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「私が100本応募してたなら今回の大量投稿と同じだろ」など曲解するコメントをいくつか見かけますが、「何も考えてないんだな」と思って眺めています。 結論からいえば、時代背景が違うし、やったことも本質的には違うんですよね。 星新一賞の過去の応募数なんてWikipediaに書いてあるんだから、調べてみたらいいんですよ。 私が受賞した第9回より前の一般部門だと、以下のようになっています。 第4回:1510作 第5回:1766作 第6回:1564作 第7回:1459作 第8回:1867作 最低と最大の幅は308作ありますから、100作程度の増減なら大きな負担にはならなそうだという判断は妥当でしょう。 それに、第9回の締切当時、一般の人が使えるAIサービスはせいぜいAI BunChoくらいしかありませんでした。締切の直後にAIのべりすとが話題になったのも懐かしいですね。 またAIのべりすと以前にAIを使って執筆していることを公開していた方はほぼ全て追いかけていましたが、大体40人くらいでした。 40人が常時投稿していたわけではありませんよ。それまでの数年間の累計です。 当時そこまで調べていた私だから理解できたことですが、同じようにGPT-2を使っている方はほぼいませんでした。 また多くの人が理解していないことですが、ChatGPT以前は「AIと対話して小説を書く」ことはほぼありませんでした。技術がそこまで到達していなかったからです。 ではどうやっていたかというと、前の文章を書いて、その続きをAIに書かせていました。例えば「今日は」の続きをAIで「いい天気ですね」と生成する、といった使い方です。 何も工夫しなければ、小説のようなストーリーは作れません。そして私はそのノウハウを持っていました。 私の大量応募が、ただAIに「小説書いて」といって作らせるのとは全く異なるということは明白でしょう。 つまり、大量応募を思いつく人も、実行できる人も、私以外にはほぼいないと推測できたのです。多くの人がAI小説を書いている現在からすると想像できない世界かもしれませんね。 それに、記事に書いていたように、数撃ちゃ当たるで100作を応募したわけではありません。 当時のAI技術だけでは受賞できるクオリティにはならないと分かっていましたから、99作はAIメインで執筆しつつ、最低限のクオリティを担保できるように私が全てチェックして修正しています。そして1作だけは受賞を狙って、私がメインで書いています。 つまり、確率任せの大量応募とは意味が全く異なります。ここが理解できてない人も多いのではないでしょうか? また受賞後に審査に関わった方々からもお話を伺いましたが、私が100作応募していたことはどなたも気付いていませんでした。それは星新一賞が匿名で審査されることも理由だと思います。このことから、大量応募によって、選考が破綻するほどの影響はなかったのではないかと推測できます。 その上で、私が以前から発信し続けているように、こうした大量応募を反省し、下読みに負荷がかかってしまうからやめましょうという話をしています。 こうした経緯を理解せず、むしろ中途半端に読んで曲解して、妄想を振りかざしてくるようなコメントが散見されるのは、大変悲しいことです。私には救えませんからね。