外の成長戦略としての財政政策の検証を行いつつ、時代の大きな変化に合わせて「責任ある積極財政」≒日本版MSSEを実行していくことが高市政権には求められる。しかし、この取り組みがうまくいくには、財政健全化目標の柔軟化が必要である。このため高市政権には、グローバルスタンダードとなった成長戦略としての財政政策を速やかに決断・実行に移していくことが求められる。
- 財政健全化目標が厳しすぎることによって、責任ある積極財政を進める上での支障となってはならない。PBとGDPギャップの連動性は高く、経済が高圧気味に推移すれば自ずとPB自体も健全化するといった関係がある。このため、当面はGDPギャップのプラスを安定的に維持すること、すなわち「高圧経済」を最優先して、財政目標は名目GDPの拡大を考慮した「債務残高/GDP比」か金融資産も加えた「純金融債務残高/GDP比」にした方が適当と思われる。
- 名目経済成長率>長期金利が達成できれば、必ずしもPBを黒字化しなくとも債務残高/GDPは低下するため、PB黒字化を目指すのは、景気が過熱して名目経済成長率<長期金利となった局面でもいいのではないか。そうした局面を迎えれば、財政はまず歳出削減、それでも足りなければ増税してもいいだろう。そうなれば自然とPB黒字化が見えてこよう。
世界的潮流になってきた「モダン・サプライサイド・エコノミクス」
10月21日の首相指名選挙で、高市自民党総裁が新たな内閣総理大臣に選ばれた。これをきっかけに、市場では金融・財政政策がハト派にシフトする期待などから日本の株価は大きく上昇している。
実際、高市氏は「高圧経済」を志向し、「責任ある積極財政」の掛け声のもと「大胆な「危機管理投資」と「成長投資」で、暮らしの安全・安心の確保と「強い経済」を実現」としている。
一方、すでに海外における経済政策の新たなコンセンサスとなってきたのが、成長戦略としての財政政策である。これは、気候変動対策や経済安保、格差是正等の将来の社会・経済課題解決に向けてカギとなる技術分野や戦略的な重要物資、規制・制度等に着目し、政府の関与を拡張するというものである。
実際、米国のバイデン政権下で「高圧経済」志向のイエレン前財務長官が進めてきた成長戦略は「モダン・サプライサイド・エコノミクス=MSSE」と呼ばれ、人的資本の蓄積やインフラの整備、研究開発の促進、環境対策の推進などへの効果的な財政支出による成長戦略が、新たな経済・財政運営のルールとなるとしてきた。
そしてイエレン氏は、インフラ投資や子育て・教育・温暖化対策をMSSEアプローチと位置付け、格差や気候変動に対処しつつ、労働供給や生産性を底上げすることで潜在成長率を中長期的に押し上げ、包摂的でグリーンな成長を目指すとしていた。
以前から、イエレン氏はFRB議長だった 2016 年当時の講演「危機後のマクロ経済研究」で従来の供給側中心の成長理論を批判し、需要不足が低成長を恒久化させる恐れを指摘しており、長期の成長のためにはマクロ経済政策により総需要を拡大し、「高圧経済」にする必要があると主張してきた。
一方の財政規律面でも、ハーバード大学のサマーズ教授は、ファーマン元CEA委員長と共著の「低金利時代の財政政策の再考」(2020 年 11 月)で、「金利変動で国債償還費も変動することからすれば、それを考慮しない「政府債務/GDP」比率はミスリードとしている。そして、政府は予算均衡よりも利払いをGDP比で抑える運営が望ましく、今後十年間は償還費の急騰やGDP比で2%以上になるのを避けつつ、成長を促進する分野に焦点を当てた財政政策を行うべき」とし、このアプローチを米財務省も取り入れている。
効果的な財政支出を実現するための課題
しかし日本では、これまでこの考えが主流にはなってこなかった。この理由として、政府債務が将来世代の負担という認識が強いことがある。
事実、政府債務が過大になれば、景気の過熱により金利が名目成長率を上回って上昇し、民間部門の資金調達がひっ迫するという現象が起きる。しかし、少なくともアベノミクス以降の日本でそうした現象はコロナショック時以外に起きていない。背景には、民間の資金需要が弱く、財政赤字を大きく上回る民間の貯蓄超過の存在がある。そして、将来世代に巨額な政府債務が引き継がれても、将来世代に便益を与える長期の投資が行えれば、そのような支出は先々リターンをもたらし、将来世代の生活を改善する。
こうしたことからすれば、サナエノミクスにおける財政の予算制約は、これまでのプライマリーバランス(以下:PB)から政府債務もしくは純債務残高の対GDP比にシフトすることが望ましいといえよう。特にPB目標が導入された2000年代前半はデフレが定着しており、名目成長率が長期金利を上回ることが厳しい状況にあった。しかし、アベノミクスをきっかけにデフレではない状況になって以降は、名目成長率が長期金利を上回る状況が常態化しており、アベノミクス以前の経済環境とは状況が異なる(図表1)。
そして、アベノミクス時のマクロ経済環境と最も異なるのは、現在は需要不足ではなく供給不足ということである。つまり、現在のようにインフレ率が目標を上回る状況では、金融政策はあくまで脇役であり、一定の財政規律の範囲内で財政政策や規制改革などを賢く活用することで供給力を強化することこそ、サナエノミクスに課された重要な使命の一つと言える。
諸外国の事例
実際、諸外国を見ても、中国は2015年7月に打ち出された「中国製造 2025」の中で、重要分野の7割国産化を目標としてきた。そして近年の財政政策面では、今年も立て続けに超長期特別国債を発行し、科学技術イノベーションや食料・エネルギー安全保障などの支援、設備更新や消費財買い替え支援強化を実施している。
これに対して米国でも、バイデン前政権の成長戦略として、超党派CHIPS法で国内半導体製造業へ5年間で527億ドルの資金援助、またインフレ削減法では10年間で4370億ドルの経済対策を打ち出している。またトランプ政権下でも、法人減税や設備投資100%特別償却の復活、関税を活用した国内生産奨励を実施している。
そしてEUでは、2020年7月に打ち出された「EU復興パッケージ」において、イノベーション支援やグリーン・デジタルへの移行などのために、合計で約 1.8 兆ユーロの予算を計上している。また、2024年9月には「欧州の競争力の未来」を公表し、官民で7.5~8.0億€/年の追加投資を提言したり、2025年1月には「競争力コンパス」で、イノベーション促進に向けて革新的技術に投資する企業の規模拡大のために民間と協力して投資プログラムを展開したり、同年2月に「クリーン産業ディール」としてクリーン技術資産の早期償却など税制措置の導入を推奨している。
こうしたことから、この機会に海外の成長戦略としての財政政策の検証を行いつつ、時代の大きな変化に合わせて「責任ある積極財政」≒日本版MSSEを実行していくことが高市政権には求められる。しかし、この取り組みがうまくいくには、財政健全化目標の柔軟化が必要であろう。このため高市政権には、グローバルスタンダードとなった成長戦略としての財政政策を速やかに決断・実行に移していくことが求められる。
効果的な財政支出を実現するための方策
こうした中、日本政府はこれまで財政健全化目標として2025年のPBの黒字化を掲げてきた。しかし、コロナショック前までは財政リスクが最も高いイタリアがPB黒字だったことや、国際標準的な財政健全性を図る指標が『政府債務残高/GDP比』や『政府純債務残高/GDP比』になってきたこと等からすれば、日本の財政健全化目標も国際標準に近づけていくことが必要だろう。
事実、すべての金融資産を含む『政府純金融債務残高/GDP』をG7で比較すると、IMFの2024年ベースで日本は急速に低下しており、水準もイタリアや米国より低い(図表2)。
なお、資産に株式及び投資信託受益証券や金融派生商品を含まない「政府純債務残高/GDP比」や「政府債務残高/GDP比」は依然としてG7で最高水準だが、それぞれ適温水準は各国の経済環境により異なり、重要なのは低下方向にあることである。その点、いずれも日本はその方向にある(図表3・4)。
こうしたことから、財政健全化目標が厳しすぎることによって、責任ある積極財政を進める上での支障となってはならない。
実は、PBとGDPギャップの連動性は高く、経済が高圧気味に推移すれば自ずとPB自体も健全化するといった関係がある。実際、1990年代後半以降のPBと内閣府版GDPギャップの関係を見ると、非常に連動性が高いことがわかる(図表5)。そして、近年はGDPギャップの動向以上にPBが改善しているが、考え方次第ではGDPギャップ対比で財政を引き締めすぎた可能性も示唆される。
このため、当面はGDPギャップのプラスを安定的に維持すること、すなわち「高圧経済」を最優先して、財政健全化目標を柔軟化することも検討に値しよう。そして、財政目標は名目GDPの拡大を考慮した債務残高/GDP比か金融資産も加えた純金融債務残高/GDP比にした方が適当と思われる。
多くの海外主流派経済学者が指摘しているとおり、2010年の欧州債務危機を受けて財政健全化が実施されたが、この健全化は規制を理由に行われたものであり、強力すぎたためにEUの回復を遅らせた。いくら財政健全化を強力に進めても、需要が減ってしまえば税収も減ってしまうためである。
このため、名目経済成長率>長期金利が達成できれば、必ずしもPBを黒字化しなくとも債務残高/GDP比は低下するため、PB黒字化を目指すのは、景気が過熱して名目経済成長率<長期金利となった局面でもいいのではないか。そうした局面を迎えれば、財政はまず歳出削減、それでも足りなければ増税してもいいだろう。そうなれば自然とPB黒字化が見えてこよう。
<参考文献>
Atif R. Mian Ludwig Straub Amir Sufi「A GOLDILOCKS THEORY OF FISCAL DEFICITS」(2022年、NBER Working Paper)
Blanchard, Olivier. 2019. Public Debt and Low Interest Rates.American Economic Review 109, no. 4: 1197–1229.
Jason Furman and Lawrence Summers.2020.“A Reconsideration of Fiscal Policy in the Era of Low Interest “
オリヴィエ・ブランシャール 田代毅「日本の財政政策の選択肢」PIIE(2019年5月)
経済産業省「経済産業政策の新機軸~新たな産業政策への挑戦~」(2021年6月)
経済産業省「経済産業政策の重点について」(2021年4月)
永濱 利廣
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