なぜ、AI開発に補助金は必要ないのか
長野県飯田市の会社員、近藤茂さん。
彼は国家予算も研究室も持たず、32TBのHDDと自作PC、そして数か月の思考実験だけで、スパコンを凌駕する世界記録を打ち立てました。
nikkei.com/article/DGXNAS
かたや、国家的資金と研究設備を背景にしたスーパーコンピューターT2K筑波システムは、既に確立されたアーキテクチャとアルゴリズムを最適化して結果を出す。これは再現性と信頼性の上に成り立つ科学の王道であり、いわば構造に乗る知です。
しかし、構造に守られるがゆえに、その限界の外側を想像したり、仕組みそのものを疑う思考は生まれにくい。「思考」よりも「運用」と「記憶」が主導する知が、制度の中で増殖していきます。
近藤さんの挑戦は、単なる根性論ではありません。彼が行ったのは、構造理解と創造的再設計による突破でした。限られた冷却性能の中で、どう安定稼働させるか。I/Oをどう分割・整列させ、書き込みを最適化するか。電力・温度・演算効率を「体感」でモニタしながら制御するか。
これらは思考が現場を駆動する知であり.「理解 → 再構成 → 検証 → 最適化」というサイクルを、自分の頭の中で回し切った結果です。まさに、思考するエンジニアの典型。
この創造の循環にこそ、人間の知性の本質があります。
思考力とは、記憶の外にある未知を扱い、問題の形そのものを変え、既存構造を相対化し、別の軸で再構成する力です。
この力は、先生という唯一の答えを持つ、ヒエラルキーに支えられた現代の教育には無く、手順書も正解もない世界でしか鍛えられません。だからこそ希少であり、圧倒的な競争優位となる。
AI産業がいま求めているのは、補助金による拡張ではなく、この思考する個人を生み出す環境です。補助金で量産されるのは、思考ではなく模倣です。
そして模倣は、やがて制度に依存し、自己再生できなくなる。
国家が支えるべきは、AIではなく、AIを超える人間の思考そのものです。それが、近藤茂さんの記録が私たちに教えてくれる最大のメッセージです。