どこもかしこも、エーテリアスばかりだ……(涙目) 作:bbbーb・bーbb
怪物を霧散させるなりそのまま高度を上げホロウの裂け目へと突っ込んでいったデスパラソル・ヘリコプター。
すぐに追いついたライカン達が見たものは、三半規管を哀れにも木っ端微塵に破壊され仲良く吐瀉物を撒き散らすふたりと──。
「おーい、みんな! こっちだ!!」
「ビリー!」
バレエツインズの近くを通過していく飛行船。そして、そこから顔を覗かせ助けを求めるビリーの姿であった。
飛行船とビルの間には数mはあり、万が一飛び移りに失敗すれば十秒近い自由落下が待っているだろう。
しかし、このまま飛行船が通り過ぎてしまえば彼らを助けるのは絶望的になる。
カリンと狩人は、まだ胃の中身をぶち撒けるのに忙しい。もう一度あんな
そもそも、この中で飛行船の操舵を行えるのはただ一人。
「ライカンさんっ!」
彼だけだ。覚悟を決め走り始めたライカンを見てアキラが叫ぶ。
上り坂になったガラスの天井を駆け抜けていく。そしてついに、跳んだ。
皆が、息を呑んだ。本能のままに手を伸ばすその姿は、輝く月と重なりシルエットとなった。
結果を端的に言えば、成功。すんでの所で飛行船に乗り移り、無事着陸。寝ている住民を安全な所に避難させながら、治安局を呼んだ。
住民を皆運び出し、事態もようやく閉幕かと思われたその時。
突如、飛行船が動き出した。操縦席に居たのは、パールマン。
逃がすまいとガトリングをぶっ放す狩人だったが、既に射程外。優雅に空を飛ぶ飛行船を、ただ眺める事しか出来なかった。
クソ、と思わず悪態をついたが、とりあえずは住民やイアス、ライカン一行が無事な事を喜ぶ事にした。
カリンもようやくその顔色から青が抜けたようである。
数時間後。ルミナスクエアでライカン一行と別れる事となった。カリンと固い握手を結んだ。
そういえばアメが好きらしいな、と思い出した狩人が獣血の丸薬をエレンに渡そうとすると一瞬殺気を向けられた。何故。
彼らの背中を見送っていると、遠くの方で皆が突然立ち止まった。
その場で暫く話し込むと、その内の一つ、こじんまりとした身体がこちらに走ってきた。
「カリンではないか。どうしたのだ」
「あの、その……もう一度、お礼を言いたくて……!!」
おどおどとした彼女に、謝られもした。無茶な事をさせて申し訳無かった、と。
狩人が笑う。片膝をつき、視線の高さを合わせる。
「無茶を強いたのは私の方だ。こちらこそ申し訳無い。それに、貴公と一緒に暴れられて楽しかったよ、ありがとう」
それなら良かったです、と怯える様な態度で去ろうとしたカリンの背中に、もう一度声をかける。
「は、はいっ……なんでしょうか……?」
「念の為、確認しておきたい事がある。それと、私と一つ、約束してくれないか」
呆気に取られるカリンに狩人が続ける。
「貴公は、彼らと……ヴィクトリア家政の皆と共に居られて幸せか」
「えっ……」
何故そんな質問を、と彼女の顔が語っていた。もう一度、念の為だと繰り返す。
「私は……」
カリンが、丸ノコを握っていない左手でスカートを握り締める。その顔は地面を眺めていた。
「皆さん、厳しいですし……たくさん失敗もして、よく叱られます……けどっ……!」
その言葉の続きを狩人は既に察したが、口を挟むことはしなかった。
「私は……! ヴィクトリア家政の皆さんと一緒にいられて、とっても幸せです……っ!!」
顔を上げたカリン。笑顔が浮かんでいた。その表情も、声色も、これだけは間違いないと言わんばかりの自信に満ち溢れていた。
その笑顔は、確かに愛されて育った、幸せに満ちた子供のそれだった。
ならば良い、と安心した狩人が立ち上がる。
「そ、それで、約束って……?」
「ああ、そうだな……」
狩人が、カリンの前にゆっくりと握り拳を差し出した。グータッチのする時のそれである。
「一人でも、自信を失わずにいられるな。自分は素晴らしい人間だと、人として尊敬されるに十分値する人間だと、信じていてくれるな」
狩人の一番の不安。彼女が愛されていることはあまり疑っていなかったが、それはそれとしてその自己評価の低さは気になったのだ。
彼女の様な子供が、自分で自分の心を傷付ける様など見たくなかった。
狩人と心が通じ合ったカリンは幸せそうであった。だからこそ、そうでなくなった時の感情の切り替わり方が心配だったのだ。
自意識過剰だと言われればそれまでかもしれないが、それでもだ。
「明るくなれ、と言っているのでは無い。ただ……自分を愛する心を忘れないこと。それを、私と約束してくれ」
カリンは少し呆然としていたが、すぐにまた笑顔に戻り、狩人に答える。
「……はいっ……!!」
可愛らしい笑顔を浮かべながら差し出してきたその手は、開いていた。パーである。
狩人が握り拳をしている事を思い出し、すぐさま謝ろうとするカリン。
そんなカリンを見て、思わず狩人は笑ってしまった。
「良いのだよ。まったくもって、それで良いのだ。人間というものはね」
狩人が膝を曲げながら拳を開くと、そのまま反対側の手も上げた。
カリンももうこのまま狩人に合わせることにしたようで、そのちんまりとした両手を差し出した。
そのまま、ハイタッチ。明らかにサイズの違い過ぎる手が重なった。片方に至っては手袋である。
夕陽に照らされたそれは、彼らを眺める家政の皆からすれば、二人の間に架かる橋の様に見えただろう。
「うふふ、カリンちゃんに良い友達が出来た様で良かったですわ」
「良い、という所には少し異論がある気もしますが、私も概ね同意です」
「……まあ、カリンちゃんが楽しそうなら、いっか……」
普段はカリンに厳しくすることも多い彼らだったが、今はただ純粋に、彼女に仲睦まじい友人が出来たことを喜んでいた。
特にリナは、屋敷の隠し部屋で兵士らを拷問していた際、自分の作る料理を平然と平らげた狩人に対して一際高い好感を持っていたのだ。*1
……何故か隣で見ていたライカンがぎょっとしていたが。
「そうだ、これをやろう」
「えっ……いいんです、か……?」
当然だ、と言って狩人が見せたのは回転ノコギリ。
「私には、いつでも新しく用意出来るものだ。君が欲しいのなら、持っていきなさい」
一瞬躊躇ったカリンだったが、狩人のいつでも用意出来るという言葉が決め手となり、ついにその手を伸ばした。
実際に使うのは流石に危ないから部屋に飾る位にしておくように、と一つ忠告だけはしておいた。
「達者でな、カリン。良い狩人よ」
「ありがとうございます……! 狩人さんも、お元気でっ!」
両肩に乗せた回転ノコギリを物騒に揺らしながら走り去るその背中を見て、狩人もその場を去った。
「今日は何を見るかな……」
借りる映画を考えながら、帰路につく狩人だった。
狩人が何を吐いたのかは分かりません。
次は確か郊外編かな?