黒蝕竜現る   作:ヒゲホモ男爵

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モンハンに豪鬼実装マですか?
ゴア・マガラの星8クエスト実装楽しみですね!
……あの厄介さで星7だったって、えぇ…………

今話はシリアス多めな話。



己が翼は誰が為に

 

 ヴィクトリア家政。

 

 自社の従業員を派遣して()()()()を行う派遣会社であり、男性であれば執事服、女性であればメイド服を想起させる使用人のような制服を身に纏う集団。

 名前通りの掃除・洗濯・炊事といった雑務から、従者としての身の回りの世話。ホロウ内外問わず個人的なトラブルを依頼主(クライアント)に代わって処理することもある。

 つまり真っ当な表の仕事から人には言えない裏の仕事まで、どんな依頼にも優れた成果を返すプロ集団。

 依頼料はお高め。

 

 ちなみにアルバイト雇用も受け付けているので、自信があれば求人に応募してみるのも良いかもしれない。求人募集していればの話だが。

 

 

 白い狼のシリオンであり、そんな集団のリーダー『ライカン』は従業員の『カリン』を連れて、とあるホロウに居た。

 ホロウの名はバレエツインズ。過去にホロウ災害に見舞われ、今はその全てがホロウに呑み込まれてしまっている高層タワー。ホロウに呑まれる前は著名な音楽家や芸術家が一堂に会したパーティーが開かれたり、バレエの鑑賞会が開かれたり、芸術品の展覧会が常時開かれていたりと、今はもう見る影もないが、確かに煌びやかなものだった。

 

 ライカンとカリンがバレエツインズを訪れたのは言うまでもなくクライアントからの依頼あっての事。そして前述の語りに沿っていえば、裏の仕事である。

 依頼内容は至極明解。

 芸術品【ゴールドボンプのスタチュー】の回収である。

 

 今回のヴィクトリア家政のクライアントは、一言で表すなら収集家。嗜好品に大金を積むことを厭わず、なんならそれが快楽と言わんばかりの熱量で収集欲を満たすことに実直な人種。

 ある意味では表裏のない人種である。

 そしてそういう金に糸目をつけない人種はヴィクトリア家政の顧客層でもあり、そういう人種は横の繋がりも多い。ヴィクトリア家政が高収入層専門……のような営業形態になっているのは勿論その()()()()も関わっているのだが、今回の案件はこれまでのヴィクトリア家政の営業と確かな契約履行率が実を結んだ結果に他ならない。

 

 よって殊更にクライアントを増やすため、クライアントの満足度を満たすため、分かりやすい言い方をすれば高いレビュー評価を貰うため。

 そして望むべくはリピート(またのご指名)を頂くため、依頼遂行を確かなものとする為にリーダーであるライカンが今回壇上に上がったのだ。

 

 別に、大事な仕事でもない限りライカンが出張る事は無い……なんて事は全くないのだが。

 最近入ったアルバイトの子は所々粗雑で家事代行サービスとしては目に余るところがあるとか、連れてきたもう1人は1人で任せるのがすごい不安だからとか、「美味しいご飯を用意して待っておりますわ」と言った彼女からなるべく長く逃げるためとか。

 決してそんなんではない。決して。

 

 

 ちなみに本日の業務は既に完了している。

 クライアントご所望の【ゴールドボンプのスタチュー】が入った箱は同伴するカリンの両腕にしっかり収まっている。道中で多少エーテリアスとの衝突はあったものの、それは文字通り蹴散らした。

 軽い運動をして体が温まったくらいなもの。

 あとはもう帰るだけである。

 

「さぁカリン、戻りましょうか」

「はいっライカンさん!」

 

 バレエツインズのホール。上が吹き抜けになっており、天面のガラスから月の光が注ぐ、双子のホテルを繋ぐ役目も担う場所。

 ライカンとカリンの2人は戦闘で乱れた衣服を整え、帰路につく。今日は珍しく一つもポカをしなかったカリンはいつになく上機嫌である。

 だがライカンは知っている、だいたいこういう時に─

 

「んっしょ、おっ、ぅ、わぁぁ!?」

 

 ほーら言わんこっちゃない。と、ライカンは身構えていた動き通りに姿勢を崩したカリンを支える。

 今回はそれなり重さのある箱を2,3個重ねて抱えていたカリンが、持ち直そうとした際に脇に挟んでいた武器(電動丸ノコ)が落ちてしまい、それに気を取られ、倒れゆく武器を掴もうとして……あとは言うまでもない。

 ライカンが手助けしなければ依頼の品が傷付いてしまっていたかもしれない。

 

「ごごご、ごめんなさいごめんなさいぃ!!」

「不注意ですよ、カリン」

 

 顔を真っ青にして頭を何度も下げるカリンに対して、しかしライカンは怒らない。

 わざとではないのは知っているし、カリンのうっかり気味はいつもの事。何よりカリンのように気が弱く、しかし内面は聡明な個人に対しては叱るより注意に留めるのが最適。

 言われたことの10倍は抱え込んで自己批判をしてしまうので、それくらいが丁度いいのだとライカンは理解しているのだ。

 

 実際ライカンの軽い注意だけで、この世の終わりのような絶望っぷりをしているので正解だったりする。

 

「行きますよ」

はっ、はいっ!」

 

 気を取り直して帰りの方へ向く2人。

 変化する迷路ことホロウだが、2人にはしっかりと帰りの道が分かっている。もう1人の同伴者、ボンプの『バトラー』が内蔵する時間制限付きの地図『キャロット』があれば、迷う事は無い。

 時間制限付き、という事を忘れなければ。

 もちろんヴィクトリア家政が、プロがそんな凡ミスをする訳がなく、あとはもう本当に帰るだけ。

 バトラーの後を追っていけばリナの料理が待つセーフハウスに帰れ……うん、帰りたくなくなってきたな…………

 

 自らの心身の健康のため、今回もまたリナの料理を上手く回避する理由付けを考えながら、ライカンは一歩踏み出した。

 

 

 ──次の瞬間には、10m先まで飛び退いていた。

 

 

「ら、ララライカンさん!? どうしたんですかっ!?」

 

 己の両腕に抱えられたカリンの疑問に、ライカン自身答えられない。ライカンでさえ何が起こったか理解できていなかった。

 勝手に体が動いた。

 しかも思考・意思を置き去りにして、勝手に。

 

 体は今さっきまで自分達がいた場所を向いていた、当然そこには何もない。だが耳の先から尾先まで逆立った毛が、本能が、そこから目を離すことを許さない。

 そしてすぐに、変化は起こる。

 

「ぴっ──」

 

 ズ……。と、何もなかったはずの場所に、裂け目が現れる。ホロウの中では珍しくもないどこかへ繋がっている穴、それが裂け目。

 カリンが恐怖に声を上げたのは、小さな裂け目から人の手が出てきたこと。

 血が通っていないのか、雪のように白い手が裂け目から伸びて、裂け目の端を掴み、手が出られる分程の大きさしかなかったそれを、強引に引き裂くように広げる。

 そうして顕になった存在の全貌は、少女。

 黒いシリオンの少女が、2人の前に現れた。

 黒紫色のドレスに身を包み、茶色のポーチを小脇に抱えた少女。それがまるで散歩のような足取りで、2歩3歩と進む。

 

「……カリン、今すぐ撤退なさい」

「え……?」

 

 ライカンはカリンを下ろし、告げる。

 カリンの両腕には未だしっかりと、クライアントの品が抱えられている。

 

 

 ライカンは黒い少女を見て、自分の体が自分の意思を振り払って()()()()()()()()()のだと理解した。

 自身の本能が何度も告げている、アレはダメだ、人の形をしているだけのモンスターだと。逃げろと。

 

 従ってカリンを逃がそう。

 自分ではなく、真に状況を理解出来ていない彼女を逃がそう、彼女は仕事の達成に必要不可欠な品を抱えているのだから、逃げるなら彼女を優先するのだと。

 本能でなく実利を優先し、騒ぐ心を鎮めて、冷静に。

 息をひとつ吐いて、黒い少女を見据え、早まる鼓動と強ばった体を思考と意思の支配下に戻す。

 

「で、でもライカンさん……っ」

「カリン」

 

 そんな姿を見て異常を察し、この場に残ろうとするカリン。だがその上司に今までにないほど強く睨まれ、後ずさる。

 黒い少女を前にして、ライカンにはカリンを守りながら逃げる算段をつけられなかったのだ。しかしそれを説明している暇もない。今この瞬間はただ空を見上げている少女(モンスター)が、いつ襲って来るかも分からない。

 ただ1つ言えるのは、間違いなく自分が少女よりも遅いという確信だけ。だからひとたび少女に見つかってしまえば、逃げられない。

 

「……わかりました。カリン、撤退しますっ」

 

 そんなライカンの気持ちが伝わったかは分からない。

 カリンが帰路の裂け目に消えていくのを目で追って、ライカンは安堵の息を漏らす。

 

 そして再度、少女の方を向き直ると、少女が居ない。

 しかしライカンは見失わなかった。

()()()()()()()とも言えるだろう。

 だって少女は目の前に居たのだから。

 

「──ッ!!」

 

 少女の背丈はおよそ子供のそれだ。

 大柄なライカンの眼前までくればその差は明白で、2m若干のライカンの腹部辺りに少女の頭が来て、ライカンが少女を見下ろす形になる。

 だからじっと、少女がライカンを見上げる形になる。

 閉じられた瞼の奥、線状に開いた瞳孔がこちらを見ている。それも一瞬、目を離してしまったその隙に。

 相対した恐怖・脅威よりも、カリンが無事に帰れるかの心配が勝ってしまったために。

 あっけなく間合いに入られて。

 

(これは、速いという次元の話では……!)

 

 ……見えもしなかった。音も、振動も、何も。

 防衛本能が振りあげようとした氷脚を理性で抑えるライカン。パキパキと音を立てて凍りついていくライカンの脚は義足であり、鋼鉄の武器。エーテリアスさえも屠る牙を今剥いたなら……死ぬ、ライカンは確信した。

 だいいち少女に害意があったならもう自分は死んでいるのだと、ライカンは冷静に、再び逆立った毛を落ち着ける。この脚を振り上げてしまえたならどれほど楽だっただろうか、その先に待つのが確実な死でなかったなら、どれほど。

 

「ね、どらごん、見てない?」

 

 いっそ乱れた心の脈に、水滴を落としたのは少女。

 

 どらごん、ドラゴン。

 今やその名詞が示すのはただ一つの存在『黒蝕竜』に他ならない。その名に関連して、いわゆる"竜殺し"の名声に踊らされた愚かなレイダー達がこぞってホロウへ入り、邂逅し、そして僅かな痕跡を残して不審な失踪を繰り返していることを思い出すライカン。

 ヴィクトリア家政の主人も跡を追う生物を、見てない? と首を傾げて問うてくるモンスターは、ただの少女にしか見えなかった。

 

 今の今まで感じていた、叩きつけられるようなプレッシャーも掻き消えている。

 格付けが終わったのだ。

 ライカンは大きく息を吸って、吐いて。脚に付いた氷を払い、姿勢を正して少女へ向き直る。ヴィクトリア家政の従者として。

 

「ドラゴン……といいますと、『黒蝕竜』の事でございましょうか。残念ながら私めは……」

「そう……そっか、残念」

 

 見ていない。と答えると、少女は言葉通りに残念そうに眉を曲げて、ヒールを1歩下げる。

 これが社交の場であったなら、礼儀としてダンスの誘いをしていたかもしれない。ピンヒールを履いて、黒紫色のドレスを纏った少女は芸術と言っていい。

 鉤爪に翼と尻尾、一目見て強固と解る鱗に覆われたそれらさえ、一種のチャームポイントと見えるような。

 

 しかしここはホロウ。踊るには少し広すぎる。

 死の舞踊なら踊り慣れているが、こと眼前の少女とは何がなんでもご遠慮したい。

 リナの料理の方がマシである。

 

 

「ですがお嬢様、よろしければ理由をお聞きしてもよろしいでしょうか? 何故黒蝕竜をお探しに?」

 

 

 なんにせよ、会話ができるなら好都合。

 対話という道が取れるなら、少女と踊る可能性は低くできると踏んで、ライカンは身なりの整った少女を『お嬢様』と呼び改め、会話が途切れないように続けた。

 

 

「お仕事、ホロウレイダーの」

 

 

 続く少女との会話で、少女は自分がホロウレイダー(犯罪者)であることをあっさり明かした。

 依頼内容は『黒蝕竜の撮影』。

 まさかと思って詳しく話を聞いてみれば、少女とライカンのクライアントは同じだった。それどころか少女の依頼は元を正せばクライアントからヴィクトリア家政に向けられた追加のもので、既に【ゴールドボンプのスタチュー】の回収依頼を請け負っていたヴィクトリア家政が仲介人を使って二次請けを探していたもの。

 既にライカンとカリンが前述の芸術品回収、その他従業員の『エレン』は学業、『リナ』は主人からの別件と、ヴィクトリア家政には手が足りなかったのだ。

 

 そうと分かれば話は早い。

 ライカンは今度こそ少女への警戒を解いた。一時とはいえ主を同じくする者同士、争う理由などない。

 むしろ自分達の手足らずを補填してくれている相手とならば、態度は柔らかいものになった。

 それにしても随分上澄みのエージェントをあてがってくれたものだと、仲介人(明けの明星)の評価を上げる。

 ふっ、おもしれー女……! 

 

「であれば、私も微力ながらお手伝いさせて頂きます」

「いいの?」

「もちろんです、本来であれば我々がやるべき業務を、我々の都合で代わって頂いているのです。出来る助力は惜しみません」

 

 パチリと懐中時計を開き、時間を確認する。

 針の進みを読めば、ホロウに入ってからそれなりの時間が経過している。あと滞在出来るのは精々10分が限度と言ったところだろう。

 それ故の微力なれど、通すべき道理だ。

 

 ライカンは恭しく上体から頭を下げて、手のひらを差し出す。体躯の差からそうしてようやく目線と同じ高さに来た大きな手の先に、指先を添わせるように、少女の手が触れる。

 さながら美女と野獣、麗しき少女と雄々しき獣人。

 もっとも、実際は美女側が中身野獣なのだが。

 

 差し出した手に、重なる柔肌。

 友好の証に少女が応えてくれた事に、ライカンの尾が揺れる。そしてそういえばまだ名乗ってもいなかった事を思い出し、体を起こして名乗る。

 

「申し遅れました、私はフォン・ライカン。ヴィクトリア家政という家事代行……いえ、この場ではエージェント業と申しましょう、その代表を務めております。気軽にライカンとお呼びください」

 

 ライカンが名乗りを終えると、少女の方は慌ただしくポーチを漁って1枚の折り畳まれた紙切れを取り出し、開いて読み上げるように、ライカンのそれに続いた。

 

「……は、ゴア・マガラ。パエトーンの、お……え?」

「……?」

 

 うん、全く分からない。

 少女はしきりに何度も首を傾げながら、恐らく紙に書かれた原稿を読み上げたのだろうが、歯抜けすぎて単語2つしか聞き取れなかった。

『ゴア・マガラ』『パエトーン』

 話の流れからして前者が少女の名前なのだろうと推測し、そして伝説が飛び出てきた事にライカンは驚く。

 もし聞き間違えでないのなら、と。

 

「お嬢様、少々その紙を拝見してもよろしいでしょうか?」

「うん、いいよ」

 

 ライカンが受け取った紙に書かれていたのは、読み通りに自己紹介の原稿。

 

 

・ホロウで名前を聞かれたら言う! ↓

"「私はゴア・マガラ。パエトーンのお抱え」"

・パエトーンについて何か言われたら見せる! ↓

"【アドレス:@Single-use,Phaethon】"

※電話できるよ、ただし1回きり! 

 

 

 もし少女の実力を測れない愚か者であったなら、こんな少女が伝説のプロキシお抱えレイダーだなどと、嘘かそれこそ子供の冗談だと思った事だろう。

 だからライカンは少女の言葉を、この紙に書かれた一言一句を疑わない。

 少女の名はゴア・マガラ、パエトーンの専属エージェントなのだと。

 

(ふ、彼女の評価を更に高めなければなりませんね……)

 

 ライカンの中で仲介人(明けの明星)の評価がうなぎ登り。己の予想さえ及ばなかった伝説の出現に、そしてそのお抱えエージェントと図らずもお近づきになれた事に喜びを隠せないライカン。

 僥倖も僥倖、棚からぼた餅が雪崩落ちてきた。

 これには涼しい顔の裏で尻尾がブンブンと振れる。

 今日も本人の知らないところで評価が上がる明けの明星、余談だがその本人は近日のやらかしあって珈琲にダル絡み中。

 

「ありがとうございました、こちらお返しいたします。……もしよろしければ、漢字の読みなどお教えできますが、いかがでしょう?」

 

 ライカンはゴアに紙を返しつつ、そんな提案をする。

 先程ゴアがライカンに返した自己紹介と、原稿に書かれていた()()()自己紹介を照らし合わせれば、ゴアが満足に漢字を読めない事は明白だった。

 

「いいの? ありがとう!」

 

 するとゴアの顔は年相応にパァっと明るくなり、疑いなんて全くない笑みをライカンに向ける。

 その純粋さときたら、火傷してしまいそうなくらい。

 これが、自分が桁外れの対価を要求するような悪漢であったならどうするのだろうと心配になる。

 少女の母親は苦労しているだろうな。と思いながら、ライカンはゴアに漢字の読みを教えていく。

 

(こちら)は"わたし"、自分の事を指します。(こちら)は"かかえ"、前後と合わせてお抱え……お嬢様がパエトーンの専属エージェントである事を意味します」

「わたし、おかかえ、せんぞく……おぉぉ」

「他にも分からない事がございましたら、こちらにご連絡ください。ヴィクトリア家政は表向き人材派遣会社、家庭教師も業務の内でございます」

「……? 、? 。ありがと!!」

 

 ゴアは簡単にヴィクトリア家政との約束を取りつける。打算もなにも無く、純真無垢。

 そもそもライカンの言葉の半分も解っていない。

 そんな様子に微笑ましさを覚えながら名刺を渡したところで、ライカンはカリンの事を思い出す。

 

 カリンはまだ、ライカンが危機的状況にあると思ったままに違いない。自分がそう思わせてしまったのだ。

 それが解決したのだから、連絡でもして安心させてあげなければならないだろう。しかしかの伝説であればともかく、既にホロウを脱しているカリンにホロウの内からは連絡できない。

 一旦ホロウから出て、カリンに連絡をして、それから約束通りゴアの手伝いをしよう。

 

 

 そう、頭の中で整理をつけていた時には、世界が逆さまになっていた。

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 投げ飛ばされた。

 音もなく、振動も何もなく。

 他の誰でもなくゴアに投げられたのだと、腕に残った覚えのある柔肌の感触が教えてくれたのは、3階層分体が上に落ちた頃のこと。

 

 状況の理解が追いつかない。

 思い出すのはたった1秒前、自分に向けられた屈託のない笑顔のみ。機嫌を損ねるような事など、まして敵意など、3()6()0()()()()()()()()()()()()()というのに。

 

 空中で身を翻し、元いた場所から4階層上の手すりに着地する。

 そして元いた場所……ゴアがいた場所の方を見て、最初に見えたのは──赤。

 

 

 凶刃に貫かれた、ゴアの胸部

 晒け出された白い肌を侵すように赤色が溢れ、流れて黒いドレスを穢していく。

 だらりと落ちた四肢に、力はなく。

 

 その背後に、《それ》は居た。

 女性のようなシルエット。人の形を保ちながら異質に凶刃となった脚部をもったエーテリアス。

 後に出現するバレツインズの主『マリオネット・ツインズ』の特異な姿。名を『要警戒マリオネット』。

 

 その脚がゴアの胸部中心を貫き、獲物を確かめるように持ち上げる。

 その位置はちょうど、ライカンが居た場所。

 ライカンは投げられる前、振り回される感触も一瞬ながら感じた。ゴアが自分と位置を入れ替えるようにしてライカンを守ったのだ。

 

「っく、ガァッ!」

 

 それを理解して、ライカンは上へ飛ぶ。

 鋼鉄にして凍結の牙を剥き出しにして、マリオネットの直上から落下せしめんと、脚部の凍結エンジンを最大稼働させる。一切の迷いなく彼女を救う為に。

 己が未熟を責めるのは、後でいい。

 今はただ──! 

 

 

 ……と、上空において再度直下へ視線を向けた時、不可解な現象を目にした。

()()()()()()()()()()()

 

 原理は不明だが、狼のシリオンである自分に全く悟らせないまま強襲を成功させたマリオネットが、獲物を貫いてなおその場を離れない。

 仕留めた獲物を観察する嗜虐的な思考を持ち合わせている訳でもあるまいに……動けなかったのだ。

 ライカンは一瞬にて、それを見る。

 

 ゴアの両手が、自らを貫いたマリオネットの脚を逃がすまいと掴み、脚がひしゃげてマリオネットが痛みにもがく様を。

 ゴアから滴った血液がマリオネットに触れ、()()()()()()()()()()()()()様を。

 ライカンとの邂逅からこの瞬間に至るまで微動だにしていなかった翼が、マリオネットに背中から貫かれたままでいて開き、第3,第4の腕となってマリオネットの頭や胴を握る様を。

 ──瞬間、形勢が翻る。

 

 

「おごるな、さんしたァ!!!」

 

 

()()から聞こえた、たどたどしくも恐ろしい強者の声。

 ライカンには全く見えない速度で、ゴアが隣まで飛び上がって来ていたのだ。

 その右手にはマリオネットの頭部が、右爪には胴が握られている。まるで人形の玩具を握り潰すような剛力が加えられて、マリオネットが何度繰り返しもがこうと抜け出せない。

 強者に害を与え、機嫌を損ねた弱者の行く末はいつの時代も決まっている。例えそれがエーテリアスであっても、覆るものではない。

 もしもあの時、自分が脚を振り上げていたなら同じ末路を辿った事だろう。

 

 少女の顔にもはや少女らしさは微塵もない。

 その貌は獣そのもの。暴虐そのものだったのだから。

 

 マリオネットが辿るは落下。

 ゴアが残る左翼で大気を弾き、きりもみ回転を起こして次に、フロアの床大理石に叩きつけた。

 残ったのは土煙と、ライカンの真横に痕として残された黒紫色の鱗粉のみ。ライカンはその鱗粉を見て、主人からの命令を思い出す。

 

「これはっ……まさか」

 

 その鱗粉の特徴が、そしてゴアのシリオンらしき部位の酷似性が後押しとなって記憶を呼び起こす。『黒蝕竜』と名付けられたドラゴンと、それが振り撒く特異物質と、特徴が同じなのだと。

 

 

 速度も何も置き去りにされたライカンをよそに、状況は進む。

 大規模な爆発のように拡がった土煙の左右から、鏡写しのエーテリアスが2体飛び出していく。

 

「分裂したのか.!」

 

『要警戒マリオネット』は元を『マリオネット・()()()()』とする通り、2体で1体、1体で2体とするバレエツインズの女主人。

 衝突の寸前、存在を分かつ事でこれを回避したのだ。

 

 

 煙が晴れると同時、ライカンは間合いの外へ着地する。ついていける戦いではないと判断したためだ。

 マリオネットと正面から相対すれば対処は出来る。背後からの奇襲を一度は許したとはいえ、常であれば反撃を行うだろう。

 

 ついていけないと判断したのはゴアの方だ。

 ライカンは既に2回、速度において遅れをとっている上に内の1回は命を救われている。何よりマリオネットを玩具のように扱う翼……正しく言えば翼腕の膂力。華奢な体を音を置き去りにして進ませるパワーの前で、ライカンの脚は文字通り足でまといだった。

 

 ライカンの前では、翼を大きく広げて威嚇の体勢をとっているゴアと、それを両方から挟むように立っているマリオネットがいる。ゴアがその片方に飛びかかるが、マリオネットはすんでの所で回避し、片割れと背中合わせになり、4者が一直線に並ぶ

 しかし、ライカンはその観客でしかない。

 己の無力さを見せつけられ、歯が軋む。

 

 

(これ程までに、差が……ッ!)

 

 

 一拍おいて、ライカンのもとに一つのポーチが転がってくる。勢いあって中身が散乱し、カメラや見覚えのある紙切れが顔を出す。

 おそらく先程のゴアの動きで振り落とされたのだろう。ライカンは無意識にそれを拾おうと手を伸ばして、裂け目の開く音を耳が拾う。

 

 音にした方を向くと、一体のボンプがいた。

 白と黒の二色がベースのボディ、襟元に巻いたオレンジ色のスカーフが特徴的な、一体のボンプ。

 そしてマリオネットがそれに気付くのもまた、同時だった。

 

 

 嫌な予感がした。

 そして考えるよりも早く、今度こそは遅れまいとボンプがいる方へ地面を蹴る。

 そして背後から迫る1つになった気配に合わせて足を振るうと、思わず立っていられなくなるような衝撃が襲いかかる。

 

「ぐっ……ぅ!」

 

 だが耐える。

 眼前には再び1つになったマリオネットの姿。

 今度こそは捉えた。

 ボンプに襲いかかる凶刃を止めてみせた。

 間に合った。

 

 

 しかしこの時ライカンは気付いていなかった。

 確かに、ライカンの働きあってボンプ(イアス)は無事である。しかしそのボンプがパエトーンである事に気付いていない、それ以前に()()()()()()()()()()()()()()()事に気付いていない。

 

 ライカンがそれに気付いたのは、もう全てが始まってしまった後。ライカンと同じようにパエトーンに向けられた凶刃を防いだゴアが居ることに気付いた後のこと。

 

 

 そう、パエトーンに牙を剥いたのだ。

 

 パエトーンに。

 

 リンとアキラに。

 

 

()()と、()()()に。

 

 

 

 竜の逆鱗に触れた者に慈悲が与えられる事はない。

 まして例外もありはない。

 

 竜はこの時、この日初めて怒りを露わにする。

 自らが貫かれようと起きなかった怒りが、他が為に。

 己が翼を()が為に。広げ、地面に爪立てる。

 そして口を開き──

 

『マスター、聴覚保護プログラムを実行します』

 

 

 

 咆哮。

 

 

 

 風圧を伴った咆哮が大気を揺らし、バレエツインズ全てのガラスを砕き、近辺全ての床と壁に亀裂を生む。

 至近距離でそのあおりを受けたライカンとイアスは壁際まで押しのけられる。直前に優秀なAIの対処がなければ、ないし常人であれば聴覚を失っていただろう。

 

 それを正面から受けたマリオネットは、四肢の自由を奪われていた。

 それを見下ろすは、黒蝕の竜姫。

 翼に尻尾、そして額に立ち上がる一対の角。竜たらしめる部位に紫色の発光変色が起こり、ピークに達した鱗粉が見渡す限りの空を覆い隠す。

 

 

「いけないっ!」

 

 

 ライカンは記憶、主人より下賜された黒蝕竜の資料にあった一文に基づいて、鱗粉が自分達に近付くよりも早くイアスを抱え、砕けた窓枠へと走り、そのまま飛び降りる。

 

『ちょっ、やだっ、ゴマちゃん!!』

「パエトーン様、ご容赦を!」

 

 言葉を話すボンプ、パエトーンを強く抱え、ライカンはビルの側面を滑走して離脱。

 

 

 直後、禍々しい漆黒の爆発がフロアを消し飛ばす。

 

 

 

 

 以降、エージェント:ゴア・マガラの消息は不明である。

 

 

 





今話の場面は以下、ライカン実戦紹介「狼心誠意」より。
https://youtu.be/p3wBmCjyJWQ?si=Hki8_1DTTztFpkRD

ひと仕事終えたライカンの所へ化け物がやってきて、続いてバレエのヤベー奴がやってきました。
ライカンの胃がキリキリ、そんなお話でした。
飽きがこないように今後も週一投稿を心がけて行きたいと思いまする。なるべく。

ちょっとしたアンケート置いておきますので、好きなように考えて好きな所に投票してくださいましたら幸せですわ!

  • 邪兎屋
  • ヴィクトリア家政
  • 白祇重工
  • 防衛軍
  • 対ホロウ六課
  • 特務捜査班
  • カリュドーンの子
  • スターズ・オブ・リラ
  • モッキンバード
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