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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
とあるエルフの話をしよう
65/89

深入り


 マルコの新選組における地位は、勘定役並小荷駄方取纏役という、長いものである。沖田に対して漏らした返済計画云々が土方に伝わり、


「そうまでいうのならやってもらおうじゃねえか」


 と、役割を押し付けられた形だ。


「沖田ぁ……お前、内々の話を人に話すなよ……」


 壬生浪士組初期メンバーの中で唯一助勤……幹部クラスになれず、恨めし気な目線を沖田に送るも、沖田は笑って、


「そうは言うけど、適任じゃないですか? 円子さん、普通に算盤強いし」

「一応、取り纏め役って事で、権限は助勤並だ。文句はあるまい?」


 四則演算が速いのは体内の魔術でずるしてるだけなのだが、事実だけに如何とも言い返しがたい。押し付けられたとはいえ、役割は役割だ。

 マルコは、やるからには徹底して勘定役としての仕事を全うするつもりだった。


「円子君、飲みに行くから――」

「駄目です」

「なぁ、円子。女買いに行くから給金の前借……」

「駄目に決まってんだろこの馬鹿」


 役目をこなしていくうちに、成程、俺以外になり手はいないなと思うようになった。あの手この手で浪士組の金を使おうとしてくるやつらを相手に、真っ向から向かい合い、時に殺気をぶつけられながら(近藤派閥の名誉の為に言っておくと、芹沢派閥の連中だけである)応対する……並の胆力では、出来まい。


 この頃のマルコは、近藤だけではなく、沖田や永倉といった、他の試衛館の面々からも剣術的な意味で可愛がられ、めきめきと腕前を上達させていった。以前感じていた殺気も、この頃になると鳴りを潜めていた。

 これに関しては、全く持って運がよかった。近藤達が用いる天然理心流の生命エネルギーの物理法則と、マルコが体内で用いる魔術の物理法則が、奇妙なほど合致する点が多かったのだ。

 天然理心流の鍛錬が、そのまま、マルコ自身の鍛錬へとつながっいったのである。強化魔術ならば体外でも……それこそ、竹刀を強化して殴るといった真似さえ可能で、それ以外の魔術が発動しないのが、むしろ不思議なくらいの一致ぶりであった。


(あるいは、私の世界とこの世界は、太古の大本を同じとする、兄妹の様なものなのかもしれん……)


 本で、そういった近似の法則を持つ世界も存在すると読んだことがあった。


「いつ見ても、見事な気組みだ」


 平晴眼で竹刀を構えるマルコを、近藤は度々眺めては賞賛する。


「この間は、酒代をゆすりに来た芹沢さんを追い返したそうじゃないか。

 胆力も馬鹿にできないね」

「山南君もそう思うか」


 山南 敬助。壬生浪士組の初期メンバーの中でも温厚な知識人で、試衛館の誰もが一目おく男である。

 思わぬ賛同者を得て、うむうむと満足げな近藤であった。

 対するマルコは眉をひそめて、


「やめてくださいよ山南さん……貴方にまでそんな事を言われると、周りが熱くなる。実際に打ちのめされるのは、私なんですよ?」

「だが、君は実際に成長するのが楽しいのでしょう?」

「そりゃあ」


 ――楽しくないはずがない。

 エルフの王家だの、エルフと人種の調和だのと御大層なお題目を並べても、マルコというエルフは男の子だ。強い力へのあこがれが、心のどこかにある。

 口では悲鳴を上げつつも、実際に強くなる課程を楽しんでいるのは、確かであった。

 それに何より、友人たちとがむしゃらに剣を振るう、というのも、悪くない。

 マルコにとって初めてできた、対等な、人間の友人であるならなおさらだ。


「……これで、同じ勤王の士だったらよかったんだがなあ」

「残念ですが」


 残念がる山南に、ここだけは譲れないとマルコははっきり主張した。


「私は、尊王攘夷とか興味がないんですよ。ただ、金が欲しかっただけです」


 適当なお題目として、尊王攘夷を唱える位は出来た。そうしたほうが周囲と溶け込むのが楽だとわかってもいた。だが、マルコの中の羞恥心が、それを阻んだのだ。

 ただでさえ、エルフ――近藤達の言う異人と似たような身の上を隠しているという負い目があるのである。これ以上、この、誠実な侍たちにこれ以上嘘を重ねるのは、彼のエルフとしてのプライドが許さなかった。


「なんだ、じゃあ、僕と同じじゃないですか」


 周囲がしきりに残念がる中、沖田だけはにこにこと笑いながら同調したものだ。


「僕も、尊王攘夷とか難しい事はどうでもいいんですよ。

 ただ、近藤さんや土方さんの力になりたいだけですもん」


 ある意味、マルコ以上に問題のある発言だった。

 ようは、自分では何も考えていない、という事だ。


「総司は総司で、もう少し自主性が欲しい所だなあ」


 無垢の信頼を向けられて、総司の兄貴分としては複雑なのだろう。何とも言えない顔をして、近藤は嘆息した。


「はっはっはっはっはっ、総司。近藤さんはともかく、土方君に従っちゃいけないよ。馬鹿になってしまう」

「はっはっはっはっはっ、どういう意味かな? 山南さん」

「はっはっはっはっはっ、どういう意味だろうね」

『…………』


 今にも殺し合いを始めそうなくらいの勢いでにらみ合う、土方と山南。

 ……どうもこの二人、生来相性が悪いらしく、放っておくとこのような喧嘩をおっぱじめる事が多い。性温厚とは言っても、壬生浪士組という過激な集団の一角を担うだけの素養は十分にあるのだ。

 大っぴらに金目当てだと公言するマルコを、守銭奴だと陰口をたたく者も多かったが、マルコは気にせずに黙々と職務に励んだ。


(事実だしな)


 守銭奴であることを公言し、勘定役に就きながら、一切の汚職と無縁だったことが、後々に起こる一騒動で彼を助ける事になる。

 こうして、不逞浪士を斬り、道場では稽古をし、勘定を整え、小銭をせびりに来た隊士を追い返す、という生活サイクルが、マルコの中で確立していった。






「どうも、困った事になった」


 近藤から相談を持ち掛けられたのは、そんな風に隊務を黙々とこなしていたある日の事だった。

 内々の話がある――そう言われて、今日の料亭の一室に試衛館一派+1という形で呼び出されたのだ。

 人が集まると、酒も口にしないうちから人払いをし、こう切り出した。


「芹沢さんを、斬らねばならん」


(ようやくか)


 近藤の言葉に、試衛館の面々が静まり返ったのは、驚きからではなく、やっときたかという納得からであろう。

 何せこの芹沢という男、行動力のある乱暴者、というだけではなく酒乱の気まであり、吉原といった花街に繰り出しては、物を壊し暴れまわって、騒ぎを起こしていた。

 マルコはある意味、体内の誰よりも芹沢の被害者である。なにせ、芹沢が乱暴狼藉による出費は、全てマルコ達勘定方に回されてくるからだ。


「吉原での乱暴狼藉が、京都守護職松平容保様の耳に入って、大層ご不興を買ったらしい」


(松平……会津藩の、藩主か)


 藩とは一つの武家が守護する領地にまつわる組織の事であり、藩主とはそのトップだ。京都守護職の場合は、京都を守護する要職に、会津藩の藩主が指名されている、というものだ。


(我々の様な実働隊からすれば殿上人だ。そんな人物のご不興をかったのでは……)


 もはや、取り除くほかはあるまい。

 こんなご時世だ。上司の不興をかったから首、の一言では済まない。


「会津藩の公用方と会食をしたときに、太い釘を刺されてしまってな。

 その矢先に、あの騒ぎだ」


 あの騒ぎ――芹沢が、大砲を持ち出して大和屋という商家に向かって、ぶっ放した事件だ。

 話を聞いた時は、マルコも、


(芹沢、完全に気が狂ったか)


 と思ったものだ。

 なんでも、問題の大和屋という商家、過激派攘夷志士から目を付けられ、金を要求されたらしい。泡を食った大和屋は、急いで壬生浪士組に保護を求めた。

 そこまではまだよかったのだが……


「芹沢さんがやりすぎて悪いのはもちろんだけど、あれは大和屋も悪いと思うなあ」


 もぐもぐ、と魚の煮つけをほおばりながら、沖田がぶーたれた。


「だって、僕達に保護を求めておきながら、裏では反幕派に資金を支払っちゃってたんでしょう?」

「左様。その事実をつかんだ芹沢さんが、独走したのがあの一件の真相だ」


(テロリストに屈してはいけないのは、国際常識なんだがなあ)


 警察に保護を求めておいて、テロリストに金をこっそり支払った、では対処法があべこべもいい所だった。


「怒るのは私もわかるんだよ。保護を要請しておいてあれでは、我々は面子を潰されたようなもんだからな……

 だが、それがどうして、我々にも金を払え、という話になるのだ?」


 そう。近藤は独走、などと言って繕ったが、実際に芹沢がやった事は、大砲を使った押し込み強盗である。『反幕派に金を払ったのなら、うちにも払えるだろう』と大和屋に迫ったのだ。そして断られたからこその、大砲だった。


「真相、というほどのものでもないでしょう。

 近藤さん、私は芹沢を斬るのに賛成だ」


 マルコは近藤に向かい、大上段から切り込んだ。

 芹沢をこのまま放置しておけば、壬生浪士組自体が崩壊しかねない。これは、故郷を帰る事を熱望するマルコにとっても、ここで壬生浪士組が終わる事は、はなはだ不本意な事であった。


「このままでは、壬生浪士組の存在意義に関わる。

 京都の治安を守る京都守護職の御預りが、京都の治安を乱してどうするんです」

「ほう、円子君。随分論じるじゃないか。君らしくもない」

「論じたくもなりますよ。こちとら、生活が懸かってるんだ」

「結局そこか、君は」


 マルコが、貯蓄の為に爪に火を点す生活を続けていることを知っていたから、山南は苦笑して不謹慎だとは言わなかった。


「斬るとしたら、時期を待つことだ。何せ、相手はあの芹沢だ」


 土方がたくあんを齧りながら、計画を立てる。


「そうは言うがな、土方君。あまり時期はまてんぞ……何より、事は暗殺だ。

 尋常な立ち合いではない」

「わかっている。近々、宴席を用意する。

 酔いつぶれたところを、夜陰にまぎれて一派諸共討てばいい」

「討ち手はどうする」

「ここにいる全員で、押しこみゃあいいじゃねえか」


 試衛館きってのけんかっ早さに定評のある原田左之助が、腕まくりをしたが、マルコは首を横に振った。


「いや、それはよくない。相手はたかが五人。それも夜討ちを多勢で行ったとあっては、弱虫の誹りを避けられん。

 それに……芹沢の殺害犯、別に想定してるんでしょう? 土方さん」

「おう。長州藩士の仕業って事にする。よくわかってんじゃねえか、円子」


 マルコの言葉に、土方はにやりと笑った。

 長州藩とは、この時代に最も過激派攘夷志士を輩出した藩であり、最も壬生浪士組が取り締まっている宿敵でもある。

 その復讐にあった、という事にすれば、内外への格好もつく、というものだろう。

 マルコは、ふむ、と考え込み、


「となれば、試衛館派の何人かは、アリバイ……犯行が行われた時間に、別の場所にいたという証拠が欲しい。

 そうだな、最低でも、近藤さんは、大勢の前で、ででんと居座ってもらいましょう。そうすれば、近藤派閥……我々への疑いも、薄くなる。

 討ち手は、半分もいれば十分でしょう。この中で、夜目の利く者は……」

『…………』

「……どうかしましたか? 皆さん」


 一同から視線を注がれ、問い返すマルコ。一同を代表して、沖田が頬を掻きながら、


「いやあ、随分と、慣れてるなあ……と」

「慣れてる?」

「どっかで、闇討ちの経験でもあったりします?」

「した経験はないよ。された経験はあるけどね」


 元居た世界で巻き込まれた政争諸々を思い出し、マルコは深く深く嘆息した。

 今なら、自分の異世界転移が、事故の体をとった放逐だったのではないかと憶測くらいは出来るマルコであった。


 さて……ここまで長々と、何故芹沢暗殺にまつわる話を書いたかといえば。

 マルコという青年が、壬生浪士組――特に試衛館派閥の中でも、その中枢に、いつの間にか潜り込んでいたという事実を証明する為である。

 余談ではあるが、マルコ自身が「あれ、なんで私この話に巻き込まれてんの、おかしくね??」と気が付くのは、壬生浪士組が名を新選組と改めて、芹沢の暗殺が完了してからだった。






 どうやら、自分は想像以上に彼らに深入りしすぎているらしい――マルコが今更の事実をまざまざと思い知らされたのは、局中法度の制定を目前にしてからである。

 近藤と土方に、山南と一緒に呼び出され、隊規を作ってみたと、それを見せつけられた。


一、士道ニ背キ間敷事

一、局ヲ脱スルヲ不許

一、勝手ニ金策致不可

一、勝手ニ訴訟取扱不可

一、私ノ闘争ヲ不許


「破れば切腹だ」


 どうだ、と言わんばかりの土方の態度からして、草案は土方が作ったのだろう。山南の方は、眉をひそめて、


「少し、厳しすぎやしないかね、土方君」

「同感だな。あまり、厳しすぎると隊員が委縮するぞ」


 マルコが賛同すると、土方は意外そうな顔で、


「意外だな、山南さんはともかく、円子もそう言うのか」

「おう、私はともかくとはどういう意味じゃこら」

「言葉の通りだってんだよおら」

「おーい、私ノ闘争ヲ不許、じゃないのか」


 一触即発の空気になりかける土方と山南を諫めて、マルコは嘆息した。


「ただ、厳しくしないと、隊の統制が取れない、というのもわかるんだ」

「うむ。誰もが、円子君の様な烈士ではないからな」


 近藤も、意見はマルコと同じらしく、深くため息をついてから頭を抱えた。


「厳しい隊規なのはいい。これが、我が身にも適用されるかと思うと、身が引き締まる思いだ。

 ただ、誰もが我等のように勇気をもてるわけではないからなあ」

「開示されれば、怖気づく者が出る可能性が高い」

「民草の怯懦は悪ではないが、武士の怯懦は悪だ。私はそう思っている」


 近藤のその思想は、マルコも何度も聞かされている。よくある精神論と一味違うのは、近藤がこの論法を、自身を律する事にも用いている事だ。


「言っちゃあなんだが、うちの組織は多摩の芋百姓が作った、到底武家とはいえん組織だ。

 自然と、集まってくる人間も、武家ばかりじゃあない」

「…………」

「近藤さん、それは……」


 土方は沈黙し、山南は訂正を入れようとするが、近藤はかぶりを振った。


「いや、それが悪い、というのではないのだ。

 私もそうだからわかる。だれしも、この国難を前にして、何かをしたいと思う。

 そのための手段として、私は壬生浪士組に入って、新選組を作った。

 徳川様の為、何かしたい、そう考えてな。

 つまり、ここに、新選組に来る奴らは、自分から国難に立ち向かう、志士になりに来るわけだ……それは、武士と同じ事だ。違うかね? ご両人」

「……つまり、近藤さんはこう言いたいわけですか。

 志士に……武士になりに来た以上、怯懦は許さないと」

「その通りだ、山南君」

「志士云々は私には関係のない話ですが……」


 マルコは、近藤の話を聞いて、自分なりの回答を選択した。


「確かに、武家として給料をもらう以上は、それ相応の働き、規律は求められますね」


 ……後になって気づいたのだが、この時真面目に答える必要はなかったのだ。金をためて脱退する事が目的であるマルコにとって、『局ヲ脱スルヲ不許』のみを、それらしい理屈をこね繰り合わせて、撤回させるべきだった

 長期的にみるなら、自分にとって害にしかならない局中法度を、何故認めるような発言をしてしまったのか。

 熟考を幾度繰り返しても、合理的な答えは出なかった。

 自分があの場で、大真面目に本音を晒した議論をしてしまった理由。

 思考の堂々巡りの果てに行きついた答え――どう考えても、その理由は。


(彼らに対して、誠実でありたいと願っているから、か……?)


 考え抜いて出した結論を、マルコは馬鹿々々しいと切って捨てた。

 何が誠実でいたい、だ。思い返してみるがいい。そもそもの原点からして、マルコは彼ら試衛館のメンバーに、大変な不誠実を働いているのだ。


(私の本当の髪の色を、彼らが知ったらどう思うか、考えてみるがいい)


 おそらく、斬られるだろう。

 その事を悪と断じるほど、マルコは傲慢ではない。彼らの領域に自己都合で踏み入っているのは、どう考えてもマルコの方だからだ。

 もとより新選組は、そういう思想の持ち主が集められた集団である。


(国難を憂う、と近藤さんは言ったが、俺にはそんな気持ちは欠片もない。

 いや、国難とさえ思っていない。浪士組の事だって、渡りに船としか思っていなかった。

 こんな人を馬鹿にした話があるか)


 自分がエルフの王族ではなく、試衛館の一員として、マルコに出会ったとしたら……百回切り殺しても飽きたるまい、と思う。

 こんな想定が出来てしまうあたり、十分に入れ込んでいる証なのだが、そこは気持ちに蓋をして、自己を律する事にした。


(これ以上、深入りしない方が身のためだ。職務にのみ精励して、金をためて、折を見て脱走する。これしかない)


 その為には、不自然ならない程度に、近藤達と疎遠になり、距離を置く事だ。今のままでは、脱走もままならない。

 そんな事を考えながら働いていると、思いもよらない事件がマルコの身に降りかかった。

 公開されたあまりに厳しい局中法度に、怖気づいて脱走するものが出たのである。

 それも、ただの脱走者ではない。勘定役並小荷駄方の幹部――つまり、マルコの直属の部下である人物だ。名を酒井兵庫。


「よりにもよってお前か酒井ぃ……!」


 近藤達に呼び出され、酒井脱走の報を山南から聞かされた時、マルコは頭を抱えたくなった。奇しくも、その場にいたのは、あの時局中法度の話を聞かされたのと同じ、近藤、土方、山南、マルコの四人であった。


「私としては、助命を申し出たいのだが……」


 山南は困ったように自分の意見を申し出た。彼は、酒井とは個人的に親しくしており、歌の添削を頼んだりもしている仲だったからだ。

 それでも、強い口調で嘆願しないのは……彼自身も、無理があると思っているからだろう。


「論外だ山南さん。あいつは隊の機密をかなり深く知ってる。

 なんせ、一時期は助勤だった男だ」


 土方が、この男にしては珍しく、喧嘩腰にならずに山南を嗜めた。

 その事は、他ならぬマルコが一番よく知っていた。

 杜撰だった運営資金の運用を正すべく、近藤に無理を言って、助勤の中でも算盤の強かった酒井を、会計方に引き抜いたのは、他ならぬマルコだったからだ。

 いわば、マルコの右腕といえる人間だったのだが……


「財政に関しても詳しく把握してるから、私からも、論外だと言わせていただきますよ、山南さん。

 私が呼び出されたという事は……責任をもって、私が斬る、という流れなのでしょうな」

「そういう事だ」


 近藤はうなずき、


「大阪の住吉に、酒井はいるらしい」

「ああ、あいつの実家ですな……」


 よりにもよって、知られている実家に帰るとは……まさか殺されはすまいと、法度を甘く見ていたのか、はたまた山南やマルコの温情を期待しているのか。


「一人でいけるか? 円子君」

「…………」


 ここでも、マルコは不合理な選択をとり、後になってから頭を抱えている。

 彼はこの時一人で行くと進み出て、酒井を殺さず、そのまま行方をくらますべきであった。

 まるで、酒井に殺されたように見せかけて、魔術で顔を変え、その上で髪の色と髪型を変えれば、別人に成りすませる。

 そうすれば、問題なく元の世界に戻る方法の探索に、専念する事が出来るのだ。

 だが、そうはしなかった。彼は、その選択を取らずに、こう答えてしまったのである。


「念のため、総司の奴も連れていきたいですね」


 こうして、自ら逃げ道を絶ったマルコの手で、酒井は捕捉された。

 自身の実家である神社に、マルコと沖田が来たことで、観念したのだろう。

 酒井は、刀を抜いて立ち向かってきた。


「おおおおおっ!」

「エエエエエエエイッ!!」


 これを、マルコが気合一線で斬殺……したのだが。

 感傷は、無論ある。右腕として使ってきた男に裏切られ、自分の手で切り捨てたのだから。

 そんな雑念がゆがみを生んだのか、酒井の執念か、はたまた単純な劣化か。


「あ゛」


 ぼぎり、と音を立てて、酒井の体を両断したマルコの差料が折れた。

 浪士組加入の際に手に入った十両の一部で、それも値切りに値切って手に入れた物打ちの一本であった。


「あちゃー」


 その様子を眺めていた総司の、のんきな声が境内に響いた。






「いつまでも無名の差料を使っているから、よくないのだ」


 事の顛末を笑い話風に聞いた近藤は、自らの腰の刀をポンと叩いて、


「どうせなら、これを機に名刀に切り替えてはどうだ?

 虎徹など、よく切れるぞ! 私の佩刀がそうだからな!」

「近藤さん」


 ふふん、と胸をそらすも、傍らにいた山南から嘆息と共に釘を刺された。


「現実を認めたくない気持ちはわかりますが、貴方の腰のそれは――」

「あーあー聞こえなーい! これは虎徹! 虎徹なの!!」

「……なんか、あったのか?」


 見た事もないような近藤の取り乱しように、傍らの沖田に問いかけると、苦笑と共に真相が明かされた。


「……それがですね、近藤さん、騙されて偽物掴まされたみたいで」

「あー……それを認めたくないのか……あれは士道不覚悟にならんのか? 土方さん」

「…………」

「円子さん、土方さんも騙されて……」

「あっ……」

「余計な事言うな総司! 同じ兼定で……ああもう! 刀なんてもんは気組みがとおりゃあなんでもいいんだよ!」


 話題をそらしたいのか、土方は声を荒げて、


「兎に角、仕事は待っちゃあくれねえんだ。早いとこ、代わりの差料を調達しやがれ!」

「…………」


 荒々しく指図されて、沈黙するマルコ。

 この時もまた、マルコは不合理な判断を下す。

 元の世界に帰るなら、刀に金をかけず節約すべきなのに。


「ああ、そうだな。この際だ。いいものに買い替えるか。総司、ちょっと手伝ってくれるか?」

「いやー、僕も商家に騙されて、偽物掴まされてるんであんまり」

「……みんな騙されてばっかだな。ちなみに、何だと言われて買ったんだ?」

「菊一文字則宗」

「私でも知ってる大業物じゃねえか! なんでそんなもんがそこらの商家で手に入ると思ったの!?」


 結局のところ、マルコ自身がどう思おうと、どのように自己嫌悪を重ねようと――

 マルコというエルフが、試衛館という人間の集団に、深い友情を感じていることは、事実として認めるべきであった。






「…………」

「どうしました? 円子さん」

「いや、世の無常というものを感じていたのさ」


 沖田と連れ立って訪れた京都の一角にある刀屋の店内にて。

 商品の刀を見定めながら、自分の価値観が崩壊するのをマルコは感じていた。

 虎徹の贋作だという一刀を眺めながら、心の中でつぶやく。


(私の故郷だと、物凄い貴重品なんだよなあ)


 マルコの生まれた世界では、生体金属全般の事を、『ミスリル』と呼び、神聖なものとして扱っているのだが……

 この刀屋に並んでいる刀ときたら、それら貴重な鉱物を湯水のように使いまくっていた。

 ありていに言ってしまえば、この世界における上等な刀は、生体金属製の物が多かったのである。


(この世界の鉄鉱山は一体どんな魔境なんだ?)


 虎徹の贋作と言われる一本でさえ、マルコの故郷なら貴族が家宝として飾る程の純度の生体金属が用いられていた。

 本物の虎徹ならばどんな事になっているのか、考えただけでめまいがする。


(価値観の差、というのは想像以上に深いなあ……)


 試しに、魔力――気組みを通してみると、うっとりする様な感覚と共に刀身の強化がなされた。

 おそらく、とてつもなく切れるだろう。


「いいな、この刀」

「ええ。気組みがよく通りますね」


 傍で見ていても、それとわかるのだろう。沖田が感心したように同意した。

 額は20両だという。安いとは言わないが、マルコの貯蓄ならば出せる額だ。

 と、そこまでやったところで、マルコの脳裏に閃いたことがあった。


(名刀の類が生体金属で、気組みをよく通す、という事は……)


「店主。物打ち……いや、赤さびが浮いたような奴でもいい。安い刀はどこにある?」

「へえ、それでしたら、そこの角に」


 言われて視線をやれば、傘立ての様な入れ物の中に、何十本も刀が乱暴に突っ込まれていた。マルコは、その一角に近づくと、物打ちの一本一本に気組みを通していく。

 それを見た沖田は、成程、と手を打った。


「へぇ……! そんな目利きの仕方があるんですねえ」

「私も、今思いついた」


 何十本もある刀に、手当たり次第に気組みを通し……その中に、異様な手ごたえを感じ、マルコの動きが止まった。

 先程の虎徹の贋作に感じたうっとりするような感覚が、一気に色あせてしまうほどに、美しく気組みを通す刀だった。思わずそれをひっつかみ、抜き出す。

 鯉口を切ってみると、刀身全体が見事な赤さびで覆われていたが、マルコは構わず、


「店主」

「へえ」

「これを、20両で頂こう。研ぎに出してくれ」

「20両!? い、いえ、そんな……そこにあるのは、無価値なものばかりで……一両で十分でございます」


 恐縮する店主だったが、マルコは頑として譲らなかった。


「いや、この刀は、赤さびが浮いてはいるがいい刀だ。

 20両でさえ、安いかもしれん。受け取ってもらおう。拵えは実用一点張りで頼む」

「へ、へへぇ……!」

「ケチりゃあいいのに……生真面目だなア、円子さんは」


 結局、20両を支払い、研ぎ上がった物を受け取った。


「値切るのなら聞いた事はあるが、値を吹っかけて押し通すとはな。

 生真面目な円子君らしい」


 近藤などは、購入時のエピソードを聞いて苦笑したそうだ。

 さて、問題の刀であるが。

 見事な刀身で、眺めていると肌が泡立つ。気組みを通さずとも、斬れるという確信を持たせる一品であった。無論、生体金属製である。マルコの故郷での価値? 察してほしい。

 切れ味を試してみたい、と危ない衝動に駆られる自分を抑え込みながら、軒先にて刀の手入れをしていると、自然と人目を集めてしまう。どころか、遠巻きに眺める奴らが何人も出てくる始末だ。

 周囲の目から見ても、見事な刀らしい。

 遠巻きにしていた奴らの中から、土方が一歩進み出て、円子の横に座った。


「そりゃあ、兼定……之定じゃねえか?」

「のさだ?」


 田舎者ゆえ、刀の事はさっぱり――そういう設定で刀に関する無知を押し通しているマルコは、土方に問い返した。


「おう、大業物兼定。通称之定。刻銘の兼定の定が、ウ冠に之に見える事から、そう呼ばれてる。兼定一派の中でも、特によく切れるとされる大業物だよ。初代と三代目は凡だったが、二打目はちょっとしたもんでな。

 森長可の人間無骨の作者でもある」

「ほほう」


 森長可という名前に聞き覚えはないが、人間無骨という名には興味をそそられ、調べてみようと決意するマルコであった。

 森長可を調べるうちに、そのとんでもない振る舞いに衝撃を受けることになるのだが、それは別の話。


「……ちなみに、俺が騙された刀でもあるんだよなぁ」

「ははぁ」


 道理で詳しい筈である。


「まあ、同じ兼定だし、気組みも通るから文句はねえんだが」


 実践を重視する土方らしい発言だった。

 これについては、全くの同感であり、マルコもこの一刀を箪笥の肥やしにするつもりはなかった。一刻も早く実戦で使ってみたいという、逸る心を抑えつつ、勘定役をこなす日々が続き――ついに、その日がやってきた。

 様々な意味でマルコの運命の分岐点となった事件。

 池田屋事件である。



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