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父親が急死した。搬送先は自分の勤務先だった。

これは心肺停止になった肉親を自分の勤務先の病院へ搬送することになった医師のはなし。

まだ死後3週間と未だ受容し兼ねる時期ではありますが、そのとき思ったことや考えたことを忘れないうちにどこかに残しておこうと思いここに書きます。文章の才能はありませんので悪しからず。







先日父が急死した。60歳だった。

普段なら夕食後トイレに出てきたりするはずなのに物音がしないので部屋へ様子を見に行ったら心肺停止の状態だった。

すぐに救急要請し胸骨圧迫(心臓マッサージ)を行った。これまでのキャリアで最も必死で行った心マだったと思う。

病弱な母に救急隊との連絡を任せて心マを続けること4分程、遠くからサイレンが近づいてきた。と思っていたらすぐに救急隊員たちがマンションの部屋まで駆け上がってきた。余裕がなくて全く分からなかったけれどもたぶん見知った顔の人たちだ。

既往歴やかかりつけ医療機関を伝えたら「最も近い〇〇病院(私の勤務先)に受けてもらいます!」とその場で連絡。搬送先決定となった。(※補足しておくが、普段から息子の職場に迷惑かけたくないと父が言っていたこともあってこの時点では私が搬送先の病院職員であることは伝えていない。多分無意識に身分を隠そうとした気がする。)

応需できるか聞いてみる、ではなく応需してもらう、という救急隊のニュアンスは本当に救わないといけない生命に対する真剣さが表れていて頼もしかった。


マンションの上層階であること、父は体格が大きいことを伝えていたため隊員は6人くらい来ていた。当然救急車だけでは定員オーバーなので消防車と2台で来ていた。なるほど消防車ってこういう使用方法もあるんだ、そっか現場次第では傷病者のレスキュー扱いになるもんな、などと考えたのを覚えている。

思考停止しかけている母を救急車に同乗させて、私は後追いで病院に向かった。(救急要請って何番にかけたらいいの?って状態になっている母に車の運転させるわけにはいかない。)幸い私も両親も私の勤務先から5分圏内に住んでいるので搬送はあっという間だった。やはり始業時間10分前に自宅出ても十分間に合う立地は素晴らしい。冷静なつもりだったが多分かなり動揺してたんだろう。運転しようとしたときに一瞬過換気になりかけた。過換気なんて小学校のテストで初めて80点台採ってビンタが飛んできたとき以来だろうか。


病院到着し処置が始まった。いつもの心肺停止患者の対応の流れの通りである。胸骨圧迫継続、挿管、ルート確保、CVカテーテル留置。

何か自分にできることないかと探していたけどあまりなさそうだったので動脈血ガスだけとることにした。まあ手が震えて震えてなかなかうまくいかない。体格があるから鼠経動脈が深くて、なおかつ胸骨圧迫でようやく循環している血流である。あの状況で2回目で採れたのは上出来だと思う。


ガス分析の結果はpH 6.50 PaO2 20mmHg PaCO2 120mmHg K 7.8 (あとは忘れた)…。正直発見した時点で心肺停止からどれくらい時間経過していたのかはっきりしないのでほぼ厳しい結果なのはわかっていたが、数値をみてそれがほぼ確定に近くなってしまった。(※通常心肺停止により脳への血流が途絶すると1分ごとに救命率は10%程度下がる。10分以上経過するとほとんど救命困難となる。)

それでも心拍再開の可能性にわずかな望みをかけつつ残りの治療は当直のスタッフに委ねた。

可能な処置をすべて行ったが結果として心拍再開は得られず。そのまま死亡確認となった。最初に異常を発見してから約1時間半後のことであった。


死後の画像検査でも明らかな異常所見はなく、採血結果等から判断して心血管系のイベントが発生した可能性が高いと考えられる。



なんで?どうして?疑問しか浮かばなかった。

もちろん頭ではわかっている。高血圧、糖尿病の既往歴からそうしたイベントは起こってもおかしくない。でもつい2時間前まで普通に会話していたのだ。普通に食事して、テレビ見て。部屋に戻るとき軽く文句言いながら別れた。そんな会話が最後になるなんて思ってないから。

後悔してもしきれない。何か原因はなかったか、前兆はなかったか、症状をみおとしていなかったか。曲りなりにも医師でありながら普段と何も変化に気づけなかった。今思えば死の5日程前からわずかな変化(健忘症状?)はあったが様子見していた。因果関係があるかは結局わからないが。



実は家族の突然死を経験したのは初めてではない。

医師になるきっかけにもなったのが22年前のこと。私が中学生のときだ。母方の祖父が亡くなった。スーパー銭湯が好きでよく行っていた。死んだ日もいつも通り夕方銭湯に出かけて行った。「行ってくるぞ。」祖父が帰ってくることはなかった。クモ膜下出血だった。

その突然死の日以来、母からは出かけるときとか別れるときにはケンカしない、とよく言われるようになった。それに関してはそんな馬鹿らしい、とか思っていたがそのときの母と同じ経験をした今ならよくわかる。あの頃、母と祖父はしょっちゅう言い争いしてたから。


我が家は確率の低いアンラッキーな方が選ばれることがよくある。それはときに自分のせいで引き起こされたものだったりもするけれど、まあ不運な方だと思う。4人の祖父母だって1人を除いて私が小中学生の間に死んでいる。全員65歳だし、もっといえば65歳7か月で、である。


心的ストレスを与える強度でいうと配偶者、親、子の死は最大強度らしい。でもあまりのことに実感がわかない。父は長期出張にでも出かけたのではないか、と感じてしまう。でもLINEの既読はつかないし、電話に出ることもない。そもそも父のスマホは今私の机の上だ。3週間経って立ち直ったのかまだ現実逃避しているのか、どっちなんだろう。

でも1つ言えるのは突然いなくなる死に方は遺された者たちにとっては最も辛いということ。それが病死だろうが事故死だろうが自死や他殺だろうとも。それまでの日常はそこで寸断される。たくさん迷惑かけたのに「ごめん」も「ありがとう」も言えなかった。あの時どう考えてた?って聞こうにももう答えは返ってこない。

いきなり平穏が壊れて、それを無理やり立て直せというのは全く酷な話だ、と思う。自分だけが立ち止まっていても社会は待ってくれないから進むしかない。人が死ぬと葬儀があって、役所の手続きがあって、とやらなければいけないことがドンドン迫ってくる。キチンと終わらせるにはかなり手間を要する。けれどもそうして事務作業に追われて悲しみを紛らわせるのも大事なのかもしれない。



今回の出来事で気づいたこともあった。

日本の医療制度は素晴らしい。119番をかければ無料で救急車はやってくる。遍くすべての人間にサービスの門戸が開かれている。これは絶対に絶やしてはいけないシステムだ。

だが現実には「虫に刺された」「便が出ない」「過換気で手足がしびれる」「酒を飲みすぎて動けない」といった主訴で救急要請する人がいる。それも医療を知らない人が想像するよりもずっと多い。救急車から歩いて降りてくる人もいる。また確かに救急外来に来る必要はありそうだが救急車で来る緊急性はない人もいる。家族の自家用車やタクシーで十分事足りる。

残念ながらそうした軽症者の応需の増加の影響を受けて救急は逼迫している。119番してから救急隊到着までにかかる時間は全国平均10分、病院収容までだと45分である。前述のとおり心停止から10分で救命困難になることを考えるとかなり厳しい状態である。正しく救命措置ができる人が近くにいない状態であれば、救急車が間に合わなかったために助からないなんてこともあり得る。


救急車の一部有料化、民間の救急タクシー、救急相談ダイヤルの相談員の拡充と質の向上、医療相談のできるAIの整備、地域住民への救急医療の現状の理解および協力を得るための周知の強化、国民が基礎的な医療知識を学べる場面の拡充(義務教育内への盛り込みも含めて)など。知らないが故に不適切な医療享受となっている人を減らせるようにしなければならないと思う。

また、これまで日本の医療は医療者の善意で成り立っていた。しかし時代の変化とともにそうした善意を喰い物にする人が増えている。そうした不正利用を徹底的に潰す。これは生活保護等福祉の在り方にも通じる問題であろう。

医療を本当に困っている人のために使えるような社会であってほしい、そのためにできることがあれば少しでも役に立ちたいと私は思う。


文章がとっ散らかっていますが半分くらいは未来の自分があの日のことを思い返すときの楔のつもりで書いています。今日のところはこれくらいで。


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ミナト

配偶者が似たような状況で急逝して3年経ちました。この年頭には父も亡くなり、気持ちの波はまだまだ収まりそうにありません。拝読していろいろいろいろ思い出しました。それでも、夫のときにやはりお世話になった日本の救急システムに改めて感謝しています。

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