どこもかしこも、エーテリアスばかりだ……(涙目) 作:bbbーb・bーbb
長くなってしまった。すまねえ。
「やった! ようやく出られたぞ!」
数十分かけて、車両から脱出した。猫又が連れて行ったのだろう。敵の姿は何処にも見えなかった。
猫又は、もうとっくにホロウの中だろう。追いつくのは不可能だ。
「だからって、住民の救出なんて一大事、猫又ひとりに任せられない!」
悪態をつくニコ達の隣で、狩人は泣き腫らした目を虚ろに開きながら、ただ絶望に押しつぶされていた。
もう、どうしようもない。未だ人の住むヤヌス区を爆破しようとする連中だ。パールマン如き用意した所で猫又ごと仲良く口封じされて終わりだろう。
住民もだ。線路が爆破されてしまった以上、彼らを安全な地へ送る事など不可能だ。
結局、また何も成せずに終わるのか。
茫然としている狩人の目に希望の光が宿るのは、しかしその直後のことだった。
「まだ、諦めるのは早いよ」
どういう事だ。アキラに問う。
「ヤヌス区と新エリー都は、直線距離で結ぶ分にはそう遠く無いんだ。拡大したホロウに道が飲み込まれたせいで遠回りをしなくちゃいけないというだけで……」
つまり、とアキラが続ける。
この巨大なホロウの主、デッドエンドブッチャーさえ屠ってしまえば、ホロウは縮小し、住民を安全に運び出せる、と。
「それは、本当なのだろうな」
「ああ、間違いないさ。尤も、デッドエンドブッチャーを倒せれば、の話だけど……」
十分だ。
狩人の目が、生気を取り戻した。デッドエンドブッチャーは群衆ではない。戦える者が四人も居れば、勝てる可能性は高い。
そしてこの場所には幸いにも、パールマンの連中が置いていった爆薬で一杯だ。列車に詰め、ブッチャーにぶつけて吹き飛ばせば──。
しかし、狩人にはまだ気がかりが残っていた。
「猫又は、彼女はどうするのだ」
「……悔しいが、今猫又を助ける方法は無い。人質を持ってるし、彼女は交渉上手なんだ。無事を祈るしか無い……」
やはり、か。狩人はもう一度絶望しかけたが、すぐに己を奮い立たせた。
彼女は、住民を助けるが為自らを危険に晒した。だが、ドアを出ていく彼女の目は、死を確信し、見据えた者のそれでは無かった。
助けてみせる。助かってみせる。その両方の覚悟を灯した目だった。ならば、我々も彼女を信じるしか無いだろう。
「危険は伴うけど、今はこれが私たちにできる最善。こうしてる暇は無いわ、早速作戦実行よ!」
ニコが高らかと宣言した時、狩人はとっくに生きる気力を取り戻していた。
必ず、助けてみせる。待っていてくれ。
暫くして列車に爆薬を詰め終わった狩人達は、既に曇った空の下、決戦の舞台へと足を踏み入れていた。
直前の通路に置いてあったランタンを灯す。時空の歪んだこの地で、どれだけ役に立つのかは知らないが。
エーテル活性の、最も激しい位置。ここに、”奴”が居るのだろう。脳に蠢く啓蒙も、ここに強敵が居るぞと囁いている。
平らで広々としたその場所は、死闘を繰り広げるのにはうってつけの場所だった。
「良いか? いざとなったら俺のスターライトキックで……」
呑気に語るビリーを見ていると、こちらを見る彼の遥か後方、上空に閃光。
「下がって!」
狩人が声を出す前に、アンビーが飛んできた閃光を弾く。ビリーは度肝を抜かれていた。
眩い光が収まってみれば、そこに立っていたのは巨大な怪物。
二本の足に、二本の腕。その両手にはこれまた巨大な標識が──恐らく武器としてだろう──握られていた。
「あれが……」
デッドエンドブッチャー。耳の痛くなるほどの咆哮を上げたそれに向かい、狩人がステップで突っ込んだ。
それが、狩りの始まりの合図だった。
同時に、それが動く。こちらに向かい横に薙ぎ払う様に繰り出された標識を皆が後ろに避ける中、狩人だけがひとり、前に、懐に潜り込んだ。
「ちょっ、狩人!? 危ないわよ!?」
「いいの、ニコ。あの人には、あれで正解」
アンビーは既に、狩人の戦い方を、少なくとも、その哲学を理解していた。
とにかく、攻撃。しかし、離れていれば攻撃は当たらない。だから、自分から向かっていく。
命が幾つあっても足りない戦い方をする彼の真似をしようとアンビーが血迷う事は無かったが、その圧倒的な戦闘スタイルには目を見張っていた。
あの様な狂気の立ち回り、一体どれだけの死地を乗り越えれば身につくものなのか。
そう考えるアンビーには目もくれず、狩人はそれの腹部に向かいノコギリ鉈の連撃を繰り出していた。
並べられた刃は、確実にそれの皮膚を破り、その筋肉を無理やりにも引き千切っていく。
少々硬いが、このままいけば殺せる。狩人の気分は高揚しきっていた。
戦闘が始まって数分、狩人は既に死闘に酔っていた。
一瞬の油断からか、地面ごと突き上げられた右足を避けきれずに左腕を吹き飛ばされる。
明らかな、致命傷。しかし狩人が怯みもせずノコギリ鉈でひたすらに殴りかかると、失った腕は服とともにすぐさま再生していった。
狩人を叩き潰そうと振り下ろされたその左腕を、コートをはためかせながら躱す。
すかさず鉈を展開し、振り下ろす。遠心力を利用したそれは、怪物の腸まで深く突き刺さった。
──あるいは、刺さってしまった、というべきか。
抜けない。引き抜こうと、狩人が一瞬固まった。それが命取りだった。
狩人の体を、影が覆った。見上げれば、巨大でどす黒い、腕。
迂闊に手を出せず遠くから眺めていたニコ一行が、思わず叫んだ。
「「「狩人っ!!」」」
「なっ」
ぶちゅん。
一粒のぶどうが如く、狩人の身体は破裂した。弾け飛んだのだ。
怪物が上げた腕には、かつて狩人だったものが腐ったジャムのように糸を引き、へばりついていた。
「そんなっ……」
絶句するニコの横で、アンビーが目を見開く。微かに開いたその口は、震えていた。
「狩人ぉおおっ!!!」
激昂。ビリーの放った弾丸が、怪物の体を貫く。だが少し怯むと、それはニコ達に向かって飛び込んでいった。
咄嗟に、回避。茫然としながらも横に飛び込んだ彼らが狩人さながらに潰される事は無かったが、依然として追い詰められている事に変わりはなかった。
突然の、仲間の死。打ちひしがれる心が、彼らに問う。「勝てるのか」と。
その時。
「聞いてっ!」
「っ……アンビー……!?」
「どうした!?」
アンビーが叫んだ。
「狩人は死んだ。けど、ここで下がる訳にはいかないっ! 悲しむのは、この化物を倒してから! 構えてっ!」
普段物静かな彼女から、決死の覚悟で放たれた怒号。激励。
自分も戦いに混ざっていれば。自分が注意を引いていれば。そんな事は、目の前の化物を殺してからでも考えられる。
それは、確かに彼らの心に届いた。
「……そうね、アンタの言うとおりだわ。せっかく狩人がここまで戦ってくれたのよ。放心してる間に殺されるなんて間抜けな事、この天下の邪兎屋のすることじゃないわ!」
「狩人、仇はとるぞっ!」
「私が突撃する。支援して!」
奮い立った仲間を見て、アンビーが突っ込む。ビリーの銃撃が、一瞬の隙を作る。
ニコの放った黒球が化物の身体を抉ると同時に、アンビーの握る剣に、青い雷光が迸った。
「消えてっ!」
下から上へと回転しながら繰り出されたかち上げは、巨大な怪物の身体をいとも容易く切断していった。
勝てる。彼らが確信を持ったとき、しかしアンビーは怪物の左腕により地面へと叩きつけられた。
「がっは……っ!」
「「アンビー!」」
怪物の頭部を見る。ビームを放つ気だ。必死に奮い立たせた心とは裏腹に、身体はぴくりとも動いてはくれなかった。
死。その一文字が脳裏を過る。
が、ビームが打ち付けられる音の代わりに鼓膜を震わせたのは、轟く爆音であった。
目の前に広がる爆炎。よろめく怪物を置いて、皆の視線は後ろからの足音に引き寄せられた。その足音の正体、放たれた砲弾の主は──。
「か……狩人……っ!?」
左腕にバカみたいな大砲を取り付けた、狩人であった。
「すまない皆の者、戻るのが遅れた」
「そんな……生きてたのかぁっ!?」
「死んだ筈じゃ……」
彼らの感動を邪魔するように、怪物が叫ぶ。
「まずはこの化物を狩ってからだ。話はそれからしよう」
狩人の言葉に、皆が頷く。もう一度、屠殺人と対峙する。
「なんだ……仲間なんて、もうとっくに居たじゃないか……」
狩人の呟きが、誰かの耳に届く事は無かった。
そこからは一方的であった。
突っ込む狩人とアンビーを、ニコとビリーが支援する。協力を覚えた狩人に、もう恐れるものなど無かった。
屠殺人が膝をつく。勝利だ。
……なんか追加で腕生えてきて無いか?
第二形態か、と身を引き締めると、遠くから、音。列車だ。それも、たっぷりとエーテル爆薬を仕込んだ。
「イアス!」
列車が、飛んだ。押しつぶされた怪物がもがく内に、高く飛び上がったアンビーが列車に剣を突き立てる。
ついでに狩人もトニトルスを突き刺しておいた。*1
これで後は雷が直撃すれば、この忌まわしい屠殺人は吹き飛ぶだろう。
イアスがカウントダウンを始める。
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0。
「……何も起きないぞ」
「ウソ、失敗!?」
見れば、屠殺人が起き上がり始めている。
「計算をやり直します! 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0!」
瞬間、雷光が轟いた。アンビーの剣にそれが直撃すると、屠殺人は電車もろとも木っ端微塵に吹き飛んだ。因みにトニトルスも消し飛んだ。*2
お前の勝利だと啓蒙が告げる。勝った。勝ったぞ。これで、彼らを──。
時と場を変え、ホロウ外。猫又は追い詰められていた。
パールマンはただの操り人形だったのだ。スーツに身を包んだ女、この事件全ての黒幕が告げる。
「そろそろ、あの街も吹き飛んだ頃かしら」
「なっ……」
猫又の絶望は、しかし唐突に裏切られた。
「ほらほら、こっちだこっち!」
ビリーに誘導されトンネルから出てきたのは、大勢の住民。狩人、そして邪兎屋の面々。
彼らは成し遂げたのだ。救ったのだ。猫又の目に光が宿る。だが。
「だから何だって言うの? ここに居るのは我々側の人間だけ。命令よ、撃ちなさい」
並ぶ兵士達が構える。同時に狩人も身構えた。ここまで来て殺させてたまるものか。
せめてひとりでも多く殺してやる。狩人がガトリングを取り出そうとした時、サイレンが鳴り響いた。
治安局の車だ。兵士達が降伏していく。良く見れば、パールマン達との競合他社、白祇重工の連中も押し寄せていた。
助かった。安堵した狩人の目に、見覚えのある可愛らしい耳が映った。狩人は、目を見開いた。
「猫又、猫又っ。生きていたのかっ」
「あ、ああ、おかげでなんとか生きて……に”ゃっ!?」
狩人は、堪らず猫又を思い切り抱き締めた。
その瞳からは、決壊したダムの様に涙が溢れ出していた。
生きていたのか。生きていてくれたのか。
──やっと、私にも救えたのか。
「ちょ、流石に苦しいぞっ……」
「ん? ああ、これはすまない……」
十分泣き腫らして気の落ち着いた狩人が猫又を放すと、今度はアンビー達が話しかける。
「来て。猫又。貴方はこの事件の貴重な証言者。それに……」
「お前たちを殺そうとした、だろ……?」
罪悪感に潰されそうになりながら俯く猫又に浴びせられた言葉は、猫又にとっては意外な、しかしニコ達にとっては当然のものだった。
「貴方はまだ、自分の分の料金を払っていない」
「……はぁ?」
思わず顔を上げた。純粋な困惑であった。
「約束したでしょう。この依頼が終われば、皆でご飯を食べに行くって」
「い、いや、それはそっちの奢りじゃないか! なんであたしまで……」
「そう、なら正式に聞くわ。私達と一緒にご飯に行く?」
店長の兄妹も来るぞ、サバ缶も食い放題よと付け加えられた猫又は、あっけにとられていた。
「えっと……私は……」
猫又が俯く。小さな体が、震え始めた。
「本当に、好きなだけサバを食べて良いなら、考えてやってもいいぞぉ……!」
もう一度、顔を上げた猫又の頬には、大粒の涙が伝っていた。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、猫又は笑っていた。
さてどこで食べようかと談笑しながら、メンバーのひとり増えた邪兎屋は、狩人と共に人混みの中へ向かっていった。
……まとめて治安官に連行されそれはそれは長い事情聴取を受けてからの話だが。
前書きでも言った通り、次からはまたコメディ路線に戻る予定です。変にシリアスな展開を長々と申し訳ない。
ネタ思いつくのに時間かかるかもしれません。
つかれた…