どこもかしこも、エーテリアスばかりだ……(涙目) 作:bbbーb・bーbb
たどり着いた場所は廃棄済みの研究所であった。無人ではあったが、廃棄済みだというのに新しいタイヤ痕などから察するに、「ここが違法に工場へと作り替えられているのでは」という真斗の読みは当たっているのだろう。
「そんな〜、ここで終わり? ちょ~悔しい……」
パスワード付きの壁にこれ以上の探索を阻まれ、柚葉が不貞腐れるように頬を膨らませる。翌日には回り道を見つけるさとアキラが元気づけた。
適当観についた頃には夜だった。丁度アリス宛に荷物が届いていたようで、ポーセルメックスの寄越した世話係が彼女を連れて行った。
「この先に荷物があるのだわ?」
「ええ。大きなもので、運べなかったんです」
人気のない長い階段の上での会話。そうっと後ろから刺客がロープを持って現れ──一瞬にして柚葉たちに制圧された。
「はあ……私たちが、何の備えもなくただホイホイついていくと?」
アリスの軽蔑が飛ぶ。実は帰る前、彼らは尾けられていることに気付き、自身が狙いと踏んだアリス本人の提案によって刺客をおびき寄せる作戦を立てて居たのだ。結果は大成功である。
「そもそも、ロープ如きで貴公がどうにか出来る相手でもあるまいに」
狩人から哀れみの視線を向けられながら眠りに落ちた刺客二人を、一向は適当観へと運んでいった。昨日、アリスが泊まった部屋である。
藩と真斗が尋問を行う予定だったのだが、狩人が回転ノコギリを取り出すとそれだけで刺客たちは随分と協力的になった。
「あの研究所に何を運び込んでいた。答えろ」
「エ、エーテル爆薬だっ。理由は知らないが、指示してきた連中は明日にもあの場所を吹き飛ばすつもりだっ」
他の事はなにも知らないと涙目で答える刺客。自身が荷物を間違ってビルにぶつけた際、そのビルからアリスの悲鳴が聞こえてきたので「見られた」と思い口封じを試みたのだという。
実際には、その悲鳴は柚葉がアリスに初めてイタズラを仕掛けた時のものなのだが。呆れる狩人。そんなことで人を殺そうとしたのか。自分のことを完全に棚に上げ、狩人が溜め息をつく。
予定より何倍も早く部屋から出てきた三人を見て、アリスたちは少し驚いた様子を見せていた。
とりあえず今日はここ、適当観で泊まっていけと藩が言う。これで刺客が全員とも限らないのだ。反対の意を唱えるものは居なかった。遠慮する姿勢を見せていた嬢様ウサギも、結局は説得された。
「刺客はどうする」
「なあに、俺がなんとかしておくさ」
狩人が殺す以外の手段を全く想定していないことを察していたので、藩は割り込み気味に答えた。そうか、では任せたぞと狩人が向きを変えると、藩はようやく胸を撫で下ろした。
部屋が足りないので、柚葉とアリスはリンの部屋で泊まることとなった。残る真斗はアキラの部屋である。皆の荷物もそこに置くこととなった。
「これってあれみたいでいいじゃん、修学旅行!」
Shuugaku……ryokou……? 狩人が眉をひそめる。なんだそれは。説明を聞かされながら、アリスも体験したことが無いことを知った。彼女の所属する学校は令嬢ばかりなので集団で旅行などリスクでしかないのだと。
「そっか、それじゃあ今日はいっぱい楽しもうね!」
アリスに向かってにこやかに笑ってみせる柚葉。もうすっかり仲良くなっているようだ。さてこの重たいベルトを外そうかとアリスがバックルに指をかけ、すぐにきょとんと目を丸くする。
「外れないのだわ。何か引っかかって……」
「ああ、柚葉に任せて!」
自信満々に柚葉が取り出したのは、一本のピッキングツール。かわいらしい装飾からして、ヘアピンを改造したもののようだ。
「子供の頃にもらったやつでね。柚葉のお守りなんだ〜」
「──それはっ……!」
息を飲むアリスを見て、どうかしたのかとアキラが問う。何でもない、ただ自分も小さい頃同じものを二つ持っていたと返し、アリスは事の経緯を語り始めた。
幼少のある日。とある研究所に父と見学に行った際、アリスはそのヘアピンの片方を無くしてしまった。
駄々をこねるアリスをみかねて彼女を先に執事に家へ送ってもらい、父はヘアピンを見つけてから自分の車で帰る事となったのだ。それが間違いだったのかもしれない。
その帰りに父、ライオネルは事故に遭い、即死。あまりに遺体の損傷が激しかった為に葬式でも姿を見ることは叶わなかった。
「全部、私がヘアピンを失くしたせいなのだわ」
あんなこと、言わなければ。静かに拳を握りしめるアリス。突如、柚葉が声を荒げる。
「ほんっとバカ! そんなのまであなたのせいにしてどうするの!?」
自分を責めるのにも限度があるよ。そう言う頃には、彼女の声は弱まっていた。いきなりどうしたんだと気圧されている真斗を見て我に戻ったのか、言い方が悪かったと自身の発言についてアリスに謝っていた。
「平気なのだわ。浮波さんが優しさで言ってくれてることは分かるし……」
折角の機会に空気を悪くしたことをアリスが詫びる。話題を変えようとなった時、アキラが柚葉のヘアピンがお守りである理由を聞いた。
……ただ幼い頃初めて貰ったプレゼントだかららしい。明らかに何かを濁す態度を取っていたが、狩人たちにそれを追及しつくす勇気は無かった。
「さん」付けで呼ぶことをやめて欲しいと柚葉は言った。アリスにである。もうこんな仲なのだ、敬称など要るものかと。アリスは快く承諾した。
「それよりさ。折角のお泊まり会なんだから、怪談話は欠かせないよね?」
「ひぃぃ……!」
アリスが怯えるのを見てけらけらと笑う柚葉。ふと、狩人が口を開いた。
「怖い話か。恐らくだが、協力できるぞ」
「狩人さんまで……!」
耳を畳むアリス。絶望を顔に浮かべている。彼女は怖気に弱いのである。アキラと同じように。
狩人の言葉に、柚葉は目を輝かせていた。どうも彼女は「怪啖屋」なるグループに所属しているのだという。
平たく言ってしまえばオカルト研究会の類であり、奇妙な出来事を解決していくことを主として小規模ながら活動しているらしい。
狩人の話の一つ一つに、柚葉は食らいつくように聞き入った。アリスはとうとう泣いた。特に上位者のことを話すと皆が息を飲んだ。
「凄いリアリティ……まるで実話ってカンジ……!」
「実話だが」
えっ。間の抜けた声が部屋に響く。数秒の間を置いてた後、「嘘でしょ?」と恐る恐る確認する柚葉に「そんなことはない」と返す狩人。アキラも頷くのを見てまたまた数秒後、ええっと大きな声が木霊した。
「じゃああれも全部本当なわけ!? あの獣とかヤーナムとか、もしかしてあの上位者っていうのも!?」
「当然だ。何なら私も上位者だぞ」
あんぐりと口を開けたまま動かなくなる柚葉。心配した狩人が声をかけると、やがてぷるぷると身体を震わせはじめた。すぐに、それが笑いなのだと分かった。
「アッハハハ! MAJESTIC! なにそれ超凄いじゃん! インターノットに上げてもいい!?」
「構わんよ。私のことは書かないでもらえると有り難いがね」
所詮は怪談話、真に受けるものもいないだろう。事実、狩人が今のところこの街で上位者だのを見たことはない。鏡の中を除いては。狩人にもプライベートというものがあるのだ。
目を細め両手でガッツポーズを決め込む柚葉。アリスは隣でがたがたと震えていた。真斗ですらぎょっとしている。狩人の話が全て実話という事実を未だ受け入れられていないようだ。
「あ、あの『目玉塗れの脳味噌女』も、『扁桃石のアメンボ』も、『全裸素手デスファイト侵入者』も、全部本当のことなのだわ……?」
狩人が首を縦に振ると、アリスはへなへなとその場にへたり込んでしまった。最後の話はアキラも初耳だったので驚いた様子を見せていた。
「な〜んてね。証拠も無しに、そんなの信じられるわけないじゃん」
柚葉がにやけてみせる。騙されやすすぎだってとアリスと真斗をからかっている。でも話は本当に上手だったよと狩人とアキラを褒め、彼女が部屋を出ようとしたその時。
「他の上位者の一部を喚び出せる代物がある。見るかね」
「……ふーん、あるんだ」
余裕のある態度を見せながらも、柚葉の心臓は跳ね回っていた。そんなものを見せてもらえるのか、と。狩人の隣ではアキラが額に汗を浮かべている。
「狩人? それは本当に、人が見ても大丈夫なものなんだろうね?」
「ああ」
「良かった……なら──」
「多分」
「えっ」
一瞬で焦燥を露わにするアキラ。あまりに真に迫ったその反応に、まさか本当に本当なのではと柚葉が息を飲む。その心は一抹の恐怖と大いなる期待でいっぱいであった。
「狩人! 狩人! そのナメクジみたいなのをしまってくれ! 絶対に不味いやつだろうそれ──」
ばしゅうんっ。そんな音を立て、狩人の突き出した右手から飛び出した何本もの触手が空気を裂いた。そして、偉大なる上位者のそれは、やはり尋常な人如きが見て耐えられるものでは無かった。
「え……?」
一瞬にして顔から血の気が引いていく柚葉。「なに……今の……?」と声を震わせている。真斗ですら頭を抱えて苦しみはじめた。尤も、アキラに比べれば随分と軽い反応だったのだが。
「ぬ゙お゙ぉ゙っ゙……!」
「アキラくんっ!? 大丈夫っすか!?」
胸元を押さえ倒れるアキラに駆け寄る真斗。心肺停止していることを確認し即座に胸骨圧迫を行う。すぐさま狩人が儀玄の部屋まで聖歌の鐘を取りに行く。
「ああ、どうしようどうしよう……! ねえ、アリ──アリス……?」
慌てる柚葉がアリスを見やると、彼女は小さく口を開けたまま固まっていた。叫ぶくらいはすると思ったのだが。そうっと肩に触れると同時に、柚葉の口から小さな悲鳴が漏れる。
「し、死んでる……!」
石像のように固まったアリスの口からは、白い煙のようなものが、恐らくは魂と呼ばれるそれが立ち上っていた。彼女の哀れな魂が障子から空へと昇ろうとした、まさにその時であった。
ばん。障子を突き破り、高く飛び上がった狩人が舞い戻る。空中で魂を引っ掴み、アリスの口へ華麗なダンクシュート。間髪入れずに真斗へ鐘と水銀弾を投げつけ、鳴らせと叫ぶ。
アリスとアキラが意識を取り戻すのはほぼ同時の出来事であった。土下座を決め込む狩人。二度と自分たちの前であれを使わないことを条件になんとか許してもらえた。
「まあ、止めなかった柚葉にも非はあるかもだし……ごめんね」
そんなことはない。狩人ですら柚葉を擁護した。まさかあんなただの狂人の戯言が現実のことだとは誰が予想できようか。そもそも止められたのに意地になってぶっ放したのは狩人である。
「さ、三途の漁村が見えたのだわ……」
額に手を当てるアリス。少しふらついている彼女をよそ目にようやく荷物を置き終え、リンの部屋へ戻る用意を整える柚葉。
さて自分たちも早めに寝ようかとアキラが微笑む。ではなと狩人が部屋を出ようとしたその時、あれ、と真斗が声を漏らす。
「これじゃあ狩人さんの部屋が無くないっスか」
「ああ、彼に部屋は無いよ」
えっ。またしても間の抜けた声が発せられた。真斗たちの、そのぽかんと開いた口から飛び出したものである。アキラの返事を飲み込むのに、少し時間がかかったらしい。
「ホームレス……ってコト!?」
「おい柚葉っ、言い方ってもんが……!」
アリスらに続いて不躾な反応を詫びるアリスに、構わんさと笑い声を上げる狩人。普段狩人が使っているランタンは、適当観の中でも人目につかない場所にあるのだ。
「そっか、あなたも上位者なんだもんね……」
不死身なのもそういうことかと今更納得する柚葉。狩人も軽く頷いた。
この小女、狩人が不死人だと分かってからは随分と立ち直りが早かった。廃棄済みの研究所を探索している際も狩人にしょっちゅうイタズラを仕掛けていたのだ。銃を使ったものだけはしなかったが。あとやたらこまめにチャンバーチェックを行うようになった。
「それじゃあ、おやすみ〜」
手を振りながら、柚葉は部屋へ戻っていった。アリスはまだ具合が悪そうであった。今度何か詫びを入れねばなと狩人は決意した。学者だし上位者の智慧とか渡したら喜んでくれるかな。
狩人もベッドに潜ることとなった。こんな機会だから君も寝ないかとアキラに誘われたのだ。貰った寝間着に着替え、毛布に飛び込む。
暖かさに包まれる久しぶりの感覚に、狩人はふと自身が涙を流していることに気がついた。明かりも消え、穏やかな暗黒の中、大丈夫かいとアキラの声が部屋に染み渡る。
「ああ、大丈夫だ。ただ、こうやって毛布に包まれたのはいつぶりかと思ってな」
驚くアキラ。夢の中にベッドは無いのか。せいぜいソファしかない、眠るということすら半ば忘れていたと返すと、アキラの顔が少し暗くなったのが分かった。夜の暗さには目が慣れているのだ。
「そうか。じゃあ、今日はゆっくり寝ると良い。誰にだって、暖かいベッドで寝る権利はあるからね」
落ち着いた声が暗闇で響く。遠くの方では、キャッキャとはしゃぐリン達のくぐもった声が聞こえてきた。どんな話をしているのかまでは流石に聞こえなかったが。
流石に少し狭かった。なにせ一つのベッドに三人が潜っているのだ。しかもその内一人は一人で三人分くらいの体積がある。
上位者と筋肉ダルマに挟まれ、少し苦しそうなアキラ。時折三人の間でぼそぼそと言葉が交わされては、押し殺すような笑いが起きた。
楽しい。これが修学旅行か。狩人は自身の心が暖かいもので満たされるのを感じた。
狩人は久しぶりの眠気を味わった。死を前にした時のそれとは少し違う、ゆったりと背中を這う穏やかなそれである。抵抗もせずに身を委ねる。
「ぐふっ、ぐっ……! 聞いたかい、狩人……狩人?」
少し身を起こし狩人の肩に手を乗せると、アキラはすぐに彼が眠りについたことを理解した。流石にそろそろ僕たちも寝よう。アキラの言葉にそうっすねと真斗は微笑んだが、如何せん暗すぎるのでアキラには見えなかった。
結局二人も眠りに落ちたのは、更に数時間後のことであった。
感想数が四百を越えました。とても嬉しい。皆さん有り難うございます。
尋問シーンでラッシュアワーネタ(フランス語話す中国人尋問するシーンのパロ)やろうと思ったけど流石に最近パロ多すぎなので自重しました。
次回からシリアス強めになります。この章では。