私生活が落ち着いたので初投稿です。
『ホロウの根絶』
かつては絵空事とされていた、誰もが一度は望んだ人類の哀しき夢を「狂竜ウイルス」という形で可能性を示した彼女。
もはや共生するしかないと諦めていた者達に、ホロウが無かった
ゴア・マガラという彼女は猛毒だった。
ホロウを世界に蔓延る癌と定め、ホロウを根治するために世界が産んだ白血球、自浄作用、ひいては世界の意志なのだと豪語する者が、特にぶっ飛んだ思考の持ち主が生まれやすいホワイトスター学会に現れるほどだ。
ちなみにこれは件の不祥事に続く学会の頭痛の種でもあり、多少表現が過剰というだけで否定する材料がほぼ全くない上に、どうしたものかその思考に賛同する者が増えつつある。今でこそ大きい部活動、小さいファンクラブ程度だが、もしかしたら宗教とか出来上がるんじゃないかと胃薬を嚥下するくらいの勢いである。
ホロウが原因で何かを失った者ほど、失った物が大きい者ほど、ゴア・マガラを英雄視するのだろう。
ゴア・マガラとは毒である。
ホロウにとっての毒であり、
エーテリアスにとっての毒であり、
世界にとっての薬である。
しかし残念な事ながら、人類社会にとっても毒である。
人類の社会は既にホロウと共生し、その危険性を容認した上で管理し、ホロウから採取されるエーテルという資源を必要不可欠な社会燃料としている。
これをいきなりに全て根絶しようというのは、例えるなら人体にいくつも出来た腫瘍を良性悪性問わず乱暴に引っこ抜くようなものだ。血管も神経もボロボロになって立ち行かなくなるだろう。
かつて旧都陥落という形で大怪我を負った社会は、エーテルという輸血なしにはもう生きていけないのだ。
だがそのエーテルを採取するにも常に危険が伴う。
ホロウもまた、いつ何時に旧都陥落を再演するか分からない時限爆弾。ホロウの危険なしにエーテルだけ採取出来ればと何度望んだことか。
世界の癌たるホロウは何とかしたい。
けれどエーテル無しでは生きていけない。
この板挟みにあって、新エリー都を運営する両者。
『新エリー都市政』と『TOPS財政ユニオン』は初めて、ごく対等な立場で協議を行った。
そう初めて、初めて。
犬猿の仲である両者が落とし所を定めたのである。
▽
「つまり要約すると?」
「"ホロウの要る要らないを選定して、要らないのは消しちゃって。要るのは規模の管理をしよう"ってなった」
「ラマニアンホロウは?」
「輝磁の原産地だろ、要る方」
「じゃ俺らが今いるのは」
「「要らない方」」
陽気に口を揃える2人の軍人、防衛軍に属する彼らが歩いていたのはホロウ。
かつてのホロウ災害によって投棄された、
人と平和が在った道を、今や軍靴が踏みしめていく。
その筆舌に尽くし難いものを──
「それでねそれでね! ボスがナギねぇに言ったの、"柳、私は今空を飛ぶ為の修行を考える修行で手が空いていない。この後の課長級報告会には、出なくてもよいだろう"って!」
「うん、うん」
……エーテル災害によって奪われた人々の暮らし、その地に踏み入れるだけで重厚な装備を身につけなければならないこの世の不条理を感じる、軍靴という──
「そしたらね、ナギねぇがボスを引き摺って持って行っちゃったの! ボスもあ〜れ〜って感じだったし、机叩いて笑ってたマサマサも持って行っちゃったの!」
「そうか、そうか」
「だから今日は蒼角とマーちゃんの2人だけなんだ!」
「ふふ、楽しいな」
…………。
「お嬢ちゃん、諦めな」
先頭を進んでいた防衛軍2人のうち、片方が私の方にやってきてそんなことを言う。
(ちくしょう! 子供が無邪気すぎる!! )
さっきまで書きかけていた自分なりの文章に取り消し線をひいて、前を見る。
行軍しながらだというのに、回ったり飛び跳ねたりで忙しない青肌の少女、対ホロウ六課から『蒼角』。
その隣、孫の話を聞いてるお爺ちゃんみたいな表情で蒼角の話を聞いている…所属の曖昧な『ゴア・マガラ』。
その前方、いま私の隣から戻っていって、先頭を進む防衛軍の2人、名前は……後で書けばいいや。
そして最後、キャロットとにらめっこしながら報告書も書かなくちゃいけない、ホワイトスター学会から最後尾を歩く『私』。
そう、私達は今たった5人で進んでいるのだ。
それも所属がバラバラで連携のれの字もない、私に至っては顔も知らないバカがやらかしたせいで肩身の狭い思いをしている、こんな人数で。
正直どうかしている。
こんな少人数でホロウを歩くなんて自殺行為もいいところだ、まるでホロウレイダーみたいじゃない。エーテリアスが今にも襲ってきそうなのに、戦えそうなのが防衛軍2人だけ。あとは子供だけ、あの六課の所属とは言っても子供なのよ? 私なんか戦えもしないのに!
だいたい私は研究職なのよ!? なんでこんな現地に赴いてホロウの案内なんかしなくちゃいけないのよ……。上層部の方から"誠実な仕事ぶりで信頼回復に務めるように"とか言われて、挙句知らない人から"何でもいいから情報抜いてこい"とか言われて散々だし! 何が公平と誠実を期するための人員選出よ! 表向きだけじゃない!
……でも子供2人が耐侵食装備もなしに目の前を歩いているのを見ると、自分が虚しく思えるわ。ガチガチに装備を密閉してきた私に比べて、この子達は落ち着くどころか談笑してるし……はぁ。
ていうか右に見える黒いドラゴンっ娘って、やっぱり噂の娘よね? 人をおかしくする粉を撒く、エーテルを消せる唯一の子。この作戦の要。翼につけてる装備で鱗粉…の拡散を防いでるのかしら。
デカい黒い装甲で覆ってるって話だったけど、改良したのかしら。まぁ聞くだけで重そうだものね……
……って、あれエーテル剤!? 翼のラインに沿うように張り巡らされてるチューブに満たされてるの、全部!? それを腰の
じゃあつまり、彼女の鱗粉って大気中のエーテルと打ち消し合うんじゃなくて、
「…………なに」
「……っ! いえ、なにもっ」
「…そう」
「マーちゃん? どしたの?」
「何でもないぞ、蒼角」
びっっくりした、視線に気づかれてた。何よ感じ悪いわね! 隣の子と話してる時とは別人じゃない!
…自分を誘拐した奴と同類だと思われてるのかしら、あーもうホント! やらかした奴のせいで情報規制かけられてるのがむず痒いわ! あの装備の設計思想は!? 特定条件下での鱗粉拡散範囲は!? 鱗粉を媒介にして外界を知るというけれど、鱗粉ひとつの認識能力は!? 鱗粉に暴露した生物が究極的に最期どうなるの!?
あれもこれも調べたいわ!!
「おい、着いたぞ」
「っ! びっくりさせないでよ!」
「わ、悪い」
短いうちに2度も心臓が跳ねた。
もう、何個心臓があっても足りないわ、そこらじゅうホラー映画みたいに薄気味悪いんだもの。
……はぁ、でも考え事に耽りすぎたわ、一応は職務を全うしないと。クビにされたらおしまいだもの。
不必要な詮索や所属の領分を超えた行為は禁止。これがこの任務、『ホロウの消滅実験第二号』に学会が人員を派遣するにあたって課された条件。
大人しく書記に務めなきゃなのよね、はぁ。
「このデータスタンドで30秒休憩しよう」
そうね、書き始めは──
たどり着いたのは当ホロウ7番目のデータスタンド。
私達はおよそホロウの中心に近づいてきた。
先導の彼に従って、私達は歩みを止める。
先導の2人は携帯する火器のトリガーガードに指を添えたまま、折れて倒れふした電柱に腰掛ける。
そこから2mほど距離をあけて、蒼角とゴア・マガラの2人はコンクリートの地面にそのまま座った。蒼角は丁寧にスカートの裾を抑えながら足を畳むのに対し、ゴア・マガラは粗雑にも片膝を立てて胡座をかいている。
蒼角と似たような服装であるのに、羞恥心というものが全く無いようである。
その後2人は互いに持ち込んだ菓子を交換し、蒼角はグミを、ゴア・マガラは飴を食し始めた。
短い時間ではあるが、長時間の滞在が出来ないホロウの中では30秒でも贅沢な休憩。各自が思い思いに肩の力を抜いている。
しかしやはり、ゴア・マガラからは目を離せない。
私が参加しているこの任務の目的は、かつてウルカヌス区とヤヌス区の境目で発生し今日まで存在し続けたホロウを消滅させること。そして私の役目はナビゲート。
しかし任務の実際は効率的にホロウに鱗粉を満たせる位置、つまりホロウの中心までゴア・マガラを護送するだけで、あとは何もしない。
ホロウの規模縮小に伴って出現が予測される
しかし我々が知りたい事はそこにはない。
エーテルを消滅せしめる特性は良くも悪くも波紋を呼ぶだろう。英雄視する声も危険視する声も今に聞こえてくる。仮にもかつて生活圏であったウルカヌスとヤヌス区をホロウから解放すれば、そしてそれを一般に公開すれば、世論は彼女を良い物として受け入れるだろう。
反対に、産業面から見れば悪魔でしかない彼女を排除しようとする動きも起こるだろう。
そんな事は勝手にやっていればいい。
今に我々が知りたいのはゴア・マガラと黒蝕竜の関係性、その一点のみだ。
防衛軍がエーテル量計機を大量に買い込んでいるという噂が立つ、あの黒蝕竜は姿を消して久しい。
その黒蝕竜と外見からも共通点の多いゴア・マガラに更なる共通点が見つかれば、"
そうすれば人類は鱗粉──狂竜ウイルスに伴う叡智を手に入れ、鱗粉を人工的に作り出せるようになるかもしれない。人体に適応すれば人類は副次的に空を飛べるようになり、生身でもホロウ活動ができる、全人類が種として更なる進化をすることが出来るかもしれない。
その先にあるのは、理想郷だ。
「ねぇねぇ、お菓子食べる?」
「……は?」
蒼角が目の前まで来ていた。
……いけないわ、記録に熱中して周りが見れてなかった。それで、えっと、お菓子??
「さっきからずぅっとムズカシー顔で端末ポチポチしてたから。ずっとムズカシー顔してると疲れちゃうんだよ? だから、はい! 蒼角のおやつ分けたげる!」
「あ、あぁ……ありがとう……?」
「えへへ、どーいたしまして!」
あっという間に走り去っていく蒼角。
手のひらには包装紙に包まれた飴玉がひとつ。
2つを困惑混じりに見やると、気付けば残りのメンバーは再出発に備えて集まりつつあるところ。
もう時間みたいね。
次はすぐ目的地だから、続きを記録できる頃にはホロウの空にお別れしてる頃かしら。
……? 気の所為かしら、サバ缶の匂い……?
きっと疲れてるのね、ありがたく飴ちゃん頂くわ。
目的地には、その後何事もなく到着した。
本当に何も無く、物音一つもエーテリアス1体さえも現れないまま、まるで始終平和な散歩だったかのように、もうすぐ任務が終わる。
防衛軍の彼らはその様子を気味悪がっていたが、任務の遂行を優先し、準備に取り掛かり始めた。
目的地、つまりホロウのおよそ中心点。
そこはとても開けた場所だった。
例えるなら、まるで何か大きな存在の寝床…倒壊したビルやひしゃげた自動車の山・瓦礫の山が、一定の円の外側に払い除けられたように均されている。
そうして中央に露出したコンクリートや土は尚のこと均一に踏み均されていて、主の巨大さを語っている。
仮にここが何かの寝床なのだとすれば、その主の体長は20mをゆうに超えるであろう、その大きさ。
「……なに、これ」
見れば見るほどに歪。
一時は巨大なエーテリアスの縄張りか何かかと思った。しかしエーテリアスは一定のエリアを徘徊して縄張りとすることはあれど、定住の地を定めるどころか、地形の形を変えて場所を作るなど聞いたことがない。
そんなの、まるで動物じゃない。
──まって、動物?
「見ろ、学者さんが何かやってるぜ」
「放っとけ。あと1分で組み立て終わる、それまで好きにさせてればいいさ」
防衛軍の彼らの声が聞こえるけれど、気にしない。
私はただ一心に、地面に積もった堆積物。風で運ばれてきた砂利や砂を払っていく。
もしかしてと思ったところに、それはあった。
「やっぱりあった……
深く刻まれた4本と、少し離れたところに浅い1本。
これまで幾度にも渡る黒蝕竜出現と、それに伴う六課を筆頭としたやり取りの中で、鱗粉を始めとした様々な黒蝕竜の痕跡が集められた。
ゴア・マガラに関わるものはともかくとして、黒蝕竜に関する情報の共有は防衛軍・H.A.N.D.・そして学会にも同レベルで共有されている。
その中には足跡も含まれていた。
堆積物や爪痕の状態から見て10年以上は経過しているが、間違いない。黒蝕竜の痕跡そのものだった。
(あぁ、なんてこと……!)
胸の奥がワクワクして止まらないわ!
今まで学会の誰も、私を見下しているアイツらでさえ黒蝕竜の生態に関わる事は何も見つけられていない。それを私が、今! アハハ!! 本当に最高だわ!!
「アッハハハ!!」
「大丈夫かあいつ」
「ほっとけ、手ぇ止めんなコラ」
探す、探す。
出てくる出てくる痕跡の山!
黒蝕竜が暴れた場所に残されていた、鱗が擦れた時にできる特徴的な模様! 最初に見つけた右手前脚以外にも4足分の足跡がそこかしこに!
間違いなくここは黒蝕竜の寝床! 黒蝕竜は居住地を作る性質を持っている!!
私が、他の誰でもない! この私が!!
あはは! アハハハハ!! アハハハハハハハ、は?
「なにかしら……?」
見つけたのは、穴。
その穴は、寝床のちょうど中央に居なければ見えないように、意図的に中央以外からの視界を遮るように隠された場所にあった。
近づいてみれば、かなり大きい。
ボウリング…だったろうか、明らかに人工的に掘られたマンホール10枚分ほどの穴が、数十m下まで続いている。中は薄暗く、下までは到底見通せない。
しかしそれよりも気になったのは、その場の痕跡だけが妙に新しい事だった。痕跡自体もそれまでの物とは全く違う、強い熱をもった糸に溶断されたような鉄骨や電柱の切れ端がそこかしこに転がっている。
「何よこれ……」
明らかに人の手で溶断されている。
しかしもっと奇妙なことに、切られた後の瓦礫を観察してみると、全てが同様に半分だけに堆積物があった。
そして一部綺麗に堆積物のない跡があったりすると、ほかの瓦礫の形がピッタリ合う。今ではバラバラに切られて散らばっているが、元あった形を想像すると、瓦礫達は穴の上に折り重ねられていたらしいことが分かった。
まるで蓋をするみたいに。
「気になるわね…!」
溶断痕については考えても仕方がない。ホロウレイダーの仕業と言われてしまえばそれまでだ。
しかしこの穴に蓋がされたのは間違いなく過去、それも堆積物の状態の一致から見て寝床が作られたのとほぼ同時期、つまり10年以上前。
手元の端末で、手がかりを探す。
過去から積み重ねられてきた情報の中から、このホロウと年代に絞って情報を探す。思った通りに10年以上前となると災害直後の情報ばかりで正確な情報は少ない。
けれどふと、目に留まるものがあった。
ホロウ災害救助出動における『黒竜』接触報告
これだ。
確信だった。
およその年代、位置、さらには黒蝕竜というキーワードも一致する。間違いなくこれだ。
この場所は正式な記録で初めて黒蝕竜が確認された場所であり、あのアストラが幼い日に救助された場所そのものだったのだ。
頭の中でピースがハマる瞬間ほど快楽を感じるものはない。これに代えられるものなどありはしない、分泌された脳内麻薬がさらに思考を飛躍的に加速させて──
「あれ?」
彼女に1つの見落としを気付かせた。
「……ちょっと待って」
……背中に鳥肌が立つのが分かった
黒蝕竜はこれまで回遊魚のように神出鬼没を繰り返してきた。その度に防衛軍やH.A.N.D.が対応して、後処理的に痕跡集めに勤しんだ。
毎度の如く成果がなかったせいで記録には残っていないけれど、黒蝕竜の出現が認められた零号ホロウを除いた全てのホロウ全領域を可能な限り捜索して、黒蝕竜の住処なんかを見つけようとした。
でも誰も見つけられなかった。だから黒蝕竜は定住をしない生き物だと分類された。だから私が今こうして寝床を見つけて、だから興奮して舞い上がっていた。
でもこれは、本当に寝床なの?
均された土地は、確かに寝床に見える形をしている。
けれど見つけられた爪痕は一点に集中していた。黒蝕竜の体躯が大きいせいで見誤りかけたけれど、ここにいた黒蝕竜は
動物が寝床にしていたと言うにはあまりにも痕跡が一点に集中しすぎている。それに爪痕や、身動ぎした時に付いたと思しき鱗痕も数が少なすぎる。片手で数えられる程しかここにない。
でも何故?
今でこそ姿をくらませているけれど、黒蝕竜の動きはとても活発で、定住をしないのだと推察されるほどに昼夜を問わず出没していたあのドラゴンが、この場所に居着いた理由はなに?
最初の黒蝕竜接触記録を見る限り、そしてその時が災害発生直後だったことを踏まえると、当時この場所は今のような姿はしていなかったはず。
つまりこの場所が今に見える寝床のように改築されたのは最初の接触記録よりも後の事で、この場に残された痕跡がほぼ同年代に古い事を踏まえると、黒蝕竜がここに居たのは……1年くらいかしら。
1年もずっと、動かずにいた理由──っ!
「まるで蓋をする、みたいに……」
思考が止まることなく、進み続ける。
もし、もしも、私の考えている通りに、あの穴こそが黒蝕竜をここに留めた理由なのだとしたら。
記録に名前が出た彼女を、今の歌姫を、当時何もせず解放したのは間違いだった。
思い込みかもしれない、考えすぎかもしれない、けれどもし本当に私の考えている通りなら、彼女を
「そこまで」
いきが、できない。
「お前は賢いから身の程を弁えると思っていた」
うしろから、こえがする
「蒼角にも"ありがとう"が言えたお前の事だから、多少は放っておくつもりだった」
ふりむけない、こわい
「私の嫌いな
くびに
なにか、
これ
て……?
「だがその思考は傲慢だ。あの
くび、しめられ、て
「噛み殺すぞ、人間」
目が覚めた時には、全てが終わっていた。
かつてウルカヌス区とヤヌス区を飲み込んだホロウはゴア・マガラによって消失し、私が目覚めて最初に見たのは青空だった。
防衛軍の彼らに呼ばれて起き上がると、前にはエーテルタンクが壁のように並んでいた。とうに空になっていたけれど、それはゴア・マガラがホロウを消滅させる際に放出する鱗粉に、同行する私達が曝露しないための、エーテルを局所的に放出することでエーテルの壁を作り出すためのものだった。
そしてその向こう、開けた大地の中心に彼女はいた。振り返って、私を見ていた。
ゆったりと弧を描く聖母のような微笑みを浮かべて、閉じきった瞼の奥で、間違いなく私だけを見据えていた。
いわく、彼女──ゴア・マガラの戦闘能力が非公開とされているのは、ただ非公開な訳ではなく、そもそも戦闘に利用するつもりがないのだろうと、上司が私に語ったことがあった。
人道的な配慮でそうするのではなく、反抗の武器を覚えさせないためにそうしているのだろうと。
純真無垢だと評される彼女を、純真無垢なままに飼い殺しにして利用しやすくするために、庇護という首輪をかけているのだと。
それは違う。
断じて違う。
あれは化け物だ。
自ら望んで首輪をしているだけの、人の手には収まらない怪物以外の何者でもない。
私は学会に戻って、無能だと揶揄された。
それはそうだろう、私が提出した報告書は極めて平凡で、全く当たり障りのない文章ばかりだったのだから。
黒蝕竜のこの字も、そこにありはしない。
私は家に帰って、あの時粗相をしたままだった服を脱ぎ捨てて、学会のメンバーであることを公に証明する全てと共に、あの記録に火をつけた。
今の私は丸裸だ。
何も無い。
何もしないと降参して、命を乞うて、尚も鳥肌が収まらない。目の前の火にあたって尚もこびりついた恐怖が拭えない。
私は選択を間違えた。
分不相応にも、人を超えたアレの不興を買ってしまった。よりにも寄って逆鱗にも近いそれを。
今でもまだ、首に当てられた冷たい感触が残っている。痕だって何も残っていないのに、そこにあった死が残り続けている。
まるで、私をいつでも見ていると言うように。
▽
『もしもしプロキシ? えぇ私よ、例のドラゴンガールは見つけたわ、妹ちゃんにも伝えてあげて』
『……えぇ、えぇ、そっちの妖精が言い当てた通りだったわ、今は公的機関と仲良くしてるみたいね。防衛軍とH.A.N.D.と学会の混成部隊なんて、夢でも見てるのかと思ったわ』
『私達? まぁ無事よ、ヤバげな……鱗粉だっけ? その波に飲まれそうにはなったけど、防衛軍連中が使ってたエーテル壁の陰にこっそり隠れさせてもらったわ、1回猫又のバカが鯖缶開けてバレかけた時は焦ったけど』
『…うん、そう。かなり厄介な立ち位置にいるみたい、パンピーでも近付けないでしょうね。私達みたいな日陰者は尚更、それよりインターノットみた?』
『全く話題性かっさらわれたわ、パールマンの不祥事よりも圧倒的。もうすぐ裁判だってのに立つ瀬ないわよ』
『ほんと、凄いことになってるわよ』
"救世主!? ホロウを消し去る竜姫!! "
"既に一般の場での会見と、異例も異例の市政とTOPSが連名で出席を表明するパーティーに同席するとの情報が確定とされており、──"
"噂では救世主が解放した地区にかつて住んでいた、あのアストラ・ヤオもパーティーに招待されていると──"
ディ二ーにがめつい彼女の携帯にはそんな見出しと、止まるところを知らぬ閲覧数の山が表示されていた。
:ゴア・マガラのひみつ。
天気が悪いと不機嫌になる。
嵐だと尚更。中指を立てるレベル。
嵐のそれが大嫌い。