高濃度猿侵蝕体“マネキン・モブ”   作:アースゴース

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穏やかな夜を良しとしろ……鬼龍のように 6

 メヴォラク司教の正体は、防衛軍のイゾルデ大佐だった。

 衝撃という表現すら生ぬるい感情を抱きながら、一行はイゾルデを追ってホロウの奥地へと向かった。

 道中に襲いかかってくるミアズマの兵士や狂信者達は、瞬く間に倒された。

 

 やがて……ミアズマの波動に包まれるイゾルデの元へたどり着く。

 彼女達を前にすると、イゾルデはゆっくりと目を開けた。

 

 「イゾルデ大佐! あなたには重大な罪を犯したのであります! 今すぐ投降し……す、全ての罪を償うであります!」

 

 信頼していた上官の裏切りとは、小隊のメンバーの心にどれほどの傷を負わせたのか計り知れない。

 11号、トリガーもそうだが、オルペウスと鬼火は特にかかわりが深い。シードはあまりよく分かっていなさそうだった。

 

 「ひたむきで、愚か……昔を思い出すよ」

 

 イゾルデは昔を懐かしむ。

 在りし日の自分と鬼火……いや、オルフェウス。まだオルフェウスが生身の身体を持ち、戦友達が生きていた頃の思い出。

 もはや、取り戻すことのできないものだが。

 

 『ちょっと待ってください! 宮沢さん…』

 「ミヤザワ……?」

 

 そこで待ったをかけたのはマネモブだった。

 彼はオボルス小隊の問題に口出しするつもりはなかったが、道中で光の司祭が吸収されたというあまりにも突拍子もない出来事のことを聞いていた。

 

 「マネモブの言う通りだよ! 光の司祭ちゃんを返してよ!」

 「……あれは本来、私から分離した私自身だ。目の前にいるのに、返して欲しいというのもおかしな話だ」

 『いやちょっと待てよ』

 

 結構めちゃくちゃな言い分だったのでマネモブが思わずツッコむ。

 マネモブの認識では分離と再吸収できる時点でまともな人間ではないのでその理屈は通らない。

 再吸収できたということは……また分離できるということだ。

 

 『ふざけんなっガルシアかてお前の子供やないか』『オラーッ出てこいや鬼龍ーッ』

 『そんな屁理屈がまかり通ると思っているのか、あーっ』

 「もうやめてください大佐! 周りを巻き込んでまでの復讐は恥ずべき行為です!」

 「フフフ……酷い言われようだな、事実だからしょうがないことではあるが」

 

 イゾルデとて理解している。

 自分に正当性など失われていることなど。

 見ず知らずの人々を巻き込んでまでするべきでないことなど分かっている。だが、もう止まれない。その段階はすでに通り過ぎたのだ。

 

 『もうやめろイゾルデ。確かに復讐は果たしたかった、仇討ちは重要だ。だがな、もはや関係の無い……自分の分身と再び一つになってまでするべきことか?』

 「そうだな鬼火。君の言う通りだ……だがな、もう止まれないんだ」

 

 イゾルデは言った。

 

 「理屈や正しさじゃないんだ、悔しいだろうが仕方ないんだ」

 

 彼女は剣を構える。

 明らかに実用を目的としたものではない、いわゆる儀礼用のサーベルだったが、イゾルデにとってはどうでもいいことだった。

 

 「ここは兵士らしく……剣と銃で決着をつけるとしよう」

 

 イゾルデの右手、その手甲に紋章が浮かび上がる。

 それは紛れもなく彼女が“始まりの主”から恩寵を受けたという証。讃頌会のトップとして、様々な奇跡を行使する権利に他ならない。

 

 ミアズマのごとき邪悪な光を放つそれを掲げる。

 すると、彼女の背後からは大量の兵士……ミアズマによってあの世から蘇った兵士達が、一糸乱れぬ行進と共に現れた。

 

 「作戦開始!」

 

 その言葉と共に、一斉にミアズマの弾丸が発射される様は、まるで祝砲だった。

 しかし、込められた意味は比べるべくもなく邪悪なもの。空にはミアズマの雲が発生する。

 触手のように伸びたミアズマが、イゾルデの剣へ収束する。まさに人知の及ばぬ奇跡と言いうべき所業だろう。

 

 ――だが、そんなものはどうでもいい。

 後悔、怒り、憎悪、静観、そして彼らへの期待。

 様々な感情が渦巻く心中、イゾルデは自分を奮い立たせるように叫んだ。

 

 「――今更戻れるものか!」

 

 剣が、イゾルデの胸を貫く。

 

 『なにっ』

 『な…なんだあっ』

 

 一瞬、自害かと思ってしまったがそうではない。

 その瞬間、荒れ狂うエーテルの波動が周囲を支配した。

 竜巻のようなエーテルの奔流がイゾルデを包み込み、その身を人外の領域へと変貌させる。

 

 「あれは……!?」

 

 エーテルを一刀両断し、辺りのミアズマも消え去る。

 

 「復讐の炎は消えない……」

 

 彼女が、剣を構えた。

 それは、もはやイゾルデではなく――

 

 「お前の名のようにな、鬼火!」

 

 冒涜者との戦いが始まった。

 

 

 

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 『ゴングを鳴らせっ戦闘開始だっ』

 

 いの一番に駆け出したのはマネモブだ。

 だがその目標は冒涜者ではなく、周りにいる兵士達。

 マネモブは彼女と全く因縁がないので、霞払いに専念することにしたのだ。

 

 『苦しそうだね』『心臓抜いて楽にしてあげようか?』

 

 マネモブはこの兵士達に心など、魂などないことを理解している。

 ミアズマ・フィーンドや光の司祭との違いは、明確な自我があったかどうかである。

 死を恐れず、ただ粛々と命令に従い、数すらそろえられた完璧で理想の兵士達。それは果たして、イゾルデの記憶で美化された彼らの姿なのか、あるいは戦友の死を冒涜したくなかった思いの表れなのか。

 

 だが、考えるべきことではない。

 何も関係のないマネモブが知るべきことではないのだ。

 

 『アソビハオワリダッ』 

 

 凄まじい速度で兵士を蹂躙するマネモブ。

 兵士が盾を構え、隊列を組んで突撃して来れば、まるで霞のように消えていなくなる。

 そして次の瞬間には背後に回り、強烈な必殺技の数々が兵士達を撃沈させる。

 

 統率の取れた動きで銃弾を撃ち込めば、その弾丸は体表を滑り友軍へと命中する。

 いかに防具を着ていても無駄。マネモブが掌底を打ち込むと、防具の隙間から液状のミアズマを噴出して沈黙。

 

 ――彼らは兵士だ。

 旧都陥落の際、勇敢に戦った兵士である。

 だが、エーテリアスに敗北した。

 

 ハティでさえ、複数集まれば防衛軍のロボット兵器を瞬く間にスクラップにしてしまう。

 そしてここにいるのは、あのデッドエンドブッチャー級とも目される超危険エーテリアス、マネキン・モブなのである。

 一度敗北した日から時間の止まっている彼らが勝てる道理など無かったのだ。

 

 『せめて怒りをブチまけ』『闘って死ねっ』

 

 彼らをこれ以上苦しめないために、名誉を貶めないために葬り去るのは、マネモブなりの慈悲だった。

 

 ――だが問題は、この戦いを見ていた冒涜者である。

 オルペウス&鬼火、シード、そして儀玄という油断ならない強者を相手にしている最中さえも、その光景から目を離すことができなかった。

 

 「同じだ……」

 『何?』

 「11年前、あの日の焼き直しだ」

 

 戦友が死んだ日、イゾルデにとっての悪夢の日。そして、復讐の始まりでもある。

 愚かな上官と欲深な企業のせいで、ああやって戦友達は一人、また一人と蹂躙されていったのだ。

 

 ビッグ・シードの打撃を弾き返しながら、冒涜者は続けた。

 

 「お前は何も思わないのか!? あのエーテリアスが、兵士達を殺していく様を!」

 『何も思わんはずがないだろう!』

 

 冒涜者の、ハルバードのような得物が光り、刃からミアズミック・ブレード――飛ぶ斬撃が放たれる。

 それを防御に長けた儀玄が弾き続ける。

 

 「ならば復讐を果たせ! 私はそのために外道に堕ちた」

 『だが今は立場が逆だ! 奴は味方、お前が敵だ!!』

 「頑固者が!」

 『もうやめろと言っているんだ!』

 

 もはや会話のキャッチボールになっていない、感情のぶつかり合い。

 イゾルデは冒涜者となり果てても、感情を捨てることはできなかった。

 

 『無関係の人々を巻き込むべきじゃなかった!』

 「この街が彼らへの借りをどう償うと!」

 『私達は防衛軍だ!』

 

 冒涜者が、ミアズマ・シールドを展開する。

 それと共にミアズマの大津波が発生。あれを止めなければ、侵蝕によって死んでしまうだろう。

 

 「だったら……何故拒むんだ!?」

 

 武器の先から放たれる、ミアズマ・ビーム。

 対するは、鬼火の最大出力の熱線。

 

 『復讐の火は、私の中にも燃え滾っている……』

 「けど……その火に……」

 『呑まれてはダメだ!』

 「呑まれてはダメです!」

 

 出力が、一段と高まる。

 そこへ、ビッグ・シードのビームと儀玄の術法が加われば……均衡は容易く崩れ、瞬く間にミアズマ・ビームは押し返された。

 

 「――たとえ焼き尽くされようとも!」

 『なにっ』

 

 だが、冒涜者は空中で無理やり身をひねり、複合光線をギリギリ掠めて回避した。

 そしてお返しと言わんばかりに、再びミアズマ・ビームを放とうとしたその時――

 

 『勝負だあ~~~っ』

 「なにっ」

 

 背後から声が聞こえた。

 波を裂き、水に乗る音。ここにいる皆が知っているスポーツ。

 それは――

 

 『きたあビッグ・ウェーブだあ!!』

 『何をやっているあのバカは』

 

 サーフィンだ。

 マネモブが、ミアズマ兵士の盾をサーフボード代わりに、ミアズマの波で波乗りしている。

 もはや衛非地区を巻き込む冒涜者に、マネモブが介入を決心したのだ。

 

 『テイク・オフ』

 「サーフィンのテイク・オフってそういう意味じゃないから!」

 

 マネモブがサーフボードを蹴り跳躍する。

 その先はもちろん冒涜者だ。あまりにも機敏な動きであったために、冒涜者は回避が間に合わず足を掴まれてしまった。

 

 『あざーす(ガシッ』

 「離せ!」

 

 冒涜者が振り払おうとするが、マネモブの鍛え上げられた握力はそう簡単に引き剥がせるものではない。

 そして何より、宙に浮かんだ状態でマネモブに掴まれた時点で、勝敗は決している。

 

 『象塊』

 「えっ」

 

 突如としてマネモブの体重が増加し、二人とも真っ逆さまに落ちる。

 だが、二人とも驚異的なエーテリアスである。その程度で死ぬことは無いだろう。

 しかし、だからこそマネモブの技術が光る。

 

 「な、何を……」

 『フフフフフ…本物の必殺技ってのを見せてやるよチャンピオン…』

 

 冒涜者の脚を腕で、左腕を脚でクラッチし、身動きができない状態にする。

 そして、右足を冒涜者の顎にかける。その構えは、まさに必殺技――

 

 『キャノンドライバー!!』

 「あ――」

 

 ド ゴ ボ ッ

 

 地面にクレーター状の亀裂が入る。

 象塊を使われた状態で、これほどまでに殺意の高い技を使われたのだ。

 そのダメージは本人以外に計り知れるものではないだろう。多大なダメージを追った影響か、周囲からミアズマが散っていく。

 そして、冒涜者さえも……

 

 『イゾルデ……』

 

 元に戻ったイゾルデの手甲から、紋章が消えていく。

 しかし、始まりの主の恩寵を失ったところで、罪も、人外と化した身体も戻るわけではない。

 イゾルデも、まるで戦意を失っていないようだ。

 

 地面に這いつくばる彼女へ、儀玄が術を向ける。

 それは、邪悪を祓う雲嶽山宗主としての務め。邪崇滅殺、それこそが義務なのだから。

 だが、ことここにおいては彼女より相応しい者がいる。

 

 『待て。ここからは……』

 「選手交代であります」

 

 オルペウスと鬼火。

 浅からぬ因縁……いや、この新エリー都で、最も縁のある者だろう。

 マネモブもそれを察したのかオルペウスの方へ歩み寄り、すれ違いざまにタッチした。これで選手交代である。

 

 『よう戦友!』

 「!」

 

 マネモブが言った。

 

 『その黒帯締めて』『灘神影流をつぶしてこいやっ』

 「……はい!」

 『激励は受け取ったぞ!』

 

 マネモブを背に、オルペウスは駆けだした。

 イゾルデと決着をつけるために。

 

 

 

 Now Loading......

 

 

 

 オルペウスと鬼火を前にしたイゾルデが立ち上がる。

 

 「かつて鬼火は、訓練で私に勝てたことがない」

 

 イゾルデの得物は、サーベルと拳銃の変則二刀流だ。

 使いこなすには技量のいる組み合わせだが……イゾルデはかつて、実力で隊長の座を勝ち取っている。

 基本的に訓練によって何でも使える彼女だが、この二つは彼女の最も得意とするものなのかもしれない。

 

 「今の君は……いや二人はどうかな? 成長していると願いたいが」

 『確かに私には才能がなかったかもしれないな。だがこの子はどうかな?』

 「が、頑張るであります!」

 

 イゾルデの、牽制の銃弾が放たれる。

 やはりそれはミアズマであり、始まりの主の影響かから逃れたとしても、彼女が人間というよりもミアズマに近いことを意味する。

 オルペウスはそれを避け、接近する。

 

 「甘いぞ!」

 『オルペウス!』

 「はい!」

 

 ミアズマをまとったサーベルがオルペウスを斬り裂かんと迫るが、彼女はそれをナイフで弾く。

 そしてすかさず、鬼火が熱線を放つ。イゾルデは何とか回避したのだが、熱というものは防げるものではない。

 

 「くっ! 流石に熱いな」

 『イゾルデ……』

 

 防衛軍所属の知能機械(鬼火は少し違うが)が殺す気で放ったビーム。その余波だけでも相当な物だろう。イゾルデはタフだった。

 あるいはミアズマの影響を受けているのだろうか。もしそうであれば、そうまでして復讐を果たしたかったのか。

 

 「どこを見ている!」

 「あうっ」

 

 ミアズマをまとった高速の剣撃。

 オルペウスも何とかナイフで迎撃するが、明らかに手数とリーチが違う。

 それに加え、イゾルデは容赦なく拳銃を放ってきた。

 

 『オルペウス!』

 「はい!」

 「なにっ」

 

 オルペウスがナイフを宙に置き去りにして強引に軌道を変える。

 重力に従い落下するナイフを再び咥えたのは鬼火である。だが、イゾルデにとってそうすることは読めていた。

 

 「だが――」

 『誰が私が相手だと言った!?』

 「なにっ」

 

 イゾルデを斬りつけつつさらに回転する。

 次はナイフなど使わず……拳だ。

 

 「しゃあっ」

 「はうっ」

 

 全身全霊を込めたボディブロー。

 ミアズマによってほとんど生身を失った彼女だが、これは“効いた”。

 痛覚や衝撃への耐性を失ったわけではないからだ。液体に近い性質のミアズマにとって、打撃の衝撃はよく効くのかもしれない。

 

 『イゾルデェーッ』

 

 怯んだイゾルデに熱線が放たれる。

 躊躇いから、急所を狙ったものではないそれは容赦なく放たれたが……

 

 「効いてない!?」

 『これはまさか!?』

 「フフフ……」

 

 イゾルデを赤黒いオーラが包み込む。

 ミアズマ・シールド……高い危険度を持つミアズマ製のエーテリアスが使う防護壁。

 デッドエンドブッチャー、マネモブなどのフィジカルモンスター達には全く好まれないが、ほとんどのエーテリアスにとっては強力な防御手段の一つだ。

 

 『まだそんな手が使えたのか!』

 「ほんの残滓に過ぎないがね!」

 

 物理法則を無視した人間とは思えない高速移動。

 ミアズマをまとう剣技、無数の銃弾。その脅威にさらされてもなお、彼女達は恐怖などしない。

 剣を弾き、弾を避け、隙を伺う。それを繰り返す内に、ミアズマのオーラが弱まっているのを感じる。

 

 『これはどうだ!』

 「くっ!?」

 

 ミアズマ・シールドはただ防御力を上げるだけだ。

 例えば道で(つまづ)いて転んだり、身動きの取れない状態から救ってくれるものではない(ミアズマを扱える時点で、そのような事態とは無縁のようなものではあるが)。

 だからこそ――

 

 「足癖の悪い……!」

 『これを教えてくれたのはお前だ!』

 

 鬼火がイゾルデの脚に噛みつき、引っ張る。

 やはりイゾルデの身体能力や体幹は非常に高く、わずかによろめかせることしかできなかったが、それでも十分だ。鬼火は一人ではないのだから。

 

 「しゃあっ」

 「ぐはっ」

 

 腹部への渾身のサッカーボール・キック。

 衝撃というものはやはりミアズマに浸透するのか、ミアズマ・シールドが粉々に砕け散った。

 

 「くっ……ふん!」

 「うっ……!」

 

 後退したイゾルデが弾丸を放つ。

 それはミアズマ製ではない純粋なものだったが、オルペウスの命を奪うのには十分。

 ここに及んで通常の弾丸が目の前を掠めたことで一瞬目を奪われるオルペウスだが、その隙を逃さずイゾルデが斬りかかる。

 

 『はぁっ!』

 

 しかし、すかさず鬼火が迎撃したことで事なきを得、オルペウスとイゾルデが鍔迫り合いに入った。

 ナイフとサーベルと言えど、オルペウスは両手なのに対しイゾルデは片手……凄まじい技術と膂力である。

 そんな中、イゾルデは二人に問う。

 

 「君達の覚悟、刃で証明して見せろ!」

 「――はあっ!」

 

 オルペウスが身をひるがえし、鬼火が前に出る。

 その勢いで剣を弾き返し、さらに銃まで抑えた。

 

 「しゃあっ」

 

 そこに、オルペウスのサマーソルト・キックが顔面に命中した。

 

 「う……フフ、成長したな」

 

 もはや体力も尽き、立っているのもやっとという状態。

 だというのに、イゾルデは嬉しそうだ。

 

 「はああああっ!」

 「う、くっ!」

 

 オルペウスは満身創痍のイゾルデへと駆け出す。

 イゾルデは咄嗟にサーベルを構えるが、オルペウスは剣を上に()()()()()ことで、その手から離すことに成功した。

 武器も体力も失ったイゾルデは、フラフラと転がるように倒れた。

 

 「もうやめましょう大佐。勝負はつきました」

 

 ナイフを鬼火へ収納する。

 もはや勝敗は決したのだ。

 

 「復讐しようが……吹っ切れようが……過去は戻ってこないんだ」

 

 よろめきながら立つイゾルデ。

 その顔には、過去への執着と仇への復讐心…そして何よりも哀しみがあった。

 

 『ああ、過去はもう戻らない』

 「だからこそ、前へ……進むのであります!」

 「――!」

 

 二人が抱いているのは、明日への希望。

 精神的にも、肉体的にもイゾルデが失って久しいものだ。

 

 『もう二度と……二度とだ』

 

 二人が抱いている思いは。

 

 『戦友を失うなんてご免だ!』

 「戦友を失うなんてご免です!」

 

 イゾルデに向けたものだ。

 彼女はまだ生きている。生きているからには、死なせたくない。

 それが何よりの想いだった。

 

 「大佐も、であります……」

 

 確かにイゾルデは悪事を働いたかもしれない。

 だが、それでも生きていてほしいのだ。

 

 「戦友だと……?」

 

 イゾルデの脳裏に浮かび上がるのは、死んでいった戦友達。

 天を仰ぐ。

 

 「もう大勢亡くした」

 

 もう二度と戻らない者達。

 胸の花へ触れる。

 

 「一人増えるくらいなんだ……?」

 

 今更増えたところで、墓参りの回数が増えるだけだ。

 手を下ろす。

 

 「その弱さは――命取りだ!」

 

 弱さ、優しさ、慈悲……それらに付け込まれた戦友がいくら死んだだろうか。

 懐から――隠し持っていた銃を取り出した。

 

 『やめろォ!』

 

 鬼火が制止する間もなく、弾丸が発射されオルペウスへ命中し――地面へ倒れ伏す。

 受けたのは額。もはや助からない急所中の急所。だが……

 

 『オルペウス!?』

 「……あ、ああ?」

 

 オルペウスの目に光が宿る。

 そして撃たれた箇所を確認すると――

 

 「ディニー!?」

 

 何の変哲もない硬貨だ。

 

 『イゾルデ!? これは――』

 

 それを見て焦ったのは、鬼火だ。

 もう、銃が見えた時点でイゾルデを刺してしまったのだから。

 後悔が頭をよぎる。玩具だったのか? 殺意は無かったのか? なぜこのようなことを。イゾルデは無事か。

 

 否、胸を、心臓を狙ったのだ。イゾルデは生きてはいないだろう。

 だからこそ――彼女達は驚愕した。

 

 「えっ」

 『な……なんだあっ』

 

 イゾルデに突き刺さり、致命傷を与えるはずのナイフは、小さな手によって止められていた。

 

 「こ、これは……!?」

 

 彼女すら、おもわずディニーガンを取り落とす事態だ。

 小さな手がナイフを投げ捨てる。すると、ズブズブと、イゾルデの身体から何かが這い出てくる。

 その正体とは――

 

 「やっと出られましたよ。めちゃくちゃ暑かったですよ復讐の炎で」

 「あ、あなたは光の司祭!?」

 

 イゾルデに吸収されたはずの、光の司祭だった。

 

 『どうなっているんだ』

 「いやあ、あなた方が彼女を弱らせてくれたおかげで私が出られるようになったんですよ」

 『ふうん』『そういうことか』

 

 いつの間にかやってきたのは、観戦していたメンバーである。

 

 「ああ、皆さん。ご迷惑をおかけしました」

 『まぁ小さな間違いは気にしないで』『どっちみちバカだってことですから』

 「……ハァ、全く。酷い言われようだよ。事実だから仕方ないが」

 

 白旗を上げているのはイゾルデだ。

 

 『イゾルデ……』

 「ああ、分かっている……私の完敗だ。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」

 

 そう言っているイゾルデの顔は、とても晴れやかなものだった。

 全ての憑き物は落ち、過去から脱却したような、そんな顔をしている。

 そこで、声を上げたのはリンだった。

 

 「あ、今お兄ちゃんから連絡が。街中にサクリファイスが出た件で、死者はゼロだって!」

 「えっ」

 「ほう、素晴らしいな」

 

 これでイゾルデの致命的な罪は消えた。

 

 「あ、私を誘拐した件は同一人物なんで……誘拐にはあたらないです」

 「えっ」

 

 吸収の件も消えた。

 

 『しかし俺を恨むの筋違いだぞ』『悪いのはスマイル・ジョーだ』

 「確かに。讃頌会を動かしたりサクリファイスを放ったのはメヴォラク司教の指示だもんね。イゾルデさんは何の関係もないや」

 「えっ」

 

 全ての罪は讃頌会とメヴォラクに被せられた。

 

 「お前さんも諦めろ。こいつらはお前さんを生かすためなら何でもするぞ」

 「……そうだな。死ぬには、まだ早いと言うのか」

 「生きて償え、ということでもあるさ」

 

 メヴォラクとして活動した分は、防衛軍として清算する。

 それがイゾルデに許された道だ。

 

 「そうまでして、戦友を死なせたくないと言うのか……」

 『そうまでして死んでほしくないんだよ!』

 「一緒に生きて、過ちを償うであります!」

 「鬼火、オルペウス……」

 

 戦友同士である彼女達を、ギャラリーは遠巻きに見ていた。

 

 「誰が何と言おうと、大団円だな」

 『美しい兄弟愛に感動しております』

 「お前さんは涙もろいな」

 『まあ事実だからしょうがないけど』

 「しかし、償いへの道は相当キツイものとなるだろうな」

 『俺たち三人が熹一を支える』『ある意味“最強”だ』

 「ほう、何か考えがあるのか」

 『…と思う』

 「そうか。せいぜい期待しておくさ。エーテリアスの専門家などお前さんを除いていない」

 『あざーす』

 

 マネモブにも何か考えがあるようだ。

 ともあれ、これで衛非地区の危機は救われた。

 終わりよければすべてよし。もう後は彼女の心持ち次第だ。

 

 「あ、言い忘れていましたけど今の私は光の司祭じゃなくて、彼女の復讐心とかも内包した光と闇の司祭です」

 「えっ」

 『なにっ』

 『な……なんだあっ』

 

 人格は完全に同一ですけど。

 属性が変わり、光の司祭改め光と闇の司祭とイゾルデが仲間になった!

 

 「しかし」

 『どうした?』

 「もう復讐をするつもりなはいが、奴らが何のお咎めもないと言うのもな……」

 

 奴らとは、ロレンツとルクローのことである。

 大怪我をしたロレンツはともかく、ルクローは権力や私財を使ってのうのうと生き延びるかもしれない。

 確かに、それはリラックスできないことだった。そこで声を上げたのはマネモブだった。

 

 『俺なんて手を使わずに金玉を自由に動かす芸を見せてやるよ』

 「え?」

 

 マネモブは、携帯電話を取り出した。

 ホロウなので留守電に入れているようだが、果たして――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お、終わりだ。黒枝に殺される……」

 

 ルクローはいくつかある自宅の自室で頭を抱えていた。

 この件について、黒枝の(ザオ)が介入しているという話はルクローの耳にも入っている。

 

 「も、もう逃げるしかない」

 

 持てるだけの私財を持って、どこか遠くへ逃げ出すしかない。

 幸い、彼は大企業のCEOらしく顔が広いし、顔を変える手段などいくらでもあるので逃亡自体は問題ない。

 持ち出した財産を元に、新たにビジネスを始めることもできる。

 

 「よし、早速準備を――え?」

 

 頭を上げ、準備に取り掛かろうとした時だった。

 今、自分の前にある机の上。そこに、何かがいた。

 

 「えっ……え?」

 

 音もなく、気配もなく、匂いすらなく。

 まるで最初からそこにいたように存在したのは、小さな黒子(くろこ)

 黒い頭巾と、黒い衣装で正体を隠していた。

 

 「な、何者――」

 

 ルクローがそう言うまえに、彼の顔の前に手がかざされた。

 

 「精髄破滅拳」

 「え――う あ あ あ あ」

 

 そして、流れ込んできたのは、地獄。

 エーテリアスに喰い殺され、瓦礫に押し潰され、侵蝕によって怪物へ変貌する。

 旧都陥落の日の地獄、ルクローとロレンツが仕組んだ私利私欲の結果が、彼に帰ってきた。

 

 「あ あ あ あ」

 「ルクロー様!? こ、これは……」

 

 絶叫を上げてうずくまるルクロー。

 部下が駆けこんできた時にはすでに、彼以外は存在しなかった。

 

 

 

 ――ところ変わって。

 路地裏から、小柄な人物がひょっこりと出てきた。

 それは、小さいことで有名なパールマンほどの身長の老人だった。流石に、体型は人間のものであったが。

 

 老人が向かったのは、とある道場。

 そこで門下生の一人に迎え入れられ、別室に通された。

 彼はそこで、ふぅ、と一息を吐いた。

 

 「しっかし、アイツもエゲツないこと考えよるわ。兵士を構成していたミアズマを抽出し、精髄破滅拳を通して記憶を追体験させるとは。こんな芸当ができるんは、腐ってもエーテリアスっちゅうことかい」

 

 懐から、特殊な素材できた袋に入れられた手袋を見る。

 それには、ミアズマが付着していた。

 

 「あのいけすかん社長もそうやが、少将の方も哀れやのォ。顔面崩壊させられた上で精髄破滅拳の追い打ち……まあ、ワシもハラワタ煮えくり返ってたんやが」

 

 彼も新エリー都の人。

 ルクローやロレンツの所業には、怒りの念しかない。

 しかし、その怒りはいくらか溜飲が下がっている。彼は携帯を取り出し、どこかへと電話をかけた。

 

 「おう、仕事は終わったわ。えぇ? 早いやと? ワシを誰やと思っとるんや」

 

 老人は、携帯に向かって言った。

 

 「ワシは灘・真・神影流の宮沢金時や。これがワシの爆弾や」

 

 新エリー都は、今日も平和だ。

 

 

 




御大団円だあっ



イゾルデが受けた啓示(予想)


私はキャプテン・始まりの主
この天啓を受けてる君は選ばれし者
5000万ディニー以上の価値のある何かしらを掴むチャンスを与えられた強き者
単刀直入に言おう
新エリー都のある宗教の司教になってほしい
名は讃頌会
完全カルトで“ミアズマ技術”を持つ宗教だ
もちろんめちゃくちゃやばい
しかもこの宗教には絶対守らなければならない条件がある
力を授かったからには始まりの主にとって都合が良くなければならない
反旗を翻したりは禁止
なぜなら万が一にも“目的”を傷つけてはならないからだ
何よりも“目的”が大事なんだ
ぶっちゃけ信仰心なんてどうでもいいんだ
“目的”さえ達成できればなぁ
さぁ腕に自信のある者は今すぐホロウへ行け
新エリー都民共を失神KOさせろ
急げっ
乗り遅れるな
5000万ディニー以上の価値がある何かしらを掴むんだ
“ホロウ・ラッシュ”だ



俺はキャプテン・始まりの主だあっ
まだ目的を達成してないなんてお前たちには失望したよ
5000万ディニー以上の何かしらを当たり前のことやってて手に入ると思うなよ
せめて命ぐらいかけてくれよ
そんな根性の欠片も無い君たちにいい知らせがある
“司教”という地位は剥奪された
信者狩りやサクリファイス狩りなど目的の妨害
爆破・毒物散布・罠…とにかくなんでもありだ
目的さえ無傷なら手段は選ばない
ただし始まりの主について話す時は必ず一報を入れる必要はない
知られたらやばい記憶は消しておくからな
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