灰は龍炎に惹かれて   作:ジルバ

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まえがき….という名の前回のあとがき

ほぼ原作通りに黒蛇になったタルラ。黒蛇には悪いがダークソウルのクロスである以上倒すべきラスボスになってもらう

真面目にフロム脳働かせますが黒蛇の呪いをそう簡単に消せる訳ありません、と。滅ぼすには魂…あるいは精神体に干渉できる力無いと。

…そう、肉体と魂を糧に燃えるような火とか…ね

さて、終わり的にこのままチェルノボーグ…では無いんですねぇ!
灰の方…フロム主人公に挫折も絶望も似合いませんからね。さっさと立てよ、灰の英雄



第17話:火に願いを

 

 

 

 

 

 

 

彼はレユニオン・ムーヴメントの幹部──UNDEADの座に押し込まれた。

幹部となった以上部隊を持たされたが、UNDEADの部隊は遊撃隊やスノーデビルとは違う。レユニオンの首魁から寄越された監視役に囲まれた檻だ。そんな連中に信を置けるはずがなく、常に独りで戦場の最前線を走り、コシチェイから課された任務を遂行してきた。

 

多くの者を殺した

 

「薄汚い感染者共が──!」

信念無き暴徒の群れとなり果てたレユニオンの行進を阻むウルサスの軍人共を

 

「アッシュ、俺達はタルラに騙されている!!このままでは皆──」

真実に気付き、反逆を企ててしまった古き戦友たちを……

 

そしてレユニオンの者たちが知る由の無いヤツの暗躍の片棒を担いできた。

 

 

 

戦友たちと過ごした在りし日々の喧騒は遠のき……燃え滓のソウルは腐ってゆく……

 

──全てはかけがえのない人々の為に

 

 

 

 

 

 

 

彼はウルサスの中枢を担う都市の街道を歩いていた。彼の逃亡騎士の出で立ちは貴族たちの住処において浮いており、騒ぎになりそうなものだが等間隔に配された街灯が照らす深い夜の街道に人の姿は無く彼一人だけが帰路を歩いていた。

 

──“静かな竜印の指輪”、「見えざる姿」

魔術の故郷、ヴィンハイムが抱えた隠密のように、闇に溶け込んだアッシュは俯き、そして重い足取りでありながらも真っすぐに帰路を歩み続ける

 

彼はある任務でこの街に赴いた

 

──お前に新たな指示を下す。お前にはウルサスの帝都に向かいある人物に接触してもらいたい。帝国議会の議長であるヴィッテという人物だ。……まぁ待て、今回は殺しの仕事ではない。私から彼への警告を伝えるだけでいい。とはいえ彼の身分上警備は厳重だ、多少の騒ぎはもみ消そう………良い報告を期待している

 

もはや怒りも、反骨心すら湧かない。

 

 

ヴィッテなる者は私欲を肥やす貴族とは何か違うと感じた人間であった。とはいえコシチェイからの伝言を伝えたときに明らかな敵意を持っていたので、“警告”は残しておいた。

 

 

 

(……さっさと帰ろう。一刻も早く)

「キャッ!?」

早く帰りたい一心だった故か、自分だけしかいないような錯覚を覚える深い夜闇の所為か、アッシュは丁度横切ろうとしていた路地裏から勢い良く飛び出た人影の突進を受けてしまう。

 

アッシュは衝撃を体幹で耐え、反射的に街道に倒れ込んだ下手人を見る。

下手人はループス…狼の女であった。

艶やかな桃色の長髪、気品のある出立ちと美貌に多くの男は魅了されることだろう…華やかだった衣服にこびりついた血を見なければだが

 

 

(…“蛇の目”ではないか…何があったかは知らんが……どうせ碌なことではあるまい)

キッと気丈に此方を睨む女から目を離し踵を返して帰路に着き──

 

 

バァン!!

「くっ…!?」

怪音に首を動かすと路地裏から伸びている赤黒い触手のような何かがループスの身体を拘束していた

 

「やれやれ、ようやく追いついた。コレだからループスは油断ならねぇな」

低い男の声と共に現れたのは一人のサルカズであった。触手はアーツによる構成物なのか左の各指から生えるように伸びておりループスの女を固く締め付けている。

 

ウルサスにおいてサルカズはそうそう見られない種族だ。このウルサスにいるこの手のサルカズの傭兵の身の上として二つに分類する。

 

(サルカズか…)

「…あ?同業か?今回の依頼を受けた奴の顔は覚えてるはずだが…」

「…お前はレユニオンの雇われか?」

「は?…なるほど、要は俺らの依頼とは無関係か」

どうやらこのサルカズはレユニオンの雇われでは無いようだ。奴の手駒を無為に殺せば何をしでかされるか分からん。

 

「…ならば良い、急いでいる。邪魔をしたな」

このサルカズは別件の依頼を受けた傭兵だ。面倒事はごめんだ。無駄な事に付き合う余裕は今の私には無い。

そう告げ、アッシュはその場を去ろうと踵を返とするが背を向けたと同時に胸の辺りに衝撃が走る。

 

「おいおいおい、目撃者なんだから生かして返すわけねぇだろ」

ゆっくりと下に目を向けると己の体から長大な剣が切先から自身の血を滴り落としていた。

 

 

 

 

「悪く思うなよ、俺じゃなくて臆病な依頼主達を恨んで死んでくれ」

サルカズが刺し殺した男を足蹴にして剣を引き抜き、襤褸を羽織った男は地面に倒れ込んで動かなくなった。

 

「さて、と」

「くっこのッ…!」

ゆっくりとサルカズが私へと振り返り触手を手繰って私を引き寄せる。

 

「どうして…どうしてお父様やお母様を殺したのです!?」

「言っただろうが、俺は傭兵だ。金さえ貰えれば依頼はキッチリこなす。お前等の死を望んだ奴等に聞いてくれ…まぁ、それは叶いっこ無いがな」

サルカズは自分が人を殺したことをまるで義務であるかのように語ってくる

 

「しかし、ループスはどうしてこうも上物な女が多いんろうなァ…殺せとしか言われてないし、楽しませて貰ってから依頼を遂行させて貰うとするかな」

傭兵が邪悪な笑みを作りながら触手を動かし拘束していた私の肢体に這い巡らせ始め、全身に鳥肌が立つ

 

「やめなさい穢らわしい…!!」

「そうだ!その顔だよ!!逆らいたくても抗う力が足んねぇなぁ?そんな自分が惨めだよなぁ?こうされた女は皆その顔するから沸るんだよォ!ハハハハハッ!!」

四肢を拘束され、衣服が破かれてゆく。涙に濡れた顔で自分の運命を受け入れられず、歯を食い縛って目を瞑った時──

 

 

 

 

「──傭兵とは生きやすいものだな……羨ましいよ」

ループスの身体を弄ぶ事に気をやっていたサルカズの背筋に凍てつくような悪寒が走る

 

「がは……っ!?」

咄嗟に振り向こうとした彼の胸から純銀の直剣が生え、飛び散った鮮血がループスの顔を彩る。

 

「ぐっ……!」

己を貫く“銀騎士の剣”が捻られ、傷口を抉られる前に背後に肘鉄をすると金属質なモノを殴った手ごたえとともに背後にあった気配が離れる。

 

 

「お前……確実に脊椎ぶっ刺したのになんで立ててんだよ……!?」

「……私が、不死だからだ。サルカズよ」

振り返れば背後から得物で刺し殺した筈の男が何事も無かったかのように立っていた。

しかし、今もなお鮮血を垂れ流す胴に空いた風穴が確かに彼の肉体を貫いたことを物語っている。

 

 

「ほざくな、死にぞこないが!!」

口から零れる血を拭い、傭兵は負傷を物ともしない勢いでアッシュへと斬りかかる。

 

対するアッシュは静の姿勢を崩さぬまま右手を背にやる。

彼の背にはレユニオンの幹部の証たる緋色の腕帯で体に括りつけられた一振りの剣があった。

 

ブチブチッ!

 

万力で強引に腕帯を引き千切り、露わとなった大剣がサルカズの渾身の一文字を相手ごと弾き返す。

 

「“サルカズスラング”!やるじゃねぇか!こりゃあ楽しめ──」

 

「……月光よ」

 

私はもう何が何だか分からなかった。陰謀に巻き込まれた彼女は一夜にして家族を喪い、悲しみに暮れる間もなく彼女は襲撃者から必死に逃げていた。

 

一瞬で彼女の人生を完膚なきまでに破壊したサルカズの傭兵。彼から我武者羅に走った先でサルカズの男と同等かそれ以上の鼻を覆いたくなるほどの血の匂いを放つ騎士の姿をした何者かに出会った時には終わったとさえ思った。

しかしその騎士はサルカズに呆気なく殺された。次は自分の番かと思えば一瞬で今に至っている。

 

──とても、綺麗な剣だと思った。

貴族の娘として培った教養や語彙で表現したくてもできない……剣から絶えず生まれる妖しい翡翠色の光の粒が夜を照らす。

思わず手を伸ばして触れようとしたが本能が触れてはならないと警鐘を鳴らす。

どこか危うさを孕んだ妖しい魅惑の光。

 

(──月光……)

そう、騎士がそう語ったようにまるで双月のようだった。

 

「……へぇ?アーツで剣を強化したにしちゃあ大げさだ……なぁ!!?」

私のように目を奪われていたであろうサルカズが未知への恐怖を振り払うように鬨の声を上げて再び騎士へと突撃する。

 

襤褸纏いの騎士は静かに、無機質に剣を青眼に構え──

 

 

 

 

──月光が弾けた。

 

光の奔流に思わず目を手で守り、光が弱まり手を退けた時には殺意を撒き散らしていたサルカズの姿は影一つ無くなっていた。彼のいた場所に騎士の剣を突き立てていた。

サルカズの傭兵が()()クレーターから“月光の大剣”を引き抜き、騎士は無感動に剣を振るうと月光が収まり光粒が散らばり霧散していく。

 

カチャリと鎧が微かな音を立て、騎士が私を見る。その音であの光に見惚れていた私は現実に戻された。

騎士が一歩、また一歩私の方へと足を動かす。

 

「ッ…!」

サルカズのアーツの余韻が残っているのか身体が思うように動かない。得体の知れぬ人間に自分の命を握られている…身体の震えが止まらない。

サルカズのようにあの剣で消されるのだろうか…ソレともこの騎士も私を肉欲の捌け口にしてから殺すのだろうか

 

しかし最悪の予感に反し震える私を見た騎士が歩みを止め、左手を私の方へと向ける

 

アーツで殺される。そう思い来たる死に目を瞑る…が私が感じたのは想像を絶するような痛みでは無く──柔らかな温もりだった。

目を開くと私の前で極東に伝わるオニビのような小さな火の玉が私を照らしていた。

 

ソレは陽光のようで、とても心地よい。不思議と身体が軽くなっていくようだ

 

…彼は私を癒してくれているのだろうか…?

 

「……私は君に興味は無い。ただ…絶望に負けるな、強く生きよ」

私の心の声を否定するかのように彼はそう言い残し、私に背を向けた騎士は蒼色の大剣を引きずりながら歩み去ってゆく。

 

ガリガリと街道を剣が引っ搔く耳障りの悪い音が辺りに響く。

 

私は追手が来る前にその場から離れることを忘れ、ただ彼を見続けていた。

まだ彼が放つ嗅覚を殺す程の血の匂いが鼻に残っている。どれほどの人々を殺せばここまでになるのか。

 

しかし何よりも…

 

──彼の後ろ姿は寂しげで、とても死の気配を漂わせた殺人狂とは思えなかった

 

 

 

 

 

 

 

『──次のニュースです。先日帝国議長ヴィッテ氏の邸宅にて何者かの襲撃に遭い、使用人とボディーガードの二名が殺害されたとのことです。……また近辺のイワノワ家でも一家殺害事件が発生しており、共通の犯人による犯行として捜査を進めております』

 

 

 

 

 

 

 

(ようやく帰ってこれた。しかし……敵に背中を見せ、挙句にまんまとバックスタブか……ハハ)

作戦の報告は“蛇の目”の報告で十分だろう。作戦時だけとはいえ一挙一動を監視されているのは実に不愉快だ。

 

 

最近何事にも打ち込めなくなっている気がする。不死性に身を任せたゾンビ戦術も平気でするようになってしまった。

その果てにテラでも不死(UNDEAD)と呼ばれるようになるのも無理ないが……皮肉なものだ。

 

 

コシチェイによってレユニオンは変遷され、かつての旧友の多くはタルラに疑念を抱き、レユニオンを去るか、粛清されてしまった。

そのあとに残ったのは感染者として迫害されてきた鬱憤を晴らそうとしか考えていない暴徒共の巣窟となったレユニオンだけだった。

彼らは私を不死の化け物ではなく英雄だと言う。

 

虫唾が走る。非感染者を殺して喜び勇む連中の英雄など御免被る

 

タルラの真の理想を何一つ知らぬ奴らに……!

 

「よう、アッシュ」

泥濘のような思考に囚われていたアッシュに気さくな青年の声がかかる。その声に彼は俯いていた頭をもたげた。

彼をUNDEADではなく、アッシュと呼ぶ者は今のレユニオンでは限られている。

 

「……アジンか。久しいな」

「そうだなぁ、お前が自分の部隊さえ置きざりにして戦線突っ走ってるからな。姐さん怒ってたぜ?部隊を率いる立場を理解していないのかって」

「……私の性に合わんからな」

「昔のお前は愛想よかっただろ……なんてな」

「何事も不変ではない、ヒトですらもな……」

「年よりかよ!ずっと思ってたがお前なんかガワと中身の歳ズれてねぇか」

「私は爺ではない」

「ハハッ!そこまで言ってねぇって」

こんな他愛のないことで会話を弾ませたのはいつぶりだろう……?沈んでいた気分が良くなっていると感じる。

 

「ところで──身体に風穴開けて、血ィ流してどこ行ってやがった?

それも一瞬のことでアジンがドスの利いた声で冷気を発し始める。

 

「……野暮用だ。大事ではない」

「ふざけんなよテメェ!お前どうしたんだよ!?俺たちと距離置いて独りでどっか行ってばっかでよ!どうしちまったんだよ!!?」

怒号を上げアジンがまくしたてるが、アッシュはそれに答えることが出来ない──するわけにはいかない

 

──もう、喪いたくないから

 

「お前タルラともなんか……仲悪くなってるよな!タルラと何かあったのかよ!?」

「……知らん」

「お前──「知らんと言っている!」ッ!?」

アジンが冷気を纏わせた腕でアッシュに掴み掛かろうとするが彼の喉に“絵画守の曲刀”の切っ先が突きつけられる。

 

 

「タルラの詮索は……やめておけ……頼むから、何も聞かないでくれ……」

「……アッシュ」

「……久しぶりにお前と駄弁れて、楽しかったよ……さらばだ」

“絵画守の曲刀”がソウルの粒子となって搔き消え、アッシュは速足でアジンの横を通り過ぎていった。

 

「……やっぱりだ、姐さんの言う通りタルラは──」

 

 

 

 

 

 

 

彼は篝火に膝を着いて座りこんえ、膝に置いた右腕に兜を埋めていた。

 

もう嫌だ、誰とも会いたくない。私に会うと皆不幸になっていく。

ロードランでも、ロスリックでも、このテラでもそうだった。やはり言い逃れようも無く、私は……

 

「……おかえり、アッシュ」

「……ただいま、アリーナ」

任務に詰めていて久しく聞けていなかった声がまた一つ、アッシュは振り向くことなく、篝火に座り込んだままアリーナへと返す

 

「マドロックさんが貴方に会いたがってたわよ」

「……それは悪いことをしたな。彼はどこに?」

「……もういないわ」

アッシュはその事実に思わず振り向く。

 

「いないだと……?」

「……レユニオンから離れるそうよ。今のレユニオンのやり方が納得できないって」

 

マドロックも再編されたレユニオンの幹部の一人だった筈……そんな境遇でよく抜けようと思えたな。

いや──だからこそか

 

「そうか……賢明な判断だ」

彼らはただ居場所を求めていただけに過ぎなかった。かかる火の粉ならともかく決して関係の無い非感染者に害を及ぼしたいとは思っていなかったのだろう。

 

「……ボブおじさんによろしくって言っておいたわ。あと太陽あれって激励も。貴方ならそういうと思って」

「ハハハ……確かに言いたいと思ったな。それは」

しかし長い付き合いなだけに直接別れの言葉を贈りたかったが仕方ない。

 

……また一人、戦友がいなくなった、か

 

力なく一しきり笑ってアッシュは篝火へと視線を戻す。

 

 

「……あと三日にはチェルノボーグに出立するそうよ」

 

「……あぁ、奴から聞いた。」

移動都市チェルノボーグ、タルラが都市にいる同胞と交流を続けていた移動都市。我々はソレを占拠する。彼女はあの移動都市をどうする気だったっけか。

少なくともコシチェイの──レユニオン・ムーヴメントの計画のように住むも者を悉く虐殺し、都市を手中に収めるなどでは決してなかった筈だ。

 

「……やっぱり貴方も行くのね」

「私に選択する資格はない……それは君も同じだろう?」

「……そうね」

 

そのつもりはなかったのにまた彼女に自責の念を負わせてしまったようだ。

私というやつは本当に……

 

私の轡としてアリーナたちがいる。蛇の目の監視はもちろん……何よりも許せぬのは──

「……イーノとサーシャだけでもどうにかならないかしら」

 

奴はまだ幼子である二人を幹部に据えたのだ。戦士となったサーシャはまだしもイーノまでも……!

 

それを聞いた時の私は思わず奴に再び斬りかかったとも……返り討ちにされたが

 

イーノには傷を癒すアーツしかない。虚弱でとてもではないが幹部どころか戦闘員すらも務まるとは思えない

だからこそ、イーノが戦線に出ないように済むために私が最前線を突き進み敵将を討ち、拠点を制圧して短期で終わらせなければならないのだ。

 

「あの子たちも君も死なせはしない。約束する」

「……貴方に背負わせてばかりな私が憎くなってくるわ……」

私はどう返せば良いのか分からず黙り込んでしまう。互いの間に沈黙が落ちる。

 

ふと、目の前で燃える篝火に思いを馳せる

戦いで損耗し、死に、この篝火で休息し、先へと進む。そんな日々だったあの頃が懐かしい。

人間性を喪って、擦り切れた亡者のソウルで課された使命の為にひたすら己を阻む障害を下しながら前へと進むのがどれ程楽だったか。

ロードランで火を継いで、火の破綻を知ることなく満足して死ねていれば、あるいは火を終わらせてそこで私自身も終われていれば、

 

 

──こうならずに済んだか?

 

 

 

 

ほんの気まぐれだった。

 

アッシュは篝火に手を伸ばす。

火に触れれば自分が薪となって長き生涯を終われるのではないかと思った。

軽率だと分かっているが……そんな愚行を自制できない程に私は疲弊していた。

 

揺らめく篝火の小さな火の先に指先が触れた、その時──

ゴオォッッ!!!

 

「ぬ…ッ!?」

 

弱々しく燃えていた萎びた火の勢いが増し瞬く間に彼の視界いっぱいに広がり、完全に油断していたアッシュを容易く吞み込んでいった。

 

「アッシュ!?」

 

かつてロードランで火を継ぎ、役目を果たした最期の情景が蘇る。しかし、あの時とは違い骨身を、魂を焼かれる耐えがたき激痛を痛覚が感じていない。

 

ただ、温かった。

(これは──)

 

視界が暗転し、意識がシャットダウンする──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気を失い、気が付くと全く別の場所にいた。尋常ならざる事象ではあるが私はその手のモノに慣れていた。……慣れてしまった筈だった。

 

しかしその耐性も長い年月によって剝がれたのか私は現状に困惑を隠せなかった

 

覚醒したアッシュは開いたはずの眼で何も見ることが叶わない。

どこまでも、どこまでも先の見通せぬ闇が広がっていた。ウーラシールの最奥で相対した深淵の主の墓所のような夜よりも濃く、深い深淵の世界に彼は座っていた。

 

未知の世界……いや、この大地に覚えがある気がする

 

ウルサスの雪解け水で湿った泥のような地面と対を成すように乾き切った、砂のような──灰の大地

 

(よもや、ここは──)

ありえない

 

「灰の方」

「────」

ありえない、信じられない。理解できない

己の隣から聞こえた彼女の声を受け入れきれない。

だが、何度も聞いてきたその落ち着いた女の声は間違えようがない

 

「灰の方、私の声が聞こえますか?」

 

間違いないこの声は──

 

「……火守女」

「良かった、私の声が聞こえているのですね」

 

彼女の声で薄れていた不死としての、そして火の無い灰としての日々の記憶が蘇っていく。

そうだ、私ははじまりの火が消えていくのを最後に眠ったのだ。

まさか……夢だったのか?テラでの日々、それどころかテラそのものが私の描いた空想だったと?

 

 

「クク……ハハハハハ……!ハッハハハハハ!」

なんだ、下らない!夢幻に本気になっていた私はとんだ道化ではないか

 

「私は何かおかしいことを言ったのでしょうか……?」

「……夢を見たんだよ。いやに現実味のある長い夢をな」

肩にかかっていた重圧と荷がどっと下りたような快感が訪れる。

しかし私は随分と妄想が上手いようだ。テラとかいう世界で見聞きしたものや出会った人々の姿や声はとても精巧なものだった。

 

 

「……どんな夢でしたか?」

「下らん夢でしかない。気にするな」

言う気になれない……もう思い出したくない

 

「教えてください」

はぐらかしたが、火守女は尚も食い下がってくる

 

「……珍しいな、君がここまで食い下がるほど興味を引くものではないとは思うが」

「どうか私に聞かせて下さい、貴方がその夢の中でどう過ごしたのですか?」

私の肩に熱を宿した──火守女の手であろう──が乗せられる。

 

「……長くなるぞ」

「構いません」

アッシュは最後まで渋っていたが、やがて諦めたように深くため息をついてポツポツと彼のテラでの足跡を語り始めた。

 

目を覚ましたら辺り一面雪景色だったこと、タルラとアリーナと出会いタルラの理想を見届けることにしたこと、

そしてイーノやサーシャ、パトリオットとフロストノヴァ……かえがえのない友人たちに恵まれたこと

 

彼らとの日々も戦いに明け暮れるものだったが、とても輝かしい思い出だ。彼らと共に生きる内に私は心だけでも人に還ることができていた。

 

だが、それもあの邪なる黒蛇によって幕を閉じる。

 

タルラと最後に交わした言葉が彼女を傷つけてしまうような言葉だったことが悔いだ。

 

 

 

 

……?

 

 

何故だ?

 

何故夢をこうも鮮明に覚えている…?何故幻想のはずの人物に思い入れている…?

 

私の目から流れているのは……涙か?

 

たかが夢の話だろうが……何故泣くのだ?

 

 

何故だ…!?何なのだ!?

 

心中で得体の知れぬ激情が渦を巻き、内からアッシュに襲い掛かる。

 

(“ウルサススラング”…!)

 

「……灰の方、一つだけ聞かせてください」

「っ!……なんだ…?」

嗚咽を押し殺しながらアッシュはそう返すのがやっとだった。

 

「……貴方は寄る辺を見つけられましたか?」

寄る辺……

 

──灰の方、貴方に寄る辺がありますように

 

(そう言えばお前はずっと私にそう言っていたな……)

 

「居心地は良い夢だったよ……最後で台無しだったがな」

夢。─そう口にするたびに喉から上がってきた吐瀉物を飲み込んだような嫌悪感が襲ってくる

私は何に嫌悪している…?

 

「……もう一つ、よろしいですか?」

「……何だ」

火守女も火守女だ。

お前が解らない。

頭を抱えて蹲って、内から沸き上がり渦を巻く衝動と感情を律そうとするが、そんな彼に火守女は容赦なく踏み込んでいく

 

「──貴方は諦めるのですか」

 

お前は私に何を求めている…?

 

「……どういうことだ」

「貴方にとってその寄る辺は生きる理由足り得なかったのですか?」

 

──貴方は今…何のために生きているの?

 

「生きる理由……何の、為に……」

判らないんだよ、ずっと、ずっと考えても見つからないんだよアリーナ!

 

 

「自分を押し殺さないでください。自分のことは自分がよく知っている筈です。」

 

──生きる理由って重い責任や重圧を伴うものだけじゃないのよ?

 

(……夢──願いか。だが本当にそんなもので良いのか)

 

──願いはある。

 

「私は──」

 

 

……くだらない、あまりにも幼稚な願いだ。

「私は……!」

 

私は弱く(人間に)なった。

 

──ハハ、期待以上のリアクションだな!なんだ、私はただお前に飴玉をやっただけだろう?何をそんなに怒るんだ……フフッ……アハハハ!

 

 

──アッシュ、よ。これを、やろう。渋って、くれるな。私はレユニオンの盾だ、同胞を護らねばならない……たとえ、君が感染者でなくとも、だ。

 

──もう良い!俺はもう守られる側じゃないんだ!イーノも、アリーナ先生も……お前がこれ以上そんな風にならないためにも俺は戦う…!

 

 

──おじさん、……僕は嫌々幹部になったんじゃないんだ。……僕、実はアーツをずっと訓練してたんだ。幹部として軍略もね。使えるものはなんだって使う。僕はアイツが憎い……でもそれ以上に僕を護ろうとしてくれるサーシャとおじさんがこれ以上傷つかないように…!

 

──アッシュ……どうかこれだけは忘れないで。貴方は──

 

──アッシュ、お前は独りじゃない。私たちがいる。

 

皆のお陰で今の私が在る。

 

苦楽を共にして、下らないことで笑って、助け合って……彼らとそんな日々を過ごすのが堪らなく──楽しかった

 

「私は彼らと共に生きていたかった。彼らの生涯に寄り添って入れるだけで良かったんだ」

そうだ、それだけで私は幸せだった。

 

だから──!

 

 

「私は──あの日々を取り戻したいッ!

 

人返りを成した一人の不死の男の人間らしい願いだった。

火守女の知る灰としての彼の面影は今のアッシュにはもう無い。

 

火守女は暗闇の中で笑みを浮かべ、口を開く。

 

「確かに、聞き届けました」

火守女がそう言うと同時に二人を包む深淵が祓われ、目の前に小さな火達が一つ、また一つと灯っていく。

 

アッシュが涙に濡らした両目を見開く。

 

それは蠟燭が灯した灯火であった……火が灯っていくにつれて二人の居る場所の全貌が露わになっていく。

 

鉄の兜を被った、割れた内から蛆の湧いた、巨大な巨人の、白磁の肌をした若者の薪と小さな冠が座していた筈の5つの空の玉座たち。

 

共に火を終わらせたときから何も変わらぬ火守女の姿

 

そして、円形のその場所の中央に突き立つ一本の剣

 

カンッ!カンッ!……と金槌の打つ音が聞こえた気がした。

 

思わずアッシュは周囲を見回す。

 

「ここは……」

 

──火継ぎの祭祀場

二人は祭祀場の火の消えた篝火の前に座っていたのだ。

 

動転するアッシュとは対称に火守女は落ち着いた様子を崩すことなくゆっくりと立ち上がり、虚空を視る

 

「──彼を宜しくお願いします」

 

彼女に応えるように虚空から火が起こる。

 

「な…!?」

その内からが姿を現した()()にアッシュも驚愕し、“ロングソード”を片手に立ち上がった。

彼の反応も無理はない。かの者はかつて彼が打ち倒した筈の──

 

──王たちの化身だったからだ。

 

 

臨戦態勢を取り、剣の切っ先を向けるが、火守女が王たちの化身を庇うように両者の間に立つ

 

「火守女!?」

「大丈夫ですよ、灰の方。彼等に敵意はありません……全て、お話します」

火守女は王たちの化身へと顔を向けて彼等を仰ぎ見る。

 

 

「“はじまりの火”に触れて、私は多くの事を知りました。火継ぎの始まりの王を、そしてその跡を継いだ貴方の跡に続いて“火”を継いだ方々を。彼等は万別の理由で火継ぎを成しました。……火継ぎの使命、罪業への罰、友の遺志、主の命令……そして、その末に火を守る化身に囚われた……」

 

そうだ、王たちの化身とはそんな彼等の成れの果てだった。だが私が斃したことで役目を終えたはずなのだ。

 

 

「そして、貴方によって倒された。そこで彼等は終わることが出来た。実際に永遠の眠りについた方もいました。ですが──報いようとした方々もいたのです」

「……何に?」

 

そう訊いたアッシュへと振り向いた火守女は首を傾けて笑った。

 

「──貴方にですよ」

悪戯が成功したような無邪気そうに笑う火守女、もはや現状は理解の範疇を超えてきている……

彼女はさらに続ける。

 

「そんな彼等は私の願いを聞き届けてくれました」

「君の願い…?」

 

 

「貴方はずっと過酷な道を歩んできました。……私は全てを終わらせた貴方はもう幸せになっても良いと思ったのです。それで私は“はじまりの火”の残り火を使って、貴方をこことは異なる世界へと送り届けました。……身勝手だとは思いましたが…こうでもしないと貴方は幸せになろうとはしないでしょう?」

 

──灰の方、まだ私の声が聞こえていらっしゃいますか?

 

(そうか……そういう…ことか)

やはりテラは夢ではないのだな……しかし火守女に私は何か施しをしただろうか。何故私をそこまで案じてくれる…?

 

「……薪の王たちには何かあった時のために貴方の内で貴方を見守ってもらったのです。……干渉はしないよう頼んでおいたのですが…出ざるを得ないほどまで貴方は無理をなさったようで」

「ぬ……」

 

鉄仮面で目元が隠れ口も笑みを作っているが流石に私でも分かる……火守女は怒っていると

 

「……すまん」

「……怒っていませんよ」

「いや明らかに怒って「怒っていません」……そうか」

火守女はこんなにも感情豊かだったのかと再認識させられる。……彼女のおかげでそれを気づくことができた。

……だが、私は戻るべきなのか?あの世界に……それとも──

 

アッシュ!アッシュ!?聞こえてるなら返事して…ッ!

祭祀場にアッシュと火守女のどちらのものでもない女の声が木霊する。

 

(今のは……アリーナ?)

「……これ以上時間をかけるわけにはいきませんね」

火守女にもアリーナの声が聞こえていたようで、彼女はこちらへと歩み寄り私の手を両手で包み込む。

 

「灰の方、私の願いを叶えてくれますか?」

「言ってみろ。私にできることなら叶えて見せよう」

「……貴方の願いを叶えなさい」

 

……無理だろう、と口にしようとした瞬間、火守女は何を言いかけたのか分かったのか、首を振る。

 

「──貴方は独りではありません」

そうでしょう?……と言うように彼女が王たちの化身を見やる。王たちの化身は変わらず言葉を発さなかったが代わりに力強く、重い首肯で応えた。

火守女が安心したように笑い、篝火から離れてアッシュの後ろへと控える。

 

「……灰の方、篝火の剣を抜いてください。それは灰の証。貴方を再びあの世界へと導くでしょう──貴方の帰るべき場所となった世界へと」

「……今度は抜くんだな?」

「王の資格を得た貴方なら灰の証を剣として振るうことができるでしょう。その剣と貴方に宿る王たちの残り火があれば貴方の願いを叶えられるかもしれません。……それに彼等もいます」

 

アッシュは火守女から王たちの化身へと向き直る。

 

どちらからともなく、両者が篝火の剣へと足を踏み出し、剣を境に相対する。

 

「……私は貴公等の犠牲を無下にするような行いをした……それでも貴公等は私を助けてくれるのか…?」

もし彼等と再開することがあれば、彼等の得物で何度も殺される覚悟でいた。

 

「っ…!」

──だが、彼等は実際には私へと手を差し伸べてくれただけだった。

 

灰と化身の手が重なると王たちの化身のカタチが崩れ炎へと還り、アッシュの掌を介して彼の内へと戻っていく。

 

 

 

──いつでも我らを喚ぶが良い。貴公の為に戦おう

 

幾つもの男や女の声が重なったような異質な声が頭に響く。これが薪の王たちの声……なんと頼もしいことか。今ならばどんな難行も成せるような万能感がある。

 

 

後は……剣を抜くだけだ

 

「……お前は来ないのか?」

「私はここで新たな時代の訪れを待ちます……それが火守女でなくなった、“私”の生きる理由です」

「そうか……世話になったな」

「こちらこそ」

 

これで、憂いは消えた。

 

アッシュが篝火の剣の柄を握る

 

あぁ、そうだ。言い忘れていたことがあったな……もう会えないかもしれないから、ここで伝えなければ

 

「火守女、最後に一ついいか?」

「奇遇ですね、私もあるのです」

アッシュと火守女は互いの眼を視合い、同時に口を開く──

 

 

──灰の方(火守女)貴方(お前)に寄る辺がありますように

 

 

 

剣が引き抜かれ、炎が解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を、覚ます。

アッシュはまるで何事も無かったかのように篝火の前で座っていたままだった。

 

雪景色、同胞たちが汗水垂らして立ててきた拠点、己が遥か昔にここに突き立てた螺旋の剣、そして──

 

「アッシュ!?大丈夫!?私が分かる!!?」

 

──アリーナ

 

「……心配をかけたな、疲れていたようだ」

ここは私の居た火の時代ではない、私はテラに居る。

 

「私は……どれほど意識をやっていた?」

「え?……時計がないから曖昧だけど……5分くらいかしら…?」

「……そうか」

 

もう夢だったなどとは思わない。確かに己の内に数多の王たちのソウルが蠢くのを感じる。

 

……目標は定まった。いつものように、また前へと進もう

 

アッシュはすくっと立ち上がり、祭祀場でやったように篝火の剣を掴み取る。

 

「アリーナ、君から課された宿題……今ここで答えよう」

「え、えぇ…?今??」

「私はチェルノボーグに行く。だが、もうヤツの言いなりにはならない」

 

行儀のよい振りは、もうやめだ……

 

「君たちも守る。そして──タルラを取り戻すッ!」

 

声高らかにアッシュは勢い良く剣が抜き放った。その剣の柄を握る感触が祭祀場のモノと重なる

 

そうか……この剣は王たちのものでなく……私の剣だったのだな

 

ここまで御膳立てされては、幸せにならない方が不義理というもの

 

「タルラを取り戻すって……そんなのどうやって──!?」

 

(すべ)なら託された」

アリーナ思わず言葉をつぐみ、息をのんだ。

 

アッシュの右手から小さな炎──残り火が起こる。かつて彼女を救った時のように彼が鎧に熱を帯び、周囲に火の粉を散らし始める。

 

しかし、それだけではなかった

 

「それに……私は独りではない」

ほんの一瞬、刹那であったが、アッシュの姿がアリーナの知るものと違うように見えたのだ。

 

焼け爛れ黒く焦げた異形の鎧を纏う冠を戴いた騎士に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──偉大なる薪の王たちよ、彼を頼みます……そして叶うならば

 

 

──貴方たちにもいつか寄る辺がもたらされますように




あとがき

かなり詰め込んだのか長くなっちゃった上に遅くなりましたね。
謝罪と反省はするが後悔はしない

誤字脱字あったら教えを恵んでぇ、くだされよー

序盤でUNDEADが見覚えのあるループスを助けましたが本人です。えぇ、白状します。好きです。
さて、今回で諸々の答え合わせをさせていただきました。
独自解釈…というか展開ですね。
夢くらい、あって良いじゃない、人ならさ

ダークソウル3は名作(断言)
火継ぎの終わりルートの火守女と別れる時毎度かけてくれるあの慈愛に満ちた言葉がとても印象に残っています。
それと王たちの化身という“ダークソウルシリーズ”を遊びつくしたプレイヤーへのファンサも。第一形態の技で強引に教えてくれるの良いですよね……私のラージクラブの脳筋戦術と骨の拳はいませんでしたが

確かにアークナイツとのクロスに飢えていたのもありますが、同時に薪の王たち(プレイヤー)の方々を活躍させたいという欲望も拙作の構成要素です。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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次回、幕間:ジェネレーション、コミュニケーション、デターミネーション
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