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職場いじめは耐えるしかないの?限界の私が辞めずに戦えた理由

毎日、重い足取りで職場に向かう。「今日は何を言われるだろう」「また無視されるかもしれない」。そんな不安を抱えながら、それでも笑顔を作って受付に座る。これが私の日常でした。

みなさんは、職場でいじめを受けた経験はありますか?もしかしたら今この瞬間も、誰にも言えない辛さを抱えているかもしれません。「我慢すれば何とかなる」「気にしなければいい」。そう自分に言い聞かせながら、でも心の奥では「もう限界」と叫んでいませんか?

「職場いじめ」に耐え続けていませんか?

私は36歳、一般企業の受付として働いています。華やかに見える受付の仕事。でも実際は、社内の様々な人間関係に巻き込まれやすい立場でもあるのです。

なぜ私は職場でいじめの標的になったのか?

振り返ってみれば、すべては春の人事異動から始まりました。新しく配属された営業部のフロアマネージャー、田中さん(仮名)からの何気ない一言。「受付の声が少し大きすぎるかもしれませんね」。その時は、単なる業務上のアドバイスだと受け止めました。確かに私は、来客への親しみやすさを心がけて、明るく話しかけることを意識していたのですから。

でも、その指摘は次第に変質していきました。「お客様が不快に感じているんじゃないですか」「もう少し控えめにした方がいいんじゃないですか」。具体的な改善点は示されないまま、批判の声だけが大きくなっていったのです。

そして、その影響は徐々に広がっていきました。田中さんと親しい総務部の女性社員たちが、私の デスクを通り過ぎる時にささやき合うようになりました。「あの子、自己主張が強すぎるよね」「若いのに生意気よね」。直接言われることはありませんでしたが、その目線や態度が、確実に私を追い詰めていったのです。

電話応対でもミスを指摘されるようになりました。「もっと丁寧な言葉遣いで」「対応が遅い」「要領が悪い」。一つ一つは些細な指摘かもしれません。でも、それが毎日のように繰り返されると、次第に自信を失っていきます。特に辛かったのは、これまで問題なく使っていた言葉遣いまでもが、急に「不適切」とされるようになったこと。何が正しくて何が間違っているのか、基準が見えなくなっていきました。

やがて、社内メールの文面にまで指摘が及ぶようになります。「この言い回しは失礼じゃない?」「もっと謙虚な表現にすべき」。一度そう言われると、簡単なメールを送るのにも何時間も悩むようになってしまいました。書き直しても書き直しても、自信が持てない。結局、誰かに確認してもらわないと送信できない。その度に「手間がかかる人」というレッテルを貼られ、さらなる批判の的になっていったのです。

最も痛かったのは、周りの社員たちの変化でした。最初は私に同情的だった人たちも、次第に距離を置くようになっていきました。昼食に誘われることも減り、雑談の輪からも自然と外されるように。誰もが「面倒に巻き込まれたくない」という空気を漂わせ始めたのです。

結局のところ、私が標的になった理由は明確ではありません。それは、いじめの常とも言えるかもしれません。ただ、受付という立場が「社内の誰からも指摘されやすい位置」にあったこと、そして私自身が「何とか周りの期待に応えよう」と必死になればなるほど、その反応を面白がられ、さらなるいじめの的になっていった。そんな負のスパイラルに陥っていったのだと思います。

こうして考えると、職場でのいじめは、加害者と被害者という単純な構図では語れないものかもしれません。それは、組織の力関係や、人々の無関心、そして「和を乱してはいけない」という暗黙の圧力が複雑に絡み合って生まれる現象なのです。

どうしても「我慢」してしまう心理とは

毎晩、布団に入ってから考えました。「明日こそは言い返してやろう」「もう黙っていられない」と。でも、翌朝になると不思議と怒りは引いていて、代わりに「自分にも非があったのかもしれない」という思いが頭をもたげてくるのです。

そうして私は、必死に自分を正当化しようとしました。「きっと私の仕事に何か問題があるんだ」「もっと努力すれば認めてもらえるはず」。そう思い込むことで、今の状況を受け入れようとしたのです。時には、いじめてくる相手の立場に立って考えることさえありました。「あの人も仕事のストレスを抱えているのかもしれない」「私が気を遣えていないのかも」と。

この「我慢」の連鎖には、深い理由があります。私たち日本人は幼い頃から、「和を以て貴しと為す」という価値観を叩き込まれてきました。特に女性は「従順であること」「控えめであること」を美徳とされ、自己主張は「生意気」「図々しい」というレッテルを貼られがちです。

さらに、職場という場所には独特の力学が働きます。「出る杭は打たれる」という言葉通り、異を唱える者は組織の和を乱す存在として扱われます。そして多くの場合、いじめの加害者は被害者より立場が上、あるいは社内での影響力が強い人物です。そんな相手に逆らえば、さらなる報復を受けるのではないか。そんな恐れも、私たちを沈黙させる大きな要因となっています。

受付という立場も、この「我慢」を助長させました。来客対応や電話応対、社内の様々な部署との連携が必要な仕事です。一度でも「問題のある人物」というレッテルを貼られれば、円滑な業務遂行が難しくなる。そんな不安が、さらなる我慢を生み出していったのです。

最も厄介なのは、この「我慢」が一種の悪循環を生み出すことです。我慢して笑顔を作れば作るほど、周りからは「大丈夫そうだ」と思われ、問題は表面化しません。そして表面化しないことで、さらにいじめがエスカレートしていく。私自身、「我慢強い」と評価されることで、かえって自分を追い込んでいました。

冷静に考えれば、これは明らかにおかしな状況です。なぜ被害者が耐え忍ばなければならないのか。なぜ加害者は正されないのか。でも、そんな当たり前の疑問さえ、長年の「我慢」の習慣の中で麻痺させられていったのです。

実は、こうした過剰な忍耐は、心身に大きな影響を及ぼします。不眠や食欲不振、頭痛や胃の不調。これらの症状は、抑え込まれた感情が体を通して警告を発しているのかもしれません。にもかかわらず、多くの人は「メンタルが弱い」と自分を責め、さらなる我慢を強いてしまうのです。

私たちは、この「我慢の文化」から解放される必要があります。それは決して「我慢が悪い」という単純な話ではありません。時には状況を冷静に見極めるための「建設的な我慢」も必要でしょう。でも、自分の尊厳が踏みにじられているのに耐え続けることは、明らかに間違っています。「我慢」は美徳ではなく、時として私たちの人生を蝕む毒にもなり得るのです。

いじめを耐え続ける必要はない!私が行動を起こしたきっかけ

「このままでは壊れる…」限界を迎えた日

その日は、いつもと変わらない月曜日の朝でした。週末に向けて少し心を休ませようと、来月の有給休暇申請を出したばかりでした。母の還暦祝いに実家に帰省する予定を立てていたのです。

エレベーターを降りて、深呼吸をしながら受付デスクに向かう。そこに待っていたのは、ずたずたに破られた休暇届。「こんな忙しい時期に休もうなんて、図々しいんじゃない?」。無造作に置かれた付箋には、そんな言葉が走り書きされていました。

その瞬間、体から力が抜けていくのを感じました。いつもなら「申し訳ありません」と謝罪の言葉を口にしているはず。でも、この日は違いました。突然、吐き気が込み上げてきて、トイレに駆け込むことしかできなかったのです。

個室に閉じこもって、止めどなく涙が溢れました。今まで必死に抑え込んできた感情が、堰を切ったように流れ出す。「なぜ?」「何が悪かったの?」。心の中で叫び続けても、答えは見つかりません。

振り返れば、これは突然の出来事ではありませんでした。ここ数ヶ月、不眠に悩まされ、食事ものどを通らない日々が続いていました。朝は激しい胃痛で目が覚め、夜は不安で胸が締め付けられる。休日も仕事のことを考えて憂鬱になり、趣味だった料理も、友人とのお茶会も、すべてが色あせて見えていました。

母から電話があっても、明るく受け答えする元気もない。「お前、声変わったね」と心配されても、「ちょっと風邪気味なの」と誤魔化す日々。自分でも気づいていました。心も体も、限界に近づいているということに。

それでも必死に耐えていたのは、「これが社会人としての試練なのだ」と思い込んでいたから。でも、この日の出来事は違いました。これは単なる「試練」ではない。私の人格そのものを否定する暴力だったのです。

トイレの個室で、激しい嘔吐を繰り返しながら、ふと気づきました。このまま耐え続けていたら、本当に取り返しのつかないことになる。心が、体が、悲鳴を上げているのです。

「もうダメだ」。その思いが、逆説的に私に力を与えてくれました。これ以上ないところまで追い詰められて、初めて見えてきた景色があったのです。「このままじゃ死んでしまう」。その切実な危機感が、逆に冷静な判断を可能にしてくれました。

この日を境に、私の中で何かが変わりました。「耐える」から「行動する」へ。その転換点に立たされたのです。もう後戻りはできない。そう覚悟を決めた瞬間、不思議なほど心が落ち着いていくのを感じました。

破られた休暇届を見つめながら、私は決意しました。これは私の人生なのだ。誰かに踏みにじられる筋合いはない。その日の午後、私は初めて労働組合の窓口に電話をかけることにしたのです。

まず最初にやったこと:いじめの証拠を残す

労働組合に相談した翌日から、私は小さなノートを持ち歩くようになりました。最初は何を書けばいいのかも分からず、ただ日付と時間を記すだけ。でも、アドバイスを受けながら、少しずつ記録の取り方を学んでいきました。

まず心がけたのは、感情的な表現を避けること。「ひどい」「理不尽」といった主観的な言葉ではなく、「誰が」「どこで」「何を」「どのように」という具体的な事実を書き留めていきました。例えば「午前10時15分、3階会議室前で田中部長が『そんな態度でお客様を迎えるつもりか』と大声で指摘」といった具合です。

メールの記録も始めました。特に心無い言葉が書かれたものは、すべてPDFで保存。時には、社内チャットでの会話のスクリーンショットも撮るようになりました。最初は「こんなことまでする必要があるのか」と躊躇いもありました。でも、これは自分を守るための大切な作業なのだと、自分に言い聞かせ続けました。

音声の記録は特に難しい判断でした。法的には職場での会話を録音すること自体は違法ではないと知りました。でも、それが倫理的に正しいことなのか、何度も悩みました。結局、著しい暴言があった場合のみ、自分の身を守るための最終手段として録音することにしました。

記録を取り始めて気づいたのは、これが単なる証拠集めではないということ。日々の出来事を客観的に書き留めることで、自分の感情とも適度な距離を取れるようになったのです。「今日はこんなことを言われた」と書きながら、不思議と心が落ち着いていくのを感じました。

時には辛い記憶を掘り起こすことになり、涙が止まらなくなることもありました。特に、過去の出来事を時系列で整理していく作業は、心が締め付けられるような思いでした。でも、それも必要な過程だったのかもしれません。自分が何を経験し、どんな思いをしてきたのか、改めて向き合う機会となったのです。

記録を取り始めて約2週間が経った頃、私は興味深い変化に気づきました。いじめの頻度が、少しずつ減っていったのです。おそらく、私が記録を取っていることが、加害者側にも伝わっていたのでしょう。以前のような露骨な嫌がらせは影を潜め、代わりに「無視」という形での嫌がらせが増えていきました。

そして、もう一つ大きな変化がありました。記録を取ることで、自分の中の「我慢」のパターンが見えてきたのです。いつ、どんな状況で自分が黙ってしまうのか。なぜその時、声を上げられないのか。そういった自分の行動パターンを理解することで、少しずつですが、新しい対応の仕方を考えられるようになっていきました。

このノートは今でも私の手元にあります。時々開いてみると、あの頃の苦しかった記憶が蘇ってきます。でも不思議と、その記憶は以前ほど私を苦しめません。それは、この記録が「ただ耐えていた私」から「行動を起こした私」への変化の証だからかもしれません。今、このノートは私にとって、単なる証拠以上の意味を持っているのです。

上司や第三者への相談で状況は変わるのか?

証拠を集め始めて一ヶ月が経った頃、私は重い腰を上げて直属の上司に相談することを決意しました。実は、それまでにも何度か相談のチャンスはありました。でも、「大げさに思われるのでは」「煩わしい部下だと思われるのでは」という不安が、その一歩を踏み出す勇気を奪っていたのです。

最初の相談は、予想通りの展開でした。「気にしすぎなんじゃないですか」「もう少し様子を見てみましょう」。そんな言葉を返されて、一時は相談自体を諦めかけました。でも、日々付けていた記録が、私の背中を押してくれました。

二度目の相談では、これまでの経緯を時系列で整理した資料を持参しました。破られた休暇届、心無い言葉が書かれたメール、日々の出来事の記録。それらを淡々と説明していく中で、上司の表情が徐々に変わっていくのを感じました。

「ここまでとは思わなかった」。上司がつぶやいた言葉に、私は少しだけ希望を見出しました。でも、その後の展開は複雑でした。確かに露骨な嫌がらせは減りましたが、代わりに「社内の空気を乱す人物」というレッテルを貼られ、より巧妙な形での無視や排除が始まったのです。

この経験から学んだのは、上司への相談は諸刃の剣だということ。相談することで状況が改善する可能性もありますが、逆に立場が更に悪くなるリスクもあります。特に、加害者が上司と親しい関係にある場合や、上司自身が問題の本質を理解していない場合は要注意です。

そんな中で私が見つけた一筋の光明が、外部の相談窓口でした。労働組合のホットラインに電話をかけた日のことは、今でも鮮明に覚えています。初めて、自分の経験を「職場いじめ」という言葉で整理できた瞬間でした。

外部相談員との会話は、驚くほど冷静なものでした。感情的になる私に対して、相談員は終始客観的な視点を保ちながら話を聞いてくれました。そして、私の経験が決して特異なものではないこと、多くの人が同じような状況で苦しんでいることを教えてくれたのです。

特に印象的だったのは、「すぐに状況を変えようとする必要はない」というアドバイス。まずは自分の心身の健康を守ること、そして着実に証拠を集めながら、次の一手を考えていくこと。その言葉に、私はどれほど救われたことでしょう。

社内の産業カウンセラーへの相談も、新たな視点を与えてくれました。ただし、ここでも注意が必要でした。カウンセラーとの会話は守秘義務で保護されているとはいえ、完全な第三者とは言えない立場です。そのため、話す内容は慎重に選び、主に心のケアに焦点を当てた相談に限定しました。

結果として、相談行動は必ずしも即効性のある解決策とはなりませんでした。でも、一人で抱え込んでいた問題に「別の視点」が加わることで、新しい可能性が見えてきたのです。時には「相談しても何も変わらない」と落胆することもありました。それでも、誰かに話を聞いてもらうことで、少しずつ自分の中の「諦め」が「希望」に変わっていったように思います。

今、あの日々を振り返って思うのは、相談することの真の価値は、必ずしも状況を劇的に変えることではないということ。それは、自分の経験を言語化し、整理し、そして新しい視点を得るための重要なステップだったのです。その過程で、私は少しずつ、自分の人生の主導権を取り戻していったのかもしれません。

競争をあおる職場の構造が、いじめを助長する

立場の弱い人が狙われる職場の特徴

私が働いていた職場の受付カウンターからは、オフィス全体が見渡せました。その視点で毎日を過ごすうちに、次第に見えてきた風景があります。それは、この会社の中で誰が「ターゲット」になりやすいのか、という残酷な法則でした。

最も顕著だったのは、部署の垣根を越えた力関係です。例えば、受付や総務などのいわゆる「間接部門」の社員は、営業や企画などの「収益を生む部門」の社員よりも明らかに発言力が弱い。私たちの仕事は「誰にでもできる」「替えがきく」という暗黙の評価が、常に付きまとっていたのです。

特に受付は、まさに「社内のグレーゾーン」とも言える立場でした。正社員でありながら、派遣社員と同じように扱われることも珍しくありません。来客対応や電話応対という重要な業務を担っているにもかかわらず、社内での発言力は極めて限られている。そんな矛盾した状況が、いじめの温床となっていったのです。

また、興味深いのは、いじめの標的が必ずしも「仕事ができない人」とは限らないということ。むしろ、真面目に仕事に取り組む人、自分なりの意見を持っている人が狙われやすい傾向にありました。なぜなら、そういった人々は既存の権力構造に対する「潜在的な脅威」と見なされるからです。

私の前任者の話を聞いたときは、背筋が凍る思いでした。彼女も「仕事ができすぎる」ということで周囲から疎まれ、最終的に退職に追い込まれたそうです。効率的な業務改善を提案したことが、かえって「余計なことをする人」というレッテルを貼られる原因になったとか。

さらに深刻なのは、この構造が自己強化的に機能することです。一度「やりやすい相手」と認識されると、その人への嫌がらせは徐々にエスカレートしていく。周囲も「あの人には何か問題があるのだろう」と思い込み、次第に孤立していく。そうして、ターゲットはますます弱い立場に追いやられていくのです。

非正規雇用の増加も、この問題を悪化させる一因となっています。契約更新の不安を抱える非正規社員は、声を上げにくい立場に置かれがち。そして、その存在が「正社員でも代替可能」という圧力となって、私たちのような正社員の立場もさらに弱めていくのです。

人事評価の不透明さも、この構造を支える要因の一つでした。明確な評価基準がないまま、「協調性」や「周囲との関係」が重視される職場では、理不尽な要求にもノーと言えない空気が生まれやすい。その結果、いじめる側は自分たちの行為を正当化し、いじめられる側は声を上げられなくなっていくのです。

最も厄介なのは、こうした構造が一見して穏やかな職場の表面下に潜んでいることです。表向きは「働きやすい職場づくり」を掲げ、ハラスメント防止の研修も行われる。しかし、その実態は、力関係という見えない鎖で社員を縛り付ける巧妙なシステムとなっているのです。

このような職場の特徴を理解することは、決して悲観的になるためではありません。むしろ、これは問題の本質を見極め、効果的な対策を講じるための第一歩となるはずです。なぜなら、個人の問題として片付けられがちないじめが、実は職場の構造そのものに根ざしているということが分かれば、その解決の方向性も見えてくるからです。

いじめが放置される職場の「見えないルール」

会社の廊下には、立派な額に入った企業理念が掲げられています。「相互尊重」「風通しの良い職場づくり」。でも実際の職場では、誰も口にしない「見えないルール」が、私たちの行動を縛っていました。

そのルールの一つが「波風を立てるな」という鉄則です。ある日、新入社員が部署会議で業務改善の提案をしました。建設的な内容だったのですが、それに対する先輩社員の反応は冷ややかなものでした。「今までそうやってきたんだから」「若いのに生意気だ」。その光景を目の当たりにした他の社員たちは、暗黙のメッセージを確実に受け取ったはずです。「現状に異議を唱えてはいけない」と。

また、「個人の問題は個人で解決しろ」という風潮も根強く存在していました。同僚が深刻な困難を抱えていても、周囲は見て見ぬふりをする。それは単なる無関心ではなく、むしろ積極的な「関与の拒否」とも言えるものでした。なぜなら、誰かの問題に関わることは、自分自身もリスクを背負うことを意味するからです。

さらに悪質なのは「上には逆らえない」という暗黙の了解です。この「上」は必ずしも職位だけを指すわけではありません。社内での影響力、人脈、在籍年数など、様々な要素が複雑に絡み合って形成される力関係です。例えば、営業成績の良い社員は、たとえ後輩であっても、他部署の先輩に対して横柄な態度を取ることができる。そんな不文律が、まかり通っていたのです。

「問題提起をする人間が問題」という歪んだ論理も、深く根付いていました。私がいじめの相談をした際、人事部から返ってきた言葉が今でも耳に残っています。「もう少し周囲に合わせる努力をしてみては?」。つまり、いじめという問題そのものではなく、それを訴える人間の方が「協調性に欠ける」と見なされてしまうのです。

このような見えないルールは、競争の激化する職場環境の中で、より巧妙な形を取るようになっています。表向きは「ダイバーシティ」や「働き方改革」を掲げながら、実際には「従順な社員」だけが評価される。そんな二重基準が、私たちの職場には蔓延していたのです。

印象的だったのは、ある中堅社員の呟きです。「こんなことおかしいって分かってる。でも、家のローンもあるし、子どもの教育費もある。声を上げて、自分まで標的にされるわけにはいかない」。この言葉には、見えないルールに従わざるを得ない多くの社員の苦悩が凝縮されていました。

こうしたルールは、まるでウイルスのように組織内に広がっていきます。新入社員は先輩の振る舞いを見て学び、中堅社員は管理職の態度を真似る。そうして、誰も望んでいないはずの抑圧的な文化が、世代を超えて受け継がれていくのです。

特に危険なのは、このルールが「合理的な理由」を装って正当化されることです。「業務の効率性のため」「チームワークを重視して」「前例を重んじて」。そんな建前の下で、実際には個人の尊厳が踏みにじられていく現実があります。

しかし、これらの見えないルールは決して絶対的なものではありません。むしろ、私たちがそれを「見えないもの」から「見えるもの」に変えていくことで、初めて変革の可能性が生まれるのです。なぜなら、問題が明確に認識されて初めて、その解決に向けた具体的な行動が可能になるからです。

いじめを乗り越えたら、私の世界はこう変わった

「辞めるのは負けじゃない」転職という選択肢

「逃げるのは負け」。長い間、この言葉が私の心を縛り付けていました。いじめに遭っても必死に耐え続けたのは、辞めることが「負け」を意味すると思い込んでいたから。そして、周囲からも「逃げ出す人」と思われることへの恐れがありました。

その考えが大きく変わったのは、オンラインカウンセリングでの一言がきっかけでした。「あなたは毎日、戦場に向かっているようなものですよ。そんな場所にずっといることの方が、おかしいのではないでしょうか」。その言葉は、私の中の何かを揺さぶりました。

確かに、私は毎朝、戦場に向かうような気持ちで出社していました。胃が痛くなり、頭痛に悩まされ、夜も眠れない。休日は次の週への不安で潰れてしまう。家族との時間さえ、心から楽しむことができない。そんな日々を「耐え抜くこと」に、いったいどんな価値があるのでしょうか。

転職を真剣に考え始めてから、私は少しずつ情報を集め始めました。最初は求人サイトを眺めるだけ。それでも、「他にも選択肢がある」という事実を知るだけで、少し心が軽くなりました。まるで、暗い部屋に小さな明かりが灯ったような感覚です。

ただし、この決断は決して簡単なものではありませんでした。特に、経済的な不安は大きかったです。今の給与には及ばないかもしれない。新しい環境で通用するのか。転職活動中の生活は大丈夫なのか。そんな現実的な懸念が、常に頭をよぎっていました。

しかし、じっくりと考えを整理していく中で、新たな気づきがありました。今の環境に留まり続けることこそ、実は大きなリスクなのではないか。心身の健康を損ない続ければ、いずれ働くこと自体ができなくなる可能性もある。それに比べれば、転職という選択肢は、むしろ「自分を守るための積極的な行動」と言えるのではないでしょうか。

転職活動を始めてから、私の中で少しずつ変化が起こり始めました。以前なら「この程度のことで辞めるなんて」と自分を責めていたかもしれません。でも今は違います。自分の人生の主導権を取り戻す行動。そう捉えられるようになってきたのです。

特に印象的だったのは、転職エージェントとの面談です。「あなたの経験は、むしろ強みになります」という言葉に、最初は半信半疑でした。でも、確かに私は受付として多くのスキルを身につけていました。クレーム対応、社内調整、緊急時の判断力。それらは、どの職場でも必要とされる貴重な経験だったのです。

面接を重ねていく中で、新たな発見もありました。すべての職場がいじめを容認しているわけではない。むしろ、従業員の心身の健康を重視する会社も、確かに存在するのだと。そのことを知れただけでも、転職活動を始めて良かったと感じています。

今、私は以前より穏やかな気持ちで毎日を過ごしています。たとえ今の会社を辞めることになっても、それは「負け」でも「逃げ」でもない。自分の人生を大切にするための、勇気ある決断なのだと。その考えが、不思議なほど心を軽くしてくれているのです。

いじめから解放されて気づいた本当の問題

転職を決意してから、不思議なほど心が軽くなりました。それは単に「逃げ場所が見つかった」という安堵感だけではありません。むしろ、これまで見えていなかった本質的な問題が、少しずつ見えてくるようになったのです。

最初に気づいたのは、私自身の中にあった「我慢することは美徳」という根深い思い込みでした。幼い頃から「良い子」であることを求められ、周囲の期待に応えることを当たり前のように思ってきました。その価値観が、職場でのいじめを受け入れてしまう素地を作っていたのかもしれません。

カウンセリングの中で、私は自分の言動パターンを振り返る機会を得ました。相手の機嫌を伺い、自分の意見を抑え込み、どんな理不尽な要求にも「申し訳ありません」と頭を下げる。そんな行動が、むしろいじめを助長していた可能性があると気づいたのです。

しかし、それは決して個人の問題だけではありませんでした。日本の職場に根付く「和を以て貴しと為す」という考え方。この一見素晴らしい理念が、時として個人の尊厳を踏みにじる口実として使われているのではないか。そんな疑問が、徐々に形を成していきました。

特に女性の場合、この傾向は顕著です。「従順であること」「控えめであること」が美徳とされ、それに従わない者は「生意気」「協調性がない」というレッテルを貼られる。私の場合も、受付として「明るく振る舞う」ことを求められながら、同時に「目立ちすぎない」ことも要求されていました。この矛盾した期待に応えようとすること自体が、すでにストレスだったのです。

また、競争社会の歪みも見えてきました。成果主義の導入により、社員同士が互いを足を引っ張り合う構図が生まれている。そんな環境では、立場の弱い者がストレス解消の標的にされやすい。私が受けていたいじめも、実はそうした構造的な問題の一つの表れだったのかもしれません。

さらに興味深いのは、この問題に気づいた時の周囲の反応でした。「そんなこと言っても仕方ない」「世の中そんなもの」という諦めの声が多かったのです。その反応こそが、問題の根深さを物語っているように感じました。私たちは知らず知らずのうちに、理不尽な状況を「当たり前」として受け入れてしまっているのです。

しかし、最も重要な気づきは、変化は可能だということ。確かに、社会全体の構造を一朝一夕に変えることはできません。でも、一人一人が「これはおかしい」と声を上げ始めれば、少しずつでも状況は変わっていく。その確信は、私自身の経験から得られた大切な学びでした。

ある意味で、私が経験したいじめは、現代社会が抱える様々な歪みを映し出す鏡だったのかもしれません。個人の性格や人間関係の問題として片付けられがちないじめが、実は私たちの社会や組織の在り方そのものに深く根ざしている。そのことに気づけただけでも、この辛い経験には意味があったと感じています。

今、私は新しい一歩を踏み出そうとしています。それは単なる環境の変化だけではなく、自分自身の価値観や生き方を見つめ直す旅でもあります。そして、この経験を通じて得た気づきを、何らかの形で社会に還元していきたい。そう考えられるようになったことが、私にとって最大の変化かもしれません。

我慢しなくていい。あなたの未来はここから変えられる

まずは小さな一歩から始めよう

「何かしなければ」と思っていても、最初の一歩を踏み出すのは本当に難しいものです。私自身、行動を起こすまでに随分と時間がかかりました。今、あの頃の自分に声をかけるとしたら、まず「あなたは一人じゃない」という言葉を伝えたいと思います。

私が最初に取った行動は、とても小さなものでした。手帳の隅に、その日に起きた出来事を短く書き留めることから始めたのです。最初は感情的な言葉ばかりが並びました。でも、日を重ねるごとに、徐々に客観的な視点で状況を記録できるようになっていきました。

この記録は、後に思わぬ効果を発揮することになります。いじめの事実を上司や外部の相談窓口に説明する際、具体的な日時や状況を示すことができたのです。「感覚的におかしい」という訴えから、「具体的な事実に基づく問題提起」へと、私の声は確かな重みを持つようになりました。

記録を取り始めてから気づいたのは、自分の中の変化でした。出来事を書き留めることで、感情の整理ができるようになったのです。「今日はこんなことを言われた」と書きながら、不思議と心が落ち着いていく。それは、問題を自分の外側に置いて見つめ直す作業でもありました。

同時に、私は自分の体調管理にも気を配るようになりました。それまでは「仕事の一部」として受け入れていた不眠や胃痛が、実は深刻なサインだったことに気づいたのです。休日は意識的に職場から離れた場所で過ごし、心身をリセットする時間を作るようになりました。

また、信頼できる人に少しずつ状況を打ち明けることも始めました。最初は家族にさえ言い出せずにいましたが、オンラインのカウンセリングで話すことから始めてみたのです。匿名だからこそ、素直な気持ちを表現できました。そして、第三者の視点から状況を見つめ直すことで、新たな気づきも得られました。

特に重要だったのは、「完璧な解決策」を求めすぎないことです。状況を一気に変えることは難しいかもしれません。でも、今日できる小さな行動から始めることで、確実に変化は生まれていきます。例えば、いじめの現場で完全な沈黙を守るのではなく、穏やかにでも「それは違います」と言えるようになる。そんな小さな変化の積み重ねが、やがて大きな力となっていくのです。

私の経験から言えることは、「正しい順序」や「完璧なタイミング」を待つ必要はないということ。むしろ、自分にできそうな一番小さな行動から始めることが、結果として最も効果的なアプローチとなります。なぜなら、その小さな一歩が、次の行動への自信につながっていくからです。

時には「この程度のことで」と自分を責めてしまうかもしれません。でも、それは間違っています。あなたの心や体が発するサインに耳を傾けることは、決して弱さの表れではありません。むしろ、それは自分を大切にする勇気ある行動の第一歩なのです。

私たちには、より良い職場環境を求める権利があります。その実現に向けて、今日からできる小さな一歩を見つけていきましょう。それは記録をつけることかもしれませんし、信頼できる人に話を聞いてもらうことかもしれません。どんなに小さな一歩でも、それはあなたの人生を変えるための確かな前進となるはずです。

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