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そして薄闇が月光を包む

「道端で無学な者アムハ・アーレツに出会ったら八つ裂きにしろ」
「八つ裂きとは酷くないですか。せめて屠殺と言われては」
「家畜の屠殺には祈りが必要だが、奴らにはそれすら必要ない」

反ユダヤ主義者によるプロパガンダ

 幸福であること以外能のない豚が苦手だ。
 奴らの大半が傲慢だ。自分のことについて語らせれば、当然口にされるべき他者への恐怖や、劣等感や、自身の捻じ曲がった正義感について語ることはなく、ただへらへらと笑顔を浮かべて一反木綿のように漂う。その偽善性を指摘されると被害者面をする。友人を集めて徒党を組み、批判の精査よりも攻撃の事実を非難することに注力する。それしかできないだろう。お前らは豚なんだから。人間ではないのだから、この恨みに対して何かしらの返信などできるはずはない。
 精々が立ち尽くして、「刺されたなぁ」と表明することしかできないだろう。それでいい。恐怖も、劣等感も、捻じ曲がった正義感も、俺達だけの専売特許だ。この世は豚の世の中だから、人である俺たちは凶器を手にしないと呼吸ができない。お前らは俺らの行動理由どころか、自分の歪みについて語ることすらできない。その筈だ。

 最初に沸き上がったのはふざけるな、という感情だった。それは俺の道具だ。俺達にしか扱えないはずの武器だ。それを手にするのが初めてなはずなのに、紡がれる文章は滑らかだった。この世の不条理に思いを馳せたことなどないはずだ。痛みを伴う経験など一つもないはずだ。だから日陰者の作法など全く扱えないはずだ。そんな下賤な勝利者が、誰よりも上手く苦渋の歌を奏でている。投げかけられる拍手の数が、俺よりずっと多い。ふざけるな。ふざけるな!俺とお前の差は属性の差の筈だ。お前は日向で大勢に称賛され、俺は日陰で戦い抜くしかないから、だから俺ばかり辛いのだ。同じ条件に立てば俺だってお前に負けないはずだ。

 しかし、その目論見は外れた。
 できなかったのではなかった。ただ、やらなかったのだ。

 俺はかつて憎悪した相手に心から同情してしまっていた。全ての境遇について、抱える劣等感について、あるいは吐露された孤独について。皆自分なりの事情があって戦っているんですよ、と心の中の誰かが言った。その次に続く言葉を俺は知っていた。「だからあなたが苦しい苦しいと呻いているのは甘えなんですよ」「みんな自分の事情を心の中に秘めてまともに振舞っているのに、どうしてあなたはそれができないの?」俺への搾取者が何度も繰り返してきた言葉。そうして俺の怒りや憎しみを身勝手さの発露として片付け、搾取の濃霧で視界が覆われる。俺は何の力もない子供ガキになる。だから相手の言葉に耳を貸さずに滅多刺しにするしかなくなる。俺が一番辛いんだ。お前らなんか人間ではないのだ。


 noteの記事のサムネイルは、写真フォルダから探さなければいけない。それを一望して、ふと気付いた。自分一人で映っている写真がない。どれもこれも、隣で笑っている他の誰かの顔がある。誰かと一緒に映っている写真は、ある程度中立的な記事でないと使わないようにしている。友人にマイナスイメージがつくから。だから友人と撮る写真が増加したことにはすぐに気付いた。
 誕生日インスタンスを開いた。両手では足りぬぐらい友人が訪れた。しばらく会っていない人間も含めて。
 サーバーを爆破した。人との絆より自分の安全の方が大事だったから。再建して一日で二十人以上が集まった。先代サーバーで不当に傷付けた人間も帰ってきてくれた。
 無責任に切りつけた人間に会いに行った。知っている人間も知らない人間も、皆黙って俺の話を聞いてくれた。かつて暴言を吐きかけ、俺が搾取者呼ばわりしてブロックしたはずの人間が、訳の分からない理論で俺を擁護していた。
 散々他人に対して攻撃性を発露させていたのに、俺の消失を悼む声が沢山あった。
 
 かつて孤独について語られた言説の中に、今でも思い出せるものがある。「私の気持ちがちゃんと伝わっていないという孤独は、人数では覆せない」。俺はどうなのだろう?俺の気持ちはちゃんと伝わっていないのだろうか。俺がどうしようもなく欠落していて、短気で、情緒不安定で、不合理で、敵味方でしか人を判別できなくて、薄情で、被害妄想癖があって、一度敵とみなした相手にはどんな罵詈雑言すら躊躇しない獣であることを知っていてなお、俺を慕ってくれる人間がいる。これはかけがえのない財産ではないのか。そしてもっと言うのなら、これを手にしている俺はもはや、絶対的な強者なのではないのか。普通の人間が喉から手が出るほど欲しがっているものを、とっくに得ていたのではないのか。
 誰にも理解されない、誰からも愛されない弱者なのだと心の底から信じ込んだ。自己欺瞞には大きく分けて二つある。自分が優れているという欺瞞。自分が劣っているという欺瞞。どちらにも共通点がある。「そう信じた方が自分に利益がある場合に陥る」。

 俺が転生前に使っていた名前は「うゆに」という。塩湖の名前が可愛いので、特に考えもせずに持ってきた。一日中VRChatにinしていた。フレンドと遊ぶのが楽しくてしょうがなく、3年暮らしてきて全く苦情など発生しなかった賃貸で、2か月の間に2回クレームが来た。
 しかし俺は同時に乾いていた。俺は特別でもなんでもない。俺は新入りでしかない。仲良しリストの一番下だ。面白い話もできない。絵も上手く書けない。特別な趣味や知識があるわけでもない。改変も上手くない。仕草も可愛くない。声も終わっている。ウケ狙いのnoteは書いた。2スキだったのを覚えている。ミラーに映るちんちくりんのBAMiは、俺の劣等感を反映して何の力もないガキに見えた。皆凄いなぁ。皆みたいになりたいなぁ。いつか可愛くて面白い最高のVRChatterになって、推しの隣に並びたい。
 あの頃の俺が今の俺を見たらどう思うだろうか。決まっている。血が滲むほど羨ましがるだろう。きっと怨嗟と嫉妬の情を燃やして止まないだろう。ありとあらゆる語彙を持って俺を中傷するだろう。

 『羨ましいなぁ、自分勝手に振舞っても周りから愛してもらえて。周りを大事にしなくても特別扱いしてもらえて。俺なんて一生懸命大事にしても名前も覚えられないワンオブゼムなのに、どこにも居場所が無くて凍えてしまうほどに寂しいのに、好きなだけ怒鳴り散らしても皆に慕われるって、才能ある人は素晴らしいなぁ。運が良いって素晴らしいなあ。あなたは確かにアスペルガー症候群の気があるのかもしれないけど、言葉を扱う知能は上位10%に入ってるんですよね。それって生まれながらに持ってる才能じゃないですか。羨ましいなあ、ギフテッドで。文章を書く力が無かったらお前みたいな人命軽視のボダ野郎なんか誰も見向きもしねえんだよゴミが。一番最初に書いた記事がバズって良かったな。本当の弱者はバズるための土俵にすら立てない。お前が全部自分で手に入れたみたいな顔をしているのは、努力が最低限報われる土壌があったせいだ。お前が求道者みたいな顔をしていられるのは、お前のやることなすこと全部上手くいったからだ。お前が欠落を剥き出しにして闇のレッテルを貼られても平然としていられるのは、それで帳消しにならない何かが最初からお前に備わっているだけだ。大勢の友人に恵まれて、居場所も既に確保して、それで何が弱者だ。本当はもう怒りなんかないんだろう。孤独感なんかないんだろう。お前は弱者なんかじゃない。最初から持ってる側だったんだ』

 才能という言葉はブラックボックスだ。
 何故ならその言葉には、何かを成し遂げた自分と、それを成し遂げられない他者との差異が全て詰まっているからだ。生まれ持った環境。両親からの愛情。人生を変えた出会い。努力し続けられる勤勉さ。努力しなくても何故か出来てしまうセンス。全てが才能だ。怨嗟と嫉妬の対象になり得る。

 かつて俺の書いた文章について、こんなことを言ったやつがいる。「文章書ける才能があっていいね」「お前がこれを書くなら俺はnoteなんて書かなくていいだろう」。俺は最初自分の才能を否定していたが、そいつがあまりにも沈み込むので、謙遜をするのを辞めた。「才能は結果を保証してくれない。結局、自分の持てる手札を使って力の限り戦うしかない。結局すべては結果で語られるんだ。才能という言葉は都合のいい後付けの理由に過ぎない。お前が今打ちのめされているのは、俺を甘く見ていたからだ。もっと俺のことを警戒しておけば、お前はそんなに落ち込むことはなかった。ざまあみろ!」
 そうだ。結果が全てだ。結果が全てなんだよ。だから結果を見て過程を神聖化したりしてはいけない。貶めるのはもっと論外だ。

 光り輝いているだけで豚になるというのなら、誰よりも先に俺がそう扱われるべきだ。

 誰もが、自分の辛さや事情や、歪みや屈折を抱えて生きている。そして俺も、他人が羨むような成功や才能を抱えて生きている。俺たちは対等なんだ。俺たちは対等な人間だ。勝手に相手を非人間化して、話が通じないと決めつけて一方的に攻撃するなんて、俺はなんて酷いことをしたのだろう。話せばわかる筈なんだ。私達はお互いに違う辛さを抱えているのだから、お互いに寄り添って理解しあえるはずだ。
 ならなぜ、倒れ伏している人間がいるのだろう?

 ならなぜ、踏みにじられている人間がいるのだろう?
 ならなぜ、ありのままに振る舞っているだけで罵倒されるのだろう?
 ならなぜ、人と同じようにできないというだけで嘲笑するのだろう?

 そうだ、彼らは豚ではない。人間だ。大脳新皮質を備えたサルだ。この地球上でもっとも多くの生物を一瞬で殺すことができる兵器を指先一つで起動できる、危険な害獣だ。誰もが辛いはずなのに、自分よりも辛い人間を見つけて嘲笑うのは、そうすることが自分の利益に繋がるからだ。誰もが自分の利益を追求する対等な人間なのだ。
 俺もまた光だ。倒れ伏した人間の気持ちなど、分かるわけがない。彼らと同じ闇を名乗ることなど、できるはずがない。そんな神聖な過程やお題目など必要ない。必要なのは結果だ。かつての俺と同じような人間が、俺によって生存したという結果だけだ。

 私は自分の光を利用しよう。目的のためならどんな手段でも取ろう。もはや私は闇でも弱者でもなくなってしまったから、彼らが生きやすくするためなら何でもしよう。彼らを生きにくくするものは、彼らの死を願う他の多くの人間は、俺の光で焼き尽くそう。この世には正しさを掲げ、弱さに頓着しない、うざったい陽の光ばかりが存在するから、俺が全ての太陽を撃ち落とそう。

「激しい言葉を使えば人の印象に残ってインプレッションが伸びる」って?
 笑わせんなよ。その罪悪を背負ってんのはてめえらも同じだろうが。

 太陽たちは、私が想定していたよりずっと賢く、才能に恵まれていて、強かだった。きっと全ての太陽が撃ち落とされることはないだろう。太陽光はそれでまた、多くの人間を救うだろう。そして彼ら自身が言うように弱いということも、決してない。日の光に耐えられない弱者を食い物にしながら、害虫のように繁殖し続けるだろう。
 そして私もまた、決して消えない。彼らの同胞を食い物にしながら、私にしか使えない言葉を使いながら、それを見た誰かが救われるように祈るだろう。
 これは一つの均衡だ。

 今の俺を見て歯ぎしりをしているうゆに君の周りには、フレンド+に入った君を歓迎してくれる、暖かな酒飲みの友人達がいた。それは確かに、最初から存在していた光だった。

 目障りな太陽には日陰を。無様な暗闇に月光を。

 私達は皆、対等な人間である。



 


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