灰は龍炎に惹かれて   作:ジルバ

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今回も独自解釈多いです







幕間:愛国者の追憶

 

 

 

 

 

私は罪人だ。

 

 

──お前は強くなった、我が子よ……ボジョカスティよ、お前は我等(サルカズ)の英雄に……希望になるであろう。

 

孤独であった“純血”の私を我が子のように育て、戦神として培ってきた武技を授けてくれた義父()の……サルカズたちの期待を不義理にも裏切った。

 

──ボジョカスティ、これからは貴方が子供の面倒を見なければならないんだから、ここで立ち止まってはだめよ

 

悍ましい化物である私を愛してくれた女の信頼に報いることが出来なかった。

 

──鉱石病が僕の体に巣食い、アンタに向かって大笑いしたとき、あんたはようやく自分の過ちに気付くのさ!

 

──その時になって後悔しても遅いんだよ、父さん(ボジョカスティ)

 

ウルサスへの忠誠(パトリオット)という名の保身に走り、愛し、護ると決めた筈の我が子をこの手で殺めた。

 

 

戦いに明け暮れ、多くのモノを喪ったこの身に残ったのは……絶望、後悔、そして永劫の呵責の念のみだ。

 

ソレが私に死ぬことを──歩みを止めることを許さず、私自身もこの身が朽ち果てるまでその罪を贖い続けると誓った。

 

──父さんは私の家族だよ。うん、父さんは一番の家族なの!

 

そう、私が終わるまで……独りで、永遠にだ。

 

 

だが、いつの日だったか、義娘(エレーナ)が率いるスノーデビルの応援にある廃墟街へ赴いた時、私は……同類に巡り合った。

 

もはや決して拭えきれぬほどにこびりついた死の気配を漂わせ、長い年月で魂を擦り切らせたであろう男に──

 

 

 

 

 

──オット。……パトリオット?」

「……む。すまない……眠っていたようだ」

 

我に返る。どうやら私は眠っていたようだ……この私が睡魔に負けたとはな。

 

作戦を決行した鉱山の付近に遊撃隊が設置した前線拠点で、パトリオットはアッシュが起こした篝火に当たっていた。

彼ら二人だけでなく、パトリオットの背にはフロストノヴァが寄りかかり、またイーノとサーシャに膝枕をしたタルラも疲労に負け、彼の向かいに片膝を立てて座るアッシュの肩に頭を預けて寝息を立てていた。そしてその周囲には雑魚寝する戦士たちが転がっている。

 

「クク……私は運が良いようだ、エレーナすら見たことがないという貴公が眠る姿をこの眼で目の当たりにできた」

「……まだ私の身に安寧を享受しようとする欲求が残っていたのだな……」

 

私は目の前で静かに燃える篝火を見下ろす。

螺旋の刀身の異形の剣が突き立ったこの初めて見たときには異様に感じた篝火もいつの間にか戦士達の安らぎを与える一助を担う存在になっていた。

例外なく、篝火は私にも静かな安息の場を与えた。

 

私に安らぎなど不要だ。しかし……拒む気には不思議となれなかった。

──拒んでは……“何か”を無駄にしてしまう気がしたから

 

「しかし驚いたよ。まさかこのウルサスでサルカズ語を話し、教える日が来るとは」 

「すまんな、ウルサスの外から遠路はるばるやってきたサルカズの傭兵団が我等レユニオンに加わってな、言葉が通じず難儀していたのだ。……おかげで助かったよ、後は彼等の隊長があの厳つい防護服姿に相応しい性格でないことを祈るばかりだな……」

「……カズデル…か」

 

私が去った後、殿下が身罷り、テレシスがカズデルを──サルカズを制し、ヴィクトリアに挑んでいると聞く。

(師よ、貴方もそこにいるのか…?)

──私が彼の地に残り、貴方に着いていれば……私はこのザマにならずに済んだのだろうか…?

 

「……おい?」

「っ!す、すまない……耽っていた。」

「……付き合わせてすまないな。寝ずの番くらい、私に任せてくれても構わんぞ?」

「私に休息は不要だ。それに……この娘の眠りを守らねばならない」

パトリオットはゆっくりと首を動かして、己に背を預けて眠る娘を見やる。長耳をピクつかせ規則的な寝息を立てており、今この時の彼女は冷徹な戦士ではなく──幼かった頃すら見せなかった穏やかな寝顔を彼に見せていた。

 

「エレーナの体は触れた者すら凍て刺し、彼女もまた常に凍えていた……だが、君が彼女にくれた薬がそれを和らげてくれた……感謝する。…私にも一言言って貰いたかったが」

 

──貴公が聞き入れたとは思えんが…?

喉元にまで上ったその言葉をアッシュは辛うじて戻した。

 

「……文句は飲ませると決めたスノーデビルに言ってくれ。だが…やはり感染者の権利云々の前に持病の薬を求めるべきではないだろうか」

「かつて、殿下が人材を集めて鉱石病の治療を目指したと聞く……成果は現状で察するに出なかったのだろうがな」

「殿下?」

「テレジア殿下…彼女はサルカズの英雄と評された方だった。」

「貴公程の傑物が殿下と敬意を表するような女…“だった”のか」

「そうだ、殿下は道半ばで斃れた……いや、彼女の死で彼女の理想への道は頓挫した。テレジア殿下の死と共に彼女の掲げた理念の元に集った者達──バベルは瓦解したのだから。……英雄と謳われた彼女ですら、感染者を救うことが出来なかったのだ」

 

パトリオットは目を細め、眠っているタルラを睨みつける。

──斯様な小娘に……そんな大業を果たせるのか…?

 

「……まだ、踏ん切りがつかんか」

「踏ん切り…?私は彼女を認めていないだけだ。何の結果も出していない癖に、誰も成し得ていない理想を…幻想を吹聴するその娘を…!」

 

パトリオットの槍の穂先の如き鋭利な真紅の眼光がアッシュを貫くが、確信を得た彼は静かに、じっとパトリオットの兜から覗く瞳を見つめ続け、口を開く。

 

「ボジョカスティよ──タルラを誰と重ねている?」

アッシュは肩に頭を乗せて眠っているタルラの寝顔を眺めながら続ける。

 

「……多くの者達が挫折、失敗し、果てた光景をその目で見てきたのだろう?誰の末路をタルラの未来へと重ねているのだ?」

「……全ての者達だ」

「違うな、貴公が対するタルラを見る時の眼はいずれも有象無象を見る眼では無かった。貴公の眼は…そう、悔恨や怒りが入り混じってはいたが──先程エレーナに向けていた眼に近しいモノだった。……見当違いか?」

「………」

 

対座する両者が黙り込み、篝火の立てる音が心なしか大きく感じる。

──沈黙が何よりもの答え。

 

パトリオットは篝火を見下ろした。

篝火が弾け、火が彼の手に飛び散る。しかし、彼の手甲に焦げ目を着け消えるだけに終わるはずだったその火は彼の掌の内に溶けこむように消え失せた。

 

……冷え切った心に熱が宿ったように感じた──不思議と彼になら話しても良いと思えた。

 

「……昔話をしよう」

 

ある若者がいた。父由来のサルカズの血を引く青年で、名をグロワズルという。

母は物心のつく前に……亡くし、唯一のウルサスの軍人である父親が一人で彼の面倒を見ていた。

彼は母に似て……心優しく、そして正義感に溢れた男に育ち、将来は明るかった……はずだった

 

ある日、彼の友人がウルサスの役人による刑罰で命を落した。

罪状は──鉱石病に罹患していたこと。

 

彼は怒った。その不条理な罪に、感染者に理不尽に振舞うウルサス帝国に。

 

感染者にも人の尊厳がある筈だと、そう世は在るべきだと……そう志して。

 

その志を胸にグロワズルは少数の貴族や地方の連中が引き起こしたウルサスへの反乱に身を投じ──

 

 

──帝国への忠誠を捨てられなかった父の手で……殺された。

 

 

「グロワズルを自身の手で殺した父は……私は何もかもを喪った。後悔したのはあまりにも遅い……遅すぎた」

パトリオットが両の手を握りしめ、覆う手甲がバキッと悲鳴をあげて砕けた。そのぶつけようのない感情は当人すら計り知れないものであった。

 

「私はウルサスへの忠誠を捨て、凍原へと入った。我が子……そして我が妻への罪滅ぼしの為に私は感染者の盾たらんと生きるようになった。──これが軍人ボジョカスティの末路……そして遊撃隊のパトリオットの生誕だ」

 

アッシュは彼の物語をただ黙って聞き届けていた。彼の騎士の甲冑の奥にどのような感情をした表情を作っているのか、窺うことはできない。

 

「……それが貴公の戦う理由か」

「…………」

またも沈黙……否、パトリオットには首肯することすら億劫になっていた。それでもアッシュは続ける。

 

「血の繋がった者を己が手で殺める……か」

「……君もそうしたことがあるのか…?」

()()していないさ。……タルラ(この娘)は余程貴公の息子に似ているのか?」

「姿形は違う……だが……その娘の在り様が、言動が、性格が……グロワズルと重なって止まないのだ…」

 

 

 

 

このサルカズは周囲の国々を敵に回した皇帝の眷属として差し向けられた強者を制してきた。赴いた戦場の只中にて多くの絶望や死を見てきたのだろう。

そんな彼ですら今尚、後悔に呻いている。肉親とは──家族とはそれほどまでにかけがえのないモノだった。

彼と私は似ていると思ってはいたが、とんだ勘違いだった。喪うものが無かった私と彼では決定的に違う。

 

「ウルサスに握り潰された息子の二の舞になると思うほどに……か?」

「……そうだ。」

アッシュはちらと吞気に眠るタルラを見て思わず溜息をついてしまう。これは本当に己が介在しようのない問題だ。彼女には頑張って貰わねば。

 

──あぁ、そうだ

 

「……パトリオット、貴公に忠告しよう」

「忠告だと…?」

「貴公がこれからどうするにしろ、これだけは貫いて欲しい」

 

──貴公の妻と息子の死を絶対に無駄にはするな

 

そう告げたアッシュが発した、戦場に在る時ですら見せなかった凄まじい圧力にパトリオットは表面こそ反応を出さなかったが、その内では僅かばかりではあったが気圧されていた。

 

一体どのように生きればその一言にこれほどの重圧を乗せられるようになるのか。

──どれほどの大切なモノを喪ってきたのか。

ボジョカスティには分からなかった。

 

「貴公の息子……グロワズルが何も成せずに死んだと思っているなら大間違いだ。まだ彼の志は潰えてなどいない」

「……どういうことだ」

 

アッシュは己の右腕をパトリオットへと伸ばし、その人差し指で彼の胸を指した

「──貴公へと継承されているではないか」

「なに…?」

 

「……以前、言ったな。人の可能性について……人は如何なる困難や挫折であろうとも膝を付こうとも、屈することなく前へと進み続ける生き物のこと」

アッシュはソウルからロスリックで出会った女騎士の遺した──“アンリの直剣”を取り出し、彼の“運”によって鋭利と成った刃を撫でる。

 

「そんな人間の身体を突き動かしてくれるのは──意志だ。それこそが人の可能性の故よ。」

「……意志………」

「貴公を歩み、戦い続けさせているのはグロワズルの遺した()志だ。でなければ貴公が感染者であるエレーナを娘として迎えることも、こうして私が貴公と話すことも、それどころか貴公とタルラが巡り合うことも無かっただろう」

「────」

 

「ボジョカスティ……いや、感染者の盾パトリオットよ」

アッシュの逃亡騎士の兜から放たれる視線が握る剣のごとき鋭さを帯び、パトリオットに突き付けられた“アンリの直剣”の切っ先が異形の兜の先端寸前で停止する。

 

 

──最後(最期)までソレを貫き通せ、死んだ彼らに胸を張れるように…ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの夜、アッシュが放ったその言葉は今も私の脳裏に焼き付き、私の(ソウル)を灼いている。

……あの子(グロワズル)の意志が私の中で息づいているのだと。

 

私は意固地になって過去に自ら囚われていた。

 

「──ウェンディゴ……待て、パトリオット。そうではない、我々はあなたを敵に回すつもりはない!」

 

あれから私は“タルラ”を見てきた。彼女は内に危うさを孕んでこそいるが、それでも彼女は理想を叶えんと道を模索し、前進していた。

 

──彼女は誠実であった。私が尊敬してやまなかった我が師(ナハツェーラ)や先帝のように。

 

故に──

 

「我々は先代たちが毎日のように語っていた物語を覚えている……あなたに敬意を表します、ウェンディゴッ!」

 

───故に私は彼女の危地に参じた

 

「──秩序の欠落、力の流失、道徳の崩壊……これらが今のウルサスを滅ぼした。問題の根源は明白だ」

パトリオットはかつての同胞であったウルサスの剣たち──“皇帝の利刃”たちと対峙している。

だが今の彼らはひどく弱く、俗に塗れた鈍になってしまったようにパトリオットの目には映っていた。

 

「──ボジョカスティ、我々ならウルサスの道を正せる」

(愚かなことだ……)

「……私がお前たちの言い分に反対しないからと言って、賛同していると思い込むのは大間違いだ」

 

──私はお前たちの思い描くような英雄(偶像)などではない。

私もまたありふれた……それでいてかけがえのない幸福を失った感染者の一人でしかないというのに。

忌み嫌われるサルカズである私を受け入れてくれた慈悲深き陛下はもういない。

私の忠誠は彼だけのものだった……それもとうの昔に消え失せた。

 

「──私が追い求めるものは一つの理念のみ」

今の私が槍を振るい、盾を大地に打ち据える理由は──

 

「──彼女の理念だ」

 

「ボジョカスティ……」

「今すぐ立ち去るんだ。でなければ──あぁ、手遅れだったな」

「──ゴハッ!?」

「何…!?」

 

その時、パトリオットと言葉を交わしていた利刃の隣に立っていた片割れの胴から“黒騎士の剣”が飛び出し、黒い正気と鮮血が外気へと振りまけられた。その剣の主は勿論──

 

「なんだ、顔剥ぎの“デーモン”だと聞いたのだが……流石に黒騎士の得物の特攻は入らんか」

──アッシュだ。

 

利刃の長話にうんざりしていた私怨を込めたバックスタブを決めた彼はそのまま利刃の背を蹴飛ばし剣を引き抜き、利刃が地前のめりに倒れた。

彼の奇襲が成功した瞬間を目の当たりにした遊撃隊の隊員や感染者の戦士たちが気勢を取り戻し始める。

 

「感染者風情が……ッ!?」

「最終通告だ──」

相方の利刃がアッシュに反撃するために帯びていた曲剣を引き抜こうと腰に手を伸ばすが、瞬歩と見紛う程の速度で肉薄したパトリオットに拘束され、凄まじい握力に腕が悲鳴を上げる。

 

「──去れ。そこで倒れた貴様の仲間が我らを侮り、思わぬ反撃を受けたという死因で殉じる前にな」

「……決断は揺らがない……か」

 

皇帝の利刃が纏っていた瘴気による衝撃波でパトリオットの拘束を引きはがし、微動だにしなくなった同胞を抱え、その周囲を瘴気が覆い隠していく。

 

「さらばだ、愛国者(パトリオット)、あなたの決断は非常に残念だ。」

 

黒霧がパトリオットとアッシュの得物で打ち晴らされるが、そこに利刃たちの姿は既に無く、利刃の残した言霊が辺りに残響する。

 

──タルラ……我々はコシチェイの選んだお前の変化に期待している……

 

 

「……逃したか」

「存外、血の気が多いのだな……君は」

 

「おぉ……貴公。確と拝聴させてもらったぞ──託すと決めたのだな」

「……あぁ、私は彼女に最後まで共にある……失望させられない限りは…な」

「ハハハ!そうか……それは良かった。ならば、これからもよろしく頼むぞ──戦友」

「……ハハ、そうだな」

 

──共にタルラの理想の為に

 

「アッシュ!」「父さん!」

「おう、噂をすれば…だな。……今回の奴らの迎撃の功労者は貴公だ。作戦完了の報告、任せたよ」

「……あぁ」

 

遊撃隊の──レユニオンのパトリオットはこちらへと駆け寄ってくるタルラへと向き直り──

 

 

「襲撃者の撃退を完了した。我らのいない間、よく持ちこたえてくれたな──“リーダー”」

 

 

この日を境にパトリオットと彼の遊撃隊の各々の盾に、そしてフロストノヴァと彼女の兄弟姉妹達の装束に緋色のレユニオンの証が加わり、彼らは真にタルラの同胞となった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時の私の彼女を信じた選択は過ちだったのか……“今”になって振り返った所で答えは得られない。

 

いや、私は感染者を守り続ける“盾”だ。最期までソレを貫き通す……

 

──お願い、ボジョカスティ……約束して。戦場で死んではダメよ……

 

 

……ヘレン……愚かな私を許してくれ

 

 

 

 

 

 

 









あとがきの時間だ
…いかがだったでしょうか?
パトリオットの背景を知る機会がすんごい少ないんでフロム脳を回して頑張りました。
…正直満足のいく出来なのか自分ですら分かりません(怖気

サイドストーリーのヘラグとのやり取りや7章での走馬灯以降だと14章でちょっと生い立ち判明したくらいですからね。もうちょい我を出して(涙
時系列としては前半が12話以降、後半は次回の後の出来事になっております

……国土おじさんがバックスタブ一回でやられるわけないだろって?

それは……バックスタブが研鑽を積み重ねたアッシュの手で隻狼の必殺技(物理)たる忍殺の皮を被った別モノに進化したってことでおひとつ……





次回、第十五話:前触れ
あと2、3話で、ようやく1章への道が開かれる…頑張れ私…!


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