法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『スプリガン』

 超古代文明の遺産を守る世界的な組織アーカム。その構成員スプリガンとして戦う少年、御神苗優が、ひさしぶりに登校した。するとクラスメイトが警告のために爆殺されてしまう。アーカム日本支部によると、他にも警告目的の殺害が複数おこなわれているという。
 制止の指示をふりきるように、御神苗はアララト山で最近に発見されたノアの方舟の遺跡へ向かう。少し前に発見されて発掘作業がおこなわれているそこでは、米国の最新技術で心身を改造した敵が待ちうけていた……


 1998年に公開された日本のアニメ映画。制作会社STUDIO4℃大友克洋総監修で同名少年漫画の1エピソードを映像化した。ただし監督は川崎博嗣で、単独絵コンテと共同脚本を担当している。

 公開当時に原作ファンの知人が、ジャンという途中で登場するスプリガンが獣人化しないため全否定していたことを記憶している。しかし長めのエンディングもあわせて一時間半しかないので、登場するだけで御の字だろう。
 むしろ問題は、それでも本筋に関係ないくだりが多すぎて、何度となく見ても細部の印象が残らないこと。今回の試聴でも最後の恐竜復活すら記憶になかった。かといって本筋が特に面白いわけでもなく、何度見ても楽しいのは本筋に関係のない市街地の追跡劇だったりするが。
 特に良くないのが中盤の因縁の敵と終盤の幼い少年の倒し方で、ずっと手をこまねいていたのに主人公がキレた途端に力押しで倒せてしまう。手近な兵器を利用する前者はともかく、後者は予告の流れそのままに一撃で終わってしまう。これは原作に由来する難点だが、倒せなかった強敵を倒せるようになる漫画なりの理屈が存在しない。市街地の追跡劇が良かったのは、地形を利用して敵の攻撃をかわす工夫が映像で表現できているためでもある。
 ただ、敵の幼い少年の愚かな哀れさは『AKIRA』のように子役を起用した声質が印象的でありつつ設定は平凡と思っていたが、ひさしぶりに見返すと堂々とした漫画っぽい造形が逆に良い*1。批判を恐れずにいえば、この敵の少年は、性別を女性にするだけで凄まじい人気ヒロイン化しそうな気がする。いや、現時点でも同じように幼少期から人間兵器にされた主人公とのブロマンスが暗示されているという解釈は可能かもしれない。


 映像作品としても意外と良くない。『AKIRA』の流れで人種まで意識したリアルなキャラクターデザインで作画枚数をつかったアクションを展開する大作アニメのようで、細部の作りこみが甘い。
 たとえば冒頭での遠景と近景の雲の移動速度が変わらないとSF作家の山本弘が指摘していた記憶があるが、そこに限らず全体的にブックの引き速度や方向がおかしくて、トルコに到着する直前の飛行シーンもまったく空間が感じられない。背景動画と組みあわせたカットのレイアウトはどれもきちんとしているのに。
 かわりに凄みを感じたのが車両や路面電車などの作画の異常なまでの精緻さ。リアル系作画に移行していた時期の山下将仁がメカニック作画監督を単独でつとめており、その実力が味わえる。もちろん原画にも吉田徹など凄腕メカアニメーターがそろっている。

*1:どこにも公開していないが、片目が赤いオッドアイ設定や薬物注入描写は、無意識に影響されて自作小説のヒロイン設定に反映されたのかもしれないな、と思った。