国民の3人に1人が発症する高血圧。改訂ガイドラインでは、後期高齢者の血圧も厳格管理へと舵が切られたが……降圧剤の副作用や過降圧、認知症リスクの増大など、総合的知見から導く“下方式”血圧管理法を伝授する。
●6年ぶり改訂 新ガイドラインに警鐘「高齢者に厳しすぎ」
●過降圧で認知症リスク増大、減塩より栄養摂取を
●ほうれん草、納豆、高カカオチョコが3種の神器
◾️下方浩史教授の「90歳まで健康長寿」
初回 血管を柔らかくする
「高血圧は冬場の疾患と思われがちですが、実は秋の発症例も非常に多い。前日との温度差や昼夜の温度差が大きいため、血圧が乱高下してしまうからです。“サイレントキラー”とも呼ばれ、自覚症状のない高血圧は、放置すれば心筋梗塞や脳卒中など突然死の原因となりかねません」
危機感を露わにするのは、老年科専門医で、名古屋学芸大学大学院栄養科学研究科の下方浩史教授だ。
これまで、40年以上に渡って、老年病(高血圧症や糖尿病、動脈硬化などを指す)の研究を続けてきた。
日本高血圧学会の推計によれば、高血圧症の患者数は約4300万人。国民のじつに3人に1人が発症しているのだ。このうち、治療を受けている総患者数は僅か1609万人で、多くは自覚がありながら治療を行わずにいたり、自覚さえない人ということになる。
もはや“国民病”ともいえる高血圧だが、今年8月、日本高血圧学会の「高血圧管理・治療ガイドライン」の降圧目標が六年ぶりに改訂され、治療指針に大きな変化があった。
「75歳以上の降圧目標を、患者の背景によらず10㎜Hgも引き下げ、75歳未満の降圧目標と同一にしたのです」
改訂前のガイドラインでは、降圧目標は75歳を境に区分されてきた。
「75歳未満の成人の降圧目標は、診察室血圧が130/80㎜Hg未満(家庭血圧は125/75㎜Hg未満)。一方、75歳以上は上の血圧が140㎜Hg、下の血圧が90㎜Hg未満(家庭血圧は130/80㎜Hg未満)と、降圧目標が下の世代より緩やかに設定されていたのです」
ところが、今回、後期高齢者の降圧目標が大幅に引き下げられた。下方教授は首を傾げる。
「加齢によりどうしても動脈硬化は進むため、成人と同じ降圧目標を掲げる今回のガイドライン改訂は、後期高齢者にとっては厳しすぎるのです。高齢者では、厳格な血圧管理により、高血圧症以外の疾患リスクを増大させかねません。適正な血圧の数値とは、患者とかかりつけ医が二人三脚で見極めるもの。それぞれの年代や疾患のリスクに合わせた無理のない血圧管理を徹底すべきです」
そこで、「90歳まで健康長寿」を目指すシニアのために、75歳を分岐点とした血圧管理の最新常識を紹介してゆく。
ガイドラインは鵜呑みにしない
まず、今回の改訂で降圧目標が厳格化された背景を、下方教授が解説する。
「海外で行われた二つの大規模臨床試験の結果に基づく改訂です」
一つは、米国の国立衛生研究所(NIH)が主導し、約9300人の高血圧患者を対象に行われた試験。
「収縮期血圧、つまり上の血圧が140㎜Hg未満の標準治療群と、120㎜Hg未満の強化治療群に分けて観察した結果、強化治療群では心筋梗塞や心不全などの心血管疾患のリスクが25%低下、全死亡リスクも27%低下しました」
二つ目は、中国で行われた大規模臨床試験だ。
「60~80歳の8511人を対象に、上の血圧が130~150㎜Hgまでの通常治療群と110~130㎜Hgまでの厳格治療群とに分け、4年に渡って追跡調査を行った。すると、3~4年間の血管系疾患の発症率は、通常治療群で4.6%、厳格治療群で3.5%となったのです」
血圧の厳格な管理により将来の心血管系疾患のリスクが予防できることを示す二つの試験結果が、世界の高血圧治療ガイドラインに影響を与えているのだ。
事実、米国では2017年に75歳以上の高齢者も含む高血圧の降圧目標を130/80㎜Hg未満に設定。日本に先んじて厳格化を推し進めている。
「ただし、米国以外における後期高齢者の降圧目標値をみると、EUでは130/80㎜Hg未満と米国と同様に設定する一方、WHO(世界保健機関)は140/90㎜Hg未満、英国や中国は150/90㎜Hg未満。世界を見渡せば、国によるバラツキが大きく、米国やEU、日本の降圧目標はかなり厳格な部類に入るのです」
日本では、24年に岡山大学らのグループが興味深い大規模研究の結果を公表した。65歳以上の日本の高齢者、5万4760人を対象に行った調査で、65~84歳では、高血圧が全死亡リスク、心筋梗塞などの心血管系疾患による死亡リスクを上昇させた一方、85歳以上では上昇しなかったのだ。
「超高齢者では高血圧症と死亡リスクの連関が薄れることを示す研究です。私は超高齢者までいかなくても、75歳以上の後期高齢者世代では“血圧が下がることのリスク”を踏まえ、あくまで75歳未満の世代とは区別して対策を練るべきだと考えています」
つまり、75歳以上は、今回改訂されたガイドラインを鵜呑みにしてはいけないのである。
では、それぞれの年代に適した“下方式の降圧目標”を見ていこう。
「心筋梗塞や脳卒中などのリスクが高い75歳未満の世代は、上の血圧が150㎜Hg以上なら要注意。160㎜Hgを超えているなら降圧剤での治療を開始すべき。降圧目標は新ガイドライン同様、上の血圧は、診察室血圧で130㎜Hg、下の血圧は80㎜Hg未満(家庭血圧は125/75㎜Hg未満)を目指しましょう」
一方、75歳以上の降圧目標はどうか。
「改訂後ではなく改訂前のガイドラインを踏襲し、上の血圧は、診察室血圧で140㎜Hg、下の血圧は90㎜Hg未満(家庭血圧は130/80㎜Hg未満)を目指しましょう。診察室血圧が150/100㎜Hg以上なら、降圧剤による治療をしたほうがいいでしょう」
後期高齢者にとって、血圧が下がることの最大のリスクは認知症である。
「欧州と米国で行われた血圧と認知症の発症リスクに関する研究では、上の血圧が高いほうが、認知症リスクが低くなるという、これまでの常識を覆すような驚きの結果が出たのです」
下方教授が指摘するのは、米国の医学誌「JAMA」に掲載された、欧州と米国の研究(21年)だ。1万7286人(平均年齢74.5歳)を対象に長期追跡調査を実施している。
「全体的には、上の血圧が185㎜Hgの人で最も認知症の発症リスクが低かった。75歳以上に限ると上の血圧が158~170㎜Hgで認知症リスクが最も低かったのです。欧米の研究なので、一概に日本人に当てはめることはできませんが、高齢になると血圧がある程度高いほうが脳への血流が良い。後期高齢者の場合、肥満がなく、診察室血圧で上が140㎜Hg未満であれば、厳密な降圧治療を実施するか否か、主治医と丁寧に相談して決めるのがいいでしょう」
加齢により血管が硬くなった高齢者では、高血圧の人にも起きる「一時的な低血圧」に注意が必要だ。
「起き上がったり立ち上がったりする際に立ちくらみやめまいを起こす『起立性低血圧』と、食後にふらつきや立ちくらみが起こる『食事性低血圧』です。起立性低血圧は、立ち上がって3分以内に上の血圧が20㎜Hg以上、下の血圧が10㎜Hg以上下がった場合に診断されます。立ちくらみは転倒のリスクもあるので、シニアは要注意です」
降圧剤で脳卒中、めまいも……
また、腎臓に疾患のある高齢者は特に、血圧の下がり過ぎへの注意が必要だ。
「血圧が低いと、腎臓への血流が低下しますので、腎臓の機能を示すeGFRの数値が60を切っている人は要注意。腎臓病患者は一般的に、血圧を140/90㎜Hg以下にコントロールすることが求められているため、新ガイドラインに準じた高血圧治療をすべきかどうかは、主治医の判断を仰いでください」
高血圧の治療で、気を付けるべきポイントがある。それは降圧剤の選び方だ。
今回のガイドライン改訂で、日本高血圧学会は降圧剤の「サイアザイド系利尿薬」と「β遮断薬」の処方を推奨している。
サイアザイド系利尿薬は、腎臓でナトリウムイオンや水分の再吸収を抑えることにより、体内の余分な水分や塩分を尿として排出させ、血圧を下げるなどの効果がある。
一方、β遮断薬は、主に心臓の機能を抑制して心拍数や心臓の負担を減らす。高血圧や狭心症、心不全、不整脈などの治療に用いられる。
だが、下方教授は、新ガイドラインが推奨するこの“2種類の降圧剤”について疑義を呈する。
「中年世代ならともかく、75歳未満でもサイアザイド系利尿薬やβ遮断薬を高齢者に処方することはあまりありません」
なぜか。
「利尿薬は、高齢者にとって頻尿の原因になり、脱水症状を起こしかねない。脱水によっていわゆる“ドロドロ血”になると、血栓ができやすくなり、心筋梗塞や脳卒中の原因になります。体内水分量が成人平均より10%も低いシニアにとって、脱水による疾患リスクは看過できません」
β遮断薬のリスクについても、下方教授はこう指摘する。
「徐脈、つまり脈を遅くさせる作用があり、低血圧によるめまいや立ちくらみなどの副作用も報告されています。高齢者には、カルシウム拮抗薬やARBといった種類の降圧剤を処方するほうがいいでしょう」
75歳以上で、サイアザイド系利尿薬やβ遮断薬を処方されているなら、一度、かかりつけ医と相談したほうがいいだろう。
また、改訂ガイドラインで推奨される「1カ月以内など早期の薬物治療」についても、下方教授は注意喚起する。
「血圧が高いからといって、闇雲に降圧剤を飲むと、血圧が下がり過ぎる恐れがあります。降圧剤の多剤服用は認知症の発症リスクを高めるとの調査報告も出てきています。年を重ねるほど、服薬管理には注意しないといけません」
降圧剤を飲む場合、自身の体調や持病を考慮して医師と相談しよう。
高血圧症を予防するためには、日頃の生活習慣の改善は必要不可欠だ。下方教授が、正常な血圧を保つための新習慣を提案する。
「どの世代でも必ずやってほしいのは、毎日の血圧を記録することです。理想は朝と夜の2回。難しいなら朝だけでも構いません。どうしてもクリニックや健康診断で血圧を測ると、いつもより高い数値になりがちです。大事なのは、普段の血圧。つまり、家庭血圧です。最近は血圧手帳を配布する病院や薬局も多いですし、スマホのアプリを活用してもいいでしょう」
高い数値が出たときに、「飲酒や喫煙をやめてみよう」「階段を使ってみよう」など、生活が自発的に改められることが多いという。
「不思議なことに、記録をつけるだけで自然と血圧が下がる人も多く、ぜひ実践して頂きたい新習慣です」
高齢者では、過度な食事制限にも注意が必要だ。
「血圧対策と言えば、減塩を思い浮かべる人も多いはずです。たしかに、中年世代は減塩も必要。日本人の平均摂取量は1日10g以上。働き盛りの世代なら、飲酒の機会や外食も多いため、減塩はしたほうがいい。ただ、75歳以上になれば、減塩を気にするよりも、減塩による食欲低下、栄養不足による筋肉や体力の衰えを懸念すべきです」
一方、メタボの自覚があって血圧が高い人は「減塩より減量が先決」と下方教授は力説する。
「メタボの自覚がある方は、ダイエットによって血圧は下がります。体重が1kg減るごとに、血圧が1㎜Hg下がる。5kgなら5㎜Hg、10kgなら10㎜Hgです。減量なので副作用もありません。太り過ぎの人にとっては、どんな降圧剤より健康効果が高いと考えたほうがいいでしょう」
塩分より野菜の摂取が重要
ただし、後期高齢者では減量よりも筋力アップを目指すべきだという。
「75歳以上では、ダイエットが筋肉量の減少を招く恐れがある。健康長寿のためには筋力の維持が必須。BMIが30を超えていたり、血圧が150を超えている人でも、食事は制限するのではなく、タンパク質を多くするなど質を高めたい。その上で自転車やプールでの水中歩行など、膝に負担をかけない運動で筋力アップに努めましょう」
運動は、血圧を効果的に下げる生活習慣だ。有酸素運動は最も効果が高いと、下方教授が太鼓判を押す。
「米国の研究では、20~30分の有酸素運動を週に数回行うと、上の血圧が3.84㎜Hg、下の血圧が2.58㎜Hg下がることがわかっています。実施者の体重や血圧に関わらず降圧効果が確認されているため、全ての世代において散歩やランニングは血圧管理に最適といえるのです」
最後に、下方教授が食事による血圧管理法を紹介する。
「血圧を下げるためには、どの世代でも減塩より野菜の摂取が重要です。ほうれん草などの緑黄色野菜に多く含まれるカリウムには、余分な塩分を体外へ排出する効果がある。腎臓病でカリウムの摂取を避けた方がいい人以外は、ほうれん草、ブロッコリー、小松菜、にんじん、バナナなどから積極的に摂取しましょう」
また、秋の食材で血管をケアするのも手だ。
「血圧を下げるには、しなやかで丈夫な血管を作る必要があります。動脈硬化を防ぐことで知られるオメガ3脂肪酸を含むブリ、アジ、イワシ、マグロなどの青魚は、血圧管理の定番食です。今年は秋刀魚が豊漁で、身もしっかりして美味しい。特にDHAやEPAが豊富で、秋刀魚の塩焼きに大根おろしを添えれば消化効率もアップします」
女性におすすめなのは、大豆製品だという。
「大豆のイソフラボンは、女性ホルモンに似た働きをします。納豆に含まれるナットウキナーゼは、血液をサラサラにする効果があり、血流が良くなれば血圧も安定します。苦手な人は豆腐と、カリウムの多いわかめを合わせて味噌汁やサラダにするのもおすすめです。生姜も、加熱や乾燥によって生じる辛味成分ショウガオールが体を温め、血行を改善してくれます」
間食でも、高血圧対策は可能だ。
「高カカオチョコレートに含まれるポリフェノールには、降圧効果があります。ビタミンEや不飽和脂肪酸が血流をアップするアーモンドも、1日25粒くらいなら食べ過ぎになりません。ほうれん草、納豆、高カカオチョコの“3種の神器”を筆頭に、血圧管理食を愉しみましょう」
静かに忍び寄る高血圧のリスクに備え、自分に適した血圧管理を徹底しよう。
source : 週刊文春 2025年10月2日号
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