黒蝕竜現る   作:ヒゲホモ男爵

9 / 12
寝て起きては仕事のバスケコンボくらってました。
一日が短すぎる。
今話シリアス多め?です、どこかではっちゃけたい。早く海までいきたい。


ホロウデッドナイト

 

 ゴアの朝は早い。

 

 早朝3時。太陽のたの字も上がらない時間に目を覚まし、体を猫のように伸ばしてほぐす。

 これは記憶に染み付いたもの。こうして早い時間から動けるようにしておけば、食べ物(獲物)が起き始めた頃合から狩りができる。野生としてのルーティンである。

 

 ……が、最近はそれが薄れ気味になりつつある。

 

 

『おはようございますゴア・マガラさん、朝の支度を一通りお送りしますので、着替えまでお願いします』

 

 

 ガシャリ。という音と共に壁から飛び出す四角、その中に収められているのはシワのひとつも無い六課制服。

 ゴアがベッドの上で伸びを終えるやいなや部屋の隅々から聞こえてくる人の声。男だったり女だったりする声が、毎日決まった時間の決まったタイミングで行動を促してくるのだ。

 朝の支度という形で規則的な、文化的な人の枠に収められようとするような、首輪をされているような感触がして、ゴアからするとあまり良い気分ではない。

 

 しかしこの生活に入る当初、人は誰でもこうしていると教えられて、不満という不満も収まった。

 人になりたい訳ではないが、人を知りたい。

 自分を取り囲む人間を通して、過去を共に過した人を理解する。それがゴアの目的だからだ。

 

 

 話は戻って。ゴアの住まう空間は一般の家屋とは大きく異なる。白の机と椅子・ベッドといった最低限の家具が置かれた部屋は四方全てが灰色く塗りつぶされており、真白い家具は浮いて見える。

 天井四隅にはカメラがぶら下がっていて、四六時中レンズがそのゴアを追いかける、映像は1秒の遅延をもって該当職務についたH.A.N.D.職員のPCへ届けられる。

 建造物としてはシンプルにエーテル合金製の豆腐。デザイン性をかなぐり捨てた堅牢な箱。1μmの鱗粉漏出も許さない分厚い壁と五重の輝磁製シートによって空間ごと隔離された施設。

 

 特別固有名称こそないものの、万一の鱗粉漏出や拡散を危惧して地下に埋め込まれた黒い箱、その外見から安易に『ブラックボックス』と呼び出した職員が居た。

 当初こそあだ名のように安直に名付けられたそれが、ゴア・マガラを事実的に占有できれば実質的にエーテル社会の生殺与奪を握れると水面下で派閥と利権の争いが行われているという噂があって、全貌を知るのはTOPSと治安局/H.A.N.D.の上層部・六課を筆頭としたごく一部の職員だけという秘匿性も相まって、今や文字通りのブラックボックスと化している。

 

 そんな箱の中で、竜の子は今日も目を覚ます。

 しかし今日は特別気分が良い。だって何故なら、修繕を終えたドレスが帰ってくる日だからだ。

 

「〜♪ 〜〜♪」

 

 普段なら面倒に感じる着替えという行為も、今日は全く不快に思わない。その後に耐侵食装備に身をしっかり包んだ1人が来て、自分の翼と尻尾に蓋をしても、全く気にしない。今日は何でも許せるくらいだ。

 部屋から外に出ようと分厚い扉を何枚もくぐる度、体に残った鱗粉を除去するとかで強い風が四方から当てられても、今日は気にしない。

 そうして5分が経ってようやく部屋から出た先で、嗅ぎ慣れた匂いがしたのだからゴアはそれに飛びついた。

 

「柳っ! 柳! 私の服はどこだ?」

「ふふっ、ドレスなら夕方にはお届けできますよ」

「夕方? それはどれくらい先だ? すぐなのか?」

「今日の予定が終わったら、すぐですよ」

「わかった!」

 

 扉の先で待っていたのは、六課副課長の月城柳。

 ブラックボックスから地上までの付き添いであり監督者、というよりも保護者である。

 そんな2人を遠巻きに眺めながら、とある職員がため息をこぼす。

 

「…なぁ聞いたか? ここに居る全員、今日は外勤で郊外のホロウに遠征だってよ」

「聞いた聞いた、昨日急に決まったんだって? お偉いさん方は現場の負担も考えないでさぁ……」

 

 耐侵食装備のヘルメットでくぐもった、小さな声の会話。ゆうに20mは離れていたけれど、ゴアの耳にはハッキリとそれが聞こえた。

 直に自分に向けられたものではないが、言葉にのった負の感情が幾ばくかが自分にも向けられている。言葉の通り"お偉いさん"に向けているようであって、理由の一端が自分にもあるような。

 そんな声が聞こえて、そういったものを向けられる事に慣れていないゴアは少し調子が下がった。

 

「……柳、はやくいこ」

「…? えぇ」

 

 柳にはそれが聞こえていない事を確かめて、ゴアは柳の手を引いて、地上直通のエレベーターに2人きりで乗り込んだ。

 ブラックボックスから扉を抜けた先、柳がゴアを迎えた場所、およそ管制室と呼べる場所にはゴアの鱗粉を解析するための十数の機器と、それに付随する形で20余名の職員が居た。

 そのほぼ全員から、およそ2日が経って向けられ始めた良くない感情を、竜たる部分が感じ取っていたのだ。

 

 ごうんごうんと揺れながら上がっていく籠の中で、ゴアは柳に問いかける。

 私は嫌われてるの? と。

 

 ダイヤル式の階数表示がゆっくりと『-30』から『-29』へ切り替わる間の約10秒、柳は答えなかった。

 その表情は暗く重く、唇を僅かばかり開いて、何度も逡巡した後にようやく柳はゴアの顔を見た。

 人とは異なる、縦長の瞳孔を。

 

「否定は、しません」

 

 その小さな肩を、包むように抱き寄せて。

 

「事実として、ゴアさんには既に多額の設備投資が行われています。TOPSと防衛軍、そしてH.A.N.D.が足並みを揃えるという異例の事態が起こっている程です。多くの人と物が貴女の為に動き、貴女の鱗粉がホロウそのものに終止符を打ってくれると信じています。……ですが現場で働く職員に負担が集中している事も、事実です」

 

 なだめ、諭すようにぽつぽつと語る。

 その肩に載せるにはあまりにも大きい、期待という重荷を背負わせてしまっている事を贖罪するように。

 

「彼らの不満は、この数日で消費された資源に見合う成果を願っているだけなんです。ですからどうか、彼らを悪く思わないであげてください」

「……わかった」

 

 柳は、ゴア・マガラという個人を外的要素を抜きにして、純真無垢であると思っていた。

 受け答えは素直で、快活で、嘘というものを知らず、人の社会のあまねく全てを星のように輝いた瞳で見る彼女は、けれど人の吐き出す良くないものとは無縁で。

 まさしく人の世界の外側からやってきた、妖精のようだとさえ感じていた。

 

 その彼女が、人を知ろうとしている。

 だから人の良くない面などはもっと先に、噛み砕いて少しずつ理解していってもらうつもりだった。

 いかに六課が武力を持っていようと、権威を持っていようと、心無い言葉が向けられないということではない。むしろ持っているからこそ、非情な言葉は容易く向けられる。

 彼女は、もうそれに晒されてしまった。おそらく今後はもっと機会は増えるだろう。成果のない期間が長引くほどに。

 

 だから今日の実験こそが、彼女を守る成果を生み出す重要な機会なのだ。

 彼女の未来がせめて健やかなものであれるように、彼女に結果という護りを与えるために。

 柳は拳を固く握った。

 

 

 ▽

 

 

「エーテル濃度、計測基準値+-5%を偏移」

「鱗粉、狂竜ウイルスの漏出、認められず」

「外気温26℃、湿度53%、南西に微風」

「計器チェックオールグリーン」

「配置人員の再チェックを行え、仮設基地外部の者には装備の密閉性を再確認させろ」

「対象の脳波監視に異常なし、呼吸心拍ともに安定」

「つーか寝てないか? そういうふうに見える」

「見えるだけよちゃんと起きてるわ、あっそこ踏まないでよ配線通ってるんだから!」

「テープで分かりやすくしとけ!」

 

 

 声が聞こえる。

 たくさんの声と、足音。

 いつもよりはずっと遠い場所から、いつもよりずっと多い人間の気配が、私を見ている。

 

 

 人は変なものだと、やっぱり思う。

 

 柳から、自分を指す言葉を教えてもらった。

 私と言うのは変な感じがしたけど、俺とか言うのはもっと落ち着かなかった。悠真をまねて僕もいいかもしれない。でも今の自分はメスらしいから、私にした。

 リンも私と言っていたし、これでおそろい。

 

 こんなふうに個体が主を表現する呼び名があるのに、人は変なものだ。時折に個体と群体が混ざるというか、群をもって個となして、個をもって群をなすような、アプトノスのような性質がある。

 あぁ思えばアプトノスも懐かしい。

 アプトノスという名前をあきらに教えて貰ったことも懐かしい。あの味も、いつかまた食べたい。

 

 このあたりにはハンターがいない事を知った。

 それどころか、着ているものも行き交う物も、なんというか自然から外れたものばかりだ。

 モンスターの装備を身につけている人なんて1人もいないし、それ以前にモンスターさえいない。

 これだけ平和ならゆったりと成長を進められそうだと思ったけれど、ここにはモンスターの代わりに、人がエーテリアスと呼ぶ屑肉がうじゃうじゃいる。

 

 人がアプトノスみたいに外敵から同族を守っているのは、ここでも変わらないみたいだと思った。

 ずっと違う所に来てしまったのかと不安になったけれど、これならいつかあの島に帰れると思う。

 それまでは、ここの人間達の隣人であろうと思う。

 

 ホロウと呼ぶそれに抗うなら、牙を貸そう。

 エーテリアスから家族を守るなら、翼を貸そう。

 

 だって……

 

 

『ザザッ─、ゴアさん、準備はよろしいですか?』

「いいよ」

『かしこまりました。ゴアメイル、Discharge(解放)

 

 

 ガコンと重い音がして、翼と尻尾から荷が外れる。

 

「鱗粉の散布を目視にて確認」

「エーテル濃度の局所的減少を計測、みるみる減っていきます!」

 

 久しぶりに、外を知る。

 崩れた建物に、荒れた地面。そこにあったはずの人の営みと、冷たいだけの空気。

 その全てを、鱗粉が教えてくれる。

 忌々しい、()に砕かれたような有り様を。

 

 人は言った。

 柳の口から、それは語られた。

 人は私に、平和を求めている。

 ホロウの無い平穏を作ってくれると、願っている。

 ホロウのせいで生まれてしまった悲しみを、この先に生まれるかもしれない悲しみを、絶ってくれと。

 

「エーテル濃度急激に減!」

「羽ばたきが増えています、鱗粉の散布に比例してエーテル濃度減少中! まだ増える!?」

「監視職員に後退指示を出せ! ラインを2つ下げろ!」

 

 なら、私は応えよう。

 だって……もう誰かの泣き声は、聞きたくないから。

 

 

 ▽

 

 

 新エリー都近郊の郊外。

 テント張りで仮設された基地はゴアの鱗粉の散布を観測するために設営されたもので、中には大小様々な計器とコードが並び、全員が耐侵食装備を身につけている様はまるでパンデミック映画のような様相をしている。

 

 計器から吐き出されたデータに翻弄されながらも歓喜に湧く職員達からは一歩を引いて、テントの奥。

 整ったスーツの上から装備を身につけた男が、職員達とは対照的に冷たく、肩を竦めて大袈裟に感想をこぼす。

 

「いやぁ素晴らしいですね彼女の力、微小とはいえホロウ1つ消してしまうとは」

 

 名をダミアン・ブラックウッド。

 TOPS傘下の特殊開発企業「ポーセルメックス」幹部にして衛非地区のラマニアンホロウ鉱山の最高責任者。その彼が郊外の()ホロウに居た。

 空はホロウであった時の暗い灰色から、快晴へと変わっている。

 目で空を見ることの出来るその場全ての生物が、空の青さに歓喜していた。

 この男も、ごく僅かながら例外ではなかった。

 

「輝磁の大量発注を受けた時はどういう与太話かと耳を疑いましたが、今は言葉を改めましょう。ゴア・マガラは人類史に再生をもたらす福音そのものだ。我々ポーセルメックスはH.A.N.D.への輝磁提供を惜しみません、今後ともぜひご贔屓に」

 

 ダミアンはうやうやしく会釈をする。

 その先には、H.A.N.D.の代表として実験に立ち会った六課の面々がおり、傍らには防衛軍から『トリガー』、治安局から『朱鳶』と『青衣』、そして()()()()()()()という形で『イゾルデ』が居た。

 彼がH.A.N.D.と防衛軍、そして治安局が入り交じる空間に参加できたのは他でもなく、ゴアメイル製造にあたって取引のあった輝磁に加え、次なる実験の参加券を交渉したためである。

 それが実って、ダミアンはホロウが一方的に消滅させられる瞬間を見た。それも何ら犠牲なく、たった1人の少女によって。

 

 まさに値千金の情報。

 ダミアンは非常に満足していた。

 あの少女に、ひいてはH.A.N.D.と友好的な取引を続けているだけでこの先巨万の富が約束される。ホロウ災害を根底から除去できるゴア・マガラは間違いなく救世主として祀られ、高い求心と名声を手に入れるだろう。

 これまでホロウに苦しめられてきた人類史に明確な勝利の2文字を刻むヒーロー、まさしく英雄。整った容姿からしても民衆ウケは大変良いだろう。

 今でこそ秘匿されている存在ではあるものの、確実に近い将来存在が公に開示される。有名税ともよべるデメリットこそはあれど、公開すること自体のメリットが既に計り知れないからだ。

 H.A.N.D.や治安局・防衛軍はその信条からゴア・マガラを必ず各地のホロウを行脚する。その地ごとのホロウありきで稼ぎを得ている者達は彼らを歓迎しないだろうが、そこにホロウの根絶という大義名分以外に、それを望む民意を味方に付けられれば、それはどんな障害も退ける盾になるのだから。

 

 もちろん邪な思考を持つものがゴア・マガラを占有しようとするかもしれない、アレを占有の駒と出来れば、文字通りにこの世全てのエーテルに関わる者を手のひらで弄ぶ事が出来るのだ。

 単純な武力ではH.A.N.D.と治安局は崩せないだろうが、そのどちらも政治的圧力には弱い。

 

 だからそこを、自分が補おう。

 もとよりそういう所は得意とするところ。

 得意とする分野を果たすだけで、ポーセルメックスはTOPSでも類を見ない、市政財政という垣根を越えて防衛軍やH.A.N.D.と肩を並べた組織となれるだろう。

 笑みが溢れそうになって、抑えるのが忙しい。

 

 しかしもちろん懸念はある。

 ゴア・マガラが大躍進を進めれば進めるほど、今にホロウありきで業績を得ている企業は首を絞められることになる。侵食緩和剤の特許を持っているタイムフィールド家などがいい例だろう。

 もちろん自分も無傷とはいかないだろう。衛非地区の鉱山から取れる輝磁は言わずもがなホロウに対する鎧の材料。ホロウがなければ鎧は用済みになる。

 その前にいっそ、ホロウではなく輝磁を元にした狂竜ウイルスへの鎧……薬の製造をどこかへ売り込んでみてもいいかもしれない。人類はゴア・マガラを用いたホロウと、ゴア・マガラそのものへの『克服』が、いずれ必ず求められるのだから。

 

 ともすれば新しいビジネスの発掘は、鮮度が命。

 ダミアンは踵を返して、颯爽とその場を後にした。

 

 

 その後暫しの間を開けて、イゾルデが口を開く。

 

「トリガー、見えるか?」

 

 トリガーは首を横に振る。

 バイザーに水色の悲しげな色を浮かべて、何度も感度を確かめてはゴアの方を向き、また結果が変わらない事をイゾルデに伝えた。

 

「ダメです、()()()()()()()

「……となると、疑いの余地なく事実か」

 

 そのやり取りを見て理解出来る者は限られており、その他の1人だった朱鳶は、実直にもそれを問うた。

 本来であれば畑違いの人間に答える義理もない話を、しかしイゾルデとトリガーは好意的に応える。

 

「あの、それは……?」

「彼女のバイザーはエーテルサイトと言ってね、原理を省いて簡潔に説明すると、生物やエーテリアスから発せられるエーテル波動を目視する事ができる」

「今しがたゴアさんの方を見ましたが、過去の報告書に間違いはありませんでした。私には何も見えない…つまり、あそこにはエーテルが存在していません」

「なに、一応の技術職としては、報告書を鵜呑みにするより確認がしたかっただけのことだよ」

「そ、そうでしたか……失礼しました」

 

 堂々とした受け答えをするイゾルデに、朱鳶は無知を晒してしまったような恥ずかしさに一歩後ずさった。しかし青衣が、変わって前へ出る。

 不可解そうに自分を見る同僚の目にもくれず、トリガーのバイザーを見やる。

 イゾルデの表情が、険しいそれに変わった。

 

「失敬。我が知りたいのは結果ではなく過程、その目にどう映ったかを、今この場で共有頂きたい」

「……青衣くんだったね、貴官は既に黒蝕竜追跡の任を外されたと聞いているが、違ったかな?」

「相違ない。そして断っておくが、これは執着などではない。貴公が考えているように、放出されたばかりの鱗粉がエーテルにどのように作用するかを知ることが出来れば、より早く民間人を救助できるようになる。それだけが理由と承知頂きたい」

 

 両者の間に、小さな火花が散る。

 が、それもすぐに収まることになる。

 

「……いや、失礼。こちらも無用な摩擦を産むつもりはない」

 

 イゾルデは分かりやすく降参するように両手を上げて、表情もまた柔らかいものに変わった。

 

「黙って持ち帰るつもりもなかったんだ、ただ確証もなく…そう、今は語る時ではないと思っただけなんだ。だが……トリガー」

「かしこまりました」

 

 トリガーは踵を揃え、姿勢を正す。

 最小限の言葉とアイコンタクトで行われる一瞬のやり取り、ただの雇われ民間人と現役の軍人ができていい事ではないことに、この場の誰もあえて口を挟まない。

 もしこの場にダミアンが残っていたなら、違ったのかもしれないが。

 

「初期反応として、鱗粉が放出されると同時、鱗粉の波に押しのけられるようにしてエーテルがゴアさんを中心に離れていきます。その後、鱗粉とエーテルの境界面からエーテルが食い破られるようにして減衰、そして減少、最終的に消失に至ります」

「防衛軍はこの情報を元にして、零号ホロウを初めとした大規模ホロウに網を敷く。H.A.N.D.の諸氏には彼女の力で小規模なホロウから着実に根絶して頂きたい、防衛軍はその間に()()()()()()

 

 

「躾のなっていない獣など、エーテリアスと大差ないのでな」

 

 

 ▽

 

 

「僕ら、結局見てるだけでしたねぇ。防衛軍のお2人はさっさと帰っちゃったし、治安官のお2人は白祇重工? の通報でホロウに行っちゃったし」

 

 帰りの車に揺られながら、悠真がカーボンの空を仰いであくびを吐く。

 新エリー都では無縁のひび割れたアスファルトを踏みしめてガタつく車の中でいて、悠真の隣では柳が窓の中を流れゆく雲を眺めている。

 そして最後尾の座席では、柳の代わりになって雅が蒼角とゴアとに膝を枕にして貸していた。

 表情の線は柔らかく、雅は遠い過去を思い出しながら、かつて自分がそうしてもらったように2人の頬に触れる。

 

 地上で爆ぜた花火のように鱗粉を大放出したあと、ゴアと蒼角は人類の手に戻った元ホロウ跡を探検したあと、今に揃って遊び疲れて眠っている。

 今はゴアメイルも取り付けられて、何も見えていないだろう。この事実を知って悠真を除く六課の面々は相応に驚き、罪悪感に苛まれた。

 何か解決策を講じようとしていた六課だったが、今朝になって急に上層部から実験を敢行すると通達された時には既に遅く、ただ指令に従って実験場に向かうしかなくなっていた。

 

 良い事があったとすれば、今日の実験の結果を反映して新しいゴアメイルが鋳造される話が生まれた事だ。ゴアの視界と鱗粉の密封を両立出来るようにすると聞けたことは純粋に喜ばしい。

 しかしこの先に起こる事を予想したなら、どうしても安堵しきることができないのだ。

 柳も、悠真も。

 

「……そのうち、僕らみたいな一兵卒は要らなくなるんでしょうかね」

「そう、かもしれませんね……」

 

 ゴア・マガラのエーテル災害に対する超がつくほどの有用性が実証された今、ゴア・マガラを活用してホロウを無くそうとする動きが必ず起こる。

 早ければ明日にでも。

 それ自体は悪いことではないし、H.A.N.D.としても、いち個人としても、ホロウを無くす事に全力を尽くす事に異論はない。

 方法こそは最適化が図られるだろう。

 当然ながらゴア・マガラを基軸にした、飛空艇からの投下……なんてものがすぐに思いつく。あとは鱗粉を放出させるだけでホロウが消せるのだから、夢のようなコストパフォーマンスだ。

 

 本当に夢のようだろう。

 いつかには、朝食にパンとコーヒーを嗜みながら、テレビでホロウを消滅せしめたニュースを日常に感じる未来が来るかもしれないのだから

 

「にくー!」

「んひっ!? ……ね、寝言ですか」

 

 きっと夢の中でご馳走を食べているのかもしれない、口の端からヨダレを垂らしながら天に向かって拳を突き出しているゴアの姿を見て、ちょっと驚いたけれど、そのヨダレをハンカチで拭ってあげる。

 

「ぽ、ポポノタン! ……んひぃ」

 

 ……何を食べてるんだろう。

 3人は揃って、表情豊かに夢を堪能するゴアをみる。

 この少女を見ていると、難しい事を無理矢理に忘れさせられるくらい、目を奪われる。

 

「ラギぁ…びみょい……」

 

 うん、ほんとに何食べてるの? 

 

 

 

 

 

 

「あぁんもう、またガセだった……」

 

 名も無きホロウに、歌姫があった。

 白と赤とを基調にしたステージ衣装そのままで、ホクロの位置までシンメトリーな歌姫が、変装しているつもりのサングラスをかけてホロウにいた。

 高いヒールでしばらく走り回ったのだろう、玉のような肌に汗をいくつも浮かべて、今にベタベタする感触に耐えかねて制汗シートを胸部に突っ込むところ。

 

 帯同するカチャコというボンプが何気なしにその姿を撮影する。彼の美的センスには響かなかったが、歌姫の扇情的な一面を切り取った1枚は、ファンなら私財を売り払ってでも手に入れたい代物だろう。

 しかしやっぱりカチャコのセンスにはビビッとこない。んー何か違うんだよなーと削除。

 ファンは泣いた。

 

 歌姫がこうしてホロウに入り浸る理由は、端的に言って人探しであった。

 もっといえば、()探し。

 

 

「あぁ…会いたいわ、ドラゴンさん……!」

 

 

 歌姫の瞳は、恋を患う乙女のように潤んでいる。

 己の商売道具でもあり武器でもあるスタンドマイク型のエーテル調律器『ヘミオラ』を、竜を想って昂った感情を収めようと強く抱き締め、体を押しつけては記憶に残る竜の姿を反芻する。

 

 あの日、私の前に()は現れた。

 救いを求めた時に、彼は来てくれた。

 直接的に助けてくれた訳ではないのは分かっている。それでも後からスポンサーに無理を言って調べてもらって、あの日の救助隊の人がエーテリアスになる事なく、食べられたように亡くなっていた事が分かった。

 それが分かるきっかけになった、転がり落ちて残されていた録画メモリにはあの場所で起こった全てが記録されていた。

 彼に願いをかけるあの人の最期、明確に知性のある彼があの人を食べる様、彼がエーテリアスを屠る全て。

 

 初めて見た時は、人が食べられる惨さを直視して胃の中身を吐き出した。

 それでも、私は彼に感謝している。エーテリアスになって永遠にホロウを彷徨う…そんな最期をあの人が迎えてしまうことを、彼は防いでくれたのだから。

 

 メモリの中身を知る人物は少ない。

 メモリ自体、イヴリンが私の拙い話を元に当時の場所を特定して、奇跡的に見つけてきてくれたものだから、私とイヴリンだけが中身を知っている。

 私が彼に向ける気持ちを知っているのも、イヴリンだけ。理解してくれているのも、イヴリンだけ。

 

 あぁ、彼に会いたい。

 会ってお礼が言いたい。

 いつか帝高の籠からイヴリンと一緒に抜け出して、自由になって彼に会いたい。

 今は仕事が忙しくて短い時間しかホロウに居られないけれど、いつか、絶対。

 

 私はこんなに大きくなったよって、見せたい。

 あの人達を人のまま終わらせてくれてありがとうって、伝えたい。

 

 

「……さ、カチャコ、今日はもう帰りましょう」

「ンナッ(わかった!)」

 

 

 いつか、貴方のためのステージをするわ。

 貴方のためだけのアストラを、捧げたいの。

 

 

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