滅尽龍のシリオン 作:匿名
「ちょこまかと!」
豪快に振り回されるアームを懐に入ってかわす、滑りながら四脚の内の1つの踵にあたる部分を刈り取るように蹴るが他の脚がしっかりと体を支えているため転倒はしない。
「体格差を考えれば当然だろう」
背後から襲うアームを右腕で受け、反動で低い体勢のままハンスの下を潜り抜ける。後ろの脚部の関節を狙っても脚を高く上げられカウンターに潰そうとしてくる。人間にとっては死角からの攻撃でもしっかり対応している、相手がどこでこちらを知覚しているのか分からないのは機械の利点だ。やり難さを感じながら捌き続ける、金属の身体に殴る蹴るなどしても効果が薄い。
「痛くも痒くもないでぇ!」
自慢の身体に男が攻めあぐねている事実に上機嫌なハンス、一見でたらめに攻撃しているようだが質量の暴力で押せている。初めての自由、初めての生きがい、初めての手合わせと高揚感がとどまることを知らないハンスは男の変化に気付かない。避けられることが多かったショベルアームは弾かれる回数が増えていき、男を攻撃した部分に細かいかすり傷が出来てくる。
決定打に欠ける男は思考する、この場合の自分の弱点は物理一辺倒な攻撃手段、機械と戦うことを想定していなかったので仕方ないが現状あまり改善は期待出来ない。最悪相手の関節やパネルを執拗に砕いてケーブルを千切るやり方もあるが、これは狩りではない。万が一壊してしまったら製造元に送られて以前の生活に逆戻りだろう。ならば大人しく負けるかというとそんなことはあり得ない、好ましくは思っているがふざけた名前のヤツに負ける訳にはいかない。
「焦ってんとちゃうか兄ちゃん!」
上から振り下ろしてくる2つのアームを左右に流し今度はスライディングでハンスの真下に入りうつ伏せで待機する。翼を使って鉄の塊がこちらをペシャンコにするのを防ぐ、両手両足は地面を押すことで拮抗を何とか保ち、圧力で男は身動きが取れなくなる。前方から再び両のアームで掬うように追撃が来る、唯一動かせる首を振り角でそれを耐え、頭蓋に響く衝撃で少しづつ真下からズレていき、やがて男の体が完全に押し出され自由になる。直後に羽ばたき宙に浮いて次のアームを避け、空中で加速してアームを両手と地面で固定する。平行棒で倒立したような状態で丸くなった後バネのように伸びハンスの身体の端を蹴り上げ、固定していたアームを引き上げ力の働きを誘導する。ゆっくりとひっくり返る鋼鉄のちゃぶ台、そのままアームでハンスの脚の1つを巻いて苦し紛れの回転を抑え込む。裏返った巨体は残ったアームの可動域を大幅に制限し他の脚はただ空を掻く。
「くそっ、なんやこれ!動かれへん!」
全身で押さえこんでいるがかなりギリギリだ、激しい暴れに体が何度も浮く。たっぷり10秒数えてハンスから離れると相手も理解したのか反撃はしない。
「満足したか?」
起こすのを手伝いながら話しかける、確かめるように数度回った後アームが伸びてくる。
「やるなぁ兄ちゃん、ホンマ悔しいわ」
「お前もガツンと来るパンチだった」
差し出されたショベルを固く握る。一人と一台の奇妙な絆が築かれ感想戦、今後のトレーニングメニュー、避けられない課題について話し合う。
「ジブン、ちょっと浮かれてたわ。自由になったことなんてあらへんから考えきれてなかったんやろな」
勢いで新しい生活に飛び込み、1つの事に熱中していたが勝負に負けたことで冷静に反省する。機械の身体はトレーニングによる純粋なパワーアップは臨めず、電気とエーテルはやがて尽きてスリープしてしまう。高い自己評価が元の職場の連中が自分を探していることを確信させる。
「お前には力がある、元の職場が手放したくない程の。何を成すかはお前自身で決められる」
口にしながら男も考える、自分は狩り以外に何が出来るのだろう。
「…せやな、ワイは自由なんや、ちゃんと選らばなアカンな」
アームを組んでうんうんと唸るハンス。
「決めた!カネや!オレちゃんはカネを稼ぐ!」
予想外の宣言に男は首を傾げる。
「強くなるにはカネや!もっと丈夫な馬力の出るパーツにしたってええ、腕も増やしたったらええねん!」
本来自分のものではない力を取り込み、それを次の自分とする。貪欲な姿に男は笑う、そうだ、強くなるには強くなくてはいけない。自然の摂理と言えよう。
「ハンス、お前が強くなったらまた相手をしてやる。次までに修理代も稼いでおけ」
「おうよ、ネルギガンテ!オマエもうかうかしてられへんで!あとオレちゃんの名前は黒鉄…」
拳とショベルがぶつかり男はその場を後にする。
喰らいたいものを喰らって、喰らわれたくないものを喰らわせない。簡潔でブレる余地の無い良い方針だ、自分が思うままに動けば良いだけだ。ホロウに入る前の悩みが馬鹿らしい、自分が事を円滑に進めようとする必要はない、道理など引っ込ませてその上を歩けば良い。
気分良くホロウを進む男を巨大な影が行く手を遮るように立ち塞がる。既視感のある巨体はやはり日の光を反射している。
「ちょっと!ここから先は真白クンの家よ、関係無い人は入らないで!」
高圧的な言い方だがそれより発言の内容に気掛かりな点があり質問する。
「ホロウに住んでいるヤツがいるのか?
」
「ヤツじゃなくて真白クンよ」
どうやらコミュニケーションに難があるらしい。嫌な予感を感じつつ会話を続ける。
「で、その真白クンはホロウに住んでいるのか?」
「そうよ、真白クンは動けないの」
周囲に変わった匂いはなくざっと見回しても自分達以外に誰もいる気配は無い。
「真白クンをジロジロ見ないで!何のつもりよ!」
嫌な予感が確実性を帯びていく、今見ている方向には建設途中でホロウに飲まれたからか放置された作りかけの白い建物があるだけ。
「あの建物が真白クンだと?」
「他に誰がいるってのよ」
誰もいねえだろ、建物の家ってなんだよ。有りもしない頭痛で額に手を当てながら横を通る。
「真白クンとやらに興味はない、精々仲良くやるんだな」
脳裏に日傘がちらつく、この重機はああいった手合いだろう、まさかこの世に同類がいるとは思わなかった。退散するに限る。
「真白クンの何が不満なのよ!フザケんじゃねーぞ!」
重機の背にただ1つあるどう見ても過剰に大きいチェーンソーをこちらに向け突進してくる。マジかこいつ。
「フザケているのは、お前だろうが!」
豹変し直進するアホに自分も突っ込む。右の翼が棘ごとチェーンソーで削られる痛みに耐えながら右ストレートでバカの表情パネルを割る。両者の勢いで腕の棘が鋼鉄の身体に刺さり返り血が付着する。重機は後ろによろけ、男は痺れる腕をもう片方で掴む。
「いったーい!乙女に何すんのよ!」
「知るか、先に手を出したのはそっちだ」
腕を振りながら男は警戒するが次の攻撃は来ないようだ。成る程、暴走したヤツは1発殴って落ち着かせればいいのか。
「お前らをどうこうしようという気は無い、お前の自由なのだから好きにしろ」
1つ賢くなった男はそう吐き捨ててホロウの奥へと歩みを再開する、流れた血は弱まっているもののまだ止まらない。
愛とは何だろうか。会ったこともない伝説を病的に崇める精神性と、有ること無いこと拡大解釈して人を襲う攻撃性。どちらも巻き込まれることは勘弁して欲しいが当の本人達が対象を語る時は否と言わせぬ不思議な説得力がある。自分に無いものを相手に求めるのだろうか?自分と同じ存在を求めている訳ではなさそうだ、あいつ等と同じような存在が互いを褒め合っている場を想像し気味が悪くなる。
自分には無いものが男には想像できない。過不足無く日々を送る彼は孤独というものも理解しておらず、人がそれを避ける理由も知れない。愛が何かを求めて止まないものだとしたら、現在男が愛していると言えるのは理想の自分のみだ。
地面が不規則に揺れる、もう随分長いことホロウ内で探索しており現れるのは小型のエーテリアスばかり、ここはハズレかと寝床に帰ろうとした際に3度目のはぐれ重機と遭遇してしまった。このホロウの野生の重機率は何なのだろうか、近くの建設会社がよほどブラックだったりするのかもしれない。
特に話しかけないといけない訳は無い、素通りしてホロウに入った方角とは真逆の出口を目指す、出口を変えるのは治安官と何ら関係無い。
「待たれよ!その悪魔のような出で立ち、射殺さんばかりの眼光、我の目に狂いはない!そなた、ホルス氏に遣わされた御使いでござろう!」
言いがかりも甚だしい、よく知らんが悪魔が御使いになるのか?
「違う」
「今は討論している余裕は無いのでござる!一刻も早く封印を強めなければ、とんでもないことになってしまうぞ!」
話を聞かないヤツが多すぎる、しかし男は今までと一味違う、対処法を既に持っている。
ごちゃごちゃ喋っている重機に近づき表情パネルを思いっきり蹴り上げる。
「意味の分からん事を言うな、何かして欲しいならちゃんと言え」
いつも言葉足らずな男が叱る。
「ひっ…す、すいません!説明します!」
打って変わった口調でたどたどしく説明を始める重機に男は腕を組んで耳を貸す。
「これはプロキシさん、よくぞお越し下さいました、社長もお待ちになっております。ようこそ、白祇重工へ」