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人間は、幼い時から一緒に育った者を異性として認識しない、という機能が備わっています。 生殖能力がないうちに性欲が起こっても、意味がないからです。生物としてそういうふうにできています。この「本能」が壊れると、生殖能力のない幼児が手近な相手とイチャイチャして性欲を満たすことを覚えてしまう、という、生物種の存続のためにとってもマズイことになります。 子供は母親から生まれて母親とともに育ちますから、「同じ母に育てられた兄妹同士は、性欲の対象にならない」というふうに、普通の人間はできています。 ところが、人間は本能が壊れた種なので、たまに「同母の妹に欲情してしまう兄」というのが現れます。これは生物として間違ったことなので、厳しく禁じられなければなりません。 これが「近親相姦のタブー」というものです。 つまり、「同じ母の兄妹」の場合だけがタブーなのであって、母が違えば、兄妹であっても何の禁忌もないのです。だって幼い時は別々に暮らしているんだから、他人と同じなんです。これは、古代日本だけでなく、世界一般、人類すべてそうです。 古代においても、同母兄妹の恋愛結婚は厳しく禁じられていました。 「古事記」「日本書紀」にも、允恭天皇の皇太子であった木梨軽皇子は、同母の妹である軽大娘皇女とデキでしまったため、廃太子され流罪となり、心中して果てた、という話があります。古代には近親婚が大目に見られていたわけではありません。そもそも「母が違えば近親婚ではない」というのが常識だったからです。 もちろん、こういうことが起こるのは、一人の男が妻を何人も持てる支配者層に限られます。ひとりしか妻を持たないのがアタリマエの庶民には、関係のない話です。
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今で言う近親相姦ではないです。ほぼ皇族内という親戚同士の結婚を繰り返してたのは事実ですので、皇室外よりは血は濃いですが、親戚とはいえ何代も前の人物と同じ血統程度なので、そんな変わった事ではないですね。
違いますよ。 近親婚姻があったのは事実ですが、それ以上に近親以外との婚姻がありました。 たとえば。 今上天皇は初代の神武天皇からすると、71世代目の子孫です。 つまり、その間に71回の婚姻出産があった、ということです。 で、この71回のうち、「両親が3親等以内どうし」というのは、たったの4回しかありません。 つまり他の67回は近親婚ではない、ということです。 これのどこが「ほぼ近親相姦」なんでしょうか? せめて、具体的に調べてから言った方が、賢明だと思いますよ。 バカで程度の低い工作活動のつもりが無いなら、なおさらに。
まあそうかもね。 でも、日本は一夫多妻(といっても正妻と側室の差はありましたが) でしたのでまだマシなほうでした。 ヨーロッパの王侯貴族は、非嫡出子は相続権が制限されていましたから 今の感覚からすると「それヤバいだろ!」というくらいの近親結婚が 繰り返され、その影響をもろにかぶってお家断絶になったところすら あります。 たとえばこんな感じ↓ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%B92%E4%B8%96_(%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E7%8E%8B) 上記の王様のご先祖を見ると、頭が混乱してきます(^^;) ここまでしなければならなかったのは、家柄と宗教の縛りがきつかった からです。
どうでしょう。そのあたりの結婚は妻問い婚ですので、母親に関しては誤解の仕様がありませんが、父親に関しては・・・。神のみぞ(いやまあ、母になる女性はたぶん分かっていたでしょうが・・)知るってことで・・。 というわけで、確実に血が繋がっている同母の兄弟の結婚は認められていなかったようです。一方先に書いたような理由で、母さえ違えば、同父の兄弟の結婚は認められていた。ってえことは・・・。結局、当てになるのは母系のみってことだったんじゃないかと思いますが。このタブーの意味するところはね。