「呪詛解き」と「呪詛返し」は どう違う?
今年もあと半年ほどとなり、15年ほど苦しめられてきたものから私はようやく逃れることができています。
影響が残っているのは、六さん(夫)。逃すまいと悪あがきをしている「もの」がいて、彼だけまだ困ったことになっています。
といっても、意識をコントロールされることはなく、些細な邪魔が入っている程度のものです。
例えるなら、私は地下から這い上がって穴の外に出られたというのに、六さんは片方の足首だけ掴まれていてもがいているといったところでしょうか。その状態では、夫婦揃って次へ行くことはできません。そこで、二人でそれぞれ「呪詛返し」を試みています。
そもそも「呪詛返し」とは何か?
私は、呪い(呪詛)の類をかけられればわかるので、悪質なものは「呪詛返し」をしてきました。「呪詛返し」とは、呪詛をかけた本人に対して「呪詛」をそのままお返しすることです。
「呪詛」をゴミに例えてみましょう。
ゴミを勝手に宅送されたり玄関先に置かれたりしたら迷惑ですよね。そのゴミをそのまま相手に返送するのが「呪詛返し」です。「呪詛解き」の場合は、こちらで処分して無かったものにすることを指します。
もう一年ほど前でしょうか。呪詛をお返しする行為を怖いことのように印象操作をしている方がいらっしゃいました。しかし、よく考えてください。怖いのは他人に呪詛をかける人です。
「呪詛」は勝手に本人に返っていく
とはいえ、呪詛は放っておいてもいずれ本人に返って行きます。相手を陥れ、不幸にしておいて涼しい顔をしていられるなんて大間違いです。
ただ、その呪詛が悪質で強力であった場合、最悪、命の危険も伴います。自然に任せるなどと悠長なことは言っていられません。うちはこのレベルのものが複数あったために、返品させていただきました。たちの悪いものは、神仏の力もお借りしています。そのときに相手に返った呪詛で起こったことが、以下の記事で書いたものです。
相手が諦めない限り「微量な呪い」はくる
さてさて、片足程度ではありますが、まだ手を掛けられている状態の六さん。これは恐らく、呪詛というより生き霊なのですが、残っているのはそもそも我が家に不幸をもたらした家の人達であることは明らかです。
本人が諦めない限り、執着がある限りはやってきます。ただ、それなりに体力も消耗しますから、プロを使って呪詛でもかけない限り次第に微量になります。ご本人達ももう高齢ですから、必死なのでしょう。いろいろ利用したいこともあるのだと思います。
人を呪わば穴二つ
他人を呪って殺そうとすれば、自分もその報いで殺されることになるので、墓穴が二つ必要になる。 人を陥れようとすれば自分にも悪いことが起こるというたとえ。
まさに、この諺(ことわざ)が示す通りです。
悪いことが起こるだけではなく、人柄が顔に表れていきます。日本の昨今の政治家のように、悪い行いはいずれ白日の元に晒されますし、信頼や居場所を失うこともあるのです。
怖い話を書いていますが、私や私を守護してくださる神仏が怖いということではありません。非情なものには容赦しないというだけのことです。
他人の幸せを願えば自分にも良いことが返ってきます。そういう人だけが溢れていけばいいのだと思います。
いえ、ここから先は、思いやりのある正しい人しか残れません。



コメント
11NNさま〜、
そんなことを言ってしまえば、私も何かありそうな気がします💦
でも、悪人とは、もっと深いどろっとしたものを内包している奴かと思います。
NNさまは、すでにチャラですよ^^
そうだったらありがたいが
あたしはカンダタ
人殺しなのに蜘蛛をたすける
チャラにはならんけど努力はしてるつもり←情けないww
NNさま〜、
ならば、蜘蛛の糸を皆で登ればいいのです^^
NNさまはそういうお人ですよ。
私は、お金の苦労を知る前は少し調子に乗ってた部分もあります💦
まだまだ、自戒は必要です😅
泣くからww
ありがとう