黒蝕竜現る   作:ヒゲホモ男爵

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テーレレレー、テッテッテレレー(歴戦レ・ダウの音)



黒く蝕み地を染めん

 

 

 インターノット

 

 新エリー都内外における情報流通のホットスポット。

 一般市民からそうでない者まで、来る者拒まず去るもの追わず、デジタルタトゥーの博覧会。イカれた奴らの集積場。炎上以外の天気を知らない電子掲示板。

 

 そんな場合で今一番ホットな話題は()()()()

 とあるビデオ屋で店長の二人がこの話題に注目したのはつい最近の事で、スレッドのタイトル──最も古い書き込みは十年以上前。

 その次に主だった書き込みが八年前。

 誰が呼んだか、その名は"黒蝕竜"。

 

 生物の未来を侵す厄災の名前だった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 いつからか、竜はそこに在った。

 

 

 具体的にいつからなのかは竜自身にも分からない、竜には目が無いからだ。

 個として意識を確立したその時から暗闇だけの世界を見ている竜には太陽もなければ月もない。ただ気温の変化で寝起きを繰り返すだけで、時間感覚というものは持ち合わせていない。

 

 そして竜は翼から()を生み出し、撒く。

 それが竜の目であり、地図であり、子である。

 鱗粉と称されるそれは前述の通り、主に竜の翼が動く事で大気に撒かれ、地面に付着すればその輪郭を、生物が吸い込めばその位置を竜に教える役割を持つ。

 他にも致命的な性質を持つそれは触角と併せて、竜が世界を知る唯一の手段。

 

 竜は前脚が長く、後ろ脚は短い。やや前傾姿勢染みた四肢構造をしていて、背中に第二の前脚としての機能を併せ持つ翼脚がある。

 翼脚から胴にかけて翼があり、平時は折り畳まれているそれを開けば竜は地平線を特等席で見る事が出来る。

 

 犬や猫、家畜のそれとも、まして人間のそれとはかけ離れた形を持つ。

 おとぎ話に登場する蛇のように空を泳ぐ龍からは遠く、比較的創作頻度の高いドラゴンに近いように見えて、前脚を四本持つドラゴンなどは、とある六分街のビデオでも見ない姿。

 

 まさしく()()()()

 それが竜だった。

 

 

 そんな竜は今、特にあてもなく歩いていた。

 一時は空高く飛び上がって何かを探すことも考えたが、竜がいた場所は随分と空が低いようで、飛びづらそうだから飛ばなかった。

 

 時折身じろぎしては翼から鱗粉をこぼし、翼で少しばかり払って鱗粉を薄く広く撒き、周りにどんな形のものがあるのか、どんな形の生き物がいるのかを知りながら。ただただ歩く。

 

 しかし、歩けど撒けど触角越しに鱗粉から伝え聞くのは生気をまるで感じないデコボコの地形。自然の丘とも森とも異なる死んだ砂や土で出来た塔の群れ。

 俗に"廃墟"と呼ばれるその地形、建材は竜の知らないものであった。何より鱗粉が度々感知する()()()()()()()()()()()()もあって、竜は理解に苦しんだ。

 

 それは数が多く、形も様々。

 四足で動くものもあれば二足で歩くもの、ふわふわ浮いているもの、似たような形をしていても細かく輪郭を視てみれば個体ごとにバラつきもある。

 

 口がなければ息もなく、まるで石や土が生き物の形を贋作(まね)ているようで、しかし確かに熱量(エネルギー)を感じられる。

 加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これには竜もたまったものではなく、どういう事かと触角を忙しなく動かしてみれば、それらが共通して内包しているエネルギーが鱗粉の細胞活性を鈍化させ、鱗粉を早期に死滅させているらしい事を知った。

 

 鱗粉を浴びたそれらの個体は他個体と比べて動きが弱々しいものになるか、反対に不規則な狂走をするかだったがそれも短期間。鱗粉本来の役割からすれば無意味に等しいと、竜は深く肩を落とした。

 

 

 そんなものがそこかしこに薙ぎ払って捨てるほどいるのだから、鬱憤が溜まるというもの。実際に薙ぎ払ってなお、蛆のように湧いて出てくるそれらを視た時の竜の気持ちといえば、推察するにあまりある。

 

 一応……というか、睡眠をする生きている物である以上、空腹も感じる竜はそれらを食べた事もある。

 中でも一回り大きく、四足歩行をしているものを食べた。様々な形がある中でわざわざ四足歩行をしているそれを選んで襲ったのは、もちろん野生の記憶で見慣れた(牙獣種めいた)動き方をしていたというのもあるが、単純に一番数が多かった雑魚(人型)よりも可食部位が多そうだったからだ。

 

 当時は空きっ腹だったのもあって、取り押さえて、そして仕留める前にかぶりついた。

 もちろん生の肉の食感と鮮度に期待してのこと。

 

 

 ……しかし、噛みちぎった一口はすぐ吐き出した。

 

 シンプルに不味かった。

 

 絶望的に味が悪い。腹は膨れこそするものの食感が終わっている。実際に口に含んだ時などはあまりの不味さに吐き出した程だ、石や砂利に近い。

 腹が膨れるのが不幸中の幸いと言っていいほど、それは食料として落第点だった。そんなものを食べなくては飢え死ぬ生活を余儀なくされた。

 

 それからというもの、竜は溜息ばかり吐いた。

 最初こそ見知らぬ土地、新天地に浮き足立っていたものも、どこへ行っても代わり映えのない廃墟と食べれるだけの生き物もどき。

 やる気も何も湧かなくなった。

 

 

 目的を失った生存本能だけが竜を支え、気怠げに飢えないだけの生き物もどきを喰って、寝る。

 温かくなった頃に起きて、腹が減ったら走って飛んで狩りをして、寒くなれば寝る。

 そんな毎日を繰り返す。

 そうして、気付けば人の感覚での一年が過ぎた。

 適当に見繕った寝床に横たわり、竜は思案に耽った。

 

 

 ──どこか、どこか別の場所に、飛んでいこう。

 

 

 竜は既に、この地に価値を感じていなかった。

 

 仲間意識など微塵もないが、同族もいない。

 好んで食べ続けられる食糧は、見つけられていない。

 土地はいつまでも廃墟のままで、荒廃してばかりで肝心の実りの時期が来ない。

 鱗粉の細胞が届かない以上、少なくとも原生生物を媒介とした繁殖が出来ない。そしてあの食べられたものではない原生生物以外、竜は生き物を視ていない。

 

 これだけ理由があった。

 この場所に留まる事に旨みが無さすぎる。

 むしろ竜が移住の考えを持つのが遅かったくらいだろう。竜にしてみても何故自分が一年もの間、こんがり肉に遠く及ばない残飯以下の石屑生物を喰らってまでこの場所に留まり続けたのか、分からない。

 

 

 竜──かつて人が唯一"亜龍種"と分類した種は、同族間で熾烈な生存競争を行う。

 成長し脱皮した個体から撒かれた鱗粉は同族に正しく致命的な影響を及ぼし、競争に負けた個体は苦痛の末に死に至る。最も早く成長した、ただ一体のみが存続を許される。種としては異端中の異端。

 だから竜は焦らなければならないはずだった。いくら周辺に同族がいないとはいえ、どこかで成長した同族がいつやってくるかも知れず、いつどこで成長した個体の鱗粉に触れて死ぬとも分からない。いつまで生きられるかも分からない。

 

 なのに、竜は焦らなかった。

 焦ることをしなかった。

 本能から湧き上がる焦燥感を、努めて抑えていた。

 竜自身もこの行動を愚かしいと感じてはいた、だがその度に思い出す事があった。

 

 

『──どんな土地でも一年は留まってみるんだ〜、そしたらどこかで良いことはあるの! なんにも無くても……最後まで粘ってたら何かが起こるんだよ! ……なにその呆れたような反応、私の勘だよ!! 信じてみてって!!』

 

 

 ……なんという事もない。

 ただ、煩くも尊い少女()の、過去の言葉を。

 

 そうして粘りに粘って、少女が竜に教えた一年と大体同じくらいの朝と夜が過ぎて、最後の朝がきた。

 過去の言葉に従って言えば、この後更に夜まで待つ。

 

 夜まで。

 夜までだ。

 

 だから今はただ眠り続けて、竜は待つ。

 

 

 勘は当たると、知っているから。

 

 

 

 そして夜を待たずして、"何か"は来た。

 

 

 

 ▽

 

 

 

ホロウ災害発生から24時間後

ウルカヌスとヤヌス区の境目

 

 

「才能があるのね、一度聞いただけで歌えるなんて」

 

 

 震える手で、支えのステッキを握りしめる。

 強ばった体に、いつ決壊するかも知れない心、湧き上がってくる怖いという気持ちが、ようやく収まってくる。

 今、後ろで私にハーネスをつけているお姉さんが、歌を教えてくれたから。

 

 

「よく私が泣いてると、姉が歌ってくれたの」

 

 

 真っ暗なトンネルの中、唯一上へと吹き抜けになっているこの場所で、私とお姉さんに降りしきるスポットライトがあって、けれどとても静かで。

 私はそれが怖い。

 今さっきまで聞こえていた悲鳴が、今はほとんど聞こえなくなっているのが、どうしようもなく怖い。

 明るい調子で声をかけてくれているお姉さんの声色にも、それが滲んでいるから、怖い。でもお姉さんが私を安心させようとしてくれているのが分かるから、少しだけ怖くない。

 

 

「なかなか覚えられなくて……でも覚えていて良かった」

 

 

 お姉さんがハーネスを二度引くと、つられて私の体も少しだけ揺れる。がっちりくっ付いたみたい。

 それを確かめてからお姉さんは……やっぱり笑顔をしていて、私の目元をその手で優しく拭ってくれた。

 やっぱり、怖い。

 

 ……でも、お姉さんの温かい手が、安心をくれる。

 

 

「落ち着いてきた?」

「うん……ありがとう」

 

 

 好きな歌を歌っていた時とは、自分でも別人みたいに思うくらい掠れた、酷い声だった。

 それでもここ一日で初めて出た、まともな声。

 お姉さんは私がそういうと、にっこり笑って、少し前に通信機だと教えてくれた機械を口に近づけた。

 

 

「司令部。こちら失踪リストの女の子、アストラを発見、エーテル侵食症状なし、救助入口9番の下に到着、安全帯がもう一つ必要他の隊員は……」

 

 

 ──悲鳴が、聞こえた。

 

 

「他の隊員は、引き続き失踪者を捜索中」

『了解、手配する』

 

 

 ──すぐ、近くで。

 

 

「走れ! 追ってきたぞ!」

「早く閉めろ!」

「鉄のフェンスか何かないか!!」

 

 

 飛び込んできたのは男の人が二人。

 それからすぐに閉めた扉が、向こう側からガンガン叩かれて、抑えているのに叩かれるたび開きかける。

 そしてそのたび、向こう側の悲鳴が減っていく。

 

 

「隊長! 子供を脱出させないと!!」

「どういうこと!? 皆は!?」

「全員外にッ、うわぁっ!?」

 

 

 男の人の一人がお姉さんに声をかけた直後、一際大きな悲鳴が聞こえて、抑えられていた扉から刃が突き出してきた。

 刃は男の人のすぐ横を通る。また戻っていって、またガンガン叩いて、今度は男の人の頭を掠める。

 逃げる時何度も見た、大人の人を何人も傷つけた、あの化け物の腕だった。

 

 

っひ、ぁ、あ…………

 

「こちらエーテリアスに遭遇! 救助入口9番に閉じ込められた!! 緊急撤退を要請ッ!」

「エーテリアスが増えてる!!」

『救助チームが向かった、1分で着く!』

「1分も持たないぞッ!!」

 

 

 赤い、石の花がそこかしこに咲いていく。

 抑えがきかなくなり始めた扉から、ついにあの化け物が面の無い顔を覗かせて、私に吠える。

 

 ……あぁ、あぁぁ

 

 

「隊長! 俺の安全帯をッ!!」

「ここは死守します!! だから!!」

 

 

 ……しぬんだ、私、やっぱり。

 助かったと思ったのに、しぬんだ。

 あの化け物に刺されて、すっごく痛い思いをして、それで死んでいくんだ。

 ママみたいに、痛い痛いって。

 パパみたいに、お腹をぐちゃぐちゃにされて。

 それで、それから、あぁ、私、わたし、苦しいのは、痛いのは、嫌だよ……っ。

 

 もっとたくさん、たくさん歌を歌いたかったのに。

 死ぬのは、しぬのは、私……! 

 

 

「アストラちゃん、掴んで」

 

 

 ……っ! 

 

 

「大丈夫。さっきの歌、覚えてる?」

 

 

 ……声が聞こえる。

 少しくぐもっている、けどお姉さんの声だ。

 さっきと同じ、明るい調子の声。不思議と怖いものを遠ざけてくれる、そんな気のする、好きな声。

 

 歌、もちろん覚えてる。

 今だってすぐに歌える、だから。

 

 

「いっしょに歌おう……?」

「しーっ、アストラちゃんが歌って。ね?」

 

 

 ──私は、歌う。

 歌うよ、お姉さんの歌を。

 

 

『救助隊、こちら入口に到着。今から救助ロープを……!』

 

 

 だから。

 

 

「子供が先だ!!」

 

 

 だからどうか、

 

 

「うぁああああ!!」

 

 

 どうか、神様。

 

 

「こちら救助隊隊長、投下をやめて、緑のロープを回収して……オーバー」

 

 

 みんなを、たすけてっ……! 

 

 

 

 

 

『なんだっ!? うわぁっ!?!』

 

 

 風がすぐ横を吹き抜けた。

 赤い石の花を蹴散らして、化け物を踏み潰して、すぐ下で彼が大きな翼を広げて、直後咆哮が空まで届く。

 

 

 私の神様は、黒い姿をしていた。

 

 

 





https://youtu.be/o74apVb0KfE?si=_JAewu_l99vYbBXT

後半はアストラ。
キャラクターエピソード「今宵、星がきらめく」より

絶望溢れるロリトラの前に絶望が降ってきました。
絶望には絶望をぶつけンだよ!!
なお救助隊の面々は原作同様死にました、侵食って怖いね。慈悲はないよ。
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