2025年の5月19日の12時45分頃に、志村署の女が近寄ってきた。もういいからいいから早く早くという相貌が出ていた。その女の相貌に目が行き過ぎて、横にいた猪股辰之のいることには気が付かなかった。
何を言われたか。前田さん前田さん、ここじゃちょっと話ができないから上に行きましょということだ。猪股辰之が、捜索差し押さえ令状が出ていると静かに説明する。いかにもそれで終わるかのように説明し、それでね、もう逮捕令状も出ているから、と一番怖いことを告知する。そんなことは起こりえないように思えて、そういう1点の事実が存在したことを説明しておく。
私は行政などから色々な調書をもらっている。例えば、保護決定調書といって、生活保護費の内容を決定する際にそういう調書が作られる。しかしそれは板橋区からもらっただけで何のリアリティもなかった。しかし、猪股辰之が出した調書は、捜索差し押さえ調書と逮捕令状だった。逮捕令状とは、逮捕を許可するという裁判があったときに作られるものである。一番いやなことを一番いやなタイミングで、ということを地で行くようなことがあった。
取り調べは13時45分から18時32分まであった。19時に、志村署のいつものまずい弁当を出されたが、排便命令がかかっていた。腹が痛いのでトイレ、というと、留置施設のトイレに連れていかれた。出ないので引き返して猪股にフェルマー予想の説明をする。20時55分にまたトイレに行きたいというと、留置担当官が就寝前点呼をしていた。オヤスミナセー、よーし、といういつものあれである。大便は大量に出た。
留置施設は警視庁本部だった。ただいつもの布団がある。それしかない。毎日のように8時47分になると、消防長のように布団に入るだけの生活。飯は、花の絵が5つそえられた赤い弁当箱に、なすとかユーリンチーの残飯みたいなものが入り込んでいる。長髪に伸びた髪は貸与されたピンクのゴムで留めることができた。留置担当官の氏名は極秘のように思えるが、自弁購入物品のサインをするときに見せている場合があるのが事実であり、事実がある以上、被留置者はそれを盗み見ることができた。留置施設の部屋には自慰行為を隠すものかと誤信させるようなタチカワロールスクリーニングというシャッターがついている。令和2年からのコロナの時期にそれを防止するために設置したという。留置担当官は、ピンクのカーテンの向こう側に留置担当官室があってそこから出てきたりしている。忙しいものよ、などと言っているが全体的にスカスカである。色々と調査してきたが、6月16日にもなると運動場が蒸し暑い。朝の7:00から霞が関では車が人を殺す勢いで走っているし、運動場も蒸し暑い。その上、官本は死ぬほどつまらないし、まさに地獄だった。何も起こらないような施設に見えて中に入ってしまうとこれからどうなるか分からないというあいまいな進行が続くだけでどうにもならない。
120日もそこにいると普段は見えない他人の核心部分に到達する。それは、ここには来てはいけないという1点にほぼ絶対収束する。それ以外にはない。居心地がいいとかそういうところには到達しない。準抗告は10回は行い全て棄却された。その間に何を思っていたかというと、裁判長は出たら絶対に殺す、それ以外のことではなかった。
もしこれが無期懲役になったらと思うとぞっとする。
無期懲役とは、よほど改悛の情がない限り、牢屋に拘置されるという刑である。
作業はある場合とない場合がある。しかし弁護士によると、たしかに、6月1日から刑務所には作業は義務ではなくなったが、すぐには変わらないなどと残酷なことをいう。実際には1つも分からない。
絶対収束するというのは、勾留されている間は死んでいるのと一緒で、それ以外の事実には収束しない。こんなところにいるのは全くの無意味、それ以外のところには到達したり思考が飛んで行ったりすることはない。世間は100%騙されている、それ以外の想念はなかった。
無期懲役とは、何らかの事情がない限り、死ぬまで拘置されて作業をするというものである。法改正で、作業は義務ではなくなったが、おそらく、作業はさせられる。作業がないのは、たとえば、精神障害で労働不能といった不合理な事情が存在するときだけである。